大学の組織的な取り組みの工夫

アサーティブプログラム・アサーティブ入試と
新たな高大接続の可能性
〜追手門学院大学〜

福島 一政(追手門学院大学 副学長)

志村 知美(追手門学院大学 アサーティブ課長)

1.はじめに

 2008年に日本青少年研究所が米国・中国・韓国の同様の研究所と共同で行った「中学生と高校生の生活と意識に関する調査」によれば、「自分をダメな人間だと思う」という設問で「とてもそう思う」「まあそう思う」と答えた日本の中・高校生の割合は、中学生で56.0%、高校生で65.8%と4か国中特段に多くなっています。さらには、2015年に国立青少年教育振興機構が行った高校生対象の同様の調査でも「自分はダメな人間だと思うことがある」という設問でも「とてもそう思う」「まあそう思う」の割合は、72.5%と4か国中最も高くなっています。日本の中学生・高校生は「自己卑下感情」がとても強いと言えるでしょう。
 注目すべきは調査対象となった中学生・高校生たちが現役の大学生になっているということです。
 一方で、教師の実態はどうなっているのでしょうか。OECDが2013年に行った中学校の教師を対象とした「国際教員指導環境調査」の報告書で、調査国(33か国)の中で、著しく「教員の自己効力感」が低いことが報告されています。「批判的思考を促す」「勉強ができると自信を持たせる」「関心を示さない高校生に動機付けする」「学習の価値を見出す手助けをする」の4項目について、調査国平均では、どの項目も70%から85%あるのに対し、日本の教師は、どの項目も15%から26%程度しかありません。高校の教師の実態はデータが無いので確実なことは言えませんが、中学の教師とそれほど大きくかけ離れた実態にあるとは考えにくいと思います。
 こうしてみると、自己効力感の乏しい、いわば教えることに自信の無い教師が多数存在する中で、自己肯定感の乏しい高校生が多数存在する、その高校生たちが大学に進学する時代になっている、という構図が浮かび上がってきます。
 では、筆者が実際に接している学生たちの実態はどうなっているのでしょうか。追手門学院大学の場合、筆者が赴任した2013年よりも以前の入学者たちが、本学を第一志望としていた割合は多くても3割程度でした。高校時代に偏差値で大学選びをし、自分の将来や大学で何を学ぶか、について真剣に向き合って考えている学生がいかにも少なすぎる実態がありました。
 このことは、日常の講義の受講態度にも反映します。授業改善やFD、初年次教育、入学前教育などにも旺盛に取り組み、それなりの成果も生んでいますが、それだけでは抜本的な解決とはなりません。
 聞けば、他大学でも、あえて言えば国立大学でも同様の事態が起こっているとのことです。
 中央教育審議会答申などでも、現在の大学教育に関する提言が矢継ぎ早に出されています。しかしながら、将来、社会の中核的働き手として活躍するであろう、学力的にヴォリュームゾーンの高校生一人ひとりが基礎学力の向上を図るとともに、その進路を、彼ら自身が自らの多様な資質に気が付いて決めることができるようにしなければ、抜本的な大学教育改革は成立しないだろうと考えました。いわば、高校生が、入試の前に基礎学力の向上と大学で学ぶ意味や自らの将来を考えて、自ら進路選択ができるように「育てる」ことが、これからの高大接続や大学入試にとって必要だということです。
 本学で2014年度から始めたアサーティブプログラムは、本学の求める受験生像に「育てる」取組として考えました。アサーティブ入試は、アサーティブプログラムを体験したうえで本学に入学したいと本気で考えるようになった受験生が受けることができる入試としました。
 なお、この取組は、文部科学省の2014年度「大学教育改革推進加速プログラム」の「入試改革」領域で採択されています。同時に採択された大学は、お茶の水女子大学・岡山大学で、私立大学では本学のみでした。

2.アサーティブプログラム

 まず、「アサーティブ」の意味について解説します。本学では、「相手の意見に耳を傾けながら、自分の意見や考えを主張することができる態度、自分を知り表現することが大切になる」という意味で使っています。
 アサーティブプログラムで期待しているのは、受験生が自らの意志で大学進学を希望し、主体的に学ぶ姿勢とアサーティブな態度をもって1シラバスの活用、2授業への参加意思の向上、3各種活動への積極的参加、ができるようになって欲しいということです。
 このプログラムは、高校1年生から3年生を対象とし、大学で学ぶことへの期待を高め、主体的に学ぶ姿勢を育て、大学・学部・学科の選択肢を自分で選んで決断することの大切さに気付いてもらうことができるようにしています。
 アサーティブプログラムは、次の3つの要素で構成されています(図1)。

図1 アサーティブプログラム、アサーティブ入試の流れ

 第一は、アサーティブガイダンスと個人面談です。ガイダンスでは、アサーティブプログラムの内容の解説とアサーティブ入試との関係について話します。個人面談は、ガイダンスを聞いて、アサーティブプログラムを受けてみようと考えた高校生に対して行います。この個人面談は、アサーティブプログラムと同入試を受ける際の必須条件にしています。個人面談の内容は、将来何をしたいのか、そのための進路はどういう場がいいのか、それが大学だとすれば大学や学部はどのように選択するのか、などについて、高校生自らの意志で決めることができるように導きます。学力に自信の無い高校生には、基礎学力の大切さを説き、MANABOSSを活用するようにすすめます。やりたいことがまだはっきりしない高校生には、自分の人生を振り返りながら、将来何をしたいのかじっくり考えるようにアドバイスします。個人面談は、ガイダンスやオープンキャンパスのあるたびに何回でも受けることができますので、2015年度も100名以上の高校生が複数回受けています。
 面談対応は本学の専任職員が行います。面談を行う職員は、最近の高校生の実態や個人面談の心得などの研修を受け、年齢や男女、様々な個性や所属部署などを考慮して選任しています。現在、50数名の職員が携わっています。面談者は、面談体験を交流して以後の改善に役立てるためにケースカンファレンスも実施しています。
 このガイダンスと個別面談を受けることは、アサーティブ入試を受験する条件ですが、逆にガイダンスや個別面談、プログラムを受けてもアサーティブ入試に出願しなくてもかまわないとしています。一人ひとりの高校生が、自らの将来を考え、自ら進路を決断するようにするわけですから、その意思を大切にするということです。ですから、このプログラム全体を通して、本学への志願を強調することはありません。
 第二は、MANABOSSです。これは、本学が独自開発したシステムで、基礎学力を見直し、計画的な学習を立てることに活用でき、考える力と発信する力を養うことができるよう設計されています。パソコンでもタブレットでもスマホでも利用できます。いつでもどこでも利用できるということです。プログラムの個人面談を受けた高校生のみが利用登録することができます。
 内容は、「基礎学力」と「追手門学院バカロレア」で構成しています。「基礎学力」は、「言語能力問題」と「非言語能力問題」で構成しています。問題は5択で、全部で約2400問搭載されています(2015年度)。「言語能力問題」は現在のところは国語(現代文)の問題となっています。二語関係、反意語、ことわざ、熟語、言葉の用法など13ジャンルに設問を分類しており、国語の中でも、どの領域が得意なのか不得意なのかわかるようになっています。「非言語能力問題」は、今のところ数学の問題となっています。国語と同様に、推論、確率、損益算、表の読み取り、集合など15ジャンルに設問を分類しています。これらの設問は、各ジャンル別に達成度がグラフで示され、得意、不得意が明らかになるために、学習達成度と学習計画の目安が立てやすくなります。問題の難易度レベルは、高校1年生程度までとしています。
 なお、2016年度からは、英検協会のご協力により、英検の1級から5級までの過去3か年の「問題」を搭載することにしています。
 「追手門学院バカロレア」は「バカロレア問題」と「バカロレアバトル」で構成しています。問題は、たとえば「あなたはこの瞬間存在しますか。もし存在するとすればどのようにそれを証明しますか?」という、答えが一つではない問題を搭載しています。自分の考えを記述したうえで「バカロレアバトル」で他の登録者の考えを見ることができ、その答えにさらに意見を書くことができます。SNSの機能を使っていますので、最近の高校生は自由にやり取りができ、一つの問題でも、様々な人がいろいろな考えをするのだということを実感でき、改めて自分の意見を考える訓練にもなります。アサーティブな精神を養ってもらうことができるよう構築しています。
 第三に、アサーティブノートです。このノートは、高校生自身が思うこと、感じたことを整理し、しっかりと書き止め、読み返すことにより自分の成長を感じることができるノートです。本学が独自に製作したノートですが、自分を主語にして書くことを唯一のルールとしています。誰かに見てもらうノートではないので、自らの主体性を確立するためのツールとして使ってもらおうと考えています。

3.アサーティブ入試

 アサーティブプログラムを受けて、本学に進学して学びたいと自ら決断した高校生が、プログラムの成果を発揮できるアサーティブ入試に出願できます。先述のように、アサーティブ入試に出願できる条件として、最低1回の個人面談を必須としています。入試は、1次試験と2次試験があります(図1)。
 1次試験は、グループディスカッションと基礎学力適性検査です(2016年度入試までは1次試験はグループディスカッション、2次試験は基礎学力適性検査と個人面接でした)。グループディスカッションは、5〜6名を1グループとし、約30分間ディスカッションしてもらいます。テーマは、「動物園の動物は幸せか?」(2015年度入試)というように、答えが一つではないような課題を出します。先述のMANABOSSのバカロレアバトルでの経験が生きるようにしています。このディスカッションの評価の基準は主体性や協調性、論理性などアサーティブな態度があるかどうか、において合否を判定します。グループディスカッションの合否の判定は、本学の専任職員(プログラムで個人面談を担当している職員)が行います。基礎学力適性検査は、MANABOSSに搭載している問題と同じ形式、同じ難易度レベルで出します。国語、数学各20問で100点満点とし、60分の試験時間です。グループディスカッション、基礎学力適性検査のそれぞれで採点し、それぞれが一定水準以上の受験生を1次試験の合格とします。
 2次試験は、個人面接です。この面接は、受験生1人に対して、本学の専任教員と専任職員各1名で行います。評価の基準は、志望理由、学問に対する意欲や知的関心などがあるかどうか、などにおいて合否を判定します。

4.2年間の実績

 この取組を初めて2年が過ぎましたが、面談者延べ数710名(高1〜高3)、志願者数も290名(高3のみ)と2年間で3倍以上となりました(表1)。高校生からすれば、相当面倒くさい入試にもかかわらず、これだけ多くの志願者があったということは、筆者にとっても大きな自信になりました。
 初年度の入学者に対して昨年の5〜6月にヒアリング調査しましたが、ほとんどの学生がシラバスを活用し、授業もまじめに出席し、様々な活動に積極的に参加しており、大学が楽しいと感じていることが分かりました。2015年度前期の成績も他の入試で入学してきた学生と遜色ないものでした。なかには、GPA平均4.0の学生までおりました。彼らが4年間の中でどのように成長していくのかを楽しみながら追跡調査をして制度の改善につなげていきたいと考えています。

*ガイダンス参加者、個別面談者数は高1〜高3

5.新たな高大接続の可能性

 本年3月に、文部科学省の「高大接続システム改革会議」の最終報告が公表されました。高校教育、大学教育、入学者選抜の一体的改革を提起しています。2年にわたる議論の中で、大学入試センター試験の廃止と高等学校基礎学力テスト(仮称)や大学入学希望者学力評価テスト(仮称)の導入などを始めとした、抜本的な問題提起となっています。矛盾や問題点を多くはらみながらも、これまで慣れ親しんだシステムを大きく改革しようとするわけですから、いくつもの実践事例を生み出さなければならないでしょうし、定着するまでには相当な時間もかかると考えています。
 本学のアサーティブの取組は、その実践事例の一つに十分なりうると確信しています。
 本年3月15日に、滋賀県教育委員会と本学が連携協力協定を締結しました。内容は、滋賀県立高等学校の高校生を対象とする多様な学習機会の提供、追手門学院大学の教職員、大学院生、学部生による学校教育活動への支援の推進、追手門学院大学と滋賀県立高等学校の教職員相互の交流・研修の推進などとなっています。具体的には、県教委が指定する高等学校5校の高校生に対し、在校する高校生の、大学で学ぶ意欲を高め、その志を喚起する取組、高校生による自律的学習の充実に資する取組などを本学が開発したシステムなどを提供して活用することとしています。個別の高校はそれぞれの事情がありますし、画一的にはいかないと思いますので、5校の高校とそれぞれ協議しながら最適なプログラムにしていきたいと考えています。当然のことながら、この取組は、5校に在校している高校生の本学志願を前提としていません。新しい高大接続の在り方に向けてのチャレンジと考えて取り組みたいと思います。

6.今後の課題

 本学のアサーティブプログラムとアサーティブ入試は、新たな高大接続の在り方に向けても展開し始めましたが、このプログラムと入試の精度を一層確かなものにする必要があると考えています。そのために2015年6月にアサーティブ研究センターを立ち上げました。今年度からは、この研究所とベネッセ教育総合研究所とで共同研究することも決まりました。目的は、アサーティブプログラム・アサーティブ入試の施策の成果を検証するなかで、入学前後の学生の学びと成長を追跡する総合的なアセスメント手法とそれに基づく成長要因のモデルを開発する、ということです。
 MANABOSSの充実に向けては、搭載する問題数を1万問程度まで増やす必要があると考えています。このシステムを他大学にも提供し、コンテンツ開発も共同でできないか、いくつかの大学と協議も始めました。また、アサーティブプログラムの開発・実施と新たな高大接続の開発・実施などを任務とした、アサーティブ課も本年4月に発足しました。体制も改善し、課題も明らかですが、まだまだ手探りのところもありますので、多くの方々のご意見もいただきながら、初心を貫徹できるようにしたいと考えています。


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