人材育成のための授業紹介・情報リテラシー教育
田村 恭久(上智大学理工学部 情報理工学科教授)
上智大学では、2001年度から全学共通教育科目として「情報リテラシー演習」(必修・2単位)を実施していました。これらは最大34クラスあり、全学部の1年次生を対象としていました。これら以外にもプログラミングやICTを扱う科目が複数ありましたが、ICTを扱うカリキュラムとして全体を捉える視点が不足していました。
このため、アメリカNRC (National Research Council)が発表しているFITness30[1]を参考にし、カリキュラム全体として可能な限り包括的にスキルをカバーできるよう、科目構成等を見直しました。FITは”Fluency in IT”の略で、「ITを自分の目的に合わせて使いこなす」ことを意味します。NRCではこの具体的な項目を30個挙げ、FITness30と呼んでいます。上智大学では2008年度から2010年度の3年間、学内にワーキンググループを設け、カリキュラムの整理や新設を議論し、従来の情報リテラシー、すなわちOSやソフトウェアの使い方を演習する科目に加え、新たに「情報フルエンシー」科目群を設けることとしました。これには、プログラミング、ネットワーク、マルチメディア、業務分析等システム開発工程の紹介、ITスキル標準準拠の講義等、多彩な科目から構成され、できる限りFITness30の項目をカバーするよう考慮されています。これらは情報リテラシーを履修した後、さらに個別知識を深めたい受講者を想定しており、かつ全学共通科目であることから、特定の事前知識がないことを前提に単元構成を組んでいます。このカリキュラム設計を踏まえ、再構成された科目群が2011年度からスタートしました。また、従来は必修科目であったものを選択科目に変更しました。この間の経緯、FITness30と科目群の整合性の議論に関しては、曽我部ほか[2]をご参照ください。
本稿では、この科目の一つである「情報リテラシー演習(情報検索)」の内容をご紹介します。この科目は筆者が担当し、以下の特徴を持たせています。
以下、科目の具体的内容をご紹介します。
(1)概要
この科目は、上智大学の全学部1年生を対象とした選択科目として、2011年度から開講されています。パソコン教室を用いるため、コンピュータの抽選による受講者制限をしています。また、教材の提示や課題提出はLMS (Learning Management System)の一つであるMoodleを用いています。このMoodleは大学本部の情報システム室が管理し、全学部の教員が利用できます。科目の単元構成は、表1の通りです。
表1 情報リテラシー演習(情報検索)単元構成 # 単元内容 備考 1 オリエンテーション - 2 タッチタイピング演習 演習 3 セキュリティ・情報倫理 講義・演習 4 図書館利用案内 講義・演習 5 雑誌記事・論文の探し方 講義・演習 6 情報を整理する 講義・演習 7 新聞記事・統計資料の探し方 講義・演習 8 数字を整理・加工する 講義・演習 9 ストーリーを創る 講義・演習 10 発表資料の作成 講義・演習 11 プレゼン発表・テーマ設定 講義・演習 12 発表資料準備 演習 13 発表資料レビュー・リハーサル 演習 14 グループ発表 演習 15 まとめ、授業評価 演習
表1の単元のうち、単元1と15は一般的なもの、また単元2と3は情報リテラシー演習科目群全体に共通のものです。特に単元3「セキュリティ・情報倫理」は、情報リテラシー科目群を統括する委員会から「必ず単元として含める」よう指示されており、筆者が受けたフィッシング詐欺やSPAMのメール等の具体的な事例を含めて紹介しています。一方、この科目特有の単元は4〜14です。これらの単元の流れを、授業では図1を用いて整理し、学生に示しています。
図1ではまず、大学や実務で扱うべきデータ源には様々なものがあり、それら各々に応じてアクセス方法が異なることを示します。大学における主要な情報源は図書館ですが、最近は所蔵図書のみでなく、ネット経由でアクセスできる各種のデータベースがあり、それらを図書館のホームページで紹介しています。これらを紹介することにより、Google等ネット上の公開情報の検索エンジンを利用することだけが「情報検索」ではない、という理解を周知させます。
図1 単元の流れ(講義資料より)
この一方で、様々な情報を取得すること自体が大学や実務の目的ではない、ということを学生が理解する必要もあります。この科目では、以下のポリシーを設定しています。
このため、図1の左側で取得した様々なデータを、右側のレジュメ、論文、発表スライドとしてまとめるプロセスを紹介し、またそれに有用なツールを演習として実際に使わせています。
以下、図1の上段から、概要をご紹介します。
(2)書誌情報、各種データベース
図1の左上にある「フィールドが整ったテキスト」の代表は、文献情報や書誌情報です。この情報源は、書籍、新聞、雑誌、Web等多岐に渡ります。これらへのアクセス方法を単元4で紹介し、単元5で文献データベースに入力する方法を学びます。
研究の世界では、「雑誌」といえば学会で発行する学術雑誌を指しますが、学生は読んだ経験がありません。そこで、大学図書館のOPACに所属学科に関連するキーワードを入力し、どのような雑誌がヒットするかを検索させます。そしてそれが、
1)一般向けの雑誌(週刊文春等)
2)専門家向けの雑誌(日経BP社等の専門誌、学会発行のマガジン等)
3)学術雑誌(学会発行の論文誌=ジャーナル)
のいずれに分類できるかを判断させます。全学共通科目のため、学生は様々な学科に所属しており、また教員は検索のキーワードを指定しません。このため、1)と2)の境界にあるもの、2)と3)の双方に属するもの等、様々な雑誌がヒットします。学生も戸惑いますし、教員やTAも画面を凝視しながら唸ることがあります。ですが、このような「予定調和的でない」課題を敢えて出すことにより、学生と教員が一緒に考え、議論する機会が出現します。また、実際にその雑誌の内容を図書館でチェックさせます。このように実物の雑誌に触れ、内容を読み解くことにより、高校生の時には知らなかった「専門雑誌の世界」を知ることができます。
雑誌自体を知ることも重要ですが、更に重要なのは掲載されている記事を書誌情報・文献情報として収集・整理することです。上智大学ではRefWorksのサイトライセンス契約をしており、すべての学生が利用可能です。このため、チェックした複数の記事をRefWorksに入力し、整理する演習を行っています。
書誌情報・文献情報を他者に開示するため、通常はレジュメ、論文、発表スライドの末尾に参考文献リストを明記します。このリストの形式には標準的なもの(APA、MLA、PubMed等)があるほか、学会や学科でローカルな取り決めがあり、その都度カスタマイズする必要があることを、授業で伝えています。近年の文献管理ソフトは、様々な形式のテンプレートを用意しており、またカスタマイズされた形式の出力も可能です。こういった最新動向も合わせて紹介しています。
(3)雑多な情報はアイデアのもと
図1の上から2段目にある「フィールドが未定のテキスト」とは、書誌情報のように項目が明確なものでないすべてのテキスト情報を指します。これには雑誌等の内容も含まれるでしょうし、自分があれこれ考えた仮説、アイデア、論点等も含まれます。こういった情報を最終成果の中で位置づけると、それらは核となるアイデアであったり、述べるべきストーリーの要素であったりします。このため、それらの情報は「並べて、見回し、整理する」手段やプロセスが重要です。このため、この科目ではKJ法とマインドマップという二つの手法を紹介しています。
KJ法[3]は、文化人類学者の川喜田二郎が発案したもので、非定型かつ膨大な情報を整理・分類し、系統だてるために有効な手法です。発案当初は紙のカードを用いていますが、この科目では手法を紹介したあと、PowerPointを用いて整理・分類する演習を行っています。
マインドマップ[4]は比較的新しい手法で、中央に描いたテーマから関連するトピックを上下左右に書き足していきます。紙に描くケースもありますが、近年はマインドマップを描くソフトウェアが発売され、またWebブラウザで動作するものも多く出ています。この科目では手法を紹介したあと、Mind42[5]というフリーのWebツールを利用して演習を行っています。
(4)統計等の数字を扱う
図1の下段に描かれている「数字」を扱う機会は、分野によって異なります。人文科学系では稀ですが、社会科学系では統計データを用いることがよくあります。また、自然科学系では実験データを扱う機会が多くあります。
理想的には、統計や実験のデータを処理し、有意差の判定や因子分析を行うスキルを身につけさせるべきですが、筆者にはその専門知識や教授スキルが不足しているため、この科目では扱っていません。ここでは、集計し、整理したデータを可視化し、他者に理解しやすいよう伝えるスキルを学びます。様々な種類のグラフを紹介しながら、複数の数値の比較=棒グラフ、時系列データ=折れ線グラフや縦棒グラフ、複数の事象の比較=複合グラフ、といった対応関係を解説します。
「相手が理解しやすいグラフ」を描くことは、簡単なことではありません。Excel等の表計算ツールでは、いとも簡単にグラフが描けてしまうため、学生は「描けたから、これでいいや」と妥協してしまい、そのわかりやすさを吟味し忘れがちです。このため、筆者は「新聞や雑誌に載っているグラフを探し、それを見やすくするためにどんな工夫をしているか考察する」という課題を出しています。こういったメディアに載るグラフは、一般読者がひと目で理解できるよう、グラフの形式を選んだり、過度な詳細を省いたり、軸の数字を変更しています。これらの工夫を読み解くことにより、学生はより「相手が理解しやすいグラフ」を描けるようになります。
以上のように、扱う情報の種類によって整理・加工の方法が異なることが単元毎に示され、学生は演習の中でスキルを身につけていきます。
前節では、この科目の単元の流れを概観しました。次に、各々の単元を実際に運営する際に注意している点を2点ご紹介します。
(1)クラウドベースの各種ツールの利用
従来の情報リテラシー演習は、マイクロソフト社のOfficeソフトウェアに含まれるワープロ、表計算、プレゼンテーションといったツールの使い方の演習が主流でした。しかし、この科目のように「多様なデータ源からの情報を収集・加工・整理し、他者に示す」というプロセスを主眼においた場合、それらだけでは役不足な場面が多くあります。また近年、Webブラウザから利用でき、費用がかからないクラウドベースのツールが続々と登場しています。そこで、この科目では可能な限り最新のクラウドベースツールを紹介し、演習で使うようにしています。既に単元に組み込んであるものとして、ご紹介したRefWorksやMind42があります。また、文献検索のGoogle ScholarはRefWorksに文献方法を簡単にインポートする機能を持っています。さらに、Google Driveに含まれるワープロ、表計算、プレゼンテーション、アンケート、図形描画の機能は、Officeソフトウェアを代替できる豊富な機能を持っています。これらのツールを紹介し、これから実務で躊躇なく使えるよう、適宜演習に用いています。
また後述するように、この科目では学生がグループを組み、テーマを定めてプレゼンテーションを行います。この準備作業は、授業時間だけでは間に合わないよう意図的にスケジュールを組んであります。このため、学生グループが非同期で作業を行い、意見交換できるツールも適宜紹介しています。
(2)FITness30のスキル養成
1節で紹介したNRCのFITness30[1]では、情報技術に習熟するためには、単にツールの操作方法を学ぶだけでなく、「議論を継続的に行う」「複雑な問題に対応する」「聞き手とのコミュニケーション」「共同作業」といったスキルのトレーニングが必要だと述べています。これは従来の情報リテラシーの単元には含まれておらず、具体的に学生に行わせるべき作業をゼロから考える必要がありました。
この科目では、学生がグループを組み、グループ毎にプレゼンテーションを行わせます。これを準備するプロセスの中で、これらのスキルを養う機会を設けることにしました。表1の単元11の後半から14が、この作業に当たります。グループ作業は、自己紹介と、グループで発表するテーマを議論するところから始まり、作業分担を決め、各々の成果を持ち寄ります。実際には、今まで面識がなかった仲間と共同作業を行うことに抵抗感を覚える学生も少なくありません。しかし、実務の現場では、必ずしも「面識がある仲良し」がチームを組むとは限りません。こういった、学生が将来直面する場面を紹介し、不慣れな環境で作業させることを敢えて行っています。
こういった作業の中で、背景知識が異なるメンバーとコミュニケーションを取り、合意を形成し、作業を分担する、といった作業に徐々に慣れていきます。その中で、リーダーシップを取る者、アイデアを出す者、批判的な意見を出す者等、各人の個性が出てきます。筆者は、大きな問題がある場合を除き、教員から一方的に指示を出すのではなく、各々のチームの進め方や議論をモニターし、それを応援するサインを送るようにしています。社会的構成主義に基づく学習理論では、教示する者(Instructor)ではない支援者(Facilitator)の重要性が強調されますが、まさにこのことが実感できる場面です。
上智大学では学校事務システムCampus Square[6]を導入しており、これを用いて履修登録やアンケートを実施しています。このシステムを用いて、本稿で紹介している科目(2013年度秋学期開講)の受講者45名から、22名の授業評価アンケート結果を得ました。この結果のうち、定量評価が可能な5項目について図2に示します。
図2 授業評価アンケート結果
平均値は、(1) 4.32、(2) 4.47、(3) 4.64、(4) 4.55、(5) 4.27(いずれも5点満点)でした。科目全体の流れと単元の位置付けを単元毎に示したことが、(3)の評価が高い要因と考えます。
自由記述では、肯定的な意見として「今後のレポート等をやるときに参考になりそうな講義ばかりだった」「論考の仕方について知ることができた」「今後役立ちそうなツールを学べた」といった記述がある一方、「すこしむずかしかった」「出席をもっと把握してほしい」(提出課題を評価対象としているため)といった否定的な意見もありました(意見は原文のまま)。
一部の学生にとっては若干難易度の高い内容があり、この改善は今後の課題ですが、概ね高い評価であるため、今後もこの科目を継続して開講していきたいと考えています。
参考文献 | |
[1] | National Research Council, Being Fluent with Information Technology, National Academy Press, 1999. |
[2] | 曽我部、田村、高岡、上智大学における情報フルエンシー系科目設置までの経緯と経過(前)、情報処理、 Vol.53, No.6, pp.619-622(上)、No.8, pp.840-843(下), 2012. |
[3] | 川喜田二郎、発想法 - 創造性開発のために、中公新書 1967. |
[4] | トニー・ブザン、ザ・マインドマップ、ダイヤモンド社 2005. |
[5] | Mind42, http://mind42.com/ |
[6] | 新日鉄住金ソリューションズCampus Square, http://www.ns-sol.co.jp/solution/popup/campussquare/ |