特集 eポートフォリオとその活用
岩井 洋 帝塚山大学学長
学修ポートフォリオは、学生自身が課題を発見し学びを向上させていくために、学修過程や学修成果を継続的に収集・蓄積したものである。中央教育審議会の答申「学士課程教育の構築に向けて」(平成20年12月)や「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」(平成24年8月)において、学修ポートフォリオの導入と活用が提言されたこともあり、ポートフォリオの重要性への認識がさらに高まり、導入する大学が増えつつある。しかし、ポートフォリオはあくまでツールであり、いかに活用するかが重要であるため、具体的な方策については大学の共通課題である。
そこで本特集では、学修ポートフォリオをデジタル化したeポートフォリオに焦点をあて、導入大学から活用の意義・目的、概要、課題等を紹介いただき、教育改善のための効果的な活用法について考察したい。
「学士課程教育の構築に向けて(答申)」(平成20年12月、中央教育審議会)(以下「学士力答申」)では、学生が自ら学修成果の達成状況を整理・点検するとともに、大学がこれを活用し多面的に評価する仕組みとしての「学習ポートフォリオ」の導入と活用が提言されている。また、「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜」(答申) (平成24年8月、中央教育審議会)(以下「質的転換答申」)でも、学修成果の評価に関して「学修ポートフォリオ」に言及している。さらに両答申の用語解説(あるいは用語集)には、「学習ポートフォリオ」と「学修ポートフォリオ」が収録されている。このように、大学教育における「ポートフォリオ」の重要性に対する認識が高まるとともに、導入大学も増加傾向にある。しかし、ポートフォリオを教育改善に活用する具体的な方策については、多くの大学が共通の課題を抱えていると考えられる。
そこで本稿では、ポートフォリオを活用した教育改善の可能性と課題について論じる。以下、まず「ポートフォリオ」という言葉によって示される具体的内容の多様性について述べ、ポートフォリオ導入の意義、ポートフォリオの活用方法、そして、ポートフォリオ導入・活用の課題について述べる。なお「ポートフォリオ」は、特記しないかぎり、電子化された「eポートフォリオ」をさす。
最初にポートフォリオについての最低限の共通認識をもつために、「学士力答申」および「質的転換答申」におけるポートフォリオの用語解説を以下に引用する。
「学生が、学習過程ならびに各種の学習成果(例えば、学習目標・学習計画表とチェックシート、課題達成のために収集した資料や遂行状 況、レポート、成績単位取得表など)を長期に亘って収集したもの。それらを必要に応じて系統的に選択し、学習過程を含めて到達度を評価し、次に取り組むべき課題をみつけてステップアップを図っていくことを目的とする。従来の到達度評価では測定できない個人能力の質的評価を行うことが意図されているとともに、教員や大学が、組織としての教育の成果を評価する場合にも利用される。」
ひとまず、このようにポートフォリオをとらえたとしても、その具体的な形態(インタフェイス、レイアウトや機能設定等)は、導入大学における活用目的によって多様である。そこで、便宜的に、ポートフォリオを1)カルテ型、2)ブログ型、3)統合型の三つに分類しておく。ただし、この三つは相互に重なる部分も多く、あくまでも教員・大学側のイメージから分類したものである。
1)カルテ型は、学修を含めた学生生活を把握することを目的とした、いわば「学修カルテ」としてポートフォリオを活用するものである。カルテ型は、教員養成課程における「履修カルテ」として活用できる。また、学修行動を把握する意味で、要支援学生の早期把握やキャリア支援、就職率の向上などにも役立つと言える。
次に2)ブログ型は、学生自身が日々の学修や学生生活について継続的に書き込んでいく、まさに「ブログ」としてポートフォリオを活用するものである。ブログ型は、学生自身が、自分の考えを継続的に言語化・文章化する能力を育成するとともに、文章化されたものを客観的に読み、ふり返る能力を育成するのに役立つ。
3)統合型は、カルテ型とブログ型の要素を統合したもので、この他に、学生自身が自分をアピールするための「ショーケース」(showcase)的な機能を加えることも可能である。
ポートフォリオの導入目的によって、システムとしてのポートフォリオ自体と活用方法も異なるが、共通するポートフォリオ導入の意義として、概ね以下の5点があげられる。
1)学修成果の統合化
2)学生によるPDCA サイクルの確立
3)学びと教育の「見える化」
4)形成的評価のツール
5)教育プログラムの評価ツール
1)と2)は、主に学生側にとっての意義、3)は学生と大学の双方に関わるもの、そして4)と5)は、主に大学側にとっての意義と言える。「1)学修成果の統合化」については、学修のプロセスや成果を示す資料やコンテンツを一元化して蓄積することで、学生自身が4年間の成長のプロセスを確認できるといことである。「2)学生によるPDCA サイクルの確立」は、「目標設定→ふり返り→目標設定」という学生自身のサイクルの確立を意味する。学生は、ポートフォリオを通して、定期的に自身の学修プロセスをふり返ることで、学修の到達度と次に取り組むべき課題を認識することができる。学生によるPDCAサイクルの確立は、継続的な学修の定着にも役立つと言える。「3)学びと教育の『見える化』」は、学びの視点(学生側の視点)と教育の視点(大学・教員側の視点)から、ポートフォリオを通して学びと教育のプロセスを可視化・共有化することを指す(図1)。ポートフォリオは、学生の学修プロセスと成果を示すと同時に、それを通して教育プログラムの有効性が明らかになる。大学が学修到達目標を明確にし、学生と教職員が学びと教育のプロセスを共有することは、「学びの深化」と教育改善に結びつく。「4)形成的評価のツール」は、ポートフォリオが記録の継続性を前提としていることから、形成的評価のツールとして役立つことを意味する。「形成的評価」は、学修プロセスで、学生の学修成果や到達度を把握し、その後の学修を促進するための評価である。最後に「5)教育プログラムの評価ツール」は、3)の学びと教育の「見える化」とも関連し、ポートフォリオの内容が、教育プログラムの評価のための定性的データとしても役立つことを意味する。教育プログラムの評価は、カリキュラムの見直しにつながる可能性もある。
図1 学びと教育の「見える化」
前述のように、ポートフォリオの導入目的によって、その活用方法も異なるが、ここでは学修到達目標と関連させた活用方法に限定して述べたい。
「学修到達目標」とは、「何を学ぶか」ではなく「何ができるようになるか」を段階的に明示したものである。そして、その内容には技能や態度特性、専門知識などが含まれる。学修到達目標は、通常、次のようなプロセスで作成される。すなわち、〈大学のミッション・教育理念等の確認→学生に身につけさせたい技能・態度特性、専門知識のリストアップ→各項目のカテゴリー化・レベル化→各項目を「〜ができる」という文言で具体化〉である(図2)。この学修到達目標の作成プロセスは、教育目標の再認識、カリキュラムや教育方法の点検(教育目標を達成できる仕組みや教育方法になっているか)につながり、そのプロセス自体がいわばFD活動でもある。
図2 学修到達目標と成果物
さて、学修到達目標をポートフォリオと有機的に関連させる方法としては、例えば次のような方法が考えられる。シラバスに、各科目が目指す到達目標(「〜ができる」という文言)を明記する。授業進行中に蓄積された学修プロセスや成果を示す資料やコンテンツは、各科目の学修到達度を示すエビデンス(根拠や証拠)となる。学生は、授業進行中や半期・通年等の授業終了時に、ポートフォリオを見直しながら、何ができて何がどのようにできていないかをふり返る。ふり返りは、文章でまとめる以外にも、到達レベルを数値化して、学生に自己評価させる方法も考えられる。
学修到達目標とポートフォリオの関連づけに関して、帝塚山大学(以下「本学」)の事例(2013年以前の取組)を紹介する。本学では、学修到達目標にあたる全学と学部ごとの教育目標を設定し、それをポートフォリオ上で評価するための「e能力アセスメント評価項目」に分解している。さらに全科目のシラバスには、同評価項目に準拠した到達目標を必ず2〜3項目明記する。各科目の学修成果がポートフォリオに蓄積されるとともに、各科目の到達目標がどの程度達成できたかを、学生自身と教員が評価する仕組みを作った。
2008年度、文部科学省「質の高い大学教育推進プログラム」に選定された本学の取組「学生の学力・人間力・社会力の養成:e能力ポートフォリオとe能力アセスメントを活用して」では、既存のeラーニング・システムTIES(Tezukayama Internet Educational Service)と連動するポートフォリオ・システムを構築した(2013年よりシステムを変更)。「e能力ポートフォリオ」では、各学生の時間割と連動し、各授業のビデオや教材、課題などが、一連のタイムラインに沿って配列される。各コンテンツはアイコンで表示され、それらをクリックすることで立ち上がる。各学生が履修している授業科目に沿って、学修成果が蓄積されるため、学生・教員双方にとって、授業の流れが「見える化」される。またこの仕組みによって、各授業のビデオや教材等を蓄積・共有・公開してきたTIESのシステムと「e能力ポートフォリオ」の接合が可能になった。「eポートフォリオ」に付随して、学修成果に対するふり返りと評価のための仕組みとして「e能力アセスメント」システムを導入した。同システムでは、各評価項目の達成度に関して学生自身がコメントするとともに、「A〜C」の3段階で自己評価し、その結果がレーダーチャートで表示される。また、教員も各学生の学修成果とふり返りに対してコメントするとともに、学生と同様の3段階評価をし、その結果が学生のレーダーチャートに重ねられる。レーダーチャートにみられる、学生による自己評価と教員による評価の差分が、学生と教員双方の「気づき」を促進することになる。つまり、その差分の原因を考えることは、学生にとっては学びの改善、教員にとっては教育の改善につながる(図3)。
図3 e能力ポートフォリオとe能力アセスメント
このような、ポートフォリオを介した学生と教職員との双方向的な関わりは、前述の導入意義でもふれたように、ポートフォリオを形成的評価のツールとして活用することの意義や、学びと教育の「見える化」との深く関わる。
最後に、ポートフォリオを導入・活用する際の課題について述べる。課題としては、大きく次の三つがあげられる。
1)コンセンサスの問題
2)人的・財政的資源の問題
3)技術的問題
「1)コンセンサスの問題」は、ポートフォリオを導入・活用するにあたって、その目的と必要性について、学内でコンセンサスができているかという問題である。ポートフォリオを導入する大学が増加しているが、その目的や必要性が明確になっていない場合、十分な教育効果を期待することはできない。すでに述べたように、「ポートフォリオ」と呼ばれているものの形態は多様であり、導入目的によってその仕様は異なる。したがって、導入目的と必要性について明確化することが必須であると言える。
また、教職員や学生に対して、ポートフォリオの意義をうまく伝達できなければ、普及率の向上は望めない。普及促進の方策として、例えば、ポートフォリオの意義を理解している教員がいる学科や複数のゼミなどで試行的に導入し、成功例を積み重ねながら、全学的な普及を目指すという方向性も考えられる。
「2)人的・財政的資源の問題」は、ポートフォリオを導入・活用するにあたって、財政的資源があるかどうか、また実際の運用にあたって、技術的サポートをする人員を配置することができるかということである。
例えば、教育改革の取組が文部科学省のGP事業等に採択され、ポートフォリオを導入した場合、問題となるのは補助事業が終了した後の財政的資源の確保である。また、独自の大学予算によってポートフォリオを導入する場合でも、システムを新規開発するのか、オープンソースを利用するのかによって、予算が変わってくる。いずれにせよ、ポートフォリオを導入・活用するためには、システムの保守だけではなく、学生・教職員のためのヘルプデスクの設置をはじめ、人的資源の確保が必要となる。
最後に、「3)技術的問題」は、2)とも重複する部分があるが、技術的サポートの体制づくりが第一にあげられる。他にも、ポートフォリオ・システムと既存のシステムとの整合性、教職員のコンピュータ・リテラシーの問題があげられる。
前者は、日本の多くの大学でみられる弊害である。例えば、成績管理システム、学生情報管理システムをはじめ、いくつものシステムが学内に併存しており、しかも納入業者がそれぞれに異なるという状況である。ポートフォリオの導入にあたっては、トータルなシステム構築が必要となる。
教職員のコンピュータ・リテラシーの格差は、予想外に大きい問題である。前述のポートフォリオを通した学びと教育の「見える化」を実現するためには、学生のみならず教職員もポートフォリオの操作に慣れる必要がある。講習会や説明会を開催することはいうまでもなく、遂行すべきミニマムの業務内容を設定し、それを明確に伝えることも重要である。
本稿では、ポートフォリオを活用した教育改善の可能性について、ポートフォリオ導入の意義、活用方法、課題等について述べた。
ポートフォリオの導入においては、課題にもあげたように、導入目的と必要性を明確にするとともに、学内におけるコンセンサスを得ることが重要である。「ポートフォリオ」の名前で導入されているものの実態が多様であるだけでなく、導入目的よって、インタフェイス、レイアウト、機能設定や活用方法も異なる。その意味では、導入目的と必要性の明確化が必須である。
ポートフォリオ導入の意義については、1)学修成果の統合化、2)学生によるPDCAサイクルの確立、3)学びと教育の「見える化」、4)形成的評価のツール、5)評価のための定性的データなどをあげた。とりわけ、学びと教育の「見える化」は、学生と教職員の双方にとって重要であり、教職員に対してはFD効果をもたらすものと言える。
ポートフォリオの活用に関しては、学修到達目標とポートフォリオの有機的な関連について論じた。教職員にとって、学修到達目標の設定プロセス自体がFD効果をもつだけでなく、学生にとっても、学修到達目標に準拠した「目標設定→ふり返り→目標設定」というサイクルの確立は、学びを促進するものと言える。
最後に強調しておきたいのは、ポートフォリオは教育改善の「万能薬」などではなく、教育改善の「ツール」にすぎないということである。ポートフォリオ導入の目的と必要性を確認することなく、安易にポートフォリオを導入することは、学生だけではなく教職員にも混乱を引き起こす要因となる。
しかし、ポートフォリオは学生の主体的な学修を促進する意味では、強力な「ツール」である。また、それだけではなく、教職員のFDにも役立つ「ツール」であると言える。ポートフォリオが強力な教育改善の「ツール」たりえるためには、繰り返しになるが、導入目的と必要性の明確化と学内的なコンセンサスが必須であると言える。