特集 オープンな学びを提供するJMOOCの取り組み
福原 美三(明治大学特任教授 一般社団法人日本オープンオンライン教育推進協議会事務局長)
2012年米国のスタンフォード大学、ハーバード大学、MITなどから立ち上がり、有名大学を中心に爆発的な広がりを続けているMOOC(Massive Open Online Courses:大規模公開オンライン講座)は2013年には欧米主要国で配信事業体が立ち上り、現在では世界的な広がりとなっています。この背景にはインターネットのグローバルな普及・広帯域化やスマートフォン、タブレットを中心としたデバイスの進化など環境面での充足に加え、高等教育環境での地域・経済格差を解消するソリューションとしての期待、大学のICT活用による教育改革の機運など複数の要因が複合的に重なり大きな流れとなったと考えられます。
2013年我が国においてもMOOCの日本からの配信を実現・推進することを目的として11月1日に一般社団法人日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)が発足し、翌2014年4月より日本語での講座を中心にMOOC講座配信を開始し、半年余を経過しました。
ここでは改めてMOOC配信の背景と狙い、現状について報告します。
MOOCは「大学の教員が提供するオンライン講座であり、誰でも無償で受講でき、テストやレポートなど提示された課題に期限内で回答し、総合的な評価が一定の基準を満たせば担当教員名での修了証が提供される学習プログラムである」というのが国際的に共通的、基本的な定義です。もともと教育機会や優良な教育素材に恵まれない地域や層の人々にその機会を提供することを大きな目的として「オープンエデュケーション」が始まり、その延長線上にMOOCが位置付けられています。オープンエデュケーションの嚆矢ともいうべきプロジェクトは米国MITが2001年にそのコンセプトを発表し、2003年から本格的に実施したオープンコースウェア(OCW)であることはよく知られています。OCWが「大学の正規講義で提供されている教育素材をインターネット上で無償公開する」というコンセプトで推進されてきましたが、このコンセプトを受け、大学以外の教育素材についても積極的に無償公開を推進する目的で2002年にUNESCOによって提唱され、推進されてきたのがOER(Open Educational Resources)です。UNESCOは2012年、OER提唱から10年目にあたるのを機に2012 World OER Congressをパリ本部で開催し、「2012パリOER宣言」を採択し、さらなる地球規模でのOER普及に向け活動の加速を図っています。
我が国におけるオープンエデュケーション関連の活動は2005年に6大学(大阪大学、京都大学、慶應義塾大学、東京工業大学、東京大学、早稲田大学)で連携してOCW活動の開始を宣言したのをきっかけとして翌2006年、OCW国際コンソーシアムの設立発表と合わせて京都で開催されたOCW国際会議(実質的な国際コンソーシアム年次大会の第1回)でOCW活動を本格的に推進する大学を中心としたコンソーシアム、日本オープンコースウェア・コンソーシアム(JOCW)を設立し、推進してきました。JOCWが一つの組織モデルとなり、韓国や台湾で同じ形態のコンソーシアムが設立されるなどオープンコースウェア推進に先導的な役割を果たしてきました。
2006年以降、日本でのOCW普及活動はJOCWを中心に行われ、加盟組織の拡大、配信講座数の増大などを指標として活動が行われてきました。一方、国際的には参加組織数や配信講座数の拡大は重要な目標としつつも、学習者の立場からの利便性向上・価値拡大という視点での課題解決が参加組織内の議論として大きくなり、そのための様々な提案が行われ、実践されてきました。国際的なオープンエデュケーションのコミュニティでは、2007〜2008年頃にはインターネットの高速化・広帯域化の流れとPCの性能向上を背景に、当初テキスト中心であった配信情報が講義音声や講義映像へとリッチメディアの活用に大きく軸足を移していきました。
2009〜2010年頃には学習者のモチベーション維持向上を目的とした方策の議論の中から学習者コミュニティを形成し、学習者間で疑問点の解消やノウハウの共有を図ることが提案され、Open Studyのような具体的に学習者コミュニティを形成し、提供するプロジェクトも注目されました。
さらに2011年初めには、学習者の修得スキルを社会的に評価する仕組みの提供が提案され、既存の大学がOERの学習者に対して単位や学位の取得が可能となる機会を提供しようという取り組みが開始されました。このプロジェクトは主に英連邦の大学が参加したOER Universityというプロジェクトで、UNESCOも支援しています。
その後2011年後半には、最初のMOOCとして注目を集めた米国スタンフォード大学のセバスチャンスラーン教授の「人工知能入門」の講座が公開され、世界中から16万人の受講生を集め、MOOCのきっかけとなりました。この一連の流れを整理すると表1のようになります。
表1 オープンエデュケーションの変遷
この表からオープンエデュケーションの様々な活動がMOOCの大きな流れにつながっていることが理解できると思います。
日本でのOCW活動は表1の変遷上で見ると、Phase2までは世界的な流れを先導する形で進行しました。日本のOCW普及活動は任意団体であるJOCWを中心として行われてきましたが、OCWの活動自体は各大学での主体的な活動として実施されるものであり、JOCWの主な活動は会員勧誘、情報共有および国際コンソーシアムとの連絡窓口でした。2007〜2008年頃までは会員数、公開講座数ともに拡大していましたが、その速度は世界主要国と比べ、必ずしも順調とは言えず、資金源も2008年から拡大した企業会員も含めた低額の会員会費に依存した構造であったことから、その後活動全体としては停滞した状況となりました。
その後、会員大学は明確に二極化し、継続的に公開する大学とほぼ休止状態の大学に分かれる状況となりました。この背景には、各大学内でオープンエデュケーションについての理解、賛同が浸透しなかったことが大きな要因としてあげられます。一方、世界では表1のPhase3,4,5への質的変化が起こり、2012年の米国での爆発的な拡大とそれに続く2013年のヨーロッパ各国でのMOOC立ち上げと拡大につながりました(表2参照)。
表2 世界の主なMOOC事業体
世界規模でのMOOCの急速な拡大に日本が取り残されていることの危機感を背景に、2013年初夏より日本でオープンエデュケーションに関わってきた有志の中から日本でのMOOC事業立ち上げの必要性が議論され、2013年10月に帝国ホテルにおいて設立記者発表を行いました。設立にあたり発起人を中心として策定した基本的な方針のうちで、特に以下の点がJMOOCとしてのユニークな特徴です。
1)JMOOCでは主として日本の大学の講義をベースとしたMOOCを日本語で配信する。米国を拠点とするグローバルなMOOC事業体から配信されている講座の多くは英語であり、多くの日本人学習者にとっては効率的な学習が困難である。前述のように非英語圏であるフランス、スペイン、中国などでは母国語での学習を可能とするMOOC事業体が立ち上がり、急速に拡大していることなども鑑み、積極的に日本語でのMOOC配信を推進する。
2)運営は特定の団体・企業からの提供資金に依存するのではなく、できるだけ多くの大学・企業・団体の参加による産学連携を基本とし、運営資金についてもそれら会員からの応分の負担としての会費収入を基本的財源とする。
また、JMOOC設立時に組織のミッションステートメントを以下のように規定しました。
「JMOOCは日本とアジアのための『学びによる個人の価値を社会全体の共有価値へ拡大するMOOC』の実現を産学の連携によって強力に牽引します。」
このミッションステートメントに基づき、2013年11月1日に一般社団法人としての登記を完了し以降、以下を具体的な狙いとして活動を開始しました。
1)修了証の社会的認知の拡大
質の高い学習・修得管理を実現し、学習者の修了認定が広く社会的な価値として認知され、知識社会における牽引力となるよう技術的・制度的な課題を解決するとともに社会的認知の拡大をはかる諸活動を推進する。
2)社会的継続学習基盤の形成
学生・社会人・退職者など多様な生涯学習者に対し、高等教育機関の有する専門教育知識のみならず企業の有する実践的実学知識の提供も積極的に勧奨する。
3)アジア諸国等へのコンテンツ・プラットフォーム提供・連携
JMOOCで構築・運営するコンテンツおよびプラットフォームを日本はもとより広くASEANを始めとするアジア諸国等にも提供し、日本への留学希望者や日本企業への就職希望者に対し、必要かつ有効な学習機会を提供する。
4)「反転学習」(Flipped Learning)の確立
MOOCを予習教材として使い、より高度な内容を対面で授業する「反転学習」(Flipped Learning)の効果が認識され、その普及が始まっている。JMOOCでは、大学教育の形態が大きく変化する可能性があることから積極的な実践事例を構築し、その日本での確立を図っていく。
5)学習支援技術確立へ向けた研究活動
MOOCは歴史上初めて教育支援に本格的に情報通信技術(ICT)を活用し、大規模なオンライン学習集団のすべての学習行動をディジタル蓄積し、その分析に基づき新たな学習支援技術に関する知見を得、そのフィードバックにより継続的に学習を改善していく取組みでもある。JMOOCでは、そのための学習プラットフォームを主体的に構築・運営し、学習支援技術確立へ向けた研究活動を推進してゆき、本格的な教育におけるBig Dataの活用による教育改善を推進する。
JMOOCは大学および企業からの会員を中心に構成されており、その代表としてオープンエデュケーションにこれまで深く携わってきた大学の代表および、JMOOCの趣旨に賛同し、その運営に深く貢献することを表明した特別会員企業の代表から構成される理事会を中心に運営されています。一方、MOOCの配信を行う配信プラットフォームの実質的運営は特別会員企業などの自主的な構築運営により提供されています。JMOOC傘下で提供されている配信プラットフォームは以下の3システムです。
1)gacco
(株)NTTドコモ、NTTナレッジスクェア(株)両者の運営による。米国edXが開発し、同サービスで提供されている管理ソフトウェアのオープンソースソフト版であるOpen edXを日本語版としてカスタマイズしたものが提供されている。
2)Open Learning, Japan
(株)ネットラーニング運営による。同社の商用クラウドをMOOC用にカスタマイズして提供している。
3)OUJ MOOC
放送大学が運営するプラットフォーム。NPO法人CCC-TIESが開発したプラットフォームCHILO BOOKをベースとしている。
また、すべての会員の有志から構成される課題別のワーキンググループで技術、政策、制度、普及などの観点から検討を行い、JMOOCの運営およびMOOC提供サービスに反映させていくことが基本方針です。
図1 JMOOCの組織
組織発足から約1年、最初の講座開講から約7ヶ月を経過した時点で、明確になっている主な課題は以下の通りです。
1)開講講座数の拡大
MOOCは基本的に一般利用者に向けた教育情報提供サービスであり、多様な学習者の学習ニーズに答えるためには様々な分野の講座を開講することが必須となる。MOOCが社会的な価値を持って受け入れられるには少なくとも100以上の講座開設が望ましいと考えており、できるだけ早い時期での実現も必要である。
2)登録学習者数の拡大
登録学習者が多い事がMOOCの価値、さらには修了証の社会的価値の認定に繋がると考えられる。数十万人から百万人規模の登録学習者の実現が望ましいと考えている。その実現には良質の講座の一定数以上の開講が前提となることは言うまでもない。
3)講座分野の拡大
調査結果によると、男女また年代別にも学習したい分野は異なっており、最低でも全体の8割の学習者が希望する分野をカバーすることが望ましいと考えている。その観点からも大学講座のみならず、企業内教育や専門教育コンテンツを含むことが必要である。さらに社会的な教育基盤としての位置づけを想定すると初中等教育コンテンツもカバーすることが望ましい。
4)継続的なビジネスモデルの確立
BtoC(一般利用者向け)の本講座は修了証取得まで無償提供を前提とすることが基本であるが、JMOOCは産学連携の体制により運用しており、企業的な事業維持継続の観点から持続的なビジネスモデルの確立が重要である。このためには様々な可能性の検証が必要である。
5)講座開講作業の効率化とコスト削減
大学でのMOOCについては特に大学における講座公開の負担を極力軽減することが必須である。そのための講座設計、制作工程の標準化と効率化が急務である。
6)本格的な学習ログ分析体制の確立
MOOCの本質的な期待の一つである、膨大な学習者の学習履歴(BIG DATA)を分析し、新たな教育支援の知見を得られる研究環境の整備である。そのための体制整備も重要な課題である。
JMOOCは2013年11月に一般社団法人として設立され、2014年4月に最初の講座を公開し、その後公開講座数を拡大するなど、これまで1年間で組織設立から講座開講までを推進してきましたが、その過程で前述の課題が明確になっています。このいずれも重要な課題であり、MOOC講座の拡充と同時並行的に解決を図っていくべきものが多くあります。とりわけ、大学がいかに多くのMOOC講座を適切なコスト負担と稼働で制作できるようにするかという点が配信講座拡大の観点から重要です。
また、ミッションステートメントに謳っている目標についてはJMOOCとして優先度の高い目標ですが、なかでも修了証の社会的価値の拡大については、多くの企業が人材採用や人事評価の中で実際に位置付けることが必要であり、その実現にはまだ時間が必要です。さらにアジアとの関係についても双方の大学に企業を加えた具体的なプロジェクトを推進する必要があり、今後の課題です。いずれにしても全体的な提供講座の拡大が急務であり、その達成には大学を中心とし、企業も参加した広範な協力体制が不可欠です。
MOOCは大学講義レベルの教育がインターネットを通じて無料で受講でき、課せられた課題やテストに回答し、総合的な成績が講座毎に定められた基準を超えた学習者に対しては修了証が付与される教育サービスとして世界的に認知され、拡大しています。JMOOCでもこの基本概念を踏襲しつつ、日本の様々な大学の講義をベースとしたMOOC講座を2014年4月から開講し、その量的な拡大を図っている段階です。これまでに10講座を開講してきましたが、ここではその経緯および今後の展望について解説します。
JMOOCでは日本でのMOOC講座配信にあたり、以下の基本的な方針に基づき多くの大学に講座開講を勧誘してきました。
JMOOCでは2014年4講座を開講してきました。確定している公開講座は表3の通りですが、今後拡大していくため、最新情報はJMOOC Webサイトを参照して下さい(www.jmooc.jp)。また、JMOOCで開講した最初の3講座についての受講状況は表4の通りです。
表3 JMOOC開講講座一覧
表4 JMOOC初期開講講座の状況
JMOOC最初の講座受講登録開始から現在までの総登録者数は2014年10月25日現在で76,000名を超える規模となっています。
このオンラインでの学習形態は前述のとおり共通となっていますが、各講座独自の部分も出ています。海外のMOOCと異なるJMOOC独自の取り組み例としては、すべての講義映像に日本語字幕を付与していることと、MOOC学習者を対象とした反転学習の実施です。以下に、その取り組みを紹介します。
(1)日本語字幕
日本語字幕は、現在登録者が100名を超える規模となっているJMOOCボランティアの協力も得て付与していますが、聴覚障害者の方にも学習を可能とする、いわゆるユニバーサルアクセスの目的以外に、健常者にとっても目と耳の両方からの学習を可能とすることで学習効率が高まる、また課題への対応時、講義ビデオを再確認する際に効率的であること、また留学生、海外の学習者にとっての利便など様々な利点が実際に報告されています。
(2)反転学習
東京大学の本郷教授の講座において、世界で初のMOOCベースの反転学習を実施し、その成功体験に基づき、これまでに4講座で実施されました。講座の流れについては、通常コースと反転学習コースの二つを図2に示します。また、本郷教授の反転学習の履修状況は表4、対面授業のタイムテーブルは表5の通りです。
図2 JMOOC講座の通常コースと反転学習コースの流れ
(2014年9月3日 教育改革ICT戦略大会 株式会社NTTドコモ)
表5 「日本中世の自由と平等」対面授業のタイムテーブル
(2014年9月3日 教育改革ICT戦略大会東京大学 本郷和人)第1回対面授業(2014.4.26.)
■ 配布資料■ タイムテーブル(計120分) 第2回対面授業(2014.5.10.)
■事前準備■ タイムテーブル(計120分)
受講生の反応は、1回目の対面授業が学会で議論するようなレベルであったため、「非常に難しかった」との感想でしたが、事前のオンライン学習で知識習得レベルがそろっていたことや、受講者数が通常コースから大幅に絞りこまれ、意欲的な受講生が参加していたことから、13歳から81歳の幅広い年齢層ながら、年齢差に関係なく活発な議論が展開され、最終的には「とても面白かった」「受講してよかった」などの意見が寄せられました(2014年9月3日教育改革ICT戦略大会講演より)。
JMOOCでは、日本での本格的なMOOC開講に先立ち、世の中の人々の意識調査を実施しました。調査対象は10代から60代の各世代の男女それぞれ100名程度、計1,200名余り、NTTコムオンラインマーケティング・ソリューション株式会社の協力によるインターネットリサーチによって行いました。
また、初回の調査から1年後の2014年9月に同様の調査をMOOC提供の経験を反映した形で実施しました。この2回の調査から以下のような結果が明らかになりました。
1)取り組みそのものについての評価は前年が「非常によい」、「良い」を合わせ82%と高い数値であったが、本年はさらに増加し、合わせて87%となった(図3)。
図3 MOOCへの評価
2)認知度については昨年「知らない」が93%であったところ、本年は79%と大幅に下がってはいるが、まだ「詳しく知っている」というより「聞いたことがある」程度の増加である(図4)。
図4 MOOCの認知度
3)MOOCを利用したことがある人は、前年が1.4%であったのに対して本年は2.4%と微増しているが、まだ大多数の人々は利用経験がない。その上で、今後の利用意向は昨年は「利用したくない」の方が上回っていたが、今年は若干ながら「利用したい」が増加している(図5)。
図5 MOOCの利用経験
4)学習したい分野の全体平均としての結果は心理学、歴史、音楽・映画、経済学・金融が他よりも多い傾向にあるが、特定分野が極端に多いという傾向ではなく、教養系科目と実践系科目に万遍なく希望が分散しており、多様なニーズが示されている(図6)。
図6 受講希望分野
5)性別世代別の希望分野について
性別世代別の希望分野については、男性では経済学&金融がすべての世代で6位以内、特に社会人としてアクティブな20代から50代では2位以上となっている。ついでコンピュータサイエンスがすべての世代で5位以内となっており、10代では1位である。関連分野である情報、テクノロジー&デザインもすべての世代で7位以内であり、40代ではトップである。また歴史がすべての世代で8位以内、特に50代、60代では1位である。昨今のビッグデータへの注目が集まっていることを反映してか、10代から40代で統計学&データ分析への関心が高い、特に20代では1位となっている。
女性では栄養学、心理学、音楽・映画、芸術、健康&社会などへの関心が高い。特に心理学はすべての世代で4位以内であり、40代、50代ではトップである。栄養学もすべての世代で10位以内であり、20代、30代ではトップである。音楽もすべての世代で8位以内であり、10代ではトップである。
6)職種別希望分野
職種別希望分野については、会社員や公務員、自営業など職業をもっている人々には経済学&金融の人気が高く、学生、パート、主婦などには心理学の人気が高い傾向にある。また、歴史はすべての層で4位以内であり、職業を超えて人気が高い(下の表6)。
表6 職種別希望順位
7)学習に用いる端末については、パソコンが圧 倒的に多数ではあるが、スマートフォン、タブレット端末で学習する人の割合も合わせて30%おり、多様な環境での学習が始まっていることがうかがわれる(図7)。
図7 MOOC学習で利用した端末
8)JMOOCでは、最初の講座である東京大学本郷教授の「日本中世の自由と平等」以来多くの講座で反転学習を組み合わせた学習機会を提供してきた。今回、反転学習が提供されている場合は受けたいと回答した人の割合が70%弱と非常に高い割合を示しており、その理由も積極的に講師や他の受講生との交流を希望しているという結果が得られた(図8)。
図8 反転学習の受講希望
9)オンライン講座で不足しがちなコミュニケーションについて、特に質問・意見提示の場が必要だとする回答が昨年も60%あったが、本年はさらに増加し、65%という高い数値を示している(図9)。
図9 コミュニケーションの必要性
2013年9月、2014年9月に実施した世論調査結果からも継続学習への期待は高まっており、また多様な分野への学習希望があることが明らかになりました。この広範なニーズに応えるためには、多くの講座を開講する必要があります。そのため早期に100講座以上の講座開設を実現したいと考えています。MOOCの講義映像は大学での講義を収録し、それを10分程度に単純分割しているのではなく、担当教員にあらかじめ10分程度の内容を想定し、再構成を依頼した上でMOOC用に改めて収録を行っています。そのため、一つの大学から短期間で大量の講座を開設することは困難であることから、できるだけ多くの大学に参加してもらうことが重要であると考えています。
また、大学にとってMOOCは、各大学の教員が講座を配信することのみがその関与ではありません。教育の質の改善として注目されているアクティブ・ラーニングや反転学習についてもMOOCを活用することにより、効果的、効率的に実践が可能となります。2014年後期にJMOOC講座を対象とした反転学習の実践が始まっています。具体的には、慶應義塾大学村井純教授が提供した「インターネット」の講義を東京工科大学においてコンピュータサイエンス学部2年次後期の「インターネット」科目(2クラス計400名)で活用します。学生たちは、JMOOC公認サイトでの「インターネット」講座を利用して自分のペースで事前学習(予習)を行い、教室ではディスカッション等の主体的かつ発展的な授業によって学習効果を高める、「反転学習」の学びのスタイルを実践します。このような形態はJMOOCでの提供講座の拡大に伴い、今後広く活用されることが期待できると考えています。
本報告では、JMOOCでの講座提供の現状と今後の可能性について、世論調査の内容と併せて述べました。2014年4月に日本語での世界初のMOOCを配信して以来7ヶ月を経過した段階であり、初期の実験的段階からようやく本格提供の段階に入ったに過ぎません。世界でのMOOC登録者数が1,500万人とも言われ、米国のみならずヨーロッパ各国からも多くのMOOC講座が配信される状況となった現在、1日も早くこれら欧米での実践と質量両面で同等レベルに到達することが重要と考えています。それは、単に形式的に同等ということではなく、大学および社会における継続学習の実践が学習者にとって明確な価値を生ずる形になってくるという観点から同等でなければならないと考えます。そのためには大学のみならず、今後とも産学の深い連携に加え、官についても効果的な連携が図られることが望ましいことは言うまでもありません。また、アジアを中心とした海外の学習者、企業、大学との連携を積極的に実現することが必要と考えています。