人材育成のための授業紹介・経営学

初年次経営学の授業とICT
〜携帯等メールの活用による学修意欲の向上〜

(日本大学 商学部教授)

1.はじめに:シンプルな事例として

 本ケースは、1年次前学期の必修科目「経営学I」を学び終えた学生が後学期以降に選択必修科目として履修する「経営学II」の中で実践される一つの試みです。履修者全員が自分の意見を発表する場を作ることを念頭に置き、授業当日に先だって学生が自分の携帯電話やスマホから担当教員に決められた形式のメールを送信する仕組みを導入しました。学修意欲を高め、積極的に授業に参画するきっかけとなるようです。

2.授業のねらい:新入生の視点を生かして

(1)この科目の目指すもの

 この授業が目指すものは、新入生たちの「経営学はとっつきにくい」という先入観を打ち破り、「経営学が好きになった!」という実感が得られるように導くことにあります。入学したばかりの1年生にたずねると、高校のときに「マーケティング」という言葉は習ったけれども、「経営」や「マネジメント」という言葉にはあまり馴染みがない、という学生がほとんどのようです。そのため、初年次の段階における「経営学を学ぶきっかけ」を工夫するべく、試行錯誤ののちに中間地点として この方法に辿りつきました。
 この授業では、特定の知識を得ることよりも、むしろ「2年次以降に時間割表が体系的に組み立てられること」に重点を置きました。実際、時間割表には「経営管理論」、「経営組織論」、「人的資源管理論」、「経営戦略論」などおびただしい数の経営学科目が記されており、初学者にはどう選択したらよいか迷わないほうが不思議なくらいかもしれません。そこで、「経営学II」ではそれらの中身に入って細かく学ぶのではなく、様々な社会現象をテーマに取り上げ、サークル活動やアルバイトなどの身近な体験を踏まえつつ、それが経営学とどのように関わるのかを自ら発見することに主眼を置きました。そしてその発見を文章化し、意見交換をしながら、当該回のエッセンスを理解し、対応する関連科目名を確認する作業を重ねることにしました。

(2)なぜメールなのか

 携帯等メールを活用することは、初年次生と接する「経営学II」の授業運営において欠かせないものになっています。高校を出たばかりの学生にとって、得意な領域と不得意な領域があるのは当然のことです。「マネジメント」という言葉は不得意でも、ICTを駆使することは概して得意なようです。彼らの内面において「何かを発信したい」という潜在的な欲求があるように感じられます。授業中に発言をするのは恥ずかしいが、ツイッターやブログで短文を発信するのは日常茶飯事。スマホやiPadを駆使してFacebookやLINEによるコミュニケーションをとることが生活の一部となっています。そうであれば、まずは学生たちの得意な領域から出発し、徐々にバーを高めていってはどうだろうか。こうした発想がアイデアの原点となっています。
 本ケースの試みは、ICTの活用といっても、学生から見たら「一時代昔のやり方」に映るのではないかと思われます。ところが、この程度のICT活用であっても、彼らには親しみやすいコミュニケーション・ツールであり、受け入れやすさと安心感が共有されて、むしろ自ら主体的に動くことのきっかけになるようです。

3.授業の進め方

(1)時間配分と事前準備

 1コマ90分の時間配分は、1)導入10分(教員による趣旨説明、関連する最近の話題の提供)、2)意見交換70分(キーワードの確認、受講者からの話題提供と意見交換)、3)まとめ10分(予習課題の確認、ミニテスト/発言票の提出)となります。実に70分という長い時間を意見交換の時間にとっているため、「それで確実な知識が伝わるのか」、「講義になっているのか」と疑問を呈する向きもあろうかと思います。これを補うのが、事前に受講者から教員にメールで投稿される「200字話題提供リポート」です。これらの投稿を全文掲載したレジュメを前々日までに学内ポータルサイトで配信しておき、授業当日にこのレジュメを使用して対話形式で考察を進めていきます。レジュメは各回A4判4枚分に抑え、20名前後の投稿をすべて掲載する他、テキストで該当する章・ページ、今日のねらい、キーワード(五つに限定)、次週への宿題を記します。

表1 「経営学II」の各回テーマ(初回、中間討論、最終回を除く)

2 大学を卒業、そしてあなたの人生設計は 雇用流動化と就業形態の多様化
3 あの上司の下で働きたいのはなぜか? 動機づけとリーダーシップ
4 身の回りの「マーケティング」を探そう マーケティング戦略
5 「みんなでサボればこわくない」のか? 生産システムの進化(テイラー)
6 ベルトコンベアを外したほうが効率的? 生産システムの進化(フォード)
7 21世紀アジアの生産モデルの強さを探る 生産システムの進化(アジア編)
8 店の資金繰りは? 値引きして大丈夫? 財務管理
9 「自分だけ儲かればよい」のか? 労働者の経営参加、CSRと企業倫理
10 どの会社で働きたい? それとも起業? 中小企業とベンチャー企業、企業評価
11 もしあなたが中国駐在を命じられたら? 経営の国際化とグローバリゼーション
12 近未来の日本経営:米国式? 中国式? 日本型経営システムとその変容(1)
13 夢を捨てないで!世界に羽ばたくために 日本型経営システムとその変容(2)

(2)毎回のテーマとその告知

 テキストは1年次前学期の必修科目である「経営学I」で使われる本の「第2部」(=後半部分)を活用します(「経営学I」では「第1部」を学びます)。毎回のテーマは、「生産管理」、「財務管理」、「企業倫理」、「グローバル経営」などのテキストの章立てに沿った文言を前面に出さず、表1のような形で具体的な問題意識を明示することにしました。このようにしたほうが、学生にとってイメージが湧きやすくなるようです。
 さらに、「投稿のための話題一覧表」をシラバスの付属文書として9月の初回授業の開始前から学生に開示しておきます。表2の通り、話題一覧表には、五つのキーワードのほか、毎回2項目程度の具体的な話題が示され、全部で26項目ほど並んでいます。学生たちは初回の授業時に「どのキーワードまたは話題において主要討論者になりたいか」をめぐる希望を三つまでエントリーします。教員は2回目の授業までに受講者一人につき一つ割り当てます。こうして主要討論者が毎回20名ほど選ばれます。メールによる投稿と意見交換時の話題提供等はセットにして平常点の一部として換算されます(平成24年度の平常点は30%)。
 主要討論者には、教室の最前列に座ってもらい、該当者にマイクを回して1分以内で発表してもらうようにします。それぞれ教員とのやりとりを若干交わした後、次の人にマイクを回します。その順序はあらかじめ作成するレジュメの中に織り込んでおきます。一通り主要討論者が話し終わった後、他の学生の意見を次々に歓迎します。この中で、不正解の発言の場合でも、まずはその旨を指摘せず、「この意見は気づかなかったが、どなたかほかの観点もあるでしょうか」とコメントし、拍手で励ますように心掛けます。

表2 「経営学II」の話題一覧表のイメージ(26項目中の3項目を抜粋)

【話題3-1】 アルバイト先の和風レストランではお冷(=水)を出しますが、お茶は出しません。私はあんみつを注文したお客様にお茶も出したほうがいいと思います。上司に話して大丈夫でしょうか。
【話題5-2】 テイラーの画期的な点はストップウォッチを用いたことです。アルバイトの経験などで時間に対する考え方が以前とは変化したことはありますか。科学的管理法との共通点はありますか。
【話題11-2】 吉野家やマクドナルドは中国にもありますが、日本のお店とは雰囲気が違います。現地を滞在したことのある方や、現地の資料が読める方を中心にして、その違いをお聞かせください。

(3)受講者数の多寡に応じた工夫

 私の担当する「経営学II」を履修した学生数は、平成21年度まで数十名でしたが、平成22年度と平成23年度には百数十名に増加し、そのうち80名近くが「全出席」し、「1回のみ欠席」を含めると100名を超えました。平成24年度は当初の履修者が500名を超えたため、教室を講堂に変更したり、他の授業に回ってもらったりという措置をとり、やむをえず300名程度に抑えました。毎回のミニテストの返却も物理的に不可能となり、主要討論者と飛び入り発言者に「発言票」を配付し、裏面に書いてもらう方式に変更しました。
 確かに、授業の最後にミニテストを出題し赤ペンを入れて返却すると、学生にとって満足度が高くなりますが、教員には相当な負担となります。これまでの経験では、数十名ならば可能、百名台ではかなり大変、200名を超えると休日返上でも困難となりました。こうした理由により、平成24年度は「発言票」方式に切り替えましたが、ミニテスト方式を取りやめても、学生はメールを用いて教員とコミュニケーションをとることができますので、授業時間以外に追加の質問をしたいという学生のニーズに応えることが可能です。この種の追加質問はさほど数が多いわけではなく、パニックになるほどの問題が生じることはありませんでした。また、こうした授業運営を実現するに当たり、教務課スタッフの理解と協力が大きな助けとなりました。

(4)準備過程におけるメールのやり取り

 毎回20名前後の学生から投稿を受け付けレジュメを編集する作業は、さほど苦痛にはなりませんでした。メールの送受信件数は半年間で434通に上り、多少の時間が掛かったはずですが、導入部分のみを教員があらかじめ用意すれば、基本的にあとは並べ方を工夫し「××××さんからの話題提供」と付記した投稿内容を貼り付ける程度のルーチンワークと言えます。もちろん、未投稿者への「リマインダーの送付」の他、字数を大幅に逸脱した力作の投稿もありますが、後者などはうれしいものです。ただし、字数制限もルールですから「字数を縮約して再投稿して下さい」とアドバイスを送り、理解を求めました。
 また、ある学生はスマホから、ある学生はパソコンからメッセージを送ってきますが、その際に「適切な件名を付けましょう」、「自分の名前を書きましょう」、「友達同士の会話とは異なります。スキルアップのため、きちんと書いてみましょう」などのアドバイスを添えることがしばしばありました。このような活動を通じて広い意味で「ビジネスマナー」の教育を行うことができるので、一石二鳥の感を強く持ちました。
 そもそも、ICT活用の基本は、生のコミュニケーションにあり、その逆ではないはずです。そして、最新ICTツールにせよ、生のコミュニケーションにせよ、このような時代であればこそ、人間と人間との間で交わされる最も基本的なマナーを学ぶことが、初年次教育において肝要であるように思料されるところです。

(5)板書をどのように位置づけるか

 板書については、必要に応じて手書きで黒板に示したり、画像をスクリーンに映し出したり、PowerPointを用いたりしました。ただし、あまり多くの情報があると対話に集中できなくなるので、最小限にとどめました。平成24年度は講堂での授業となり、黒板の代わりに小さなホワイトボードを使うこともありました。
 そもそも人の話を聞かないで黒板を写すだけの作業は、学生にとってどれほどの学修効果があるのでしょうか。最近ではスマホで写真を撮って済ませてしまう学生も少なくありません。それを資料にして復習時に深めるのならばよいのですが、そこまで熱心な学生ばかりとは限りません。それならばいっそ、基本的には板書を行わず、必要に応じて使用するにとどめ、自主的に手書きでメモをとることを学生に奨励したほうがよいのではないか。こうした考え方で授業を設計するように心掛けました。ここは議論が二分するところでしょう。

4.おわりに:教育効果をめぐって

 本ケースはさらなる改善が必要ですが、現段階の感想を若干連ねてまとめに代えたいと思います。
 まず、このやり方ではテキストの一部分しか触れていないようですが、予習範囲が決まっているため、受講者はかえって深く広く予習をしてくる傾向が見られるようです。授業の最後に「まとめの時間」をとることであやふやさを解消することにより、「授業の進行が速い」という苦情もありませんでした。
 授業の最終回に提出される学生の感想を読むと、「経営学が身近に感じられるようになった」、「大学に来るのが楽しみになった」、「毎回あっという間の90分ですね」という声が毎年多数寄せられていることから、ある程度までねらいが達成できたのではないか、と手応えを感じています。どうやら、一人の教員が話し続けるより、声質の異なる複数の人たちの掛け合いのほうが、傾聴する立場としても疲れが少ないようです。
 また、教員として、学生が間違ったときに適切な軌道修正を施しますが、何より大切なのは学生を信じる気持ちです。どんな舞台装置があっても、信頼関係がなければ授業は成立しません。このようにして教員・主要討論者・フロアの三者が一体となり、ライヴで「ハラハラする緊張感」がよい刺激になるようです。
 携帯等メールの活用は、こうした舞台装置を作り上げるために不可欠の存在となっています。


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】