人材育成のための授業紹介・医学
中村 真理子(東京慈恵会医科大学 教育センター准教授)
木村 直史(東京慈恵会医科大学 医学教育研究室室長、教授)
本学は平成8年度に大幅な教育改革を行い、それまでの講座制を廃してコース・ユニット制の統合カリキュラムとなりました。その改革の一環として、平成15年度より学内試験を総合試験システム化しました。総合試験では客観的かつ適正な総括的評価を目指し、総合試験委員会による問題の評価検証を行うこと、判定基準の妥当性を検証すること、および試験問題を大学が一括管理することにより、教育評価の質を保証するシステムを目指しました。同時に、実施されたすべての総合試験問題をデータベース化し、試験問題サーバには各問題の特性(正答率、識別指数など)、学生の回答パターン、模範解答等が蓄積されています。これらの過去問題は公開されており、学生は学内LANですべての問題について、出題年度、コース・ユニット、出題者、キーワードによる検索ができます。同様に第99回からの医師国家試験問題もデータベース化しています。昨年度の問題検索システムへのアクセス件数は表1の通りです。
科目 実施年度 | 2012 | 2011 | 2010 | 2009 | 2008 | 2007 | 2006 | 2005 | 2004 | 2003 |
基礎医科学I | 188 | 164 | ||||||||
基礎医科学II | 1013 | 342 | 120 | 91 | 86 | 72 | 57 | 48 | 44 | 58 |
基礎医科学II再試 | 356 | 9 | 7 | |||||||
臨床基礎医学 | 161 | |||||||||
臨床基礎医学I | 8049 | 5384 | 4129 | 3213 | 2474 | 1307 | 763 | 561 | 447 | |
臨床基礎医学I再試 | 81 | |||||||||
臨床基礎医学II | 373 | 226 | 164 | 175 | 116 | 125 | 80 | 57 | 56 | |
社会医学I | 174 | 92 | 79 | 330 | 189 | 117 | 79 | 78 | 41 | 44 |
社会医学II | 960 | 614 | 217 | 128 | 100 | 67 | 66 | 65 | 18 | |
病理学総論WBT | 60 | |||||||||
病理学各論 | 49 | |||||||||
病理学各論WBT | 74 | 35 | ||||||||
臨床医学I | 10844 | 6722 | 5998 | 4753 | 3693 | 2438 | 1685 | 1211 | 960 | 828 |
臨床医学II | 44 | 16 | 13 | 13 | 11 | |||||
臨床医学III | 7 | 102 | 52 | 42 | 40 | 44 | ||||
臨床医学III再試 | 2 | |||||||||
医科卒業総括試験 | 2369 | 1400 | 1026 | 576 | 406 | |||||
医科卒業総括試験 | 1483 | 1141 | 949 | 534 | 333 | |||||
医科卒業総括試験 | 384 | 212 | 125 | 201 | 97 |
もともとは学生の自己学修のために公開したシステムでしたが、出題者による検索も可能なため、出題者の教育責任をも示す結果となりました。各教員が作成した問題を互いがピアレビューすることにより、MECE(mutually exclusive and collec- tively exhaustive)の観点からも問題の偏りが是正され、教員の問題作成への意欲と意識の高まりが見られたとの報告もあります。
さらに平成22年度からは、マークシート方式から、回答方式を完全にコンピュータ化することによって、問題印刷経費を節減すると同時に、視覚教材を多用した試験を充実し、試験終了後、瞬時に成績を分析する評価システムを構築してきました。
このように本学では、総合試験システムの整備により、総括的評価について充実を図ってきました。しかしながら、形成的評価については、各講義担当者に委ねられてきたのが現状であり、授業の進行に伴い、必要なフィードバックを受けられていない学生がいることが課題となっていました。学生個々人の学修に対する基礎的能力は異なっており、その多様性に応じて形成的評価が行われる必要があります。
形成的評価について、第一義的に重視すべきは、試験結果の考察とフィードバックが、学生にとって有効な自省に結びつくことです。正解率だけに着目するのではなく、回答パターンによって、領域別の到達度を把握し、その後の学修への示唆を得ることが求められます。また、充分なフィードバックのために、単に正誤を示すのではなく、誤答した理由がわかるように解答例や解説を示す等の工夫も必要だと考えられます。さらには教員から学修困難な学生への介入といった支援も必要でしょう。
そこで、学修者の成長と気付きを与える形成的評価を促し、学生の学びの質を向上させるための総括的評価と形成的評価を融合した学修システム「SeDLES(Self-Directed Learning and Evaluation System):学生個々人の能力特性と学修進捗度に応じた自己主導型・評価システム」を構築しました。世界医学教育連盟WFMEのグローバル・スタンダードでも「3.2 評価と学習との関連」で「学生の教育進度の認識と判断を助ける形成的評価および総括的評価の適切な配分(B 3.2.4)」を求めており、SeDLESの導入と活用はグローバル・スタンダードに準ずるものであります。
SeDLESは、本学が平成15年以来、総合試験実施の度に蓄積・更新してきた約20,000題に及ぶ問題データベースと、得られた問題パラメータ(Taxonomy、正答率、識別指数、Response pattern等)を情報資産として活用することにより、学生各自の能力特性に応じた問題メニューを、学生自身が、あるいは必要に応じて担当教員指導の下に作成することを可能にする新たなサーバシステムです。図1で示すように、SeDLESは、これまでの総合試験問題プールを管理する試験問題サーバと、自己主導型学修用に学修履歴と形成的評価結果を管理する問題トレーニングサーバとで構成されます。このシステムは、学生自身で学修計画を立案できる自己主導型であること、学修履歴が残ること、さらに教員との双方向性を実現させていることを特徴としています。
図1 SeDLESの運用フロー
SeDLESでは、学生は分野別、難易度別、taxonomy別に問題メニューを問題プールから選択できるため、自身の能力特性に応じて学修できます。また、縦断的検索(「神経」を学ぼうとした場合、2年生の解剖学、3年生の行動科学、4年生の神経内科学や脳神経外科学)、横断的検索(「胃潰瘍」について内科と外科から選択)ができるため、基礎医学と臨床医学のリンケージを形成し、統合的理解とそれに基づく問題解決能力向上のための学修が可能となる点で優れています。
次ページの図2で示すように、SeDLESでは、自分の回答パターンと正解率を、即時に総合試験における正答率と比較することが可能となり、ユニット毎の分析で自分の特異な分野と苦手な分野を把握できます。同じ問題に再チャレンジすることも、間違えた問題やマークした問題のみについてトレーニングすることもできます。
図2 学修履歴表示
また、学修履歴を残せるため、学生は経年的な自己の成長を体得でき、SeDLES活用によって自律的学修習慣と自己能力評価の育成が期待されます。一方、教員は学生の学修履歴を閲覧できるため、双方向性のフィードバックも実施可能です。教員は総合試験による総括的評価と学生の自己学修による形成的評価に基づいて、学生に対する適切なフィードバックが可能であり、また、学生支援の質向上が期待されます。
情報量が急速に増加する現代では、古典的学修理論による知識伝授型教育から、テュートリアルや反転授業などのactive learningへの転換を迫られており、実際に本学では今年度から始動している「参加型臨床実習のための系統的教育の構築」(平成24年度大学改革推進事業)への取り組みに伴い、臨床系統講義時間が大幅に削減されることになりました。その際にも、学生が自身の知識について確認し、自身の学修を振り返る自己主導型学修・評価システムSeDLESを有効活用すべく議論が交わされています。その運用については、自己達成度確認テスト、各臨床科終了後の小テスト、プログレステストなど様々な活用法が提案されています。
SeDLES導入に先立ち、2〜4年次の学生にSeDLESを試用してもらった結果、以下の感想を収集しました。
試験問題の検索について
プログレステストとしての感想
定期的に学修到達度を確認することについて
教員が履歴を確認してフィードバックすることについて
SeDLESの導入により、学生各人の能力と到達度に応じた個別の学修計画を作成することが可能となり、その活用により自律的学修習慣と自己評価能力の涵養が期待されます。SeDLESにより作成された個別の問題コースを用いた形成的評価により各学生の学修効果の検証が可能となります。
今後は、卒業時アウトカムを頂点とした各学年のマイルストーンを参照しながら、学生の修学的成長を経時的に検証していきたいと考えております。各学生自身の問題履歴データと、その後の総合試験、そして最終的には国家試験成績との比較を行うことにより、学生個人および学年全体の学修効果について総合的検証を行います。将来的には、SeDLESの導入による、学生の学修スキル、学修態度、内発的動機付けの変化について調査を計画しております。学生へのインタヴューおよびアンケート調査を実施することにより、SeDLESを逐次、改修していきたいと考えております。学びの質、アウトカムの変化についても今後検証し、SeDLESの教育効果について考察いたします。