特集 教学マネジメントの試み(3)

 国は、平成29年度までの「大学改革実行集中期間」に向けて、大学教育の質的転換とそれを教育政策として展開していく教学マネジメント体制の確立と充実・強化を呼びかけている。とりわけ、教育機能の充実・強化には、教員の一方向的な「知識伝達型教育」から、教員と学生、学生同士、学生と地域社会など双方向で学び合う「課題発見・解決型学修」へと、大学全体で教育の質的転換を進めていくことが求められている。
 そこで本特集では、3号に亘り、アクティブ・ラーニングを普及・推進していくため、アクティブ・ラーニング科目の拡大と体系化、教員の教育力向上対策、学修支援の整備、シラバスによる相互点検、学修成果の可視化等を通じて教育の質保証を目指す全学的な教学マネジメントの取り組みについて文部科学省の競争的補助金「大学教育再生加速プログラム」(AP)の取り組み事例を通じて理解を深めることにした。

学修成果アセスメントに向けたパラダイムチェンジ
〜山口大学・大学教育再生加速プログラム(YU-AP)を中心に〜

林  透(山口大学 大学教育機構 大学教育センター准教授・IR室長)

1.はじめに

 山口大学では、2013年度の共通教育改革を契機に、2014年度には、文部科学省・大学教育再生加速プログラム(テーマI・II複合型)の採択を受け、アクティブ・ラーニングの組織的推進や学修成果の可視化に取り組んでいます。また、2015年度には、国立大学機能強化経費等の採択を受け、国際総合科学部創設で導入された新しいカリキュラムシステム(YU CoB CuS[1](Yamaguchi University Competency-Based Curricular System))の全学的展開を目指しています。これらの複合的な取り組みを通して、学士課程教育全般にわたる、教育・学修のパラダイムチェンジが図られつつあります。
 本学では、2000年以降から、グラデュエーション・ポリシー(現:ディプロマ・ポリシー)やカリキュラム・マップを全国に先駆けて策定したほか、授業科目シラバスの観点別到達目標の明記、学生授業評価・教員自己評価の連携(教育情報システム(IYOKAN))、成績分布システムの全教員公開性による授業改善フローを構築している点において優れた内部質保証システムを維持しています。
 しかし、従来型の内部質保証システムでは、教員目線による教育改善を重視する傾向にあり、2012年の中央教育審議会答申(質的転換答申)で提示された、学生の主体的な学びを促進するアクティブ・ラーニングや学修成果アセスメントを組織的に取り組むには一定の構造転換が必要でした。まさに、「教育改善重視システム」「教員主体型FD」から「学修成果可視化システム」「教員・職員・学生参画型FD・SD」へのパラダイムチェンジが求められました。
 このような背景から、新たな取り組みの原点に据えたのは、本学が掲げる教育理念「発見し・はぐくみ・かたちにする 知の広場」や「共育(共にはぐくむ)」といった教育理念の共有と、それに伴うアイデンティティの涵養です。教育・学修のパラダイムチェンジを図るため、2013年度から継続実施する教職員・学生参画型の共育ワークショップは、2015年度受審の認証評価結果において、OD(Organizational Development)プログラムとして高く評価されました。

図1 共育ワークショップ2015チラシ

 次節以降では、以上のような諸要素を踏まえながら、山口大学・大学教育再生加速プログラム(以下、YU-AP)や新しいカリキュラムシステム(YU CoB CuS)に関する具体的な取り組みを紹介します。

2.YU-AP事業が目指す「学びの好循環」

(1)YU-AP事業の全体像

 YU-AP事業では、正課教育と正課外教育の共創により、共通教育を中心としたアクティブ・ラーニング(AL)を組織的に推進し、次の時代を切り拓く人材として必要な力「山口大学生に期待される汎用的能力」の育成を保証するため、先導的な学修成果可視化モデルの構築を行い、学生の「学びの好循環」の創出を目指しています。「学びの好循環」とは、図2に示すとおり、教育・学修のパラダイムチェンジの文脈において、学生の学びに焦点を当てながら、アクティブ・ラーニングの効果で、授業外学修時間の増加、学修成果の可視化を図り、学修履歴を集積するポートフォリオに基づき、適切なラーニングアドバイス、キャリアカウンセリングや個別のオプショナルサポートを受けられるように措置し、学生の更なる成長を保証することを示しています。

図2 「学びの好循環」の概念図

 テーマI・II複合型で採択を受けたYU-AP事業におけるテーマ別の取り組み概要について紹介します。まず、テーマI(アクティブ・ラーニング)では、シラバスにおける学修行動の可視化を通したALポイント認定制度導入、AL推進チームによるFD専門集団(FDコーディネータ)の形成、教員にインセンティブを与えるALベストティーチャー表彰制度の創設を行っています。次に、テーマII(学修成果の可視化)では、学修到達度調査・学修行動調査・ルーブリック開発を全学的に推進し、各データを活かした直接評価・間接評価統合型学修成果可視化モデルの構築を進めています。
 YU-AP事業の取り組みを進める上において、学内に留まらず、教育機関や学協会等と連携し、学士課程教育の質保証の新しい“カタチ”を示すことで、本学の特色や強みの向上だけでなく、我が国高等教育全体への波及効果を大切にしています。このような観点から、事業初年度である2014年度にはYU-APアドバイザー3名をメインスピーカーに迎えたキックオフシンポジウム、事業2年目である2015年度には山口・広島地区AP採択5機関による事業成果発表ジョイントフォーラムを盛況に開催しました。

(2)アクティブ・ラーニングの組織的推進

 本学では、アクティブ・ラーニングの定義を「教員の一方的な講義形式の教育とは異なり、認知的、論理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図るため、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学修法(発見学修、問題解決学修、体験学修、調査学修等のほか、教室内でのプレゼンテーション、グループワーク等)を指し、その対象として、授業科目による正課教育だけでなく、授業外学修である正課外教育を含む。なお、「授業科目においては少なくとも1コマ以上行うものとする」と定め、正課教育だけでなく、正課外教育を含めて捉えている点が特徴です。
 本学のアクティブ・ラーニングの組織的推進では、PDCAサイクルを意識しながら、1アクティブ・ラーニングの動機付けのための仕掛けづくりとしての「ALポイント認定制度の運用」、2アクティブ・ラーニングをテーマとした教職員・学生参加型の「FD・SDワークショップの実施」、さらには、3アクティブ・ラーニングの授業実践にインセンティブを与える「ALベストティーチャー表彰制度の創設」という三つの取り組みを進めています。
 第一に、「ALポイント認定制度の運用」では、一般教員や学生に理解しやすい仕組みを目指し、授業時間内で該当するアクティブ・ラーニングの6つの学修形態(「グループワーク」「ディスカッション・ディベート」「フィールドワーク(実験・実習,演習を含む)」「プレゼンテーション」「振り返り」「宿題」)の度合をポイント表示します。具体的には、「グループワーク」「ディスカッション・ディベート」「フィールドワーク(実験・実習、演習を含む)」「プレゼンテーション」については、授業時間内におけるアクティブ・ラーニングが占める時間の割合を示す項目が設けられ、それぞれにAL度(【多】=3点、【中】=2点、【少】=1点)が設定され、「振り返り」と「宿題」には、それぞれ1点が設定されます。授業担当教員はシラバス入力時に、授業各回で該当するアクティブ・ラーニング形態のすべてをチェックし、【授業各回のAL 度の総和 / 授業回数】による平均値をALポイントとして学生に明示します(図3参照)。ALポイントは最小値0、最大値14です。ALポイント認定制度は、2015年度から導入され、全教員・学部1年生全員に『ALポイント認定制度マニュアル(教員用・学生用)』(山口大学YU-AP推進室2015)[2]を配布するとともに、全学部・研究科主催の教育改善FD研修会にて状況説明を行い、学内における一定の共通理解を図っています(林・河島2016)[3]

図3 シラバスにおけるALポイント表示イメージ

 第二に、「FD・SDワークショップの実施」では、教職員・学生がアクティブ・ラーニングをテーマに対話する場づくりを演出しています(写真1)。2015年度においては、大人数授業でのアクティブ・ラーニングシートによる授業実践や理系基礎科目でのクリッカーを活用したアクティブ・ラーニング、さらには、タブレット機器を活用したアクティブ・ラーニングのグッドプラクティスの紹介を行い、アクティブ・ラーニングの授業実践の理解浸透に大きく貢献しています。特に、初年次教育科目を中心に、クリッカーを活用する実践事例が急増しました。

写真1 FD・SDワークショップの一コマ

 第三に、「ALベストティーチャー表彰制度の創設」では、2016年2月に学内規定が整備され、2015年度の共通教育におけるAL授業実践について表彰を行う予定です。今後は、表彰された授業の教材コンテンツを学内共有しながら、グッドプラクティスとされる教授法などのノウハウの共有を図ります。

(3)「山口大学生に期待される汎用的能力」の可視化

 YU-AP事業では、正課教育及び正課外教育によるアクティブ・ラーニングで育成される汎用的能力の可視化を重要視しています。2015 年度において、本学の教育理念に基づき、山口大学生として卒業時に身に付けていることが期待される汎用的能力(「山口大学生に期待される汎用的能力」)を整理しました。具体的には、『山口大学教育理念』に規定された「発見し・はぐくみ・かたちにする 知の広場」の意義や教養教育・専門教育において育成される汎用的能力について、表1のように整理し、「山口大学生に期待される汎用的能力」を明確化しています。

表1 『山口大学教育理念』の整理と「山口大学生に期待される汎用的能力」

 これにより、全学的実施に取り組む学修到達度調査を通して、本学が教育・学修目標とする汎用的能力に関する学修到達度を可視化し、学生が自らの学びを省察し、次なる成長に結びつけることを可能とします。なお、『山口大学教育理念』の整理は、大学全体の教育・学修目標を明確化するものであり、各学部・研究科のディプロマ・ポリシーの再構築等において参照すべき枠組として意味付けられます。

3.新しいカリキュラムシステム(YU CoB CuS)による学修成果アセスメント

 2015年度に新設された国際総合科学部で導入している、新しいカリキュラムシステムYU CuB CuSは、ディプロマ・ポリシー(以下DP)として設定した当該学部の卒業時に修得しているべき能力に基づき、その各々の能力をどの程度修得しているかを定量的に示します(図4参照)。このシステムを利用することにより、DPと各授業科目の位置づけが明確になり、修得した能力が可視化され、学生は自分の達成度をリフレクションするとともに、教員によるアドバイジングを受け、自律的に自らの学修プランを立案できる仕組みを取り入れています。

図4 YU CoB CuSを通したDP達成度の可視化イメージ
(出典:山口大学国際総合科学部HP[1] より)

 YU CoB CuSの基本は、各科目を横(行)に,DPを縦(列)に並べて構成し、各科目のDP貢献度合を数値で配分表示したカリキュラム・マップであり、各DPに対する個々の科目の基準スコアを列に沿って合計し、そのDPの基準スコアとします。国際総合科学部では、DPの基準スコアを卒業要件に取り入れた厳格な質保証を目指しています。本学では、今後、各学部・研究科の特色や事情に応じながら、YU CoB CuSの全学的導入を目指しています。

4.おわりに

 本学では、既述のとおり、「汎用的能力をアセスメントする学修到達度調査」や「DP達成度をアセスメントするYU CoB CuS」など、学修成果アセスメントに向けた複合的な取り組みが進められています。2016年度から始まる第3期中期計画では、各アセスメントツールの機能を整理したアセスメント・ポリシーを明確化することを掲げています。本学におけるアセスメント・ポリシーの方向性として、図5のとおり整理することができます。
 アセスメント・ポリシーの明確化により、本学の学士課程教育の質保証を図ることで、教育・学修のパラダイムチェンジを実現し、学生・教職員が学び合うラーニング・コミュニティの醸成を目指します。

図5 山口大学・学士課程教育の質保証体系
参考文献および関連URL
[1] 山口大学国際総合科学部HP「YU CoB CuSについて」
http://gss.yamaguchi-u.ac.jp/yu_cobcus/
(2016年3月31日閲覧)
[2] 山口大学YU-AP推進室(2015)『ALポイント認定制度マニュアル(教員用・学生用)』
[3] 林透・河島広幸(2016)「アクティブ・ラーニングの可視化に関する実践的研究 −ALポイント認定制度の設計と効果を中心に−」山口大学大学教育機構『大学教育』第13号pp.12-23
[4] 山口大学YU-AP推進室(2016)『山口大学・大学教育再生加速プログラム(YU-AP)アニュアルレポート2015』

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