人材育成のための授業紹介・初年次教育

学科統合型の初年次教育の試み

中村 文紀(日本大学理工学部 准教授)

青木 義男(学部次長・教授)

1.はじめに

 昭和40年代後半から20年程度にわたり25%前後で推移していた我が国の大学進学率(18歳人口比)は、その後15年程度ゆるやかな上昇を続け、平成20年を境に50%程度で推移するに至りました。「大学のユニバーサル化」とも称されるこの状況下では、学修に対するモチベーションが低い学生の増加のみならず、名実ともに「多様」な学生が入学し、すべての大学生への質保証教育が困難になっていることは周知のとおりです。
 日本学術会議では、平成22年、文部科学省の依頼に回答するかたちで「大学教育の分野別質保証の在り方について」と題する報告書を作成し、「大学教育の質保証」に関する性能規定に相当する考え方を示しました。その一方、緩やかな機能別分化の過程にある中で、各大学は「ディプロマ・ポリシー」「カリキュラム・ポリシー」「アドミッション・ポリシー」のさらなる明確化とこれら「3つのポリシー」に基づく教育の質保証を行うことが求められています。専門分野に応じた取り組み自体も多様なものとなり、質保証の実質化を模索中の大学が非常に多くなっているというのが実情ではないでしょうか。
 日本大学理工学部では、これらの課題の対策として、高大連携教育、入学前教育、授業外や休暇期間におけるリメディアル教育(パワーアップセンター)、資格試験対策講座、就職支援プログラムなどを正課外で実施し、あわせて、平成20年度からは初年次教育における学科統合型インセンティブ科目、スタディ・スキル科目を設置して質保証の実質化を検討してきました。
 本報告では、初年次教育における取り組みとその教育効果について分析するとともに、理工系として必要不可欠なスタディ・スキルの涵養に資する総合的な教育プログラムの試行について述べていきます。

2.初年次教育の重要性

 「私立大学教員の授業改善白書」[1]によれば、大学生の基礎学力不足を指摘している教員は全体の60%に上り、学修意欲についても40%以上が不足していると回答しています。本学部では、時をほぼ同じくして、カリキュラム上で対策を講ずるために在学生の成績推移を調査し、図1のような結果が得られました。図1(a)は入学時の成績と卒業時の成績の相関を示したものですが、入学時に下位の成績であっても、卒業時の平均点が高い学生も散見されることがわかります。一方、大学1年終了時と卒業時の成績を示した図1(b)では、両者に明確な相関があることが分かります。つまり、いかに安定した理工系のスタディ・スキルを初年次に修得させられるか、あるいは初年次教育によって潜在的な学力や学修意欲を喚起できるかが、入学時あるいはそれ以前の学力よりも重要な要因となることを示唆しているのです。なお、図1は10年以上前のデータですが、学部情報統括委員会(IR委員会)が平成20〜22年度入学生(平成23〜25年度卒業予定の学生)のGPAについて検証した結果においても、図1(b)と同様の傾向が示されたことをここに付記します。


(a)入試時と卒業時の成績相関
 
(b)1年終了時と卒業時の成績相関
図1 大学生個人別成績の推移

 さて、こうした調査結果などを踏まえ、平成20年度より実施されたカリキュラムでは、専門分野に特化した2科目の必修科目―インセンティブ科目とスタディ・スキル科目―を12学科(現在は14学科)すべてに設置しました。また、あわせて、専門教育の基礎となる学力の担保を目的として、英語・数学・物理・化学の補習・個別指導を正課外で行う学習支援センター(パワーアップセンター)を新設し、リメディアル教育の強化を図りました。

3.インセンティブ科目、スタディ・スキル科目

 日本大学理工学部における初年次教育では、図2に示すような「学ぶ」「実習」「実践」のサイクルを中心とした「体験型教育システム」の概念が基盤となっています。そこで確立を求める学びの姿勢や教育の柱は、主に以下の3点に集約することができます。

1)各専門分野で卒業までに身につけるべき(社会で必要とされる)知識とその活用方法とともに、その修得に必要な教養科目、専門基礎科目、専門科目の履修の意義とその繋がりを十分に認識させる。

2)各専門分野への興味関心をより深めて、授業以外の部分でも修得した知識や技術を活用しようとする意識を持たせる。

3)各専門分野で必要とされる基本的な技能を身につけ、基礎知識を応用した実践的な問題解決能力の育成につなげる。

図2 理工学部の体験型教育システム

 初年次前期に必修科目として設置したインセンティブ科目は、このうちの1)と2)を主眼としてすべての学科で開講し、複数ないしすべての学科教員で担当しています。また、スタディ・スキル科目は、上記の1)と3)をねらいとしたもので、前期・後期と連続で設置している学科もあります。(いずれの科目も「○○インセンティブ」「○○スタディ・スキルズ」と学科名称を冠して設置しています。)初年次学生にとって修学上の不安因子は多岐に亘っていますが、各専門分野への興味・関心を持ち、その基礎知識獲得の手段と基礎技能の獲得によって不安が解消される学生が多い、とのアンケート結果を得ていることから、全学科での設置となりました。
 本学部には14の学科が共存していることは先述の通りですが、「体験型教育システム」の概念を学部共通の認識としながらも、各分野独自の、特色あふれる教育内容を展開しています。ここでは、機械工学系を例に挙げて紹介します。
 機械工学系分野のインセンティブ科目では、ものづくりPBLを通じた興味・関心の喚起と基礎技能の修得を目指しています。写真1はロボット製作を通じたPBLによって機械系システム化技術に関する基本的概念を認識し、構造要素製作技術、組付け精度確保のための技術、機械要素やメカニズムの理解、ロボット制御プログラミング技術などを修得させる授業内容の例です。ロボットの設計要件や性能評価内容を毎年変化させること、チームによるロボット製作、設計コンセプトなどをプレゼンテーションさせること、ティーチング・アシスタントによるきめ細かいアドバイス、多面的な性能評価の実施などにより、チーム内でのコミュニケーションが活性化され、ロボット・デモの繰り返しによる問題解決が達成感となり、興味・関心の喚起に繋がる効果が大きいと感じています。

写真1 機械系インセンティブ教育実践例

 スタディ・スキル科目においては、以下の項目について15回の講義・実習をオムニバス形式で学修し、機械工学系の実験、実習科目[機械・電気実験、機械設計製図、プロジェクト演習(メカトロニクス演習)]などに必要な基本的スキルを身につけます。

 さらに、これらの初年次科目を通じて学修意欲が高まった学生の自主性、創造性を継続的に向上させていくために、授業時間以外での学生提案型PBLを支援する仕組みである「未来博士工房」に初年次から参加し、活動することを推奨しています。現在は理学・工学の全7分野へと広がっているこの未来博士工房は、平成19年度には文部科学省の「特色ある大学教育プログラム」(特色GP)、平成21年度には同省の「大学教育推進プログラム」に認定されており、その活動の成果によって学部全体で100名以上(平成26年度実績)の学生が学部長表彰を受けています。
 こうした学科統合型のインセンティブ科目とスタディ・スキル科目が、退学率の低減とリテンション率の向上に寄与していることはデータからも明白で、当該カリキュラムが実施されてから3年で、学部全体の退学率は1.9%減少し、標準年限での卒業率は7.4%向上しています(それぞれ卒業予定年度末時点での入学者ベースの数値)。特に、前述の教育実践例を示した学科については、全学生の40%程度が「未来博士工房」に参画していることも相まってか、同期間で退学率2.5%減、4年卒業率は11.1%増という大幅な改善を見せています。

4.リメディアル教育(パワーアップセンター)

 インセンティブ科目やスタディ・スキル科目が専門分野への学修意欲を昂揚させる役割を担う中、不足している基礎学力の補完をあわせて行わなければ、ある段階で学修が行き詰まり、本質的な理解に基づく専門性を身につけることが困難になるであろうことは想像に難くありません。そこで上記科目の施行にあわせて、パワーアップセンター(開設当初の名称は学習支援センター)を設置し、主に「個別指導」と「基礎講座」の両面からサポートする体制を確立しました。
 個別指導は、学生の質問ベースで行われており、開室時間内であれば自由に利用することができます。各教科の基礎から専門科目の導入レベルまで、質問の内容は非常に幅広く多岐に亘っています。講師の他に大学院生もスタッフとして対応しているのは特徴の一つで、同じ道を通ってきた先輩から情報を得つつ学べるという点で利用者から好評です。開設当初は1回あたりの質問時間に厳密なルールを定めていませんでしたが、図3からも明らかなように、年々利用者が増加しており、現在では30分に制限をかけるに至っています。

図3 パワーアップセンター年間利用件数

 基礎講座は、英語・数学・物理・化学の4科目で開設されている授業形式の講座で、高校までの既習事項を整理するだけでなく、大学で学ぶ基礎科目の講義内容と有機的に結び付くよう、各科目をコーディネートする専任教員がテーマ設定をしています。当初は正課授業の少ない5時限目(90分)のみに設置していましたが、現在は学生の利便性を考慮し、ランチョンセミナーとして昼休みに30分で開設しているものも複数あります。
 特徴的なのは、前期は入学してすぐに実施される学力調査の点数で、後期については指定科目の前期の成績によって、各教科で受講推奨ラインを設定している点です。受講推奨者のリストはクラス担任に配付され、担任は個別に面談を実施して受講を促すという流れが、全学科共通のフローとなっています。また、推奨者以外でも、受講を希望する学生は学科や学年を問わず受講することができます。
 基礎講座への出席が正課科目の単位修得に効果的であることは、これまでも様々な分析によって明らかになっています。例えば、英語の基礎講座に推奨された学生のうち、既定回数の3分の2以上出席した学生は、平成22年度で96.7%、平成23年度で100%が必修の英語IIAを修得できているのに対し、一度も出席しなかった学生はそれぞれ80.0%、87.5%にとどまっています。
 上記の2プログラムの他、先述のインセンティブ科目との連携も試行しています。電気・電子工学系のある学科では、将来の必要性から、インセンティブの授業で英語学修の動機づけを積極的に行っており、入学直後の1時限をパワーアップセンターの英語コーディネーターである教員が担当し、英語のみで授業を行います。テーマは学科の教員紹介が中心ですが、全教員の趣味や面白いエピソードから4択の問題を作成し、PowerPointで提示します。その際、クリッカーを全学生に配付し、回答結果をスクリーンに表示させますが、ただのゲームではなく、理工系の学生として「見える化」することの大切さを理解させるという意図も含んでいます。
 また当該学科では、インセンティブの一環として、学部全学生に7月に実施しているTOEIC Bridge IPについて独自の基準点を設け、基準点を下回った学生についてはe-Learningでの学修を指示しています。これにあわせ、e-Learningを利用した学修サポートシステムも試行されており、各学生がe-Learningで行った学修について、パワーアップセンターで院生スタッフが学修カルテを確認し、小テストを実施するというフローを1ヶ月程度行います。ここで院生スタッフが重要な役割を担っているのは、e-Learningがいつでも自由に学修できるという利点がある一方、ただやり流してしまい、実質的な学修となっていないという可能性を多分に孕んでいるからに他なりません。こうしたチェック機構に加え、先のコーディネーター教員が週に1回の対面授業を行い、クリッカーで理解度を確認しながら授業を進めていきます。短期間であることから、テーマは学生が苦手とするReadingセクション(特に文法)に絞っていますが、図4のように、7月に同じ点数層だった他学科の学生と比較すると、この学修システムを利用した学生は後期の同試験で明らかな点数の伸びを示しており、t検定によって5%で有意であることも確認されています。

図4 TOEIC Bridge IPの前後期スコア推移

 このように、パワーアップセンターでは、リメディアル教育での成果を上げつつ、学修不安に起因する退学率の低下に貢献していると言えます。また、高い学力がある学生へのサポートも検討に入っており、その一つとして、平成24年度より外国人講師が担当するEnglish Loungeを設置しました。学生はいつでも自由に出入りできますが、英会話の練習のみならず、英語での口頭発表や論文執筆に関する質問も多く飛び交っており、非常に多くの学生が利用しています。

5.おわりに

 大学のユニバーサル化に対応した、日本大学理工学部における学科統合型の初年次教育の取り組みとその教育効果について紹介しました。紙幅の都合上すべての学系の事例を取り上げることはできませんでしたが、学部統一のコンセプトの下、14の学科がそれぞれの個性を活かしながら学生の主体的な学びを促進しています。また、初年次からのキャリア支援教育や、付属高校との高大接続教育など、大学の実情に即した新たな教育プログラムを随時実践しながら教育の質保証の実質化を図っており、スケールメリットを活かしつつ、三つのi―identity(個性)・initiative(自主性)・intelligence(知性)―を兼ね備えた理工系人材の育成に取り組んでいます。

参考文献および関連URL
[1] 公益社団法人 私立大学情報教育協会:私立大学教員の授業改善白書. 2005.
[2] http://www.3ds.com/ja/press-releases/single/-4d3ceb3d47/

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