特集 eポートフォリオとその活用
日比野欣也 神奈川大学工学部教授
神奈川大学工学部では、理工再編の一環として、工学部に「総合工学プログラム」という定員90名の教育プログラムを2012年度に設置した[1]。従来型の専門分野を中心として専門科目を積み上げてスペシャリストを育成していく学科の形式を取らず、工学基礎となる数学、物理学、化学、生物など自然科学の基礎学力を徹底して身に付けさせた上で、工学全般を見渡すことのできる幅広い科学技術を習得した工学ジェネラリストの育成を目指している。そのため、図1に示したように、学生は入学時には特定の分野を決めずに基礎学力を付ける科目を幅広く履修し、2年次は大枠として分野を定めて、当該分野の学科提供科目を横断的に選択し、3年次以降は指導教員を確定して、学科ごとの専門分野の科目を履修しながら、卒業研究に取り組み、その学科から卒業できる教育プログラムとなっている。最終的には6学科のいずれかから卒業することになるが、図2に示したように専門必修科目の構成は独自に作られている。また、実践的な英語教育も特徴としており、TOEICのスコア向上を目指し、他学科と違う1年次から3年次まで一貫した実用英語教育を行うプログラムとなっている。
そして、それを支える教員組織は既存の学科や教養教室からの併任という形で総勢30名弱が、本教育プログラムに入学してきた学生を受け持ち、本教育プログラム独自の様々な講義・演習や実験の提供を行うとともに既存学科の専門科目を横断的に履修できる教育体制を整えている。
本教育プログラムのもう一つの特徴としては、入学者全員にタブレット端末(iPad)を無償貸与していることである。これは本教育プログラムの象徴的教育ツールで、学生らに本プログラムの共通意識を持たせる効果と、積極的にICTを活用したアクティブラーニング科目を多く導入することによって、能動的な学習スキルを身に付けることをねらって採用した。
本稿では、入学者全員に無償貸与されたiPadを活用して、1〜2年次教育における本学既存の授業支援システムに加えて、eポートフォリオを導入した事例を報告する。
図1 入学から卒業までの流れ
図2 年次ごとのカリキュラム構成
本教育プログラムはグローバルな観点に立つ総合エンジニア育成を目指し、学生には積極的にICTを取り入れ、トレンドを敏感に読み取る感覚を持たせるためにiPadを導入したが、その教育的用途として、以下の項目にも機能することが求められた。
1)オンデマンド教材利用や小テスト実施
2)TOEIC強化の英語教育での活用
3)電子辞書、オンライン辞書、ディジタル教科書の活用
4)PBL(Problem Based Learning)などのアクティブラーニングでの活用
5)eポートフォリオ導入による学びの自己管理および学修サポート
6)SNS(Social Network Service)などを通じて、学生間(または教員)の連携強化
7)双方向型の授業の展開
これらの目的のうちのいくつかは、2009年度より本学の公式LMS (Learning Management System)を活用することにより達成できた。このLMSには資料配付、レポート管理、オンラインテスト、アンケート、成績管理、掲示板および学修カルテなど、通常の対面授業などに必要な機能のほとんどが用意されていた。しかし、ゼミや履修科目以外の活動への利用には向いておらず、前述の4)から6)を達成するには別のシステムで補完する必要があったため、今回のeポートフォリオの導入に至った。
本学のeポートフォリオは、公式LMSではカバーしきれない授業時間外の活動やiPad導入目的でもあるグループ活動などアクティブラーニングや相互評価が重要となる授業への対応、学生間(または教員)の連携強化のためのSNS、そして、最も重要な機能として学びの自己管理および学修サポートを目的としている。本教育プログラムにおけるeポートフォリオとLMSの2本立てで、図3のような学修システムを構築している。
図3 iPadと本学システムの連携 図中のdotCampus(1)がLMSで、mahara(2)が今回採用したeポートフォリオである。
今回採用したeポートフォリオの特徴は、学習者の自発的な活動をサポートするために様々な工夫がちりばめてあるところである。図4は、メインメニューとプロフィールのサンプル画面である。左上のメインメニューは内省(reflec- tion)のための「コンテンツ」、自己アピールのための「マイポートフォリオ」、グループ活動のための「グループ」という構成となっている。この画面ではそれらのメニューの中で作成したコンテンツや日誌(ブログ)やグループフォーラムなどをビュー機能でまとめて公開している。
図4 メニュータブとプロフィール画面(サンプル)
「コンテンツ」は自己紹介から始まり、学びの目標設定を行い、これからの人生設計まで考えながら記入していく場所である。そのためにはどうすればよいのかを自分で考えるようになっている。経歴を入力し、将来のゴールを設定して、そのために何をやらねばならいかと目標設定を行い、それを達成するごとにチェックを入れて、振り返りができるようになっている。
「マイポートフォリオ」は学習成果物の保存からビューと呼ばれる一般的なドキュメントから様々なマルチメディアコンテンツまで作成する場所で、それらのコンテンツを任意に公開ができるようになっている。また、日々の活動を「日誌(ブログ)」として記録していく機能も持ち合わせている。
「グループ」は、ユーザー同士でグループを形成して、コンテンツの共有から情報交換までSNSのようなことができるため、アクティブラーニング用としても、学生間のサークルのような時間外活動用としても、活用できるようになっている。そして、すべての項目はアクセス制御設定することができるようになっており、公開・非公開の設定をしながら、情報共有や協同作業を行う場所である。
First Year Seminar(FYS)とは、新入学生(1年次生)を1クラス20名ほどに分け、“大学への入門”をセミナー(演習)形式で学ぶ全学必修科目である。その内容は、「大学生に求められる一般常識や態度を身につける」「大学で学ぶための基礎的技法を身につける 」「大学で学ぶための視点と方法を身につける」の3部構成になっており、自己診断から大学生として姿勢・考え方から、ノートの取り方、レポートの書き方、プレゼンテーション手法までのアカデミックスキルを半期で一通り学ぶシラバスとなっている。今回、この1クラスにeポートフォリオの試験導入を行い、様々な評価を行うことになった。
通常のFYSは、解説書と学生に記入させるためのワークシート集を組み合わせた紙媒体の冊子を配布して実施していた。今回はこのワークシート集の大部分をeポートフォリオのページ機能に移植して、学生にはテンプレートという形でコピーさせて、記入させる試みを行った。また、「コンテンツ」メニューの中にある「プロファイル」「レジュメ」「プラン」の作成は初年次導入教育のポートフォリオ作成として最適な教材でもあった。これらのeポートフォリオコンテンツ化は、個人の記録を保存し、学修の振り返りの機会を与えてくれるとともに、細かいパーミッションによるファイル共有やコメント欄を使った相互評価など、本学公式LMSではできない教育スタイルができることが確認できた。
たとえば、図5はFYS授業用ワークシートで、自己診断のeポートフォリオテンプレートページとなっている。学生が、このテンプレートをコピーしてページ作成し、iPadからオンラインで内容を記入してから、「このページを評価のため“教員”に送信」すると、教員はコメントを添えて、「リリース(レポートの返却)」することができる。
図5 FYS授業用ワークシート(自己診断)
また、教員は模範的なレポートの作成方法を指導した後、図6のテンプレートを学生にコピーさせて、実際にレポートを作成させた。グループ内での共有を行えば、グループ内で相互に評価し、フィードバックをもらうことが可能となる。第三者からのフィードバックを受けて、さらにレポートをブラッシュアップさせて、教員に提出するというオンライン協同作業がeポートフォリオを使えば実践できることも確認できた。
本教育プログラムは、1年次後期から3年次前期まで「コースワーク」という名のアクティブラーニング型の科目を通じて、能動的学習にも力を入れている。ここでは、ディスカッションの仕方からグループでの協同作業を通じて、問題解決能力を身に付けてもらう。協同作業はeポートフォリオ上にグループを作成し、データの共有やSNS機能を使ったオンライン上でのディスカッションなどに用いられた(図7)。活動の大部分は授業時間外となるので、eポートフォリオのSNSやメッセージ機能などが有効に活用できた。その事例として、与えられたテーマについて調べ、対面での発表も行った上で、eポートフォリオ上にスライドを公開し(図8)、相互評価しあうことにより理解を深めていけるはずである(図9)。なお、図8では、各グループの成果スライドを閲覧し、コメントを入れて、相互評価を行うことができる。また、図9では、公開された各ページの下部にフィードバック欄が用意され、コメントを書くことができ、その回答もできる。
しかしながら、実際には学生同士が評価し合うという設定はかなり敷居が高いようで、積極的な議論はなかなか起こらないのが現状である。議論を誘導するチューターを導入するなど工夫が必要だろう。
図7 グループ中でのディスカッションボード フォーラムの様子で、グループメンバは自由にトピックを立てて、そのトピックごとにオンラインで議論できるようになっている。基本的にグループ外には非公開だが、任意で公開も可能である。
図8 eポートフォリオ上でのスライドショー
図9 フィードバック(評価)欄
本教育プログラムが始まって2年が経過しようとしている。ICTの積極活用として、iPadを無償配布し、eポートフォリオの導入を行った。今のところeポートフォリオを活用できているのはまだまだ一部であるが、総合工学プログラムの教育には貢献できていると感じている。また、学生が自発的に自分のポートフォリオを成長させていけるようにするには、さらなる工夫が必要と思っており、今後の課題としたい。
(1)インターレクト社のdotCampus[2]
(2) Mahara(マハラ)とは、2006年にニュージーランドでオープンソースプロジェクトとして誕生したeポートフォリオシステムである。開発言語としてPHPを使っており、誰でも自由にカスタマイズすることができるようになっている。開発者との情報交換の場としてコミュニティが形成されており、活発な議論がなされて、年に2度ほど定期的なバージョンアップが行われている[3]。国内でもユーザーコミュニティ[4]があり、年1回のオープンフォーラムを実施するなど活発に活動している。
参考文献および関連URL | |
[1] | 齊藤隆弘: 工学部総合工学プログラムの新設. 神奈川大学工学部報告第50号3-8, 2011. |
[2] | http://www.interlect.co.jp/Products/DotCampus.aspx |
[3] | https://mahara.org |
[4] | http://eport.f-leccs.jp |