人材育成のための授業紹介・物理学
木下 順二(東京女子医科大学医学部准教授)
東京女子医科大学医学部(以下本学)は1990年よりPBLテュートリアル、統合カリキュラムなど、学生の自主的な学習を促し、思考力を鍛えるカリキュラムを取り入れてきた。低学年の学生に対する自然科学のカリキュラムも、物理学、化学、生物学といった既存の体系によらず、テーマ別の統合科目の中で講義を行っている。物理では、「人体の成り立ち」、「生体画像の基本」などの統合科目の中で1〜2年合わせて70分10コマの講義を行っている。1年生の初めから基礎医学の科目に取り組むため、高校で履修してこなかった科目の知識不足を緩和する目的で、「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」と言ったリメディアル科目を選択必修として課している。本稿は、2013〜2014年度の「物理基礎」に関する報告である。
高校での物理非履修者を対象として、「物理基礎」を開講している。70分授業12コマで、力学3、電磁気4、波3、小テスト2という時間配分である。科目がスタートしたのは、2001年からであるが、時間数は増減があり、2011年からこの時間数で行っている。内容は高校物理Iの内容に物理IIの内容を少し加えた程度である。
最近の受講者数は表1の通りである。学生は全員女子である。高校での物理履修状況を調べてみると、60%は全くなし、37%が物理Iまで、4%が物理IIまで、となっている。
表1 受講者数と開始時アンケート結果
最初の授業の冒頭に「物理は好きですか?」という質問をしている。その結果は衝撃的なものだ。「とても好き」から「とても嫌い」の5段階で聞いても、最も多い回答は「とても嫌い」である。60%の学生は物理が嫌いなのである。教員としては絶望感に苛まれるところであるが、大きな伸びしろがある、とポジティブに捉えることにしている。
(1)クリッカーとピア・インストラクション
学生が授業に能動的に取り組むようになるために重要なのは、学生に自分の頭で考えさせること、それにはまず学生に問いかけることである。中等教育では当たり前のことであるが、大学ではなかなか難しい面がある。問いかけて「分かった人は手を挙げて」と促しても手を挙げる学生はいない。選択肢の問題にすればおそるおそる挙手する者が増えるが、全員が同じ答になってしまうことがよくある。教室の前方にはまじめな学生が座っているため、後ろの学生はそのまじめな学生たちの意見に引きずられてしまうからだ。
この問題を解決してくれるのがクリッカーと呼ばれる端末(写真1)である。5択とか10択で質問に回答させることができ、瞬時に集計できる。本学では、レスポンスアナライザー[1]と称する製品が予め各教室に設置されている。座席に固定された端末に、ICカードである学生証を載せて使うため、自動的に出席データが取得でき、質問に対して5択で応答することができる。また、集計結果は教室前方のディスプレイに表示させることができる。このような端末を用いることで、問いかけに対して学生一人ひとりが本当はどう考えているかを知ることができる。挙手させるのとは違って、端末で回答させると必ず意見が分かれるようになった。本学のシステムでは教師用の画面が別にあるため、学生に集計結果を見せるかどうかも選択することができる。
写真1 本学のクリッカー
単に問いかけるだけだと、学生はクイズ的に答を知っているかどうか、当てずっぽうに答える者も多い。学生に自分の頭で考えさせるための仕掛けが、Mazurによって開発されたピア・インストラクション[2]という手法である。ピア・インストラクションでは、与えた選択肢問題についてまず学生一人ひとりに端末から回答させ、その後で周囲の学生を自分の意見で説得するように討論を促す。2〜3分討論したら、同じ問題について再度端末から回答させる。その上で、2回の集計結果を見せながら、教員が正解を示して解説することになる。初めから教員が説明するより、身近な友人から説得される方が学生にとってずっと理解しやすいのである。期待されることは、学生たちが討論によって正解に近づくことであるが、常にそうなるとは限らない。強力な素朴概念を学生たちが持っている場合、討論すればするほど、正解者が少なくなるような設問も存在する。そのような場合でも、正解を演示実験によって示すことができれば、学生にとって非常に印象的な解決となるようである。ピア・インストラクションで誤答の多い設問例を表2に示す。例1は正解の学生も多いが、例2になるとAと言う誤答が非常に多い。どちらも実際に実験をやって見せてから説明すると、納得するようである。
表2 ピア・インストラクションの設問例
現在のところ、この授業ではピア・インストラクションを行うのは1回の授業につき1回に止め、その他にもクリッカーを用いて2〜3回の質問をして、それは教員がすぐ正解を説明するようにして使っている。Mazurの本では、学生に予習を課し、講義はあまり行わずにすべてピア・インストラクションで進める方法が示されているが、しっかり予習をさせるのはなかなか難しいので、講義をある程度行い、重要な概念を問うときだけピア・インストラクションを使うようにしている。このように、ピア・インストラクションは教室で行われる講義の中で、部分的に導入することが容易であるという特徴がある。
クリッカーを使うことの効果については、学生のアンケートの中から自由記述の例(回答者58名)を示す(表3)。ポジティブな評価が非常に多く、学生の意欲を引き出すと同時に能動的に参加することを促している様子が分かる。ネガティブな意見も1名あったが、80%の学生はポジティブに捉えていた。女子学生の場合、友人と話し合うことに積極的で、討論によって納得することが多いようである。
表3 クリッカーのアンケート結果
(2)ポータルサイトで情報提供
大学の学生向けポータルサイトというと、掲示板や呼び出しなどの情報が中心で、講義はスケジュールのみを表示するものが一般的である。本学の学生向けポータルサイトはそれとはコンセプトが全く異なる。毎週毎週のスケジュール表から各講義にリンクが貼られ、講義1コマ1コマについて、必要な予備知識、学習内容のキーワード、配布プリントや提示スライド、参考文献など、さまざまな情報が教員によって提供される。まじめな学生はそれを見て予習・復習をしっかり行うことができる。学生に自己学習を促すための仕組みとなっている(図1)。
図1 学生向けポータルサイトの画面例
(3)オンライン問題演習
定量的な扱いに慣れるためには、問題演習に取り組むことが物理では効果的である。授業時間だけでは問題演習の時間がほとんど取れないため、宿題を課すことにした。オンラインで出題し、自動採点を行うソフトウェアStarQuiz[3]を利用している。毎回、復習問題として選択肢問題と計算問題を出題しているが、計算問題の答を整数か小数で入力してもらう必要があるという使いにくさはあるものの、ソフトが自動的に採点してくれるのは大変ありがたい。
宿題として問題演習を課すことで、学生の負担は確実に増えるわけだが、表4に示す学生のアンケートで見る限り、「役に立つ」と考えている学生は95%にもおよび、概ね好評である。また、2014年からは簡単な予習も課すようにした。学習する基本概念に結びつくような日常的な疑問について予め考えて来ることで、学生同士の討論への準備としている。
表4 復習問題のアンケート結果
(1)板書とプリント
ICTの活用はよいが、それだけに頼りすぎるのは良くないと考えている。古典的な媒体である、黒板や印刷物も有効に活用する必要があるのではないか。この科目では、ノートを取ることを学生に奨励している。ノートを取ることで基本的な用語に親しませ、板書に図をなるべく取り入れることで概念の理解を助けるようにしている。
配布プリントは、冒頭に「この時間の目標」と「理解すべきキーワード」を明示し、A4用紙裏表で簡潔にまとめるようにしている。もちろん、クリッカーでの質問事項も入れてある。中にはノートをあまり取らずに、このプリントの余白にメモを取る学生もいるが、最低限それでもよいと考えている。
(2)演示実験
ビデオを見せたり、シミュレーションをしたりすることも概念を理解する上で役に立つが、実物に勝る教材はない。この科目で取り上げる初等的な分野では、身近なものを使った演示実験がいろいろあるので[4]、毎回少なくとも一つは演示実験を見せるようにしている。演示実験もただ見せるだけでは、必ずしも学生の記憶には残らない。クリッカーを使って、実験結果を予想させ、その後で実際に演示を行って正解を示すと、学生に強く印象づけられる。特に、自分たちの予想と全く異なる結果が出た場合は、非常に強く印象づけられることが分かった。
講義の最後に同じ質問をした。「物理は好きですか?」に対する回答では「とても嫌い」が大きく減少し、「少し好き」がだいぶ増えた(表5)。5段階に直しての平均点では2.1から2.8と大幅に向上している。中央の3.0を上回れなかったが、それだけ物理への拒否反応が強かったということであろう。
表5 終了時アンケート結果
ここまでに示したアンケートはすべて記名式のものであったが、最終回には無記名のアンケートも行っている。2013年と2014年でアンケート項目を変更しているため、2014年のもの(回答者58名)を図2に示す。
図2 講義評価のアンケート結果
講義の理解度という点では、5段階で点数化して平均3.5であり、レベルとしては予定通りである。興味を持てたか、という点でも平均3.8でまずまずの数値である。総合的な評価は平均4.4と言うことで、これも悪くない数値になっている。この他に、1回の講義ごとにどのくらい理解できたかを5段階でたずねてレベルを確認し、理解度がよくない講義は翌年に内容を見直すようにしている。授業の改善をする上で、学生の反応を内容にフィードバックしていくことは重要だと考えている。
参考文献および関連URL | |
[1] | http://www.t-lenon.com/ |
[2] | E. Mazur: Peer Instruction: A User’s Manual. Prentice Hall, 1997. |
[3] | http://magichat.jp/products/starquiz/ |
[4] | http://www.twmu.ac.jp/Basic/physics/sci-show2.htm でリストを公開中 |