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タブレット端末を利用した聴覚障害学生への情報保障

加地 雄一、石田 祥代、江間由紀夫、中山 哲志、宮本 文雄(東京成徳大学応用心理学部福祉心理学科)

1.背景

 近年、高等教育機関に在籍する聴覚障害学生に対する情報保障の活動が活性化してきている。筆者らが所属している東京成徳大学(以下、「本学」とする)にも聴覚障害学生が4名おり、彼らに対する情報保障が実際に行われている(2013年2月現在)。全国の大学で手話通訳の8割以上、ノートテイクの9割以上が同じ大学の学生が担っており[1]、本学も同様の状況である。サポート学生の数や、大学側の支援体制などは各大学によって異なるため、実情に合わせた独自の取り組みが求められる。

2.目的

 本稿では、本学の実情として、例えば比較的小規模ではあるが、福祉心理学科があるため情報保障に関心のある学生が少なくない等の状況に合わせて行った情報保障の取り組み事例について報告する。本学ではこれまで、サポート活動自体は学生を主体としながら、サポート学生の派遣等の事務手続きの実施・運営主体は学生から大学に移行する等、情報保障のあり方について積極的な試行錯誤が行われてきた[2]。筆者らは、その試行錯誤の延長線上に位置するものとして、タブレット端末(iPad)を用いた遠隔手話通訳や遠隔ノートテイクのシステム作りを目指した。
 当初考えていた遠隔手話通訳やノートテイクのイメージは次のようなものであった。まず、聴覚障害学生とサポーターにiPadを貸与する。授業時に聴覚障害学生はiPadカメラ(背面)で教員の姿を映し、その映像(動画)を遠隔地サポーターにリアルタイム送信する。その際は「FaceTime」等の無料TV電話アプリを使用する。遠隔地サポーターはiPadに映された動画を視聴しながらiPadカメラ(正面)に向かって手話通訳し、ノートテイクの場合は画面にタッチペンで要約を筆記する。聴覚障害学生とサポーターのお互いのiPadには、授業映像と手話通訳またはノートテイク映像が同時に映るような形となる。
 タブレット端末としてiPadを選んだ理由は次の通りである。

1)軽量である。

2)正面・背面ともにカメラがある。

ノートPCのように正面のみのカメラでは 自分の姿は写るが、授業映像は写らない。

また、他のタブレット型端末のNexus 7やKindle Fire HDには背面カメラがついていない。

3)周囲の学生への影響が少ない。

授業の場に手話通訳やノートテイカーがいると目立つ。

 なお、iPadは筆者らが本稿のテーマで応募して獲得した本学の学内助成金により購入した。

3.学内での試行

 学内での施行は、iPad貸与開始の2012年6月上旬から7月上旬までの約1ヶ月の期間に非公式な場面で自然発生的に実施された。それが結果的に後から振り返ったときに情報保障の体制づくりにとって重要だと思われたため、ここに報告する。遠隔手話通訳の試行は6月10日の本学オープンキャンパス時に、教員と学生(聴覚障害学生とサポート学生)が意図せずにiPadを携帯して同じ教室に居合わせたため、「今ちょっとやってみようか」と声をかけ合うことで模擬的に実施され、(写真1)、アプリはiPadにデフォルトで付帯する「FaceTime」を使用した。この時期はまだ学生にとってiPadは目新しく、いろいろと試してみたいと思わせる機器であるように思われた。さらに複数のiPadがあるという状況自体に、学生と教員を互いにひきつけ活動へ向かわせる求心力があるように感じられた。

写真1 自然発生的に生じた模擬的遠隔手話通訳

 また、聴覚障害学生とメールでやりとりするうちに、次のような新たなニーズがあることも明らかとなった。学生に許可を得てメールの文面を引用すると以下の通りである。
 「聴覚障害学生は耳で音を判別できないが、目を使って情報を得る作業になります。(中略)FMシステム(1)のマイクから音を少しでも拾い、先生の唇も見て、板書を見て、パワーポイントも見て、隣でサポートをしてもらっている情報保障の内容の四つを目で追いながらノートに写していかなくてはない。これ、本当に大変な作業で、正直に言って目をあちこち動かさなくてはならず、ノートがついていけないんです。(中略)しかも、パワーポイントやプリントの場所を上向いて探しながら横のノートテイクを見ないと分からない」
 「PCとiPadを無線LANのインターネット環境につなげて、無線LANでPCから情報をiPadに飛ばす方法ができたらいいのになとも思いました」。
 この学生のメールから、隣のPCテイクの画面を目の前のiPadで共有するだけでも、情報の見やすさが向上し、負担軽減につながることがわかった。そこで、「DisplayLink」という無料ソフトを利用し、PCの画面をiPadで共有させてみた。その結果、このニーズを教えてくれた学生から次のような感想が得られた(学生の許可を得てFacebookの書き込みを引用)。
 「実際の講義で同期にPCテイクしてもらってるのを無線で飛ばし、iPadで表示。これだと太陽の反射に困ることなく見やすい場所に置けるから非常に助かる。本当に見やすい!!」。
 その後、「join.me」という無料アプリを利用し、PCテイクの画面を1台だけでなく複数台のiPadで共有できることを確認した。これは、一つの講義(教室)に複数人の聴覚障害学生がいる場合や、PCテイクの研修等に役立つものである。そればかりでなく、プロジェクターの内容が見えにくい座席後方に座っている学生への配慮等、授業のユニバーサルデザイン化にも活かせるものである。
 その他、聴覚障害学生から「教員の連絡先が電話番号しか学生に公開されていないので、電話が使えない聴覚障害学生のためにメールアドレスを公開して欲しい」という旨の要望があったため、その要望を大学側に伝えたところ、教員のメールアドレス一覧が聴覚障学生に限り配布された。また、学生・教員間で柔軟に情報交換できるようメールだけでなく、Facebookも活用した。
 2012年後期はiPadを貸与した学生へのヒアリングを中心に行った。その結果、iPad所有教員と筆談アプリなどでコミュニケーションしているなど、iPadを主体的、積極的に活用している学生もいれば、使い方がわからずにiPadを放置している学生もいることがわかった。iPadを用いた情報保障をより充実化するためには、教員、聴覚障害学生、サポート学生という三者構造だけでなく、iPad活用者とiPad未活用者という異なる層の二者構造を考えた情報共有・コミュニケーションの場が必要と考えられる。

4.今後の課題と展望

 課題としては、遠隔ノートテイクについては本稿執筆時(2013年2月)では取り組めなかったことが挙げられる。
 iPadを利用した遠隔手話通訳は、本稿の取り組みと同じく2012年から一部の大学で実験されたり一部の企業でサービスが実施され始めたが、情報通信や手話通訳のプロではない教員と学生でも実施可能であることを本稿を通じて示すことができた。

(1) 話し手の声をFM電波で伝送し、補聴器や人工内耳などからの聞こえを補助する補聴援助システム。

参考文献
[1] 白澤麻弓・徳田克己: 聴覚障害学生サポートガイドブック, 日本医療企画, 2002.
[2] 大沼綾乃: 聴覚障害学生に対する情報保障についてのサポーターと利用者の意識調査.  平成23年度東京成徳大学応用心理学部福祉心理学科卒業論文, 2012.


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