特集 教学マネジメントの試み(2)

アクティブ・ラーニング導入による
カリキュラム・教育方法・学修支援環境の統合的な改革
〜金沢大学〜

杉森 公一(金沢大学 大学教育開発・支援センター 准教授)

河内 真美(金沢大学 大学教育開発・支援センター 特任助教)

上畠 洋佑(金沢大学 大学教育開発・支援センター 特任助教)

1.はじめに

 金沢大学は、石川県金沢市にキャンパスを置く国立大学法人として「地域と世界に開かれた教育重視の研究大学」の位置づけをもって改革に取り組むこととし、その拠って立つ理念と目標を金沢大学憲章として2004年に制定しています。憲章で掲げる本学の教育目標は、「社会のための大学」として、

することです。本学はこの目標の実現のため、2012年に、学問領域の多様化・複雑化、学生のユニバーサル化、そして社会ニーズの変化に迅速に対応できるように、従来の学部・学科制から学域・学類制(3学域16学類)へ移行しました。学域・学類制では、学生の自主自立を可能とする教育環境として、入学者選抜方法の見直し、コア・カリキュラムの導入、経過選択制の導入、主専攻・副専攻制の導入、キャリア形成プログラムの充実、転学類制度の充実などを図り、学生が自己の適性・資質を見極めながら、しっかりとした目的意識のもとで学ぶ環境を整えています。

 さらに、新制度の導入に合わせ、「国立大学の人材養成・教育改革を先導する運営モデルの構築」(特別経費:2008〜2011年度)により、大幅な組織改編を行った学類を主な対象として、学域・学類制の特長を活かす教育プログラムの開発や出口支援の方策と、それらの具体的なロードマップの策定・施行に取り組んでいます。また、全学類でAP/CP/DPの設定と、それを実現するためのカリキュラムマップ、カリキュラムツリーの作成、シラバスの充実、CAP制の導入、GPAの利活用、授業評価の導入などを進め、学生が目的意識を持って学ぶ体制の整備とカリキュラムを含むPDCAサイクルの構築に取り組んでいます。
 2014年度には、グローバル化が不可避的に進行する現在の国際社会において大学憲章に掲げた教育目標を実現するために、本学が育成する人材の具体的な姿を「金沢大学<グローバル>スタンダード(KUGS)」として定め、KUGSを基軸とする入学から卒業まで一貫した教育カリキュラムの再構築を含めた改革の第2ステージへ移行する計画を進めています。この改革では、1)KUGSを基軸とした初年次教育の刷新と、学域共通科目の改編並びに大学院共通科目の導入、2)学生の主体性を涵養するカリキュラム・教育方法・学修支援環境の改革と統合が大きな柱の一つとして位置づけられています。
 柱の2)に対応する取り組みとして、2014年度に採択された大学教育再生加速プログラム(AP)[1]事業(複合型:テーマI・II)では、人間社会学域および理工学域が主体となって、各学域の学士課程専門教育におけるアクティブ・ラーニング型授業の導入推進による教育改革と、その効果検証のための教学インスティテューショナル・リサーチ(IR)を進めています。本稿では、AP事業の三つの施策(図1)である1)学域・学類の中核をなす科目群でのアクティブ・ラーニングの深化・充実、2)アクティブ・ラーニングに適した学修環境の活用・展開、3)学修過程・成果の可視化による学修評価の定量的評価(教学IR)に取り組む4年半の事業の展望と、現在までの課題について報告します。

図1 金沢大学AP事業の三つの施策

2.アクティブ・ラーニングとは

 アクティブ・ラーニング(AL)とは、「一方向的な知識伝達型講義を聴くという(受動的)学習を乗り越える意味での、あらゆる能動的な学習のこと。能動的な学習には、書く・話す・発表する等の活動への関与と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴う。」[2]とされています。学士課程教育においては、様々な学部・学科での多様な学問分野があるため、画一的な授業手法がすべてに適するわけではありません。AP事業では、知識伝達型講義を乗り越える多様な授業実践に向けて、対話的な教育開発が求められていると考えています。溝上[2]で整理されたAL型授業の持つ戦略性(タイプ0〜タイプ4)に沿って、1)学生参加型、2)汎用型、3)探究型の概ね三つの類型が考えられますが(図2)、これらの類型に分類される手法などを用いた授業をAL型授業として位置づけています。ファカルティ・ディベロップメント(FD)を先導するリーダー的教員が中心となって、学生の能動性に注目した授業法開発が対話的に行われるという、ボトムアップによる大学教育の質的転換を目指しています。

図2 AL型授業の技法と戦略[2]

3.アクティブ・ラーニングの深化・充実と学修環境の活用・展開

 本AP事業の第一の施策は、人間社会学域と理工学域を対象に、学域・学類の専門教育科目においてALの深化と充実を図ることです。具体的には、両学域の各学類(計12学類)に属する学生の多くが履修する科目を中心として、AL型授業の数を増やすとともに、それらの授業で展開されるALの質を高めることを目指しています。
 ALの深化と充実に向けて導入しているのが「授業カタログ」です。授業カタログとは、授業担当教員が、学生の学修目標、授業概要、各回の授業での学修内容・学修活動と授業前後の学修(予習・復習)、授業の振り返りコメントなどを記入したものです。シラバスが授業実施前に立てる計画であるのに対し、授業カタログは授業方法や学生の学修活動に焦点をあてた実践記録と言えます。優れたAL型授業の授業カタログを教員間で共有することにより、学問分野や授業形態、対象学年等に適したALを促すための工夫や学修活動を互いに参考にして、各教員が自主的な授業改善を進めていくことを意図しています。現在までに各学類3〜4科目分の授業カタログが蓄積され、学内教員に対して公開されています。
 また、各学類においてAL型授業の教育方法や学修方法の開発・普及を進める上で中心的かつ指導的な役割を務める教員として、FDリーダーの制度を導入しました。FDリーダーは、各学類2名が選定され、教育開発のファシリテーターとしてALをテーマとするFD研修会を運営したり、学類教員からのALに関する相談や支援に応じたりすることを任務としています。授業カタログ作成への支援もその一つです。また、任務において必要となる能力を高めるため、年間数回開催される研修会に参加することになっています。2015年度には、これまでに授業カタログや学修評価に関する研修会が開催されました(写真1)。

写真1 FDリーダー研修会の様子

 これらの取り組みにより、教員間の情報共有や相互作用を促し、教員の学び合いによる授業改善を図っていきます。授業改善、教育改善のプロセスそのものをALの構造によって進めることを重視しています。
 本事業の第二の施策は、AL型授業の実施と質の向上を下支えする学修環境の整備と活用です。学修環境には、物理的環境としての教室のみではなく、学生の学修を支援するアクティブ・ラーニング・アドバイザー(ALA、後述)も含めて捉えており、ハードとソフトの両面での環境整備を進めています。まず、教室については、キャスター付きで容易に移動できる机・椅子、軽量で持ち運び可能なホワイトボードや短焦点プロジェクタを用意したAL教室を整備しました。これにより、授業内容や学修活動によって自由にレイアウトを変えたりグループ学修を効果的に進めたりすることができ、AL型授業を行いやすい教室空間となっています。2014年度には、人間社会学域と理工学域の講義棟に合わせて10教室を整備しており、今後も増える予定です。
 他方、AL型授業の質向上においては、学生の学修への支援が欠かせません。しかしながら、受講生が数十名を数える授業では、レポート作成や問題演習、グループワークなどを取り入れても、教員一人では学生それぞれや各グループの取り組み状況に十分に目を配り、適切な助言を与えることは難しくなります。また、授業時間外での学修(予習・復習)について、実施状況を確認したり学生の質問に答えたりするのも教員のみでは十分に対応しきれないことも多々あります。これらの課題を解消するために、2015年度よりALA制度を導入しました。ALAとは、AL型授業において、担当教員の指導のもと、授業時間内外で学生の学修を支援する学生です。学士課程2年生以上の学類生と大学院生がなることができます。2015年度には、前期・後期合わせて27科目、計68名のALAが採用されました。授業時間内ではグループワークのファシリテーション、受講生が演習問題に取り組んでいる際の助言や解説など、授業時間外では発表準備やレポート作成に対する助言やフィードバック、授業に関する学生からの質問への対応など幅広い学修支援活動が展開されています。ALAは、学修支援に関わる知識やファシリテーション技能を獲得することを目的とした研修会を事前に受けた上で、活動に携わっています。また、学期終了後には「ALA活動報告書」を作成して活動を振り返るとともに、他のALA学生や次学期にALAとなる学生と経験を共有する報告会に参加することになっています。ALA制度は今年度始まったばかりではありますが、受講生の学修に対する効果のみではなく、ALAを経験した学生自身の深い学びを促す効果も見られています。今後、規模を拡大させていく予定です。

4.学修過程・成果の可視化(教学IR)

 本事業の第三の施策は、2学域の実情に合わせた学修ポートフォリオ/学修カルテを設計開発した後、このシステムから学生の自己認知的な学修評価を測定し、GPA等の客観的評価を補いながら新たな学修指標を策定することです(図3)。既に2013年度末には、学類もしくはコース・専攻ごとに設定されたカリキュラムポリシーとそれに連なる学修成果に照らして、学生自身の自己達成度評価を定量化するためのアンケートを実施しています。現在は、このアンケートで得られた学修成果の達成度と教務システム上の履修・成績情報をLMS(学修管理システム)内で同期して、学生個々の学修ポートフォリオ/学修カルテを構築する検討準備段階にあります。

図3 学修過程・成果の可視化の取り組み

 学修ポートフォリオと学修カルテは表裏一体となっています。学修ポートフォリオは、学生が授業で提出したレポートなどの成果物、単位修得・履修状況や各科目の成績等が科目横断的に集約された情報をオンライン上でいつでも振り返ることができ、自己を知り、自ら考える主体を形成する活動を支援するシステムです。また、学修カルテは、教員が一人ひとりの学生の学修活動や学修成果を確認し、個々の学生に合った学生支援・学修支援を行うためのシステムになります。学生支援・学修支援の面において、当該システムの運用を支えるのがアドバイス教員制度です。本学では既に大学での学びや学生生活を支援するアドバイス教員を学生1名に対して1名配置しており、学修ポートフォリオ/学修カルテシステムの運用に伴い、アドバイス教員は学生の学修ポートフォリオ作成を支援するとともに、学修カルテを面談時に活用して、テーラーメイド型の学生支援・学修支援を実現していく計画です。
 第三の施策を実現する上で、客観的評価の一層の精緻化も必要になります。教務システムに蓄積されている学生の履修・成績情報等を分析の対象にした教学IRを実施し、科目の成績分布の公表、成績基準の平準化(客観化)と成績の厳格化を進めていきます。その実現のために、学生の実態把握としての学生インタビュー調査を2014年度末に、「能動的な学習環境整備のための学生の現状把握に係る調査」(以下「学生実態調査」)として実施しました。この調査は質的調査手法の一つである「フォーカスグループインタビュー」(以下「FGI」)とアンケート調査を組み合わせて構成されています。教学IRでは、教学マネジメント改革を実施する上で「リサーチ・クエスチョン(以下「RQ」)」を形成することが重要であると言われています。なお、教学IRを通して明らかにしたい教学マネジメント上の問いをRQとAP事業では定義しています。学生アンケートやGPA等の量的分析からRQを形成する事例が多く紹介されていますが、本学がAP事業で実施する教学IRでは、FGIで学生の生の声を聞くことを通してRQを形成した後、量的なアプローチで検証していくプロセスを取り入れました。2014年度の「学生実態調査」におけるFGIでは、約40名の学生を対象に実施しました。FGIでは、リラックスできる環境の中で、学生の潜在的な意識を会話の中から導き出すように、インタビュアーはインタビューの全体進行役を担います(写真2)。

写真2 FGI調査の様子

 「学生実態調査」のFGIの結果、1)学生が単位取得のためにどのような労力を強く割いているか、2)学生にとって大学教員とはどのような存在なのか、3)学生が進学・履修・DPに対してどのような意味づけを行っているか、という三つのRQを抽出することができました。その後、これらRQを検証するためのアンケート調査の質問項目を設定し、全学士課程学生を対象に実施した結果、各RQに対応する分析結果が見えてきました。特に1)については、FGIの結果をまとめていく過程で「単位を取得するための受動的な学習行動(Passive)」「課された課題ではあるものの自主的な要素を含む学習行動(Intermediate)」「能動的学習行動(Active)」といった学生によって異なる学習行動類型が導き出されており、アンケート調査を通してこの類型の裏付けがなされました。教育現場では、学生によって異なるAL型授業への反応が指摘されていましたが、「学生実態調査」での教学IRにより、この指摘を可視化できただけでなく、AP事業でAL推進の施策を検討する上で重要な知見となりました。仮にアンケート調査等のデータ分析のみに終始していたら、この知見が得られなかったかもしれません。この経験からRQを形成して教学IRを実施する重要性は、教学マネジメント改革を最小の時間・コストで最大の効果を得られることなのだと実感しました。
 2015度は12月に人間社会学域・理工学域の12学類全学年から抽出した約200名の学生に対して、FGIを実施しました。今後、昨年度と同様にこの調査結果を1月中に集約してRQを形成し、アンケート調査を実施していきます。
 また、教員や職員に向けた、教学IRの理解と普及促進、啓発を目的とした教学IR研修会を実施してきました。第1回教学IR研修会では、学長主導の下、先進的なIRを進めている佐賀大学の具体的事例について学ぶ機会として開催しました。2015年度には「アクティブ・ラーニングを支える学生調査と教学IR」をテーマとして、第2回教学IR研修会を開催しました。この研修会では質的調査を起点とした教学IRの有用性や、上記のFGI調査の具体的な手法や分析結果について、教員や職員の理解を深める機会としました。また、茨城大学のIRと内部質保証の実践事例と現在進行中の整備状況等の紹介を通して、本学におけるIRへの理解と普及を促進することを目的に、第3回教学IR研修会を開催する予定です。
 最後に、第一と第三の施策の協働的な活動としては、ALルーブリックの開発を検討しています。これは、AL型授業による学修成果を測定するための長期ルーブリックとなる予定です。
 これら三つの施策の統合により、教員は教育方法・教育内容の改善を図り、学生は自己を知り自ら考える主体の形成を行うといった「教員と学生相互の主体的学び合い」が支援されます。金沢大学バックアップ・ポリシーの策定に向けて、個々の学生に適したテーラーメイドの学生支援・学修支援の体制を整え、主体的で自立的な深い学びの達成がなされる大学教育モデルを創出します。

参考文献および関連URL
[1] 大学教育再生加速プログラム
http://apuer.adm.kanazawa-u.ac.jp/
[2] 溝上慎一: アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換. 東信堂, 2014.

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】