人材育成のための授業紹介・歯学

ICTを用いたチーム基盤型学習(TBL)の開発と導入

葛城 啓彰(日本歯科大学 新潟生命歯学部 微生物学講座)

1.はじめに

 本学では、2004年より1・3・5学年を対象に累進型の問題解決型学修(PBL)を導入してきました[1]。筆者も3学年のPBL責任者としてPBLの実施・運営に携わってきましたが、PBLは多くの人的資源・物的資源を必要とすることから、本学においても講義とPBLが共存するカリキュラム形態をとっています。そのような学修環境の中で学生は、PBLでは積極的にグループ討論で発言し、自ら課題を発見し自学自習を行いますが、講義になると概して受け身であり、居眠りや内職等もしばしば散見され、PBLと講義の温度差に頭を悩ませてきました。このような学修状況の中で従来の一斉講義はその方略を改善する必要があると考え、プレテスト・ポストテストやメモリーツリーの導入などいくつかの改善を行ってきました。
 幸甚にも本学では、2004年度から導入された学内LANシステムを利用した授業支援システムや、2007年度から携帯電話を用いた出席管理システムとレスポンスアナライザーによる双方向型授業システムを導入し、講義への活用を図ってきましたが、学内での利用率は高くありませんでした。そこで、学生の講義への積極的な参加とICTの活用向上を目的にコース単位でICTを利用したチーム基盤型学習を2011年度より導入し3年が経過し、一定の成果が得られましたので報告します。

2.授業科目

 新潟生命歯学部全体のカリキュラムは、1学年は教養系講義、PBLと早期体験実習、2学年は基礎医学系講義と解剖実習、3学年前期は基礎医学系講義と実習、3学年後期と4学年は歯科臨床系講義と歯科臨床系臨床基礎実習、歯学系共用試験(CBT)後の5学年・6学年が病院実習と総合講義という構成です(表1)
 ICTを利用したTBL導入の対象とした授業科目名は、基礎医学系講義の中の感染微生物学(前期15回、後期15回)通年で3単位のユニットです。微生物学・免疫学に関連した講義・実習は、1学年前期にPBL(学修法を学ぶ)、2学年前期・後期に感染微生物学講義(前期15回・後期15回)、3学年前期に生体防御学(炎症・免疫学)講義(15回)と感染微生物学・生体防御学実習(15回)、3学年後期にPBL(基礎と臨床を統合して学ぶ)、4学年後期に歯性感染症講義(7回)があります。

表1 カリキュラムの概要(全体像)

3.授業内容

 対象学年は歯学部第2学年96名(定員)で、感染微生物学コースを対象にしています。前学期(15回)は一斉講義に携帯電話を用いたレスポンスアナライザーによるプレテスト・ポストテストを行っています(表2、図1)。一斉講義の中でICTを利用してプレテストを行ってきたことは、TBLの準備に非常に役立っています[2]

表2 感染微生物学の学修方略
図1 教員と学生のアクセス画面

 先に述べたように一斉講義では学生数が多く、大教室での講義であるため、学生が概ね受け身であり、発言の機会も少なく、遅刻、居眠り、内職等の問題が存在します。このような学生は予習・復習もせず、定期試験前の一夜漬け学修しかしないので再試験者も多く、留年率も高くなり、高学年での学修や生涯学習につながらないことが問題となっています。そこで、講義とPBLとの整合性を図り学生がより積極的に学修できる環境を作るべく、2011年より感染微生物学後学期コース(15回)は、ICTを活用したTBLを講義に替えて導入しました。TBLではPBLと異なり、カリキュラム(一般目標や行動目標を含む)や講義時間枠を変更することなく、1コース単位での講義への導入が可能です。
 感染微生物学でのTBLは、1)予習、2)予習準備確認テスト(IRATとGRAT)、3)グループワークでのメモリーツリー作成、4)全体同時発表と学生相互評価、5)同僚評価、6)ポストテスト、7)予習ノートのポートフォリオの七つから構成されます(7Pシステム)。TBLの中で携帯電話を用いたレスポンスアナライザーは、2)予習準備確認テスト(IRATとGRAT)および、4)メモリーツリーの学生相互評価に活用しています。
 グループ学修の前提となる予習の確認のための予習確認プレテストでは、個人が自分の考えで回答するIRATでは正・誤のみを送信し、個人の予習に対するフィードバックとしています。グループで話し合って解答を決定するGRATでは正解選択肢も合わせて送信し、リアルタイムで個人とグループに即時フィードバックを行っています。また、GRAT終了後に質疑応答とアピール時間を設け、教員が正答としたものと異なる選択肢を選んだ場合にその理由とグループでの意思決定プロセスを発言してもらい、教員がそれに対して意見を述べる時間を設けています。もちろんそれ以降のグループ学修の時間でも学生からの質問は随時自由としています。
 今回開発・導入したTBLの特徴の一つは、グループ討論のプロダクトとして問題解決ではなく、その日の学修の主題(行動目標)に関するメモリーツリーの作成をグループ毎に行い、その成果を講義時間内に全グループで同時発表(ポスター発表形式)を行うことです。メモリーツリーの評価は学生間の相互評価を行い、携帯電話を利用したレスポンスアナライザーでリアルタイムに学生にフィードバックし、コース全体の評価にも組み込んでいます(図2、3)。

図2 メモリーツリーの一例
図3 メモリーツリーの全グループ同時発表と相互評価

メモリーツリーの学生評価結果と最優秀ベストツリーは、本学に2004年に導入された学内LAN による授業支援システムを用いて学生に配信しています(図4)。

図4 学内LAN による授業支援システム

4.コースの評価

 第2学年後期感染微生物学コース全体の評価は、TBLでの形成的評価(50%)と後期本試験の総括評価(50%)を等分で評価し、その合計を後期の感染微生物学課程の成績としました。予習ノート、プレテスト(IRATとGRAT)、メモリーツリー、ピアレビューとも1回のTBL当たりそれぞれ0.5点となるよう均等配分しました。予習ノート、グループのメモリーツリーはコース終了後にポートフォリオとして提出させ評価の一部に組込みました。
 総括的評価としての後期本試験は、前期試験と同様に50題(50分)の多肢選択問題の出題とし1問1点となるようにしました。この評価方法は、TBLの導入に際し、第2学年の学生に説明し、同意を得て実施しました(表3)。

表3 TBLの評価方法

5.ICT環境

 情報処理関連施設については、2004年度に本学敷地内にITセンターを設置し、最新パソコン104台及びサーバー15台を設置・更新して、IT関係の授業、CBT等に利用すると共に、学生が登録した指静脈感知システムにより開錠し、随時入室してITを用いて自習することが休日も含めて23時まで利用が可能となっています。 授業支援システムはITセンター設立と同時に導入され、各教室に設置された無線LAN およびWiFi環境から随時アクセス可能です。また教務部には携帯電話による出欠管理のサーバーを個別に設置し、学生には携帯電話に専用アプリケーションをダウンロードすることによって、モバイル学生証を取得させ、学生は携帯電話およびスマートフォンから全教室内に設置された出欠管理リーダー(図5)に講義開始前後にアクセスし、出席確認を行います。さらに、講義中は携帯電話をレスポンスアナライザーとして使用することで、双方向型授業が行えます。また、大学から学生への連絡事項を学生・学年別・クラス別・個人別など、配信対象を設定して配信できます。

図5 モバイル学生証と出席管理システム

6.教育効果

 感染微生物学への出欠状況は2011、2012、2013年度とも前期・後期とも平均96%で有意差は認められませんでした。ICTを用いた個人(IRAT)とグループ(GRAT)によるプレテストの比較を図6に示します。

図6 IRATとGRATの比較

 2011年度ではIRAT:61.2±18.9点、GRAT:69.1±17.0点[3]、2012年度ではIRAT:47.7±15.3点、GRAT67.7±14.4点[4]、2013年度では:46.3±13.0点、GRAT83.7±11.2点といずれの年度でも有意(対応のあるウイルコクソン検定、p<0.01)にGRATで予習確認テストの成績が向上しており、グループ学修の価値が認められています。
 授業支援システムへのアクセス状況は、2011年度は一課題あたり前期6.3±13.2人、後期24.5人±33.9人、2012年度は一課題あたり前期8.1±4.6人、後期25.9人±7.0人、2013年度は、前期8.5±5.6人、後期36.9人±12.5人と有意に増加しました(対応のないウイルコクソン検定、p<0.001)。前期・後期本試験では、再試験者該当者は、2011年度は前期18名から後期に2名に、2012年度は前期34名から後期に16名に有意に減少しました[4](χ二乗検定、p<0.001)。しかし、2013年度では前期25名、後期22名と有意な差は認められませんでした。
 前期・後期の総括試験の結果(平均)は、2011年度では、前期32.6±6.4点、後期36.7±6.2点(いずれも50点満点)と有意に上昇(対応のあるt検定、p<0.01)していました[3]。2012年度では前期22.0±4.7点、後期23.5±6.7点(いずれも50点満点)、2013年度では前期31.4±5.9点、後期33.6±6.0点(いずれも50点満点)、とわずかに上昇しましたが、有意な差は認められませんでした。
 学生ピアレビューは、 2011年度ではほとんどの学生が同じ評価を付けていましたが[3]、図7(a)に示すように2013年では同僚評価が適正化傾向を示すようになってきました。

図7 同僚評価の結果(2013年度)

 この要因は、予習ノートが評価されることが周知徹底されたことと、グループ学修の成果としてメモリーツリーを2012年度より全グループ同時発表に切り替えて学生間でピアレビューを実施させたことで、グループ間での競争意識が芽生え、グループの価値を高めてくれるメンバーへの評価が高まった結果であると考えられます。また、2013年度のピアレビューと各種評価項目間の相関を調べた結果を図7(b)に合わせて示します。各評価項目間の有意な相関はあまり認められず、TBLでは学生は成績以外の要素を評価しているものと考えられます。
 TBL実施後の学生アンケート結果(図8)では、2011〜2013年度でほぼ同様の傾向を示し、「TBLは楽しい」、「積極的に予習した」、「学生の発言機会が増えるのは良い」、「コミュニケーション能力が増加した」と回答したものが60〜70%認められました。その反面「歯学への興味が深まった」、「学修意欲が向上した」と感じているものは50%弱でした。また、「講義より負担が多い」と感じているものは80%強であった。自由記述欄では、「メモリーツリーをグループで作ることにより視野が広がった」、「予習により知識の共有ができるがグループ間の格差がある」、「グループ内での個人差がある」との意見が寄せられました。

図8 TBL実施後の学生アンケート評価

7.今後の課題

 感染微生物学に導入したTBLでは、ピアレビューをリアルタイムに実施するためにも、現在の紙媒体による記入式からスマートフォンやタブレットを用いたICT化を図りたいと考えています。現行の携帯電話によるレスポンスアナライザーシステムが来年度から全面的にスマートフォン仕様に変更されるため、エクセル集計表やMoodleなどの集計ソフトを用いたインターネット経由での評価システムへのアクセスも可能になると考えています。
 学生が行動変容を起し学修習慣が身についたかどうかを確認するために今後は1日の予習時間や感染微生物学のTBLのための準備に要した時間などについても調査を継続する必要があると思われます。その結果から、感染微生物学のユニットだけでなく、他の学修でも講義の前に予習する習慣を持ち続けることを期待しています。また、グループ学修の中で学んだ討論能力やメモリーツリー学修を他の科目にも応用することにより科目間の関連付けができるようになり、PBLでの基礎と臨床を統合して学ぶという目標との整合性も図っていけるのではないかと考えています。 歯学部では病院実習開始前(4年修了時)にCBT(コンピュータ基盤試験)、臨床研修開始前(6年卒業時)に歯科医師国家試験があり、結果が求められます。感染微生物学のTBLで培った学修習慣と学修方法を自主的に実施することにより、より良い結果が得られることを期待しています。

参考文献および関連URL
[1] 葛城啓彰, 五十嵐勝, 長田敬五, 影山幾男, 関本恒夫, 藤井一維, 水谷太尊, 宮川行, 渡邊文彦, 村上俊樹, 中原泉: 日本歯科大学新潟歯学部におけるPBLテュートリアルの導入. 日本歯科医学教育学会雑誌21, pp.279-291, 2005.
[2] 葛城啓彰: 歯科界の潮流 日本歯科大学における教育への取り組み 新潟歯学部における教育の取り組み. 歯学96巻春季特集, pp.117-122, 2009.
[3] 葛城啓彰:歯科基礎医学の講義に替わりうるチーム基盤型学習(TBL)の導入とその効果. 日本歯科医学教育学会雑誌, 29, pp.3-10, 2013.
[4] 葛城啓彰:講義に替わりうるICTを用いたチーム基盤型学習(TBL)システムの開発ICT情報教育方法研究, 16, pp1-6, 2013.

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