特集 地域連携による教育の取り組み
安倍 尚紀(大分県立芸術文化短期大学 情報コミュニケーション学科講師)
本稿は、主に学部初年次の大学生を対象とした参加型の地域連携教育において、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を活動の記録、広報、コミュニケーションの場として活用している事例について、大分県立芸術文化短期大学での実践に即して紹介する。また、Facebookを中心としたSNSの特性も含めて、記録管理というコンセプトから考察する。
「大学による地域貢献」は東日本大震災後の近年、文部科学省を中心にCOC(Center of Community)機能(1)として再強調されているキーワードである。本稿の「地域連携教育」は、従来通りのインターンシップやボランティア活動、5節で事例を紹介するサービスラーニングであれ、学生が学外(地域)に出ていって活動することを想定している。また、このような地域活動を学術研究の次元で捉え直し、地域住民と学生・研究者が展開する共同的な社会実践「アクションリサーチ」[1]と考えて設計を行っている。図1に示すように大学側(教育プログラムの当事者である学生―教員)と地域住民の間では、その立場によることなく、参加者一人ひとりの学びや気付き(教育面での成果)、学術的発見(研究面での成果)、地域活性化(直接的な活動の成果)とが混然一体となって共有確認されることが理想である。
こうした地域活動をある程度の規模で継続的に実施しようというとき、ビジネスや社会運動と同様の長期的戦略を持ちつつ、情報技術の活用が求められる。それらの情報技術は、魔法のようにメリットだけを即座にもたらすものではないことを踏まえ(2)、以下ではSNSの活用事例を紹介する。
図1 地域活動の考え方
地域活動におけるSNSの活用では、SNSが24時間機能する自律空間であるという点が、最大の特性である。24時間の関わりは、営業効果、自動化、時空の制限を越えた関係の維持などである。次ページの図2の右側、点線で示したような対面での付き合いでは、コミュニケーションはその場限りである。これに対して、左側のFacebook等のSNS活用では自律空間が24時間動いている。これは、インターネット上に電子商取引(eコマース)が登場したときのことを想起すれば理解しやすい。ネット通販の経営者からすると、買い物カゴと取引フォームを設置さえしておけば、直接、あるいは電話口で「いらっしゃいませ」と声がけする店員を配置せずとも、24時間、契約成立のチャンスを逃すことはない。同様に、FacebookをはじめとするSNSの中では24時間、リアルの人間関係をもとにした自律空間が動き、本人不在のままに、誰かから参照され、タグ付けされ、友達の友達に関するコメントや書き込み、「いいね」によって情報が拡散していく。
図2 対面によるコミュニケーションとSNSによる仮想コミュニティ
Facebook等のSNSのサービス仕様によって得られる機能は、参加者全員が個別の個人アカウントを取得していることを前提として、1)メッセージの送受信、2)参加者の集計や広報をスムーズにするためのイベント作成、3)限定したメンバーでの討論を可能にするグループ作成、4)広報効果の高いページ作成である。つまり、企業が業務で用いている社内SNS、サイボウズ、aipoなどのグループウェア、メーリングリスト等の連絡システムや文書管理システムと同様の機能を、SNSによって気軽に使い始めることができる。ただし、使用SNSの運営会社の下で行うため、プライバシーの問題への配慮が必要である。設定した仮想コミュニティや個人ユーザ同士で、写真や動画をふんだんに利用したコミュニケーションを継続することによって、情報の伝え方や関係の持ち方、イベントへの集客はスムーズなものになると考えられる。
本稿ではさらに、それらの諸機能よりもっと重要な、SNS上の「記録」に注目する。大学教育で言えば、教育工学の分野において石井淳蔵氏が主張する「プロセス・ソリューション」[2]は、日常のあらゆる経験プロセスを直接把握することで、そのプロセス自体の改善を目指すもので、e-Learningによる「見える化」である。もし、学生の学習記録が手に入れば、それを分析することによって教育プロセスを改善できる。つまり、24時間の徹底した記録によって、どこの章の、どのような課題で学生の理解がストップするかといった「学習のハードル」が見える。こうした情報収集は日記や行動履歴の提出を求める際、ポートフォリオのツールや面談等において、教員が試みていることではある。
このような記録のモニタリングは、「今、誰がどこで何をしているのか」を介したコミュニケーションという意味でSNSの特性そのもので、有用である。例えば、学生個人の地域活動に教員がその場に同席してチェックせずとも、スマートフォンを介してレポート投稿によって確認やアドバイスをすることが可能となる(3)。
現在、大分県立芸術文化短期大学では、「サービスラーニングI、II、III、IV」として、学生による地域活動への取り組みを正規科目として採用している。単位はそれぞれ1単位で、インターンシップ1単位も合わせた中から、学科により最低2単位必修である。履修学生は、大量に提示される活動(4)の中から、半期で30時間以上の活動をした後に、それぞれの活動ごとのレポートを作成・提出し、これを評価している。この枠組み自体は2007年度から採用されてきたが、情報コミュニケーション学科を中心に全学を対象とした2009年度大学教育推進プログラム「体験をスキルに変えるナラティブ能力育成−サービスラーニングを中心とした自己の物語を探し創り発信する能力の形成プログラム」として整備されてきた。
本稿では、多くの活動の中でも最も地域との関わりが深い、大分県竹田市の商店街の取材および取材結果の情報発信について取り上げる。主に竹田市商工会議所の協力のもと実施しており、2011年度までは2〜3人のグループに分かれ、個別店舗や農家民泊について「下調べ→取材→Webサイト記事作成」という流れで情報発信していた。Webサイトには取材結果を丁寧にまとめた上で投稿していたわけだが、取材風景も含め、取材中の小さな気づきという完成度の低いレベルで投稿できる場所として、2012年10月からFacebookページ「たけたみつけた」(http://www.facebook.com/taketageibuntandaikouryuu )を試験的に開始した。学生、教員、学外協力者で管理権限を持ち、いつ誰が投稿してもよいルールとしている。次ページの図3は学生による投稿の例だが、学生目線から見た店舗の魅力、商店で聞き取った店名の由来やイベント告知などを書き込んでいる。Facebookページは、複数の学生グループによる個人タイムラインへの書き込みをページ内にシェアし、集約していく。
図3 学生による投稿の例
(1)学生側のメリット
Facebookを用いた活動による学生側のメリットは第一に、手近に社会と関われることだ。取材に関わる一連の流れ(下調べ→取材→記事作成→記事に対する評価を受ける)は、いわば新聞社のインターンシップで体験できることに相当する。通常インターンシップに参加しようとすると高倍率の抽選に勝ち抜かなければならないが、サービスラーニングは参加自由であり、インターンシップほどの世間の風当たりを気にしなくてよい。学生は、活動の準備やインタビュー等を通して知らず知らずのうちに「社会人慣れ」してきている。また、ある程度の気構えをもってサービスラーニングに参加している学生は、取材を通して社会人として基礎的なコミュニケーション能力を身につけてきている。
第二に、アウトプットした記事に対して、SNSではダイレクトに評価を受けられるようになった。一方通行のWebサイト記事とは違い、学生は商店の概略や商品の紹介文をFacebook投稿することで、記事を読んだ友達や関係者等から直接の反響(コメントや共感の意思を示す「いいね!」というマークや、投稿した記事を引用する「シェア」)を得られるようになった。新しい取材の流れ「下調べ→取材→記事作成→記事に対する評価を受ける」は、PDCAに対応するものであり、フィードバックを通じたリフレクションにつながっている。反響を即座に得られるので、学生のさらなるモチベーション維持にもつながっている。何よりこうした記事を書くことの上達自体が、広報・マーケティングから見て学生の資質向上につながり、プラスの実績を与えている。
(2)商店側のメリット
商店の立場からのメリットは、費用をかけずに広告宣伝できる点が大きい。最も重要なのが「記録による資源化」である。我々の活動におけるFacebookの投稿は必ずしも重厚なインタビューばかりではなく、外部者の眼によって見出された、竹田市における何気ない風景・人物・観光地など、あらゆる写真と文章が含まれる。こうした様々な対象に意味付けしていくことは、投稿者の視点によって見過ごされていた対象に付加価値をつけることでもあり、記録による資源化と言えよう。こうした活動の実効性は、Facebookページで提供されているインサイト機能というアクセス解析ツールから見ても明らかであると同時に、Facebookページの記事を見たということをきっかけにして、新しい人間関係が始まったりすることからも感じとれる。写真と文章の蓄積は、竹田市の魅力にあらゆる角度からスポットライトを当てることになり、もともと竹田市に関心を持っていなかったFacebookユーザとの連携をはじめ、活動における相乗効果を生み出している。
上記の活動を通したインサイト分析(統計データ)から出てきた発見が「新ネットワークの取り込み」の重要性である。写真に友達をリンクさせる機能「タグ付け機能」を例にあげよう。可能な限り、投稿した写真は、人(学生、教員、地域の方)を含むようにし、投稿する記事にはタグ付けを施したほうがよい。その投稿記事は、タグ付けされた人のタイムライン(投稿の蓄積)上に投稿に準ずる形で登場するため、少なくとも「タグ付けされた人の友達」の数だけは、記事が読まれることとなる(図4の右上矢印を参照)。例えば、単に「商品を写した写真」を掲載するだけでは、Facebookページをフォローしている人しかその記事に触れる機会がないが、「商品+15人の集合写真」を投稿し、15人にタグ付けすれば、Facebookページをフォローしている読者以外にも、タグ付けされた人の友達に対する広告宣伝効果が期待される。投稿した写真に写った15人について、友達が100人ずついると仮定すれば、記事を一つ投稿するだけで1,500人に広告宣伝できることになる。図4に示したこれらの効用は、あたかも島宇宙の架橋(あるいは複数データベースの横断検索)に似ている。インサイト分析(統計データ)からみても実際のところ、Facebookの書き込みとその反応は、極めて密接に現実世界でのアクションと連動している。増え続けるページ視聴者だけに満足せず、タグ付けや直接の友人を増やす等、新しいネットワークの取り込みに留意しつつ、人を呼び込む、または訪ねていくという形で努力していくべきである。
図4 新ネットワークの追加
一方、地域連携教育におけるSNS活用は、その効果をもたらしている当の24時間「つながっている」感覚によって、関わる教員側の疲労感も大きく、学生の側からしてもプライベート監視の感覚を与えかねない。筆者も、干渉や監視になりかねないケースについて、活用とのバランスを考えながら、運用していく必要性を感じている。
記録管理や情報社会論の基礎的な視点、社会的ネットワークの応用等、本論文の一部は、科学研究費・基盤研究B「国際比較に基づくアーカイブズと社会の関係に関する総合的研究」(研究課題番号:22330164)の成果によるものである。現在、竹田市と大分県立芸術文化短期大学の交流を巡って多くの方々とご縁を継続し、協働に繋げられていることを、感謝とともに最大の成果として記しておきたい。
注 | |
(1) | 文部科学省は、平成25年度から大学教育支援プログラム(GP)の実質上の後継策として「地(知)の拠点整備事業」を推進している。筆者が出席した「地(知)の拠点整備事業」公募説明会では、2012年8月の中教審の答申「主体的学び」の延長線上に、次のような2点の「事業のねらい」が提示された。1)自治体や地元の産業界、NPO、高校、地域のステイクホルダーと大学との(あるいは異質な部局間など、学内での)「連携・共同の促進」、2)教育・研究を広く含む「教学ガバナンスの改革」。 |
(2) | Ustream等の動画配信サービスにせよ、SNSにせよ、技術決定論への批判が繰り返してきた通り、無限大の可能性に思いを馳せているだけではなく、それらの技術を用いる現場の状況やマンパワーの問題を十分に踏まえる必要がある。 |
(3) | とはいえSNSにおける記録の扱いは、SNSでは学生本人が意図としない部分で、行動履歴やあらゆる情報を取得できてしまうという点で、一歩間違えると監視になってしまう。プライベート/オフィシャルが渾然一体としたまま24時間「つながる」ことができるメディアであるため、履歴やライフログを利用できてしまう。SNSを含めたデータベース上での記録を利用することは、学生の監視や「履歴管理」(さらには、それを予期してもたらされる行動の変容)という側面を持っている。 |
(4) | 主な条件は、1)公共的な地域活動であるか、2)活動の事実を教員が確認できるか、3)他の学生も参加できるかというもの。特定の個人や団体・企業の利益になる活動は避けている。 |
参考文献 | |
[1] | 矢守克也: アクションリサーチ−実践する人間科学. 新曜社, 2010. |
[2] | 石井淳蔵: 最新手法「プロセス・ソリューション」でビジネスモデルが激変. プレジデント, 8月13日号, 2012. |