特集 教学マネジメントの試み(3)

学修成果の可視化による教育改革の試み
〜東京女子大学〜

小田 浩一(東京女子大学 AP補助事業 実施責任者)

1.はじめに

 東京女子大学は、キリスト教を基盤としたリベラル・アーツ教育を通じて「高度の教養と専門能力を授け、真理と平和を愛し人類の福祉に寄与できる女性を養成する」ことを教育の目標としています。近年、女性の力を社会に活かしていこうという機運は高まっており、女子大学に寄せられる期待もそれに伴って大きくなっていることを感じます。
 本学は、過去には、「女性学・ジェンダー的視点に立つ教育展開」、「キャリア・イングリッシュ・アイランド」、「本学キャリア・ツリー」など特色ある女子教育で文部科学省GP事業に選定されました。創立以来、綿々と社会に優秀な女性を輩出しており、例えば平成26年度の99%という高い就職率は、社会からの高い評価の一端を示していると思われます。平成30年に本学は創立100周年を迎えます。その100周年に向けて取り組んでいる、さらなる教育改善は文部科学省の「大学教育再生加速プログラム」いわゆるAP事業に選定されました。それについて本稿で紹介します。

2.平成27年度までの改革の試み

 本学では、平成24年度から、学生の教室外学修を支援し、授業への主体的な参加を促すために、シラバスには授業の各回の準備課題を記載する方針を示し、教員の理解と協力を求めています。同年度には全学共通教育部分について、科目を整理し直した上で、それぞれの科目区分において、カリキュラムポリシー、ナンバリング、カリキュラムマップを完成しました。平成25年度には、学科・専門科目においても、ナンバリングを行い、学科ごとのディプロマポリシーを整理し、学士課程での学修を定義し直す第一歩をはじめました。平成26年度から平成27年度前期にかけて、学科・専門科目についてディプロマポリシーと関連づけたカリキュラムマップを作成し、厳格な成績評価を実施するため、講義科目の成績評価について一定の基準を設けました。平成27年度には、卒業研究と4年生への進級の条件となっている重要な科目について、ルーブリックを作成して厳格な成績評価をする体制への移行を行いました。これらの改革は、教員個人が専門とする高度な知識・技術をやる気のある学生に伝授するという方針から、学科に所属する学生全員に対して4年間の学修でつけられる力、つけるべき能力・知識を定義し、学科教員のチームワークでカリキュラム全体としてその学修を保証していくという方針へ大きく転換するものです。学士教育のボトムラインをまずしっかり作る行為と言い直せるかもしれません。英国では、学士に就業力(Employability)を保証すべき[1]といわれており、社会からの期待に応えるための転換とも言えるでしょう。教学マネジメントとは、まさにこのような転換を指しているようです[2]

3.学修成果をどう可視化するか

 AP事業として選定されて本学が取り組んでいるのは、学修成果の可視化による教育改革です。教育界だけでなくいろいろな領域で注目されているアウトカム評価を大学教育に取り入れることによって、大学教育をより有効な形に改革していくための仕組みを作ることを狙っています。このためには、大学教育の成果とは何か、それをどう測定するのかという難しい問題に直面します。
 これまで教育の効果を評価してこなかったのかと読者はいぶかしく思われるかもしれません。もちろん個々の授業については、試験やレポートで授業の内容が理解されたかどうかを評価し、その結果に応じて理解されていれば単位を出し、不十分な成績なら単位を出さないという、一つひとつの授業の中の成果の可視化は個々の担当教員によって行われています。個々の教員は学生の成績分布を見ながら、どこが成功していてどこが失敗したのかを評価し、それによって個々の授業の改善を行っています。個々の教員がそれぞれ独立に専門について教えていればそれで良いという従来の大学教育のモデルでは、これでも良いわけですが、教学マネジメントが要求するのは、大学全体としての教育力の評価です。個々の授業だけでなく、4年間の学修トータルの結果として、どういう力をどこまで身につけさせたのか、その評価をし、それを指標として教育改革をしていこうということなのです。
 本学が実施している教養教育は全人的な人格教育です。その成果を測定する単純明確な「物差し」は存在していません。これまでは、教育成果の測定として「学生による授業評価」アンケートと2〜4年次学生への在学生アンケート、4年間の学びの集大成として全員必修の卒業研究の評価、4年次学生に対する卒業時のアンケートを行ってきました。卒業研究の成績評価を除くと、いずれも無記名でのアンケート調査であり、学部全体や学科単位での集計結果は毎年似たような傾向で、比較的良好ではあるけれど、これをどのように教育改善に結びつければいいのかが判然としないようなものでした。卒業研究の評価は、複数教員によって行われる厳密なものですし、卒業研究は多くの能力を有機的に統合しながら伸ばすことのできる課題で、できばえは、学生個々の認知的汎用能力を良く示すと思われますが、その1つの結果が全人的な人格教育の成果を全部反映しているかと言われるとそうではないと言わざるをえません。
 そこで、本学が養成しようとしている人材像に立ち戻って、成果の測定方法を見直す必要があります。本学は、どの専門領域においても同じように、課題を発見・分析・解決する能力、批判的・論理的思考力などの汎用的な認知能力、コミュニケーション能力やチームワークのできる協調性などの社会的スキル、キリスト教主義を背景とした「犠牲と奉仕」の精神に集約される高い倫理性や強い責任感などの態度・志向を涵養しようとしています。これらは、いかなる職業生活や市民生活にも応用できる全人的な基礎力で、この基礎力に加えて、学生それぞれの専門領域における知識・技術を習得した「専門性をもつ教養人」の育成が、本学の教育目標になっています。これを評価するためには、複数の指標が必要であることが分かります。

4.3x3の評価マトリクス

 専門性をどのくらい身につけたかということは、それぞれの学生の成績を数値化・平均したGPAを用いることができるはずです。汎用的な認知能力や社会的スキル、態度や志向についてはどのように評価すれば良いでしょうか。大学教育の成果としての汎用的能力を評価する試みは、欧米で先行事例があり、OECDのAHELOやCLAが実際の学生のパフォーマンスを測定する方法として有名です[3]。オープンエンドな課題を提示すると同時に関連のさまざまな資料を提示して、一定の時間内でその解決策を自由記述で回答させ、問題発見能力や資料の読解能力、解決能力など汎用的能力を総合的に評価する方法です。日本では、学校法人河合塾と株式会社リアセックが作ったPROGというテスト[4]があり、2時間程度のペーパーテストで、6つの下位項目からなる認知的汎用能力(リテラシー)と、9の下位項目からなる社会的スキルや態度(コンピテンシー)を測定できます。CLAはサンプリングした学生に実施して大学の教育力を評価するテストであり、個々の学生に結果をフィードバックして学生の学修のツールとして使うものではありません。これに対してPROGは、学生個人が自らの汎用能力や社会的スキルを継続的にモニタしながら伸ばすことができるようになっており、大学教育の成果評価のみならず、教育ツールとして使うことができます。また、大学生・社会人として適した態度や社会スキルについての直接的な測定方法として定番と言えるようなものは諸外国にもなく、PROGはこの点においてもユニークなツールを提供していると言えます。
 これらは、学生の能力や態度を直接測定するための指標ですが、学生個人が自分の能力をどう評価しているかは、この直接測定の結果とはしばしば異なっています。控えめな学生は過小評価し、うぬぼれた学生は過大評価するでしょう。医療におけるアウトカム評価でも、検査で測定できる直接的な生理的指標だけでなく、患者が自分の状態をどう見ているかという自己報告型の評価指標の重要性が指摘されています[5]。成果の評価には、自己報告型の指標も必要です。これについては、従来から実施しているアンケート調査がそのまま使えます。自己評価型の評価方法として良く使われるものに、学修行動調査があります。もともとは米国で始まったものですが、日本でも多くの大学で実績があります。複数の大学で同じ質問項目を使うことによって、大学間の比較をしながら教育改革に使おうという試みが本格化しはじめています[6]
 さらに、大学の外から成果をどう評価しているかということも大事な指標になります。卒業生を受け入れている会社・企業へのアンケート調査やインタビュー調査、卒業後一定期間がたっている卒業生へのアンケートやインタビュー調査は、よりシビアで客観的な評価を与えてくれるに違いありません。これらの複眼的なアウトカム評価の全体をまとめると3×3の評価マトリクスができます(表1)。

表1 3x3の評価マトリクス

 全体の事業の実施体制は、大学全体の複数の部局や委員会で分担して全学的な取り組みとして進めていこうという体制が作られています(図1)。

図1 学内の実施体制

5.現在得られつつある成果

 平成27年度には、予定されていたPROGテストを4月早々に新入生全員に実施しました。7〜8月には企業と卒業生を対象にアンケート調査を実施し、11月にはIRコモンズの実施する教学比較IRプロジェクトに参加し、1年次と3年次学生を対象にお茶の水女子大学の教育開発センターの提供するサーバを利用させていただき、オンラインでの学修行動調査を実施しました。12〜1月にはアンケートに回答のあった企業から、自由記述に記載のあった10社を選んでインタビュー調査を実施しました。これらのテストや調査の結果の多くはまだ分析の途中ですが、いくつかの有用な成果が得られています。テストや調査結果の概要は、FD研修という形で、全学の教職員に共有されています。
 PROGテストについては、個々の学生に各自のテスト結果をフィードバックしています。個人ごとのテスト結果は、汎用能力や社会的コンピテンシーをのばす方法を記載した小冊子とともに1年次演習などを通じて配布されました。聞き慣れないテストであることや、大学生に成り立てでいきなり社会人になったときに必要な力をつけろと言われてもピンと来ないのでしょうか、新入生たちの反応は今ひとつ良くありませんでした。3年次でもう一度同じテストをすることも知らせてはありますが、学生から見た2年先は遠い将来なのかもしれません。学生の反応を見る限り、2年後の大きな伸びはあまり期待できないかもしれません。全人的な人格・人材育成を狙うのであれば、これは今後なんとかすべき課題となるでしょう。ただ、その2年間に、学生がどのような学修態度や学生生活を送ったかということと、汎用能力・社会的コンピテンシーの伸びを関連づけて分析することで、どのような学修態度や学生生活の送り方が推奨できるかということを知ることができると期待しています。
 卒業生へのアンケート調査では、卒業生が在学中にもっと勉強しておけば良かったことの共通点として、2つのリテラシーの柱が見えてきました。1つは英語力で、もう1つがICTリテラシーでした。これらは、ちょうど本学グランドビジョンとして取り上げている育成する人物像に対応しています。つまり、国際的な視野をもった地球市民としての女性と21世紀の高度情報化社会に対応できる女性の2つです。今後これらのリテラシーを強化していくべきであるとしている本学の教育ビジョンは間違っていなかったということが分かります。それと同時に、これまで提供してきた教育内容・方法では不十分であったと卒業生が評価しているわけですから、今後どう強化するかが問われています。
 IRコモンズと共同で実施した学修行動調査は、学外サーバを使ったオンライン調査でした。学生たちは、一旦学内の認証サーバで本学の学生であることを確認した後、学外の調査サーバでのweb調査に回答しました。ある学生の調査データが、仮に途中で調査を中断しても継続的に記録できるように、学生には一意に決まる番号が必要になります。本学では、対象学生の学生番号から一方向性関数を使って暗号化し専用のID番号を生成し、お茶の水女子大学のサーバはこのID番号を用いて調査を実施しました。この方法で学生の個人情報が学外に出ないようにすることができます。多くの学生が自分のスマートフォンで参加しました。最終的には約半数の学生が参加しましたが、スマートフォンのOSのバージョンによっては認証が正常にできないことがあったことが分かりました。オンライン調査はこのような技術的問題はいくつか起こりますが、集計コストを低く抑えることができ、継続的な教学マネジメントのためのツールとして今後中心になってくるでしょう。IRコモンズでの教学比較IRに参加した大学は、平成27年度は本学以外に1校しかなかったようですが、平成28年度に予定している大学が複数あると伺っています。多くの大学が参加することにより、サンプル数が増えることによって学生全体の傾向をより正確に把握することができますし、学生の属性分布や学修行動の幅が広がることで、教育改善に使える知見が増えることが期待できます。
 企業へのアンケートとインタビュー調査からは、卒業生たちの活躍の様子が分かりました。特にインタビュー調査に応じてくださった企業担当者のほとんどが、自分の頭で考えられる基本的な頭の良さ、まわりへの配慮、真摯に取り組む姿勢などを評価してくれており、汎用的能力や社会的コンピテンシーの双方が高く評価されていました。インタビューに応じてくれる企業ということでサンプルが偏っていますから、手放しで喜んでいてはいけませんが、これまでの教育が一定の成果をあげてきたということが分かりました。

おわりに

 本学では教養教育の成果を可視化していく試みは始まったばかりですが、すでに有用な知見がいくつも得られ始めました。可視化すれば、それをなんとかしなければという意識が生じます。それは教育を提供する側だけでなく、学習する学生の側にも生じていきます。そのなんとかしたいという気持ちを具体的な教育内容・方法、学習方法、制度にして、教育改革のサイクルとして恒常的に回せる、無理なく改善していけるしくみをつくるのが今後の課題です。

文献
[1] 大森不二雄 (2012). 英国の大学の質保証システムと学習成果アセスメント. 国立教育政策研究所:学習成果アセスメントのインパクトに関する総合的研究, 72-105.
http://www.nier.go.jp/koutou/seika/rpt_01/pdf/08_chapter_4.pdf
[2] 篠田道夫 (2009). 教学マネジメントの推進 “学生中心”へ教職の本格協働. 教育学術オンライン, 2352.
https://www.shidaikyo.or.jp/newspaper/online/
[3] 松下佳代 (2012). パフォーマンス評価による学習の質の評価. 京都大学高等教育研, 18, 75-114.
http://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/kiyou/data/kiyou18/07_matsushita.pdf
[4] 笹川篤史 (2015). PROGテストを利用した学生の能力伸長分析について. 長崎大学経済学部研究年報, 31, 1-23.
http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp/dspace/bitstream/10069/35587/1/keinen31_1.pdf
[5] 鈴鴨よしみ(2014). QOL評価と心理尺度構成. 心理学ワールド, 65, 16-19.
(HYPERLINK http://www.psych.or.jp/publication/world_pdf/65/65-16-19.pdf)
http://www.psych.or.jp/publication/world_pdf/65/65-16-19.pdf
[6] 大学IRコンソーシアム (2014). 学生調査の実施.
http://www.irnw.jp/survey.html
2352/3_1.html

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】