教育・学習支援への取り組み
女子栄養大学短期大学部は創立者・香川昇三と綾が昭和8(1933)年、東京・小石川の自宅に家庭食養研究会を発足したことに始まります。昭和25(1950)年、女子栄養短期大学として開学し、その後、平成12(2000)年に女子栄養大学短期大学部に改称しました。
学生数368人、専任教員数19人、専任職員数24人(平成25年5月1日現在)で、食物栄養学科の1学科のみから成ります。その教育目的は「社会・環境と健康」、「人体の構造と機能」、「疾病の成り立ち」、「食べ物と健康」などに関する基礎的な知識を教授研究し、食を通して疾病を予防し、人々の健康を維持増進することに貢献できる専門家としての栄養士を養成することです。また、栄養教諭の養成を行い、食育を担う社会人を育成することでもあります。食物と人体の関係を理解し、正しい食生活を実践することができる知識と技術を学ぶことによって人々の健康の維持・改善に貢献し、その結果として多くの人々が充実した人生を享受できるよう、ライフワークとして社会で活躍できる専門家としての人材を育成しています。
本学の教育目標を達成するためには、人体の正常な状態、ならびに病的な状態に関する理解が必須であることは言うまでもありません。そのため、教育の一層の改善の一環として生理学研究室にて生理学と病態生理学を中心に解説している「一歩一歩学ぶ生命科学(人体)」(以下「一歩一歩」)を展開しています。
その特長を以下に紹介します。
図1 「一歩一歩」の典型的なイラスト
図2 「一歩一歩」のまとめイラスト
(1)入学前自己学習の内容と仕組み
医療系の女子短期大学への入学手続き者に「一歩一歩」の中学レベルの自己学習を2012年12月に課しました。また、中学レベルの小テストを形成的に施行しました。結果は、次ページの図3のピンク色枠の通り(平均65.4点)であり、高等教育を受講するための基礎的知識が大きく欠如している実態が窺えます。また、同日に「今、ご自身が短大において生命科学を勉強できる、とどの程度の自信があるでしょうか?」と聞いてみました。その結果102名から回答が得られ、選択肢ごとの回答数は、表1の通りとなり、自信のなさが窺えました。
大丈夫と思っている | 9名 |
何とかなると思っている | 22名 |
何とかなることを願っている | 38名 |
自信はあまりない | 22名 |
自信はぜんぜんない | 11名 |
入学前教育は、冊子版とMoodle版のアカウントとを配付し、解説を読み、視聴し、各ステップに掲載されているクイズを解答する自己学習としました。勉強を強制するために、クイズのプール(計367題)から50題が無作為に出題される評価テストを入学直後(2013年4月第1週)に必修科目である解剖生理学の授業で施行するので、75点以上を取得することが解剖生理学の単位取得に必須である、と伝えました。
中学レベルを13の章に分け、毎週新たな章一つを勉強し、その章に含まれるクイズから無作為に20題出題される小テスト、また(毎週増えていく)それまでのすべての章に含まれるクイズから出題される小テストの二つについて、オンライン(Moodle)で75点以上を取得することを毎週の宿題としました。
進捗状況はMoodleで管理し、毎週、その週の提出率、平均点などを全員にメールしました。また、提出なしが連続する場合、個人へのメール、電話、保護者への電話へと徐々に指導を強化しました。また、「内容が簡単すぎて入学前に勉強しなくても入学直後の評価テストには合格できる、などの状況も教えてください」と、オンラインの提出は手段であり、入学直後の評価テストがとりあえずの目的であることも明確に伝えました。
本学では、入試区分ごとに、入学手続き完了直後に公式アカウント(ID兼メールアドレス、パスワード)を発行し、入学前教育を開始させています。入学前教育などに関する連絡はすべて公式メールアドレス(eiyoアドレス)のみへ送付し、定期的にチェックせざるを得ない状況にしています。入学後も、教職員は学生がチェックしてくれるためにeiyoアドレスへ送信し、学生も連絡が届くためにeiyoアドレスをチェックする、という良い循環が生まれています。Moodleのアカウントは、学内の他のシステムと同様、WindowsのActiveDirectoryを基盤とする統合認証であり、統一のID、パスワードでログインできます。「初めが肝心」なのであり、教員と技術系職員の協力による入学前のICT活用が、入学後の方向性を確立しているわけです。
(2)評価テストと学生アンケートの結果
4月第1週における評価テストの成績は図3の青い箱(平均89.6点)で示されています。自己学習前と比べて分布の形が大きく変わっています。
図3 「一歩一歩」自己学習による知識量の変化
12名が4月第1週では、合格点をとることができなかったのですが、4月中に過半数が、7月までには全員が再テストに合格し、入学前に必須とした設定を取り下げる必要は、今年度もありませんでした。また、4月第1週に匿名アンケートを施行し、「本教材に取り組むことにより、ご自身が生命科学を勉強できる、との自信は変わったでしょうか?入学後の授業、勉強に対する期待感、意欲は変わったでしょうか?」と聞いたところ、表2の通り、大部分の学生において(少しも含めて)自信も意欲も増大する、という喜ばしい結果を得ました。
気持ちの変化 | 自信 | 意欲 |
大きくなった | 24名 | 23名 |
少し大きくなった | 109名 | 117名 |
別に変わらなかった | 31名 | 25名 |
少し小さくなった | 4名 | 3名 |
小さくなった | 2名 | 2名 |
さらに、「一歩一歩」のわかりやすさに関しては、表3のとおり、回答者全員が「何とか分かった」以上、大部分が「よく分かった」以上でした。フリーコメント欄には、「ひとつひとつの項目が簡潔にまとめられていて、勉強しよう、すればわかるさ、という気にさせてくれたので有難かったです。」「とてもわかりやすくておもしろいです!!」「最初は、どれだけできるか不安でしたが、終わってみたら山を登り終えていたような感じで、少しずつ少しずつ学習したものが積み重なっていたのだと思いました。」「生命科学についてすごくわかりやすく、イラスト付きだったので、身に付きました。」「とてもわかりやすくて、勉強意欲が湧く教材でした!」と、こちらの狙いがかなり成就していることが示唆されました。
とてもよく分かった | 64名 |
よく分かった | 78名 |
なんとか分かった | 28名 |
分からなかった | 0名 |
ぜんぜん分からなかった | 0名 |
入学前の「一歩一歩」中学校レベルの自己学習の意義を、さらに、2013年度前期の14週目(7月下旬)に匿名アンケートしました。90%以上の学生が、解剖生理学の予習として取り組むことの有効性を認め、さらに過半数の学生は、解剖生理学だけに限定しない有効性をも認めました。
「一歩一歩」のコンテンツは、入学前の中学レベルだけではなく、高校レベル、医療系高等教育レベルの生理学、主な病態生理学などがあり、完成度はそれぞれ99%、95%、90%ほどです。そのため、入学前と同様、プールし公開してあるクイズから無作為に出題される評価テストで75点以上を取得することを、入学後の授業でも単位取得に必須として、勉強を強制することができています。小テストを無数に繰り返すことも当然可能です。例えば、入学後の腎臓の授業では、入学前に勉強し、4月第1週に合格した範囲の腎臓をあらかじめ復習させ、授業の最初に復習テストを課しています。徹底的に作りこんだイラストであるため、低学力者に対応しなければならないときは「このイラストのどこが分からないの?」「このイラストをわかるところまで説明してみてくれる?」などにより、最低限の会話が成立しています。さらに、「先生ごっこ」と称し、授業で説明を受けたイラストを隣の学生に説明する時間を、ほぼ毎回設定しています。これもミニ・アクティブ・ラーニングと思われます。学生は受け身で、教員が準備した教材・イラストを説明されるのですが、自分でそれを理解し、文章を構成し、同級生に説明するのです。その過程、経験により、イラストも記憶に残りやすく、高さが1ミリしかないかもしれませんが、階段を上れたとの成功体験が次への意欲に結びついていることは確実です。
自然科学研究機構 生理学研究所 医学生理学教育開発室のプロジェクトとして、 WikipediaのプログラムでありWiki機能のスタンダードであるMediaWikiと、e-LearningのスタンダードであるMoodleとを連携させました。MediaWikiの「ページ」がステップ・バイ・ステップの単位になっています。ページに文字、イラスト(JPEG形式)、音声付動画(FLASH, M4V形式)、クイズ(GIFT形式)を掲載します。個々のページを章単位でくくり、章を集めた目次ページ機能を実装しました。目次ページにリンクされているすべてのページを、ワンクリックで印刷する機能、またMoodleのリストア機能を使ってインポートし得るzipファイルへエキスポートする機能を、MediaWikiに実装しました。リストアしたMoodleコースの「問題バンク」においては、MediaWikiの目次ページの章ごとに自動的にカテゴリー分類されます。
情報シェアリングのプラットホームとしていただく可能性を探っていきたいと思っています。MediaWiki上の目次ページ作成権限により、現在の豊富なコンテンツに加筆、修正をも加え、教員、学科、学部、教育機関、時期、対象ごとにふさわしいページをふさわしい順番でパッケージを作成することができるわけです。どの教育現場にとっても「一歩一歩」の斬新で遊び心にあふれ、教育的効果もオリジナリティも高いコンテンツを活用していただいた方が、新たに開発するよりも、時間的、人的、経済的リソースの大幅削減は担保されると思います。
高等教育機関によるこのような基礎的内容のシステム化は、高等教育全体の一層の発展、すなわち本来の社会的使命である発展的学習のための重要な突破口となり得ると思われます。生命科学において蓄積したノウハウの他分野への応用も可能性を追求すべきです。それをなし得た際、高等教育のさらなる発展のための核が(紙芝居、MANGAなどを生み出した)日本から世界へ発信される可能性もあると思います。
文責: | 女子栄養大学短期大学部 生理学研究室教授 渋谷 まさと 総務部 情報・ネットワーク担当課長 井手 政司 |