人材育成のための授業紹介・初年次教育

ICT活用による組織の社会的責任の重要性の認識
〜初年次科目「企業と社会」での取り組み〜

佐々木 利廣(京都産業大学 経営学部ソーシャル・マネジメント学科教授)

1.学部初年次教育の重視

 1965年に宇宙物理学者荒木俊馬により創設された京都産業大学は、将来の社会を担って立つ人材の育成を使命にすることで発展し、2015年に50周年を迎えた大学です。8学部すべてがワンキャンパスに集まった一拠点総合大学でもあります。経営学部経営学科は1967年に開設されましたが、2007年にはソーシャル・マネジメント学科と会計ファイナンス学科が開設され現在3学科体制になっています。
 経営学部は幅広い教養教育とともに、経営学および関連諸科学の教育を通じて、組織において活躍しうる「マネジメント能力」を身に付けた人材を育成し、社会に送り出すことを教育目標に掲げています。具体的には、経営学科では、多岐に亘る経営学の諸分野を主に学ぶことで、 組織、戦略、マーケティングなどに関する知識を幅広く総合的に身に付け、社会に貢献できる人材を育成することを目指しています。ソーシャル・マネジメント学科では、主に公共領域や社会領域などに関連する経営諸科学を主に学ぶことで、高い公共意識と多様な社会領域についての知識を身に付け、複雑化する社会的課題の解決に向かって実践的に取り組む人材を育成することを目指しています。会計ファイナンス学科では、会計およびファイナンスに関する諸学問の融合に基づき、組織の資金調達や運用、および会計情報の開示・活用などについての専門的・体系的な知識を有し、それを基盤として組織を効率的に運営し、社会に貢献する人材を育成することを目指しています(図1)。

図1 京都産業大学経営学部のカリキュラム

 ここで初年次教育の事例紹介として取り上げるのは、初年次教育の一環として1年次秋学期に配当されている科目「企業と社会」での取り組み事例です。なお、経営学部1年次配当の初年次科目(イントロダクトリー科目)は、「経営学入門」、「経営史入門」、「経営管理論」、「ソーシャル・マネジメント入門」、「企業と社会」、「公共経営概論」、「商業簿記1」、「会計学概論」、「会計ファイナンス入門」、「ファイナンス概論」の計10科目です。

2.初年次科目「企業と社会」開講の経緯

 経営学部におけるカリキュラム体系の中で「企業と社会」を初年次教育科目にしていることにはいくつかの理由があります。第一は、2年生からの学科選択の指針にしてほしいという理由です。経営学部に入学した時点では、何に興味があるのか、どの学科に進みたいのか、さらにはどんな進路や職業選択を考えているのか、などについてはっきりした考えを持っている学生は多くありません。むしろ、入学後の1年間の学びの中で自分は何を学びたいのか、何をしたいのかについて深く考える学生のほうが多いと思われます。そうした学生に対するガイドライン的役割を果たす科目として「企業と社会」を位置付けています。
 第二は、入学後の早い段階に社会の中での企業の役割や責任について理解を深めてもらいたい(注1)という理由です。企業は真空状態の中で活動しているわけではなく、常に社会の一部を構成するステイクホルダーとの相互関係の中で存続しています。その意味では、一方では社会を構成するステイクホルダーから様々な影響を受けながらも、他方でそのステイクホルダーに対して影響を及ぼす存在として企業を考える必要があります。さらに企業をはじめとするすべての組織が、将来に亘って持続可能な経営を行うためには、法令や社会倫理を遵守し、良質の製品やサービスを提供し、持続的成長を達成する経営システムが求められます。コンプライアンスや企業倫理、CSR経営などが強調される時代にあっては、企業を常に社会との関係の中で複眼的にみる視点が必要です。こうした視点を提供する意味で、「企業と社会」は初年次教育の核になる科目と位置づけています。

3.講義とデジタル教材のサンドイッチ方式

 人間が一人で生きられないのと同じように、企業も単独では存続できないという当たり前の事実からスタートして、「社会における企業」という視点を受講生に持ってもらうためには、いくつかの前提が必要です。第一は当事者意識の醸成です。まだ経営の具体的実務を体験していない学部学生、特に初年次学生に対して、理論と現実の企業活動の関連性を理解してもらうには、アルバイトやクラブやゼミなどの身近な体験を通じた組織マネジメントの理解に加えて、ビジネスゲーム、ケースメソッド、ビデオ教材利用など多様な教育方法を利用する必要があります。「企業と社会」の授業では、デジタル教材という物語を通じて現実の企業活動の一端を学生に理解させながら、社会的責任に関わるイシューが発生した際に自らどのような行動を選択するかを考えることで、疑似的ではあれ当事者意識を持ってもらうことを考えました。
 第二は複眼的思考です。同じような社会的責任に関わるイシューが発生したときに、組織内の立場や利害によって異なる意思決定をする場合があることを経験する重要性です。こうした経験を通じて、企業の社会的責任について異なる立場や意見を複眼的視点から整理し、自分の考え方を説明することができるようになります。この複眼的視点による整理で役立つのが、講義で扱う理論の紹介やフレームワークの提案です。
 第三は、能動的学修です。ただデジタル教材を視聴し理論を覚えるだけでなく、企業の社会的責任についての異なる立場や意見をフレームワークをもとに複眼的視点から整理しながら、自分であればどういう意思決定を行うか、行動を行うかについて考え報告するという能動的学習が重要です。こうした点を考慮しながら授業スケジュールをデザインしました(2011年度・2012年度担当)。
 以上、三つの前提を2012年秋学期の「企業と社会」ではどのように扱ったかを振り返ってみます(表1参照)。まず「企業と社会」で扱うテーマを、ステイクホルダーの理解、企業と地域、企業と消費者、社会起業家とソーシャル・ビジネス、企業とNGO、CSRの六つに絞りました。もちろん、これ以外にも株主との関係、労働組合との関係、政府や行政機関との関係、取引企業との関係など多くのテーマありますが、消化不良にならないためにも半期で扱うテーマに絞りました。そして、最初の回のステイクホルダーの理解で、企業と社会の相互関係についての包括的で全体的な理解ができるよう工夫しました。

表1 2012年度秋「企業と社会」(佐々木)授業スケジュール
NO 月日 授業内容 授業形態
1 9/20 授業オリエンテーション(授業の進め方の説明、ミニプレゼン募集、成績評価など)評価は、平常点(ビデオ実習)40%、後期試験60%、ミニプレゼンは大幅なボーナスポイント) オリエンテーション
2 10/27 「企業と社会」という授業科目のねらいは、企業と社会を構成するステイクホルダーの関係を考えながら、新しい「企業社会」のあり方や新しい企業像について考えることです。まず最初にステイクホルダーとしての株主・消費者・地域社会・従業員・労働組合・政府行政・NPOの意識や行動のあり方が変化しつつある現状について理解してもらいます。 講義
3 10/4 前回の授業内容をもとに、米国に進出した日本企業ブリヂストン・ファイヤストンが日米の文化の相違によって危機管理の仕方を誤り苦境に立たされたタイヤリコール事例を通して、企業とステイクホルダーの関係をどのように考えればよいかについてのビデオ実習を予定しています。 ビデオ実習
4 10/11 企業と地域社会との関係を考えながら、地域のなかで企業はどのように行動すべきか、地域の課題を発見し解決するコミュニティビジネス、地域密着型経営のありかた、などについての理論の概要を紹介します。 講義
5 10/18 前回の授業内容をもとに、超・地域密着経営を実践している東京大田区の下町百貨店ダイシンの半径500メートル圏内シェア100%戦略の内容についてのビデオ実習を予定しています。 ビデオ実習
6 10/25 ステイクホルダーの一員としての従業員と企業との関係が、歴史的にどのように変化してきたか、社員と企業の理想的関係は、活き活きと働ける企業とはどのような企業なのかについて様々な考え方を紹介します。 講義
7 11/8 前回の授業内容をもとに、ステイクホルダーの一員としてのヤングパワーのヤル気を活かすマネジメントの方法を工夫している企業3社(とりのすけ、スタートタウン、ミュージックセキュリティーズ)の事例を通して、ヤング層が企業戦略や地域を変えるパワーになるためにはどのような工夫が必要かについて考えるビデオ実習を予定しています。 ビデオ実習
8 11/15 社会の課題をビジネスの手法で解決する社会起業家について、その特徴、注目されるようになった背景、代表的社会起業家のソーシャルビジネスの内容、などについて考えます。 講義
9 11/22 前回の授業内容をもとにマイクロファイナンス・インターナショナル・コーポレーション(MFIC)を創業した社会起業家枋迫篤昌氏の行動と企業社会へのインパクトについてのビデオ実習を予定しています。 ビデオ実習
10 11/29 企業とステイクホルダーの一員としてのNPOやNGOの関係について考えます。また企業とNPOの関係のタイプや変化について考えながら、異なるセクター間の協働の重要性について考えます。 講義
11 12/6 前回の授業をもとに、希少動植物を守るため政府や企業と手を組む極めてアメリカ的なNGOの一つTNC(ザ・ネイチャー・コンサーバンシー)のアメリカや日本での活動を伝えているビデオをもとに、環境NGOと企業との関係についてのビデオ実習を予定しています。 ビデオ実習
12 12/13 企業のCSR活動についての歴史と現状をもとに、受動的CSRと戦略的CSR、CSRの国際比較、CSRのレベル(法的・経済的・倫理的・社会貢献的・社会事業的)とステイクホルダーとの関連について考えます。 講義
13 12/20 前回の授業内容をもとに、衰退するタオル業界で独自のブランディングを打ち出し、倒産の危機をも乗り越えた池内タオルの戦略的CSR戦略についてビデオ実習を予定しています。(この日にミニプレゼンのエントリー受付) 講義
14 1/10 講義全体のまとめと今後の課題について まとめ
15 1/17 希望者によるミニプレゼン(ボーナスポイント付与) プレゼン

 六つのテーマについてのそれぞれの講義の次の週には、その講義を参考にしながら疑似意思決定ができるビデオ教材を利用したビデオ実習をデザインしました。例えば第3回授業では、米国に進出した日本企業ブリヂストン・ファイアストンが危機管理の仕方を誤り苦境に立たされたタイヤリコール事例(NHKスペシャル「問われた危機管理〜650 万本のタイヤリコール〜」(NHK 2001年3月4日放送)を通して、企業とステイクホルダーの関係をどのように考えればよいかについてのビデオ実習をデザインしました。まずビデオを視聴しながら、自動車事故の概要、ファイアストンのタイヤリコール宣言、フォードの対応、アメリカ上下両院公聴会、ファイアストンの対策会議、第2 回公聴会 、被害者集団訴訟の動きという時系列でイシューを整理します(このストーリーは実習シートにまとめられている)。
 その後、フォードとブリヂストン・ファイアストンの両社がどのステイクホルダーとの関係を最も重視したかについて考えてもらいます。最後にフォードとブリヂストン・ファイアストンの両社がどのような理由から一つのステイクホルダーを最も重視したかの理由を考えてもらいます。こうした作業はすべてビデオ実習シート(B4版)に書き込み提出してもらいます。
 次の週には、ビデオ実習シートの中で、理論やフレームワークとの関係で面白い意見が書かれている学生の内容をフィードバックしながら、能動的学修の重要性を喚起します。こうした理論とビデオ実習を交互に行いながら、社会における企業という視点の重要性を認識してもらいます。最終15回目は、学生の自発的なミニプレゼンを行っています(表2)。ビデオ実習、あるいは企業と社会のテーマから受講生が自由に選択して、単独あるいはグループで10分から15分程度のプレゼンを行うことにしています。受講生評価シートの結果をもとに最大10点のボーナスポイントを附与することにしていますが、授業時間内に終了できないほどの希望者が出る年もあります。

表2 2012年度受講生のミニプレゼンのテーマ
NO 授業内容
1 街コンによる男女縁の創造:ブランド都市京都における地域活性型婚活
2 日本:貧しさの原因
3 グローバル市場開発
4 HOMEDOOR:ホームレス状態を生み出さない日本に
5 NPOの世界
6 マクドナルドとステイクホルダー
7 ソーシャル・エンタープライズ
8 地域密着型経営
9 企業と社会:日本理化学工業株式会社

4.初年次教育の効果と課題

 受講生数については、リピート科目への変更前であったこともあり、2011年度が692名、2012年度が446名と大人数授業でした。また成績評価については、6回のビデオ実習の資料提出状況(40%)と後期試験(60%)にミニプレゼンの学生へのボーナスポイント附与で行いました。後期試験は、選択肢なしのキーワード穴埋め問題(30個)とビデオ実習からの論述問題で出題しています。ミニプレゼンにエントリーした受講生は2012年度については9組20名と非常に多く、テーマも広範囲で受講生の関心が多岐に亘っていることを示しています。
 2011年度と2012年度の2年間での試みだけで初年次教育の効果を結論づけることはできませんが、サンドイッチ方式に講義とデジタル教材実習を交互に行うという授業形態は、一定の成果を挙げることができるのではないかと考えます。ただ多くの課題にも直面しました。最も大きな課題は受講生数の多さです。1年次秋学期配当であり、プレリクイジット制(先修条件)を基本にしていることもあり、大教室授業にならざるを得ません。この課題を解決するために、2013年度からは週2回〜3回のリピート科目に変更しています。また負担増につながりますが、同一教員が同じリピート科目を担当することになっています。
 さらに大きな課題は、大教室授業で本来の意味での能動的学修が果たして可能なのかという根本的な問いかけです。授業時間内でのグループワークは物理的に不可能で、双方向授業にも限界があります。ただ中教室あるいは大教室でも、携帯やクリッカーなどでの投票が可能で、その結果がパソコンのスクリーンで映し出される環境があれば、能動的学修が一部可能になると思われます。
 なお、初年次科目の2013年度以降の取り組みですが、春学期では商業簿記Tが5〜6クラス、ソーシャル・マネジメント入門が2〜3クラス、会計ファイナンス入門が2〜3クラス、経営学入門が3〜4クラスのリピートで行っています。また、秋学期も「経営管理論」、「経営史入門」、「公共経営概論」、「企業と社会」、「ファイナンス概論」、「会計学概論」がそれぞれ2クラスのリピート科目になっています。こうした取り組みの結果、2014年度秋学期授業アンケートでは、「企業や社会とのつながりを意識しながら受講できた」との回答が3.99で改善されてきていますが、実学重視の経営学部としては更なる向上を図りたいと考えています。
 経営学部の初年次教育全体に関わる課題としては、1年次の初年次科目の履修が「学科選択の役に立った」という学生がまだ少ないというデータです。例えば、2011年度秋学期授業アンケート結果によれば、「この科目は学科選択に役立ったと思うか」という設問において、「強くそう思う・そう思う」の肯定的な回答が60数%にとどまっています。2012年度も少し改善されていますが、まだ満足のいく数字には至っていません。
 今回は初年次教育科目として「企業と社会」における授業工夫を紹介しましたが、この科目の開講に合わせて、ソーシャル・マネジメント学科の教員を中心に授業で使えるテキストを作成しようという動きができてきました。そしてソーシャル・マネジメント研究会での議論や実際の授業経験を通して、佐々木利廣・大室悦賀編著(2015)『入門企業と社会』中央経済社を発刊することができました。ご参照いただければ幸いです。

 (1)私立大学情報教育協会(2012)『大学教育への提言』は、経営学教育における学士力の到達目標を四つ挙げているが、その最も基盤的目標として企業をはじめとする組織の社会的責任の重要性について認識できることを挙げている。

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