人材育成のための授業紹介・統計学

私立文系学部統計学における実験を用いた学修

今泉 忠(多摩大学 経営情報学部教授)

1.統計学の学修への要請

 平成19年の調査で回答した高等教育機関608校のうち、約79%にあたる481校で統計関連の教育が実施されていた[1]。日本の大学には統計学部や統計学科がないことから、統計学が多くの大学で基礎的科目群として展開されていると考えられる。しかし、一方には産業界からの「仕事上統計的な知識・技能を求めている」とする集計結果もある[2]。特に、「ビッグデータ」時代と言われているように、近年膨大なデータを利活用して問題解決を図ることが求められようになり、私立大学文系学部においても統計学は、問題解決のための知識・技能として必須であると考えられる。その場合に、実際の教育現場での議論として、教育展開のパターンとして、(A)基礎的な知識を学修後に応用事例の学修をさせる、(B)各学部の専門教育内容に関係した応用事例について学んだ後に数理的な内容を学修させる、というどちらを選択すべきかがあろうかという議論もある。ここでは、私立文系学部での統計教育についての試みを紹介する。

2.多摩大学経営情報学部の統計関連科目

 本学は経営情報学部とグローバルスタディーズの2学部3学科からなる私立文系大学(1学年定員480名)であるが、2学部のキャンパスが離れているために、他学部履修生は多くない。このうち、経営情報学部は1学年320名定員の学部構成であり、学部名からは文理融合型学部であるが、一般受験において数学を受験科目として選択して入学する学生は10%〜15%程度であることから、一般の文系学部とも解釈される。そのために、ITの操作的なスキルを習得させるために、平成24年度までは1年次の初年次科目の一部として以下のような科目展開を行っていた。

1)1年次のITスキル学修関連科目や「ビジネス数学基礎」などを必修科目として展開している。 それらの科目では、特に企業などで発生する問題の模擬問題をもとにして、ITスキル力や数学の利活用力の育成を目指している。

2)そのためにPC配布を行っている。

 経営情報学部では統計的な思考力を重視して、統計学科目や関連した科目の展開を行っている。例えば、

1)AO入試において、日本統計学会による統計検定3級の取得者に対しての加点制度を実施している。

2)2年次春学期より統計関連科目をそれぞれ半期15回として、表1に示す形式で展開している。

表1 科目配置
履修年次 2年春学期 2年秋学期 3年春学期 3年秋学期
統計学科目 統計(EXCEL) 統計学I
(EXCEL,SPSS,RStudioなど)
統計学II
(RStudio)
データ解析
(RStudio)
データの理解と整理 推測統計の基礎 因果関係の推測 多変量解析
主たる
応用科目
マーケティングデータ分析
(SPSS)
マーケィングリサーチ 経済統計学
経営と意思決定
経営科学I
経営科学II
*科目名(主として利用するソフトウェア)

 ここでは、統計学科目の基幹となる「統計学I」について、主として平成23年度について説明したい。平成24年度については現時点では学生評価データが得られていないので、必要に応じて補足説明する。

3.「統計学I」の内容

 「統計学I」は学部2年秋学期に開講している科目である。この前半の春学期には、科目「統計」を開講している。科目「統計」では、データの整理のためにヒストグラムや箱ひげ図の利活用ができるようになることが学修目標の一つである。実際のデータを用いて背景を理解させるために、共通の分析データセットとして都道府県別の家計調査データなどを用いている。「統計学I」は、特に「問題解決のための統計学」として、「統計」の履修を踏まえて、母集団理解や統計的分析手法を利活用できるようになることを目標にして、推測統計の基礎(基礎的な検定など)の教授を科目内容としている。本学部では、関連応用科目も展開しているので、「統計学I・II」はどちらかというと先にあげたパターンで言えば、(A)のパターンを用いている。これは、将来の統計学の利活用場面を考えると、経営関係のみならずすべての職種で必要とされると考えているからである。

表2 シラバスと課題提出の対応
シラバス 項目 講義 実際の提出課題 チーム実験作業
第1講 統計学の基礎 記述統計 チーム決定
第2講 データの整理:平均と標準偏差 ヒストグラム データ収集・整理
第3講 平均のバラツキ 要約統計量 翼長ごと要約と比較
第4講 確率分布の期待値 実験・母集団 コイントス実験
第5講 離散確率分布について 分布 コイントスの和
第6講 正規分布 正規分布 履修者ごとのコイントスの和の比較
第7講 2つの確率変数の和と差 ×    
第8講 母集団の平均値と分散の推定 中心極限定理、標準誤差 紙コプターの滞空時間の平均
第9講 平均値の区間推定と仮説検定 区間推定 翼長ごとの差の比較
第10講 平均値の差の検定 検定 翼長ごとの差の検定1
第11講 因果分析のための単回帰モデル    
第12講 単回帰分析での決定係数 データ分析 翼長に変更と分散分析表
第13講 単回帰での係数の検定予備 ×    
第14講 残差分析 検定 改善の検定
第15講 まとめ    
*実際に講義時間で講義を行えたかどうか ○:行えた、△:一部行えた、×:行えなかった

 「統計学I」のシラバスには、表2に示す項目をあげているが、実際には、履修者が必ずしも科目「統計」を履修しているとは限らない。そのために、「統計学I」の15回のうち、最初の3回ほどは「統計」の内容の復習を展開しているが、「統計」で扱うデータセットとは異なっているものを用いている。問題解決としてのPPDAC (Problem- Plan-Data-Analysis-Conclusion) サイクルを修得させることも目的として、データの背景の理解から統計データとしての区間推定や検定までの学修については、同一データセットを用いて行わせている。このためのデータセットとしては、具体的には紙コプターを用いた実験を行っている。この実験は慶應義塾大学大学院教授高橋武則氏による実験[3]がよく知られているが、この本学の実験では教員側からはあまりインストラクションは行っていない。

1)問題

 紙コプターの改善目標(翼長を変更して滞空時間を伸ばす)(図1、図2)。

図1 紙コプターの例
図2 滞空実験の様子

2)実験

 文系学部ではアンケート調査を行うことが多いが、(ア)改善要因など検討でき、収集したデータの背景の理解が重要であることが理解できる、(イ)目標が明確であるのでチームプロジェクトが行える、などから実験を採用している。

3)プロセス

 学生(チーム)は手順を理解できるように教員が提供した各自のPPDACシート(EXCELシート2枚)への記入を行う(図3)。

図3 PPDACシートの例(一部分)

 この問題について、問題設定、データ収集、データの整理と比較、区間推定や検定、改善案の提案、再実験、などを通じた学修を行う。手法としては一元配置分散分析または単回帰分析であるが、講義の前半(データ収集やデータ比較)までは、これら手法について言及せずに、チームまたは学生個人が、何に注目してデータを比較すべきかを学ばせる。このプロセスのなかで、計測方法や飛ばし方の系統的な誤差の排除の必要性を理解させることを意図している。また、あえてデータ収集に関して指示しないことで、チーム内のディスカッションなどを通じた参加度の向上も意図している。
 平成23年度の履修者数は89名であり、成績 評価の配分は、講義中の小テスト(50%)、期末試験(50%)であり、図3に示す課題提出内容(チーム、個人)と、期末の個人ごと最終レポートと期末試験で行っている。最終的な合格者は40名であった。
 課題提出推移を図4に示す。

図4 「統計学I」(平成23年度)の課題提出率

 これから、課題提出率は50%程度であり、内容が数理的になると提出率が下がることや後半になる提出が下がることなどの傾向が現れていることがわかる。
 また、「学生からみた授業評価」は大体第13回目に実施するが、その結果(平成23年度)は表3のようであった(回収数35名)。

表3 統計学I(平成23年度)への評価平均(標準偏差)
科目の全体的な評価 統計学I 全科目
あなたにとって有益(効果的)でしたか 3.24(1.06) 3.96(1.02)
本学の後輩に履修するように勧めたいですか 3.21(1.12) 3.90(1.04)
*評価:1点から5点の評価

 二つの評価項目での評価平均は、ともに本学経営情報学部平成23年度秋学期に展開している一般講義科目の平均を下回っている。
 学生に関しては、予習復習を行ったかどうかの項目に関して評価平均が低かったが、「受講後、学んだ内容に関連する学問領域に対する関心が広がった」かの項目については、全体平均が3.71であり、統計学Iの評価平均は3.30とこれも全体平均より低かった。授業内容に関しても同じような傾向であったが、特に、「学生の理解水準を踏まえた説明をする」が2.80、「学生の発言を促す努力をする」が3.00と低かった。
 問題解決のための統計学という点からは、科目の全体的な評価を高めることが必要であり、履修者の関連する学問領域の広がりに関する評価も高める努力が必要であると考えている。また、履修者に対して学生評価への回答数が少なかったことから、平成24年度においては、統計検定3級〜2級程度の問題を作成して、学生評価実施に合わせてプレ試験を行ったところ、70名程度の出席であった(履修者数137名)。平成24年度の期末試験問題は、これとは別の問題を作成して実施した。

4.反省

 平成24年度の「統計学I」の履修者数は増加した。しかし、前提科目である統計の履修数は減少していた。そのために、確率変数の期待値や単回帰分析の係数の検定などの項目の学修を「統計学II」(3年次春)へ移行せざるを得なかった。
 これは、科目「統計」の大きな目的であるデータセットなどについて、履修期間中の講義内容説明が不十分であったことに起因していると考えられるので、他のデータセットするなどの変更を考えている。
 チームでデータをまとめ、ディスカッションを行わせているが、講義時間外にチームメンバーが集まって検討する時間確保が難しいことから、1)ディスカッション時間を講義時間内に確保すること、2)チームメンバーの欠席によりチームでの作業が講義時間中に行えないこと、などもあった。これらの問題は、実験などを組み込んだチーム学修方法を用いたときに必ず発生するので、解決すべきであると考えており、その案としては、将来は週2回(コマ)半期での講義を行うことなどについて検討している。
 教材や資料に関しては、1)チーム資料をチーム毎にクラウドにまとめておく仕組み、2)科目「統計」の復習についての電子資料のクラウドでの提供を行うべく整備を開始している。

5.まとめ

 平成27年度センター試験「数学I(A)」では、データの利活用に関して箱ひげ図をもとにした問題が出題されており、大学入学者の質的な変化が発生している。また、スマートフォンのアプリでも「統計」や「統計学I」で扱う手法を適用して分析できるようになってきており、PCが手元になくても分析はできるようになってきている。これらを踏まえた一層の課題発見・問題解決のための統計学の学修内容について検討していきたい。

参考文献
[1] 日本学術会議数理科学委員会数理統計学分科会及び統計関連学会連合:大学における統計教育・研究実態調査-調査結果報告書. 2008.
[2] 坂根正弘:我が国の国際競争力再興に資する人材育成への提言−統計的問題解決能力の重要性−. 統計調査ニュース, 2012.
[3] 紙ヘリコプターで品質管理を学ぶ-慶應義塾大学大学院高橋武則教授に聞く. 雑誌 工場管理, Vol.58 No.6, pp.1-4, 2012.

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