人材育成のための授業紹介・経営学
犬塚 正智(創価大学 経営学部教授)
授業改善は、終わりのない知識創造活動であり、新たな知識を提供するだけでなく学生のいわば暗黙知を教員が表出化していき、新たな知識を共有化していく知識創造プロセスであると解釈できます。所謂、SECI(1)のスパイラル的運動を学生に対する新たな知識創造に繋げていけるかどうか、そこに教員の創意工夫の醍醐味があると思います。
経営戦略論における授業改善の取り組みを通して、学生の自立した学習を促すようなヒントやトリガーを提供することが執筆の動機です。経営戦略論は創価大学経営学部において基礎科目を習得した者を対象として、3年次以降から履修できる選択必修科目(他学部履修も可)として位置づけられています。最近の平均履修者数は120名前後であり、3年次生の履修は全体の7〜8割を占めます。
本講義は、テキストを中心に進めるものの、DVD教材で企業経営をより具体的に考えてもらったり、外部講師を招聘して専門性の高い経営関連知識を学習したり、単なる座学の領域を超えた取り組みに挑戦しているというのが現状です。授業の成否を決定する要因は、概して手間暇をかけた教員の精力的な取り組みに懸っていると思います。
私は、PDCAサイクルをできるだけ小さな単位で回転させ、授業内容の向上と質の保証を確保することが肝要であると考えます。例えば、授業で事例分析の方法(SWOT)(2)を学習した後、学生が日本企業のSWOT分析を実施するとします。学生が、当該企業の企業財務指標、長期経営目標、経営戦略などを解釈して、当該企業の強み、弱み、機会、脅威を明らかにし、最後に適切な意思決定を行えるかどうかが分析のポイントになります。すなわち、企業の強み、弱み、機会、脅威をどのような知識と情報から判断するかが重要な要因となります。教員は、学生が入手した情報やデータを解釈するためのキー概念やヒントをタイムリーにコミュニケートすることが必要です。学生からの質問、その回答に関してICT(スマートフォンとWebとの連携)を活用してスピーディーに受け渡し、 SWOT分析の完成へと導くこと。つまり、 PDCAを小さな単位で回わすということは、学生に理解させたい技法(SWOT分析)を1コマないし2コマのうちに自分のものにできるように講義設定するという意味です。このようにして身に着けた分析技法は、他企業のSWOT分析にも応用可能であり、さらに現場で経験を重ねることにより実学的な即戦力となります。
本講義は、授業計画で示した講義目標を達成するために、具体的な小目標を設けてモジュラー化し、それらを積み重ねていくという方法をとっています。譬えれば、スマートフォーンの性能は、一つ一つの構成部品の品質を高めること、インターフェイスを共通化すること、部品間の擦り合わせを上手くやることで決まります。製品とサービスの違いはあっても、教育というサービス業も授業の質保障を厳格に実施して、学力アップにつなげていく地道な作業が必要なのは自明の理です。
本講義を進める上で大きな役割を占めるのが、創価大学学生支援ポータルサイトPLAS(Portal for Learning Assisted Service)の活用です。ICTの活用が進展するにつれ、PLASの機能は次々に改善されています。学生から利用できるPLASの基本的機能は、学生それぞれの履修・成績管理、時間割の管理など教務との連携、各授業科目におけるシラバスの参照、休講・補講情報、資料のダウンロードや関連サイトへのリンク、課題の提出、小テスト、アンケート、フォーラム、学生からの成績問い合わせと回答、学習・キャリアポートフォリオです。また、PLASの教職員向け学習支援機能は、シラバス入力、事務手続きのオンライン化、必要提出書類のダウンロード、自己点検のための業績一覧更新です。さらに、出席管理システム、学期末の授業科目を対象に実施される授業アンケートの携帯電話による入力や、集計結果の閲覧、結果へのコメント入力、学生からの成績評価の問い合わせに対する質問票もこのシステムに取り込まれています。
さて、本講義の特徴は、PDCAサイクルをできるだけ小さな単位で回転させ、授業活動における品質管理を円滑に進めている点にあります。この小さな単位は、モジュラー化されており、PDCAを廻しながら継続的に授業を改善しようとする考え方であります。簡単ではありますが、私の三つの取り組みを紹介したいと思います。
(1)スマートフォーンからの書き込みに連動させたWebを使ったコミュニケーション
本講義では、QRコードを登録してもらい、学生からリアルタイムで意見や感想を書き込んでもらっています。この取り組みは、何人かのディスカッションで終わらせることなく、全体としての知識の共有化を図る方法として効果をあげています。また、過去の講義や個人的な質問などにはメールによって12時間以内に回答し、講義の疑問や悩みをいち早く解決できるように心がけています。
(2)経済小説(ビジネス小説)の課題図書を用いたレポート作成
経営学関連学術書とは別に、ビジネス分野の経済小説が多くの読者の支持を集めています。実践力を養うために経済小説を読んでもらい、レポートを作成して提出させています。この取り組みは、実学的な側面を持つ経営学関連の知識を読書による疑似体験を通して学習することを狙いとしています。電子本棚(ブグログ(3))の機能を活用して、厳選した経済小説の中から1タイトルを選んでレポートを作成してもらいます(図1)。今年は、98冊の図書を提示し、その推薦理由、図書のストーリーを明記し、ブックストアーへのリングやほかの読者のコメント(ランクを含む)などの情報を提供しました。学生は、そのような情報を参考に、自分の興味のあるストーリーを選んでレポートを作成することができます。日本の経済小説は、質量ともに充実していて、仕事に役立つ知識の宝庫であると言えます。全般的なレポート評価の目安とするために、事前に受講者にはレポートルーブリック(4)を明示し、評価基準を明らかにしています。これにより学生自ら提出前にレポートをチェックし、より良いレポート作成ができるようになりました。学生は、レポートの形式もさることながら、専門用語の理解、主張の理解、参考文献等を明示することが普通にできるようになりました。
図1 電子本棚「私の本棚」の画面
(3)PLASを使った学生からの成績に対する質問・回答システム
成績評価は、学生の最重要関心事であり、それは、個別により具体的に明らかにしなければならないと思います。例えば、成績がAという場合、なぜそのようになったのか、学生は具体的な理由を聞く権利があります。教員は、学生から成績の問い合わせがあれば、客観的な証拠を示す必要があると思いますので、私の場合、成績内容を前述したモジュラーごとの評価単位で示せるように具体化しました。図2と次ページの図3は、本講義の成績に関する問い合わせについて、そのやり取りを実例で示したものです。この例で読み取れるように、学生は相当努力をしており、自分としてはS(最高評価)であると思っているが、なぜ成績Aであるのか、その理由が知りたい。それだけでなく、なぜSに届かなかったのかについて、どこに問題点があったかを知りたがっています。このような向上心を持った学生に対して、しっかりと疑問に回答することは大変重要なことであると思います。PLASを使ったスピーディーなやり取りによって、どうすればさらなる成績アップにつながるのか、そのためのヒントを得るだけでなく、評価に対する信頼性を得ることにも繋がります。
受付番号:0011
学籍番号: AKB1111 学生氏名: 創価太郎さん
教員名: 犬塚正智曜日・時限: 水曜日1 時限・金曜日2 時限
講義名: 経営戦略論
評価: A
質問事項:
A 評定について、S 評定に及ばなかった理由を、評価・試験方法基準に従いお伺いしたいです。反省点を踏まえ、今後の勉学へと改善点を活かしていきたいと考えておりますので、ご回答宜しくお願い致します。(評価・試験方法)まず、レポートに関しましては、二回の課題レポートを期限内に提出済みですが、20%に及んでいますでしょうか。
レポート内容に関して、何か改善点等があれば教えて頂けますか。次に、実技・作品等の点で、授業中2〜3回、ディスカッション内容の発表を行いましたが、より積極的な発表等が必要でしょうか。また、日常点に関しまして全5回のレポートを提出済みですが、評価に至らなかった理由をお聞かせ下さい。最後に、全体の私の評価を通しまして、S 評定に至らなかった理由をお聞かせ下さい。図2 学生からの質問
創価さんから質問をいただきましたが、ご要望のように回答は貴方の勉学への改善点という観点からお答えしたいと思います。
まず、貴方の成績一覧をご覧ください。中間試験と期末試験の素点での点数は53点、73点です。中間は平均点55点に届きませんでしたが、期末は平均57点を上回りました。しかしながら、期末テストの73点は上位15%には届きません。レポート、実技(出席ポイントも含む)併せて30%の基準ですが、レポート1が5ポイント、レポート2が6ポイント、出席が27ポイントでほぼ満点です。日常点は発表とキーワードからなり、5ポイン+5ポイントですのでこれも高ポイントです。試験の点数をポイントに再換算して、合計した点数が、総合点83点となります。S評価は総合点で90点以上となりますので、貴方の成績は上位25%内でA評価となります。あと7点届きませんでした。数式で説明すると誤解を招く恐れがありますので、方法・解釈については教員の判断になります。図3 成績一覧と質問への回答
授業アンケート結果をもとに、授業改善の取り組みでそれなりの効果が表れたところをピックアップして明示します。
表1からわかるように、本授業の予習・復習の時間が大幅にアップしたことです。まず、予習・復習の時間をどれくらいとっているかという設問を見てみます。項目(1)の数値では、大学平均が2.71であるのに対して、本科目平均は3.24に上昇しました。数値3は、1時間、数値4は2時間を表しており、学生は事前学習と復習を合わせて毎回1.4時間以上の勉強をしているという結果です。
さらに、「(3)あなたはこの授業のシラバスに書いてある到達項目をどの程度達成したか」という質問については、5段階で3.68という数値でした。大学平均の3.55を若干、上回る数値となっています。
予習復習に時間を費やす学生が増加したことは、自立した学習を目指し、授業参加に積極的な関わりを持とうという学生が増えたことを意味していると考えられます。実際、授業改善は終わりのない知識創造活動であり、まだまだ多くの課題が残されています。
表1 アンケート集計表(学生の振り返り項目)
注 | |
(1) | SECIとは知識創造活動についてのナレッジ・マネジメント(knowledge management)フレームワーク。個人が持つ暗黙知は、「共同化」(Socialization)、「表出化」(Externalization)、「連結化」(Combination)、「内面化」(Internalization)という四つの変換プロセスを経ることで集団や組織の共有の知識となります。 |
(2) | SWOT分析は全体評価を行うための分析手法。それはStrength(強み)、Weakness(弱み)Opportunity(機会)、Threat(脅威)の四つの視点から評価を行うことです。またSWOT分析は企業(事業単位)を内部環境(強み・弱み)と外部環境(機会・脅威)に分けて評価分析する手法です。 |
(3) | ブグログは株式会社ブグログの登録商標です。 |
(4) | レポートルーブリックは、レポートの形式と内容について、評価基準を明らかにしチェックするために考案されたものである。例えば、レポート構成について、序論・本論・結論が明確になっており、さらに序論に対する結論が明記されている場合は、評価100%、全くない場合は0%、序論・本論・結論が明確になっているだけの場合は50%という基準を事前に示すことが特徴です。その他の評価としては、要旨理解、文章の統一、誤字・脱字という項目を設けています。 |
関連URL | |
[1] | 創価大学経営学部 http://keiei.soka.ac.jp/ |
[2] | 創価大学学生支援ポータルサイト https://plas.soka.ac.jp/csp/plas/login.csp |
[3] | 私の本棚 http://booklog.jp/users/inuzukamasatomo |