人材育成のための授業紹介・情報リテラシー教育
和田 悟(明治大学 情報コミュニケーション学部准教授)
明治大学情報コミュニケーション学部は2004年の学部創設以来、学部が自前で情報リテラシー科目を設置してきましたが、2013年度のカリキュラム改訂で、学部間共通の情報教育科目を大幅に取り入れることになりました。これで、自分の知識や技能や関心に応じて科目を従来よりも自由に選択できるようになりました。本稿では、1、2年次に履修可能な情報関連科目の概要を示し、その取り組みの一例として、筆者の担当する「専門情報リテラシー(新興国事情)」における取り組みについて紹介させていただきます。
学部間共通の情報教育科目を取り入れた結果、情報リテラシーに関連する科目群は図1のような構成になりました。色のついた部分は、学部独自の科目です。
図1 情報リテラシー科目群(1、2年次設置科目)
学生は、卒業までにICTエレメンタリーを除く科目のうちから4単位を履修しなければなりません。プログラミング実習が各1単位なのを除けば、他の科目は2単位です。
学生はまず、事前に「実力確認テスト」を受け、自分の知識・技能について自己診断するようガイダンスを通じて指導を受けます。テストは択一式問題で、内容は次のように高校の教科「情報」を踏まえたものになっています。
例えば、60点〜85点の場合に、基本階層にあるICTベーシックが推奨科目になります。90点以上なら、基本階層に加えて応用階層の科目群が選択肢に入ります。60点未満の場合には、高校の教科「情報」の知識・技術が不十分と判断され、まず、「ICTエレメンタリー」からの履修を奨められます。2013年度前期の本学部学生の履修状況は次ページ表1の通りです。
なお、半数以上を占める「ICTベーシックI」は、ミニマムリクワイアメントで、どの授業でも次の内容を含めることになっています。
表1 情報リテラシー科目の履修状況
(2013年度前期)科目・階層 のべ人数 割合 ICTベーシックI 421人 53.5% 応用階層 101人 12.8% 専門情報リテラシー 264人 33.5% 総合実践I 1人 **
したがって、別途開設されている「情報倫理」(講義半期2単位)以外でも、多くの学生はこの科目で情報倫理を学んでいることになります。また、入学直後全員に対して行われる学内ネットワークの利用講習会が重要な役割を果たしています。講習会で用いる本学独自に作成している映像資料は、他人の権利を尊重することやトラブル回避について、必要最小限のことを学ぶ優れた教材です。トラブル事例などをドラマ仕立てで身近に感じられるようになっています。
「専門情報リテラシー」は、学部独自で設置した応用階層にあたる科目で、いろいろな種類があります。担当教員の強みを活かしたテーマで情報リテラシーについて学ぶものです。筆者が担当するのは、「新興国事情」で、表計算ソフトの技能の確認をしながら、東南アジアを中心とした経済社会状況を題材として、モデル化などについて学びます。この他、2014年度は表2のような分野を開講しています。それぞれ講義・半期2単位で、原則として春学期・秋学期ともに同じ内容の授業を開設しています。
科目名に「専門」という名称が入っていますが、専門的知識を前提とせず1年からでも履修可能な科目群として設置されています。2014年度春学期の履修者数は 43名で、実際、半数近くが1年生です。
「新興国事情」は、まず、様々なインターネット上の情報源にアクセスしながら、日本や東南アジア諸国の状況を調べることからスタートします。作業用の白地図を配布し、いくつかのWebサイトを参照させながら、各国の基本情報について書き込ませます。
表2 情報コミュニケーション学部の専門情報リテラシー科目(2014年度) 新興国事情 経済社会状況を題材としたモデル化 インターネットと政治 インターネットによる情報収集とディベート 法情報 法情報検索、犯罪統計、サイバー犯罪統計や分析など ビジネス ビジネスのためのデータ収集・分析・プレゼンテーション 社会統計 社会調査分野のデータマイニング 心理統計 心理学で測定されるデータの分析方法 芸術表現 短編映画制作 ゲーム制作 Processingによるプログラミング実習
この授業の中心的なツールはExcelです。手本の通り操作をなぞるだけにならないよう、人口と国土面積から人口密度を求めさせるような単純ことから取り組ませています。
徐々に複雑な課題を織り交ぜて、アジアの国々の比較などを行っていき、慣れてきたところで、例年ITUの”Measuring the Information Society”[2]という報告書で使われているICT開発指標(ICT Development Index : IDI)を時間をかけて取り上げています。これは、2003年からはじまる世界情報社会サミットにおいて、情報格差是正のため、各国の情報化の状況を計る必要性から考案されたものです。「情報化」という漠然とした事象をどのようにモデル化するか、どのように数値で表していくかその方法を学びます。IDIでは、情報化がどれほど進んでいるかを、インフラとしてICTが社会にどれだけ準備されているか(アクセス可能性)、実際にどれだけ使われているか(使用状況)、それを使いこなすだけの教育受けているか(活用技能)という三つの観点からみるもので、これらが高度に実現されていればいるほど、情報化の恩恵を受けられると考えるのです。具体的には、人口100人あたりの携帯電話の契約件数やインターネット利用者、識字率や就学率などの11の指標を計算に用います(図2)。
図2 ICT開発指標の計算表の一部
計算過程では、それぞれの指標値について理想的な状態の場合にはどのような数値になるべきかを考える必要がありますし、そのような値と比較して正規化を行うほか、重み付けしながら複数の指標を組み合わせてゆき、最終的に一つの指標値を算出する筋道を理解する必要があります。
さらに、このICT開発指標の計算は、もう一つ大事な課題を提起してくれます。ランキングに対する批判的な見方です。”Measuring the Infor- mation Society”でも、毎年、ICT開発指標のランキングを掲載しています。2013年版に掲載された最新のランキングでは1位は韓国、2位がスウェーデン・・・日本は12位です。日本の順位が思ったより低いのがなぜかは、真面目に取り組んできた学生ならばIDIの計算方法を見直せばわかります。例えば、上位国に比べて大学進学率が低いとか、100人あたりの携帯電話の契約数が少ないなどの理由が見つかります。そして、これらが急に変化するものではないこと、100人あたりの携帯電話の契約数の基準値を180とすることの合理性があるのか、そもそも指標値の大きさでならべて順位を明示する自体にもあまり意味がないとわかってきます。世の中にあふれるランキングも、どのような観点で何が算出されているのかを把握しなければならないことを学びます。
複雑な内容の実習が始まる時期に欠席が多くなった学生は、過去3年間平均して約15%いますが、最後まで出席した学生の試験成績は良好で半数程度が80点以上の成績で、不合格者はほとんどいません。
学内で統一的に行われる授業評価アンケート(2013年度後期)でカリキュラムに関する質問では表3のような回答を得られています。
表3 授業評価アンケート(2013年度後期) 思う(強) 思う(弱) ふつう 思わない(弱) 思わない
(強)授業の受講人数(またはグループ)は適切な人数だと思いますか 4
(19.0%)2
(9.5%)15
(71.4%)0
(0.0%)0
(0.0%)この授業を理解するうえで、履修できる学年(配当年次についてどう思いますか)(5早い⇔3適切⇔1遅い) 1
(4.8%)3
(14.3%)17
(81.0%)0
(0.0%)0
(0.0%)この科目のカリキュラム上の位置づけ及び他の科目との関連がわかりましたか 2
(10.0%)2
(10.0%)13
(65.0%)2
(10.0%)1
(5.0%)この授業のレベルは適切でしたか
(5 難しい⇔3適切⇔1簡単)6
(30.0%)7
(35.0%)7
(35.0%)0
(0.0%)0
(0.0%)あなたは講義を熱心に受講したと思いますか 6
(33.3%)5
(27.8%)7
(38.9%)0
(0.0%)0
(0.0%)この授業で新しい授業で新しい知識や考え方を得ることはできましたか。 6
(33.3%)8
(44.4%)4
(22.2%)0
(0.0%)0
(0.0%)あなたのこの授業に対する自己採点は何点ですか 5
(27.8%)4
(22.2%)6
(33.3%)2
(11.1%)1
(5.6%)
アンケート結果は、実のところ学内平均や科目分類平均を下回っており、なお改善しなければならない点が多いのですが、回答と実際の成績の対応や、内容に関するコメントは筆者を勇気づけてくれます。手順指示等を見直しつつ、より密度の濃い内容を心がけます。
なお、2014年度の授業はまだ始まったばかりですが、白地図の作業や映像資料の活用について、次のような感想を得ています。映像資料を利用する趣旨が理解してもらえているようです。
「自分で調べて書き残すことで、頭に残るので作業としてはいいと思いました」「ビデオは視覚的により東南アジアに目をむけることができるので今後もビデオを使った授業を多く取り入れて欲しいと思いました」「日頃から、ニュースなどで東南アジアについて知ろうと思いました」。
筆者が担当している科目に「国際交流(タイ)」があります。タイの協定校との間で双方向の交流を中心とするもので、毎年20名前後の学生がタイで研修を行い、現地の大学で交流活動を行うほか、現地の日本企業を見学し、現地で働く卒業生に会い、経済の動きを肌で実感してもらいます。参加者の中には、ここで紹介した「新興国事情」で関心を持ったことをきっかけとしてあげる学生も増えてきました。研修中はビデオ撮影しており、現地の等身大の学生生活も動画などで残せるようになってきました。ネットでアクセス可能な数字に頼るばかりでなく、こうした研修中の現地映像も使いながら、実感をもってもらえるような授業を目指します。
参考文献および関連URL | |
[1] | 公益社団法人私立大学情報教育協会: 情報リテラシー教育のガイドライン 2013年度版. http://www.juce.jp/edu-kenkyu/2013-literacy-guideline.pdf |
[2] | http://www.itu.int/ITU-D/ict/publications/idi/ 付録の一部を除いて全文をPDFでダウンロード可能。 |