巻頭言
石黒 宣俊(桜花学園大学学長)
「心豊かで、気品に富み、洗練された近代女性の育成」を建学の精神として、桜花学園大学が創設されたのは、平成10年(1998年)である。大学として存在するために試行錯誤しながら改革改変に取り組んだ。現在は保育学部(入学定員145名)、学芸学部(入学定員80名)の2学部から成立っている女子大である。この状況が示すが如く、本学は新設で小規模な大学である。
この15年の間に、日本社会を震撼させる出来事が発生した。なかでも東日本大震災ならびに福島の原発事故は終生記憶に残るものとなろう。ただ大学に限って言えば、大学改革に尽きる。文部科学省、政財界、社会からの要求はトーンは上がっても下がることはない。その背景にはIT機器の進歩によりICTシステムが整備され、社会のあらゆる分野に浸透し世界的規模に広がった結果、到来した情報重視の環境がある。いわゆるグローバリゼーションの主張もこれと無関係ではあるまい。
さて、本学は設立間もない大学であるが、桜花学園の歴史は明治36年(1903年)に始まる。創始者 大渓 専(もはら)翁の教育の理想は、信念ある女性の育成であり、「教育に親切たれ」をモットーに女性の地位向上のために盡力した。以来、本学園の教育方針は対面教育それも少人数教育を重視してきた。従って、ICTによる授業、eラーニングを導入するにしても、従来の伝統的な教育方針との整合性が求められることになる。
以下ささやかであるが、本学で行われている情報教育の実情を紹介する。まず、基礎教養科目としてコンピュータ関連の枠(4単位)を設け、コンピュータの取り扱い、情報収集とその選択、リテラシーなどについて教授している。これを踏まえて、学芸学部ではMoodleによるeラーニングが主要な授業に導入されているが、あくまでもその位置づけは、対面授業の補完であり、予習、復習、授業の省察による教員との会話、レポート提出の範囲に止まっている。保育学部は、教育・保育専門職養成を目的とし、専門的知識や技術をいかにして実践と結びつけるかを重視し、学生の個別指導相談はゼミ(各学年必修科目)で行う体制になっているので、ICTによる授業はほとんど行われていない。また、社会的ニーズは教育実習や県が主催する愛知県現任保育士研修(本学は主任、中堅前期保育士研修の2部門を担当)の場で把握し、それをカリキュラム改革などに結びつけている。こうした体制による学生指導・教育は大きな成果を挙げ、高い就職率(東洋経済2013年11月2日号)につながっている。しかしICTによる教育を軽視している訳ではない。来年度から大学間連携共同教育事業(平成24年度選定)によって導入したeラーニングシステム「manaba」、遠隔講義システムによる連携大学との同時授業やオンデマンド授業も始まる。これらを体験することによりICTによる授業におけるメリット、デメリットを体験できる意義は大きい。
我々はICTならびにそのシステムから膨大な情報を得ながら生きている。これらの情報を的確に選別して利用できればメリットは大きい。教育改革、学生指導改革、学生生活の充実などの面で役立つからである。しかし危惧する面もある。1)機器が教育の媒体によって生じる教員と学生との微妙な阻隔の問題、2)今の学生は情報社会の中で育っている。ハード、ソフト、情報収集能力の面でも秀でている。だが情報を取捨選択し、有意義な情報を抽出構築して、実体験に結びつけるという点では劣っている。これら以外にもデメリットは考えられるが、それらを解消するためには、対面的な少人数教育や指導が必要になると思われる。また、情報の世界を最終的に統制するのは人であり、情報はそれを扱う人の道徳観によって左右される。心の豊かさや気品や信念は道徳と無縁ではない。建学の精神をしっかり教授することもデメリット解消に役立つと思われる。