人材育成のための授業紹介・初年次教育

卒業生を活用した主体性を育む初年次教育

西村 靖史(別府大学 文学部人間関係学科長・教授)

1.別府大学における初年次教育

 別府大学は1908年の豊州女学校設立をその始まりとして、1947年に別府女子専門学校として認可、1950年に別府女子大学が設置認可され、1954年に別府大学へ改称し、男女共学の現在の大学へ発展してきました。別府大学の前身である別府女子専門学校の開学に際して、別府大学の創設者・佐藤義詮(1906年−1987年)は新しい学校の理念として「真理はわれらを自由にする(VERITAS LIBERAT)」を掲げました。文学部のみの単科大学から、食物栄養科学部、国際経営学部を加え、3学部となった別府大学の建学の精神として引き継がれています。
 別府大学では2011年度にカリキュラム改革を実施するとともに、2011年度末に5ヶ年計画「教育研究発展計画2012-2016(別府大学 未来へのアプローチ)」(以下、教育研究発展計画)を策定し、大学教育の改善に取り組んでいます。
 教育研究発展計画では、別府大学のビジョン(目標・大学像)を1)心のかよう温かな大学、2)すべての学生が成長できる大学、3)研究と創作に挑む創造的な大学、4)地域に学び、地域に貢献する大学、5)自己改革を続ける大学の5本の柱として建てました。
 このカリキュラム改革では、学生により近い大学を目指し、全学で1年生から4年生まで学年ごとに少人数ゼミの必修化を行い、初年次教育に始まり、専門課程と連携したゼミ教育に取り組んでいます。
 今回は特に、文学部人間関係学科における初年次教育の取り組みについて報告いたします。
 2000年に設置された人間関係学科は、学科開設時より論文作成法やコンピュータリテラシー、地域研究などのアカデミックスキルの習得に始まり、その成果としての卒業論文の作成までを大学における学修の根幹として、カリキュラムの構築・改善を検討してきました。
 文学部において、「人間って、何だろう」という問いかけから、人間について学び、地域に寄り添う人材の育成を目指しています。心理、社会福祉、教育・生涯スポーツコースの3コースにおいて認定心理士、社会福祉士・精神保健福祉士の国家試験受験資格、教員免許状などへ対応したカリキュラムを展開しています。
 この報告では、初年教育の中核として3年前より担当し、カリキュラムの変更を行った導入演習、基礎演習に加え、筆者が担当する周辺科目の現状についてまとめ、特に今回は、1年生後期に設定した基礎演習の授業における卒業生を活用した初年次教育における「やる気」を引き出す取り組みについてご報告いたします。

2.初年次教育の授業内容

 人間関係学科の初年次教育では、基礎スキルの習得に重点をおいた必修科目として「導入演習」、「基礎演習」、「情報リテラシーI」、「情報リテラシーII」の四つの科目を実施しています。「導入演習は」1年生前期に施され、履修方法に始まる大学での学修に関する基礎的知識やスキルを涵養することを目的とします。
 1年生後期は、「導入演習」に続いて「基礎演習」を設け、大学での学びについての検討や専門資格の取得を中心に、協同学修による話し合いの手法を用いて、より主体的な学修へ導くよう計画しています。この授業において、卒業生を活用した初年次学生のやる気を引き出す取り組みがなされています。
 また、「情報リテラシーI」(前期)、「情報リテラシーII」(後期)はアカデミックスキルのうち、特にコンピュータリテラシーの充実を図ることを目的とし、「導入演習」・「基礎演習」といったアカデミックスキルの獲得を支援する基礎スキルを補い、充実することを目的とします(図1)。

(1)卒業生の導入の背景

 大学全体として就職オリエンテーションで卒業生の体験談を実施していましたが、在学生全体を対象としているため、公務員や教員、有名企業に就職した学生が中心でした。

図1 基礎演習のシラバス

ネット上のシラバスより必要部分を転載

 人間関係学科では、6年前から、社会福祉士や精神保健福祉士、臨床心理士などの専門資格を持って就職した卒業生をはじめ、学生時代と大きく変化した卒業生と連絡を取り、専門職のイメージや、就職活動について伝えてもらう時間を設けました。
 そして、当初は2年後期の必修授業(「発展演習2」)で、当時は3年後期から始める就職活動に対する進路の検討を目的として、この時間の実施を開始しました。卒業生の授業は、履修した学生からのアンケートで高い評価を受ける一方で、資格の選択も含めた1年次のうちにこの話を聞きたかったとする意見を多数受けました。これは各資格に対する専門科目の選択が2年次より開始されることがその理由でした。
 この意見を受け、授業内容を見直し、3年前より1年後期の「基礎演習」で卒業生を活用した授業を開始し、現在まで継続しています。

(2)「基礎演習」(1年後期)における卒業生活用授業について

 依頼する卒業生は、各教員からの紹介で専門資格や卒業前後の進路の状況、また卒業生からの情報提供で興味深い展開をしていることなどから選定しました。授業前に連絡を取り、出身地、出身高校や大学進学の動機などに関連した自己紹介、大学在籍中の授業内外での活動、現在の就職先やそこでの業務内容、在学生や大学に伝えたいことなど基本的な話題や、特に興味深い活動状況がある場合はその点などを説明して、卒業生の所属事業所に、派遣依頼を行っています。
 卒業生には、様々な情報や条件を検討しながら、教員が選定、依頼しているのですが、必ずしも教員の考える卒業生モデルといったものに既定されないように、できる限り多様な経歴や多様な現状を初年次学生へ伝えられるよう配慮しました。
 卒業生の多くは、ひきこもりといった大学に入るまでの経過の中での様々な体験や、在学中の授業や友人関係で苦労した話、資格試験受験の体験、自分にとっての大学の意味や大学での学びについてなど様々な内容を語っています。
 卒業生の授業を行った後は、必ず少し教室に残る時間を設定し、関心を持った個別の学生と会話などをしてもらっています。
 学生からの感想は、それぞれの卒業生の話に対応し、共感したことや自分の方向性に関する有益な情報がもらえたこと、専門職領域における業務内容の違いや多様性など様々な気づきがミニッツペーパーで回収されました。このミニッツペーパーは、授業終了後にその授業を担当した卒業生に複写して渡しています。

(3)卒業生授業の効果

 卒業生を活用した初年次教育の実践から見えてきたことについてまとめてみます。
 学生は、必ずしも上手にまとめられているわけでもない話を聞くわけですが、少なくとも教員の話を聞くより真剣に聞いています。
 かつて、同じ初年次対象の授業で教員の持ち回りで、教員の専門や自身の体験などを話す授業を行いましたが、学生からは「毎時間、同じような自慢話を聞かされ、うんざりした」との意見を受け、1年で終了しました。学生の認識では、教員ということ自体が既に別格の存在として感じられ、教員の経験や苦労話も単なる自慢話にしか聞こえなかったようでした。
 専門職に就いた卒業生からは、就職先として厳しい現実や、資格を持つ意味、仕事をしながら資格取得をする大変さや、一方で様々な方々との出会いや自分が仕事をはじめとして、困難に向き合う意味について語られました。また別の機会では、大学院へ進む上での学力獲得と経済的な困難の克服に対する覚悟、奨学金返済のため当面転職は考えていないことなどがそれぞれの卒業生から語られました。
 これに対して学生は、「学生のときにしっかり勉強しておきたい」、「資格取得を考え直してみたい」、「まじめにやることだけが大切ではない、しっかりと考えていくことが大切」などのアンケートを回答しており、それぞれの学生がより具体的な目標や、大学で今ためらっている授業がどのように社会での評価を受ける力につながるかを学んでいました。授業後の懇談の機会には、無気力に感じていた学生が、卒業生に自分から声をかけ、積極的に相談をしている様子もありました。懇談から連絡先を交換し、実際にその卒業生と一緒に、活動を始めた在学生も出ています。卒業生のいる職場やNPOのボランティアに参加し、地域活動と繋がる学生も出てきています(写真1)。

写真1 卒業生授業後の懇談時の撮影

 すべての学生を一様に動機付けできているわけではありませんが、回を重ねてみると、それぞれの学生の中にあった不明確な目的が一気に具体的に表現されていく機会に立ち会うことができています。
 卒業生は依頼をすると一様に断ってきますが、それぞれの話から、こちらが伝えてほしい点などを絞っていくにつれ、積極的に対応してくれるようになってきます。授業の当日には大学で、後期授業だったらこのぐらいはやらないと在学生に恥ずかしいと、勤務先の資料や発表のレジュメなど、プレゼンテーションファイルを作成し、大学在籍中に獲得した能力を存分に発揮し、学生を圧倒してくれます。また別の卒業生は板書を用いて話をしました。
 卒業生からは、「この機会をもったことは自身の大学進学から今までを振り返るよい機会となった」との声が多数ありました。職場では、派遣依頼の段階から授業終了後の報告を要求され、そこからまた、人間関係の発展があったとの報告もありました。
 卒業生にとっても、社会における自身の立ち位置の再確認に大切なきっかけとなっている可能性が考えられました。
 教員として、卒業生の話の中から、大学における自分達の教育がどのような場面に意義を持つか、また学生時代とまったく変わった学生から、「大学のときは楽しかった」の言葉に胸をなでおろす瞬間もありました。ともすると、学生より教員が卒業生に質問をし始め、学生の時間を確保することが困難な場面もありました。

3.卒業生を活用した初年次教育実施から見える課題

 卒業生が授業をするという考えは、2000年に人間関係学科を立ち上げたときに遡ります。学科の設立に際して、受け入れた学生達とこの新しい学科をどのような学びの場にするか、それは教員と学生により決めていくという考えであったことを記憶しています。この考えをもとに、何度も学生からヒアリングし、改善を続けカリキュラムなどに反映させてきました。
 学生は在学中に、自身が何を学ぶのか、なぜ学ぶのかなど学びに対する率直な疑問を持ち、また、持たせるために多くの難問が教員からも投げかけられたように感じています。
 卒業した学生を訪問し、就職先の採用担当の方からも卒業生についての評価について聞いて廻りました。大学の教員がカリキュラムとしてできること、大学在籍中の授業科目外の活動で修得しえる能力、就職してから学べばよいことなど、検討してきました。
 当時から、在学生にいつか授業をしてほしい、と話すと、学生達からは笑顔で快諾はされていましたが、いつの間にかそれが実現してきています。
 卒業生を活用した初年次教育において、学生はより具体的な目標や目標に必要となる学修を理解することで、授業内外の大学生活にやる気をもって臨み始めているようです。
 現在、大学の改革やカリキュラムの改革は見えざる枠組により、目に見える具体的な成果をエビデンスとして提示できることが求められています。このことは無論、大切なことです。
 一方で、教員が大学教育の中で設定し得る学修成果や目標は、必ずしも実際の学生達にとって目標とはなり得ないものであるかもしれません。卒業生モデルでさえも、必ずしもすべての学生のモデルにはなり得ないかもしれません。
 求められているコンピテンシーの変容につながる個別の学生のやる気は、能動的な学び自体にあるのではなく、具体的な目標を持ち、自己の能力を改善する努力としての学びを始めることであるならば、卒業生という存在は、身近な社会への共通理解の窓口として他に例のない存在なのかもしれません。
 卒業生の依頼において、社会活動経験が豊富となった10年近く経過した卒業生の話は、大学の制度や話題に上がる教員が変化しており、学生は取り付きにくいようでした。より未熟であるはずの卒業後間もない卒業生の話は、学生にとってより新鮮で、共感を呼び、目標とする部分が持ちやすいように感じています。
 教員にとっても現在指導に当たっている教員が関わった学生の意見は、学びの成果として意味を持つものとなっているようです。高校や大学の教員の多くは、それぞれに学生時代や就職体験を持ちますが、多様性は乏しいのかもしれません。多様性の乏しさは、学生の共感性に乏しい体験しか提供し得ません。卒業生の話は社会と大学教育のまさに今の関係を説明している可能性もあります。
 主体的な学修者としての動機付けについて、内発的動機付けを起こす卒業生の活用は、大学にとって継続的な教育の成果を点検する窓口でもあります。
 今後もより幅広く、より多くの卒業生からの声を初年次における教育でうまく活用していくよう図っていきたいと考えます。その過程で、卒業生に対する共感性と内発的動機付けという課題については、さらなる検討が必要と考えています。
 卒業生こそ、これまでの大学における教育の成果であり、大学にとって重要な財産です。初年次教育における学生の身近で多様な目標を指し示す存在であり、その具体性から喚起されるやる気は、初年次学生のコンピテンシーの変容を十分に引き起こす可能性があることから、卒業生の活用方法についての模索を継続していきたいと考えています。
 文末になりましたが、このような取り組みに着目され、報告の機会をいただきました私立大学情報教育協会の皆様に心から感謝いたします。


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