人材育成のための授業紹介・医学

ICTを活用した「振り返り」授業

渡辺 淳(関西医科大学 大学情報センター 学術・業務部門准教授)

1.はじめに

 知識や技能の修得に際し、考えずに正答を探そうとしてしまう学生は少なくなくありません。知識を与えられること(spoon feeding) に慣らされた学生にアクティブラーニングの習慣を早期に獲得させることは医学のみならず、他の学系においても喫緊の課題と考えられます。
 他方、医学部低学年時には、学習内容と臨床医学の結びつきがわかり難いためか、入学時の高いモチベーションを維持しにくくなる傾向があります。そこで、低学年時における学習に対するモチベーションの維持・強化も重要な課題です。
 そこで、アクティブラーニングのための学習姿勢の獲得およびモチベーションの低下防止を期して、医学部初年時教育の一部にICTを活用した「振り返り」授業の導入を試みました。授業設計時には、以下の要件を考慮しました(図1)。

図1 授業の要件とフローの概要

1) アウトカムベース(不足知識への遡及を促す)

2) 臨床に結びつくと感じるインパクトのある題材

3) 学修中に次の目標設定ができる学習フロー

4)できるだけ体験型(実習・演習を伴う)

5)なぜ?」が出やすい授業シナリオ

6)その答えとなる科学的根拠の存在

2.授業科目の位置づけ

 「ICTを活用した『振り返り』授業」は、医学部初年次科目の「健康科学」で実施している「心肺蘇生(Basic Life Support; BLS)実習」、および別科目の「情報処理実習」で実施する「診療ガイドラインに触れる・BLSの振り返り」を組み合わせた、科目横断型授業です。
 学生は、医学教育モデル・コア・カリキュラムの「A-4. 課題探求・解決と学修の在り方、 (1) 課題探求・解決」項における一般目標(GIO)「自己の力で課題を発見し、自己学修によってそれを解決するための能力」の獲得に向けて、BLSを題材とした課題探求・解決を体験します。併せて、「E 診療の基本 3-(6)-1」」項の「救命処置(脳心肺蘇生)の基本的手技について説明し、モデルを用いて正しく実施できる」の達成を目指します。

3.ICTを活用した授業の内容

 「情報処理実習」、「健康科学」は医学部医学科初年時の必修科目で、全員(110名)が受講します。BLS実習と振り返りを合わせて1コマ70分間の授業3または4回で構成され、2011年度に導入しました。アウトラインは以下のとおりです。

1)ミニレクチャー

 「健康科学」の授業時(通常の対面教育)に、心肺蘇生の「適切な例」について公式トレーニング用の映像教材を学生に供覧し、手順とポイントを学生に認識させます(0.5〜1コマ)。

2)BLS実習

 学生を1グループ約8名に分け、心肺蘇生シミュレータとAED(自動体外式除細動器)を用いた心肺蘇生実習を行います。「健康科学」担当教員、救命救急センターの医師、初期研修や臨床実習でローテンション中の研修医および5、6年生、インストラクター資格を持つ医療職員が指導者となり、1グループあたり1〜3名の指導者を配して米国心臓協会 (American Heart Association; AHA)の公式トレーニングコースと同じ方式で実習を行います。
 学生は、心肺蘇生シミュレータを用いて、まず、胸骨圧迫などのステップ毎に必要な手技を習得し、次に、倒れた人を見つけてからAEDで蘇生させるまでの一連の行動を、ロールプレイ方式で役割を交替しながら繰り返し練習します(「健康科学」で実施:1コマ)。
 その様子を情報担当教職員が小型ビデオカメラで撮影し、倒れた人の発見から蘇生までの一連の行動(2.5〜5分間)を配信映像(3〜8本/グループ)に編集します(図2)。

図2 配信映像の例

3)振り返り

 次に「情報処理実習」の「BLSの振り返り・診療ガイドラインに触れる」を受講します(1または2コマ)。振り返りには学習支援システム(LMS:実装はMoodle)を用います。LMSにはBLSの映像、AHAの「心肺蘇生ガイドライン」(以下、ガイドライン)、プレ・ポストテスト、アンケート機能を用いた自己評価および他人(相互)評価用シートなどを準備してあります。それらを授業のフローに沿って順番に配置することでLMSがガイドの役割を果たします(図3)。

図3 LMS画面の例(2012年度)

3)−1 LMSを用いてBLSの内容に関する小テスト(プレテスト)を実施し、振り返 り実施前の理解度を確認します。

3)−2 LMS経由で配信される映像(図2)を各自がPC等で閲覧し、必要に応じてガ イドラインを参照しながら達成度・問題点について自己評価を行い、「よかった点、改善を心がける点」をLMSに記載します。

3)−3 グループ毎に集って映像を見ながら相互評価を行い、各メンバーの課題や疑問に関して、協力して解決のための方略策 定を試みます。次に、それらの自己評価・相互評価の結果を踏まえて「何が課題なのか、それをいつまでに、どうやって実現するのか」を  LMSに記録し、最後にポストテスト(プレテストと同じ設問)を受験します。

 なお、2013年度は振り返りに反転授業(flipped classroom)とチーム基盤型学習(TBL)の手法を導入し、授業時数を1コマにしました(図4)。

図4 反転授業とTBL導入時のLMS画面(2013年度)

4.ICT環境

 学内ネットワーク仮想化基盤上に用意されているLMSと映像・教材配信用Webサーバを用いています。学生は、学内であれば情報処理実習室常設のPC個人所有のPC、タブレット端末、スマートフォンからLMSや教材を無線LAN経由で随時利用できる他、自宅等からもVPNを用いて随時アクセスできます。

5.教育効果

 医学教育モデル・コア・カリキュラムの「課題探求・解決」の項における個別到達目標(SBO)の「必要な課題を自ら発見できたか」については自己評価シートの「改善を心がける点」への記載、また「課題を解決する具体的な方法を発見できたか」を「何が課題なのか、それをいつまでに、どうやって実現するか」への記載を用いて判定しました。3カ年とも結果は100%で、学生が、課題発見と解決のための方略策定を、この授業で体験していることが明らかとなりました。
 また、振り返り実施前のプレテストと実施後のポストテストの結果から、「救命処置の基本的手技について説明できる」という項目の到達度は振り返りによって有意に上昇(Wilcoxon signed-rank test; P<0.05)しました(図5)。

図5 得点分布の変化 (直近2年間)

6.今後の課題

 上述のように、比較的短期間で到達度の評価が可能な項目については、概ね良好な結果が得られつつあるように思われます。ただ、現時点ではこの試みが「学生の能動学習の推進にどの程度役立ったか」、および「モチベーションの維持にどれだけ役立ったか」について、初回の学生がまだ3学年であるために十分に評価できる段階にまで至っていないと考えています。LMSのデータはポートフォリオに移出可能となっていますが、継続したフォローアップを容易にするICTを活用した効果的なフィードバックの仕組み、科目・教員間の連携、およびそれに対応したカリキュラムの調整等が、これから重要になると考えられます。加えて、この試みが、能動学習の推進やモチベーションの維持にどれだけ役立ったかを客観的に評するための手法に関する検討も、また、重要と思われます。
 一方、学生へのアンケート調査によって、映像を用いた振り返りと相互評価、討論が自己の客観的な評価の実施を容易にしていること、および学生が「見られる」存在であることを体験する機会となっていることが判明しつつあります。この試みで行われている「行為に基づく省察(Reflection on action)」 、およびその後の到達目標の設定と方策策定 (行為のための省察;Reflection for action) はプロフェッショナリズムの涵養に重要な要素と考えられます。そこで、こういった経験を医師としてのプロフェッショナリズムの育成にどのように結びつけてゆけるのかを考慮し、授業の進め方を改善していく必要があると思われます。
 今後、できるだけ多くの初年次開講科目で授業の一部にこのような試みを導入し、気付きや問題発見・解決の機会を、学生に少しでも多く提供することが重要ではないかと考えています。


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