特集 地域連携による教育の取り組み
浅野 英一(摂南大学 外国語学部)
PBL学生プロジェクトは、2009年度「大学教育・学生支援推進事業」に採択された学生支援プログラムの一つで、3年間の採択期間終了後も本学独自で継続的に実施している取り組みです。本学の教育理念である「自ら課題を発見し、そして解決することができる知的専門職業人の育成」を目的として実践しています。取組の特徴は、学生の「ヤル気」を具体的な「形」にするために実践的な社会活動「PBL学生プロジェクト」を通して得た成果や問題意識を教育の場に持ち込み、課題を発見し解決策を社会に提案・実践・還元することで自ら主体的に行動する力を身につけさせるものです。PBL学生プロジェクトの取り組みは、2009年度の準備期間を経て、2010年度からスタートしました。1年間通年の活動で2単位が付与されます。2010年度は5プロジェクト、2011年度は9プロジェクト、2012年度は11プロジェクト、2013年度は14プロジェクトを立ち上げ現在279名の学生が履修しています。
PBLと呼ばれるものは二つあります。Problem-based Learning「問題発見解決型学習」と、Project-based Learning 「プロジェクト体験型学習」です。近年、大学においてキャリア教育の見直しに対応する形で、PBLの取り組みが注目され、導入が広がりつつあります。そのきっかけとなったのは、経済産業省による「社会人基礎力」の提言が背景にあると思います。社会人としての基礎的な能力の育成には、従来の座学やインターンではなく、実社会でプロジェクトを展開する実体験が必要で、PBLがそうした能力育成に応える一つの教育法として注目されるようになりました。現実的には、PBLとは伸びしろのある学生を開花させる方法であると感じます。それは、「Plan, Do, Check, Action」のPDCAを教室の授業中で、理論として教えるのではなく、社会の一員として「汗をかきながら」その厳しさについて身を持って体験させることで、成功体験や失敗体験が、心の揺らぎを感じながらモチベーションへと変化させるものだと思います。本学のPBL学生プロジェクトはシラバスに組み込まれた2年生から4年生の全学部生を対象にした正規授業(教養選択科目)で、一定期間内に、一定の目標を実現するために、自律的・主体的に、学生が自ら発見した課題に取り組み、それを解決しようと、チームで協働して取り組んでいく創造的・社会的な学びです。
教育効果として、自治体・企業・団体・地域とタイアップした実践活動形式の授業を通じ、社会人として必要な「前に踏み出す力(アクション)、考え抜く力(シンキング)、チームで働く力(チームワーク)」などの社会人基礎力を身に付けることを目指します。学生の基礎力アセスメント(表1〜3)は、プロジェクトが始まる4〜5月と、プロジェクトが終了する1〜2月に測定し、成長値を学生自身が確かめる方法をとっています(図1)。基礎力アセスメントの結果、値が約2ポイント程度向上した項目は、多様性理解(1.9ポイント)、意見を主張する(1.9ポイント)、創造力(2.0ポイント)、行動を起こす(2.0ポイント)、修正・調整(2.1ポイント)、遵法性・社会性(2.0ポイント)、職業観・勤労観の確立(3.1ポイント)が挙げられます。
大分類 | 中分類 | 小分類 | 解説 |
---|---|---|---|
対課題基礎力 | 課題発見力 | 情報収集 | 必用に応じて、適切な方法を選択して情報を収集する |
本質理解 | 事実に基づいて客観的に情報をとらえ、本質的な問題を見極める | ||
創造力 | 既存の発想にとらわれず、課題に対して新しい解決方法を考える | ||
計画立案力 | 目標設定 | ゴールイメージを明確にし、目標を立てる | |
シナリオ構築 | 目標の実現に向けた効果的な行動計画、シナリオを描く | ||
実践力 | 行動を起こす | 自ら物事にとりかかる、実行に移す | |
修正・調整 | 状況をみながら、計画や行動を柔軟に変更する | ||
遵法性・社会性 | 公序良俗・社会ルールに則って自らの発言や行動を律することができる | ||
その他 ※オリジナル作成 |
職業観・勤労観の確立 | 選択基準としての職業観・勤労感の確立、および主体的選択ができる |
大分類 | 中分類 | 小分類 | 解説 |
---|---|---|---|
対自己基礎力 | 感情制御力 | セルフウェアネス | 自分の感情や気持ちを認識し、客観的に自分の言動をコントロールする |
ストレスコーピング | 欲求や恐怖などの悪い影響を及ぼすストレスを処理する | ||
自信創出力 | 独自性理解 | 他者と自己の違いを認め、自己の強みを認識する | |
自己効力感・楽観的思考 | 自分に自信をもつ/やればできるという予測や確信をもって臨む | ||
行動持続力 | 主体的行動 | 自分の意志や判断において自ら進んで行動する | |
完遂 | 一度決めたこと、やり始めたことはやり切る/粘り強く取り組み、やり遂げる |
大分類 | 中分類 | 小分類 | 解説 |
---|---|---|---|
対人基礎力 | 親和力 | 親しみ易さ | 話しかけやすい雰囲気をつくる |
気配り | 相手の立場に立って思いやる | ||
対人興味・共感・受容 | 人に興味をもつ/相手の話に共感し受け止める | ||
多様性理解 | 多様な価値観を受け入れる | ||
協働力 | 役割理解・連携行動 | 自分や周囲の役割を理解する/互いに連携・協力して物事を行う | |
情報共有 | 一緒に物事を進める人達と情報を共有する | ||
相互支援 | 互いに力を貸して助け合う | ||
統率力 | 話し合う | どんな相手に対しても、相手に合わせて自分の考えを述べることができる | |
意見を主張する | 集団の中で自分の意見を主張する | ||
建設的・創造的な討議 | 議論の活発化や発展のために自ら集団に働きかける |
図1 基礎力アセスメントの測定結果
プロジェクトの実施にあたり、各教員は次の事柄に注意を払いながら進めていきます。履修申請の際、担当教員から事前説明を受けた学生のみが履修登録可能となるシステムを採用しています。
2010年度からスタートしたPBL学生プロジェクトで連続開講しているのが、和歌山県西牟婁郡すさみ町をフィールドとし、「少子高齢化と過疎化」を題材にした大学生による地域活性化活動です。すさみ町は人口が約4,700人で、39ある集落のうち18が限界集落の町です。その中の一つ、佐本・大都河地域は人口約360人、高齢化率60%以上であり過疎と高齢化が深刻で、日常生活や地域コミュニティーの維持が困難になりつつある地域です。少子高齢化と過疎化は、物理的な過疎に加えて人々の心の過疎化(社会の進歩に対する過疎感や年代を超えた人と人の繋がりに対する過疎感など)を招き、それが地域活性化への意欲を喪失させるという負のスパイラルの形成を促進します。こういった背景の中、「よそ者、若者、大学生」という立場で地域活性化のプロジェクトを実施しています。地域活性化に必要な要素は「ヒト・モノ・カネ」です。すさみ町には豊かな自然や歴史文化など、都市にはない多くの魅力(資源)があります。都市と田舎の「ヒト・モノ・カネ」がうまく循環する仕組みを作ることにより、お互いが共生する活動を実践活動教育の核としています。
地域活性化活動のテーマにしているものは「農業」、「ふるさと創生」、「観光」の3種類です。農業については、すさみ町の橋本明彦・前町長が摂南大学を訪問したときに、学生食堂でカツ丼を食べながら「摂南大学の食堂で大量に消費される野菜がすさみ産だったら良いのに」と思いついたことが、農業プロジェクトのきっかけとなりました。本学を含む常翔学園の生徒・学生・教職員(約18,000人)が利用するすべての学生食堂にすさみ産の野菜を供給することを目指した内容です。「ふるさと創生」と「観光」については、兄弟のような関係にあります。すさみ町は紀伊半島にあり、「紀州」と言われる地域です。「紀州」は、紀州根来寺忍者の出身地ですが、全国的に有名な「伊賀忍者・甲賀忍者の里」のような観光名所はありません。すさみ町は、黒潮が流れる海・清らかな清流を持つ川・新鮮な空気を生みだす森林を持った町であり、この大自然を観光資源(グリーンツーリズム)とした自然活動体験学習スポット「忍者学校」を作り、都会の子供たちをターゲットにしました。廃校を利用し紀州根来寺忍者をモチーフにした「青少年の健全な育成と自然活動体験学習・忍者キャンプ」は、従来型の農村交流・民家滞在経験と大きく違い、これまでにない「斬新性と独創性」が、大都会の子供たちのニーズにマッチし大人気のキャンプ(名物イベント)となり4年間連続参加のリピーターも出るようになりました。大阪府から忍者キャンプに参加した人数は、4年間で参加者・学生スタッフを含め延べ約600名に上ります。少子高齢化と限界集落の中山間部に若い人たちの元気な声がこだまして響き渡り、過疎と高齢化問題を抱えるすさみ町に「元気の基を供給する活動」となっています。都会の子供や学生に自然に囲まれた生活や、田舎生活を体験させることで若い頃に味わう「ふるさと」を抱かせています。また、すさみ町の観光イベントである「イノブータン王国建国祭」「ビルフィシュトーナメント」「ケンケン鰹祭り」の運営協力、220年続いた山村の伝統行事「佐本川柱祭り」の復活・伝承、ボランティア活動「なんでもやる隊」、限界集落に住む独居老人宅を訪問する「見守り隊」などを実施しています。すさみ町での活動は、三つのテーマで行っていることから、PBL学生だけで実施するには人数的に不足します。そこで調査・企画・調整・運営・評価などは、PBL学生が行い、イベントの実施については、課外活動クラブのボランティア・スタッフズからの協力を得ています。これらの活動が農林水産省他が主催する2012年度オーライ!ニッポン大賞にノミネートされ審査委員会長賞を受賞しました(図2)。
図2 2012年度オーライ!ニッポン大賞
本学が立地する大阪府寝屋川市からすさみ町まで、貸切の大型バスで片道5時間という距離があります。この距離がPDCAを行うために重要なキーポイントになります。漁業に例えると遠洋漁業のイメージです。港(大学)を出港(出発)して、遠洋(すさみ町)で漁業(活動)するためには、誰が、いつ、何を、どこで、どのような方法で行うかを綿密に計画し、実施するかなど多くの課題とそれを乗り越える手段などPDCAを現実に体験できます。事前に、すさみ町役場、NPO、地域の代表者などとメールや電話などで協議し、参加者の募集、実施に必要な資材の調達、イベントの内容、学生スタッフの人員配置など、会社の中で高度な仕事を実施する能力を身につけていきます。大学のお膝元の地域であれば、近くなので、「なんとかなる」という気の緩みがありますが、片道5時間という距離は、その「なんとかなる」という気の緩みを無くす効果があります。
これまで実施してきた実践型社会活動に参加した学生のモチベーションと心のゆらぎ、自己アイデンティティーの成長と形成プロセスを観察すると、ほぼ同じような経過をたどることが分かりました。大学生活の中で何か物足りないと感じている学生が、「何か面白そう」、「モラトリアムから脱出したいという気持ち」から出発し、プロセスの中で問題を発見、自分たちの力では解決できないという現実を感じ、精神的に落ち込みます。ここで授業担当者は知識や技術を教授するのではなく、チームの動向を見守り、プロジェクトの推進を円滑にするために適切なアドバイスを与えます。学生は受験時代における個人学習の経験から、個人が課題を抱え込んで固まってしまう傾向にあります。この時期から、行き詰まり感を感じ、チームワーク分裂の危機が始まります。アルバイトでは体験したことがない、未経験の現場(現実社会)の中でもまれることで、不安感を感じるのです。こういった状況になった場合、自分自身のあり方を見つめ直し、チームとして成長させていくアドバイスをします。仲間とともに現状打破をしていくチーム学習へと意識を変革する必要が生じます。情報共有をしながらチームメンバーの合意を形成して、計画的かつ持続的にプロジェクトを遂行させ「考え抜くこと」「チームで活動すること」「行動すること」が求められます。本音で話し合わせ、一つの目的に向かって仲間との熱い思いを実感させることで、チームがまとまることが多いです。実践型社会活動のプロジェクトを実施することで学生たちの何が変わったのかを考察すると、そこには三つの極があることが分かりました。チームメンバーとの関係、自分自身の心の揺らぎ、そして社会との関係です。最終的には、粘り強さ、主体性の向上、コミュニケーション能力の向上、自己アイデンティティーの形成につながりました。
自治体、教育委員会、地域住民、企業、NPOと協力し、都市に住む子供たちと、地方に住む子供たちとのブリッジ(橋渡し役)の「核」を務めながら「自然体験学習」、「青少年育成プログラム」、「青少年リーダーの育成」などの社会貢献活動を企画・立案・実施しています。初めは、興味本位・イベント感覚で一過性的に参加していますが、実践型社会活動(教育)が大学の授業と何らかの形で結びつき、将来的に社会人としての成功や失敗の教訓することができると自覚できるものであれば、自信と責任感に目覚め、自主的な活動を行えるように成長します。こういった学生たちの就職内定率は極めて高い指標を示しています。また、社会貢献活動のプロジェクトで得た知識と経験を活かし、国際協力機構(JICA)が実施する青年海外協力隊に現役学生として合格し、開発途上国において活動している学生が31名となっています(図3)。これはグローバル人材育成のモデルとして、文部科学省から高い評価を受けており、現役学生の青年海外協力隊合格数は、日本一となっています。
図3 青年海外協力隊 摂南大学の現役学生合格者
学生、大学教職員、地域社会がお互いに補完しながら協働することで、全体が発展し、進化していくのは誰もが簡単にできるものではありません。本稿のケースについても現時点が終着点だと思っていません。いまだに理想とする形さえ、イメージできていません。映画やテレビドラマのような、ハッピーエンドが待っているわけでもありません。しかし、PBLだけに限らず実践型社会活動(教育)は、間違った教育方法ではないというのが、筆者の経験から得た実感です。