大学の組織的な取り組みの工夫
野村 純(千葉大学 次世代才能支援室教授)
グローバル化の中、科学・技術立国を目指す日本にとって優秀な理系グローバル人材養成は今後の持続的発展に不可欠です。一方でグローバル化に伴い人材の流動化が進行し、また、教育におけるグローバル化も進んでいます。この中で日本の大学が国際的競争力を保ち、人材を輩出し続けるための改革が急務となってきています。
さらに、高大接続システム改革会議において示されたように人材養成は単に大学のみの教育改革により改善されるわけではありません。このため高大一貫での教育体制構築により更なる人材養成力強化が求められています。
この変革の中、本学は競争力強化の一つの柱として、理系に強い総合大学としての強みを生かし地域の教育力を向上させることで人材養成力強化を図っています。
この取り組みの一つとして「次世代才能スキップアッププログラム」により大学での学びを高校に提示することで、大学としての高大一貫養成のモデルを提示するとともに、大学教員のみならず高校教員をも含め、人材養成に対する意識改革に取り組んでいます。
有数の歴史と規模を誇る本学は、本学の鐘に刻まれた「つねに、より高きものをめざして」をモットーに、これまで探求・継承してきた普遍的な学術真理をさらに追究しています。さらにスーパーグローバル大学として、グローバル・キャンパス・千葉大学を標榜し、全学体制でのグローバル人材育成を推進している。この中でさまざまなグローバルリーダー養成プログラムを実施し、グローバル社会に求められる新しい価値の創造を目指しています。
本学は教育理念実現のために4つの方略、A)文理融合の理念に基づく学際的な教育研究を推進、B)世界的教育研究拠点を形成し得る分野を重点的に育成し、その高度化を推進する高度専門職業人養成、C)放射線医学研究所や京葉工業地帯など学術や先端的ビジネス等の多くの拠点や成田国際空港に近接する立地条件を存分に活かし、地域および国際社会に開かれた大学をめざす、D)グローバル時代に輝く人材養成の方針として学生の個性と自主性を重視した教育を推進しています。
特に、個性を重視する教育として大学教育へのアクティブ・ラーニングの積極的導入があります。新たに開設したアカデミック・リンク・センターは学習コンテンツ、共用空間、人的支援の3本柱により、学生の自学自習の精神を育む大きな推進力となっています。
また、平成28年度より国際教養学部を開設し、文理融合での人材育成と入学後の適性に応じた進路選択を可能にする新たなシステムの導入により、これまでにないグローバルリーダー人材養成への取り組みを開始しました。
さらに、大学の世界展開力強化事業として高い評価を得ているツインクルプログラム(http://www.twincle.jp/)では、理系研究科大学院生と教育系大学院生のユニットによる、理系院生の研究内容をベースにした教材開発を協働で行うとともに、英語授業化し、ASEAN諸国の大学と連携し、ASEAN諸国の高校生に対し日本の科学・技術文化に基づく科学教育を展開する新たな海外教員研修プログラムを推進しています。この取り組みはASEAN諸国においても高く評価されています。この活動により、本APプログラムの取り組みとともに7カ国15大学63高校(日本31校、ASEAN32校)の科学教育コンソーシアムが構築されています。
本学が新規に開発した実験装置PDLは大学の教養教育、特に物理分野での実験教育において、個人個人が個別に実験装置を組み立て、これを用いて学習を進めることを可能としました。本学ではPDLを用いた大学科学教育の改革を行い、教養教育における理数教育の学習の質と効率が飛躍的に向上しています。これは見学ベースで行われていた教養の科学教育を、学生による課題解決型教育へと変貌させた重要な改革です。この改革の中心となったPDL実習機材は教育学部と理学部教員の協働により開発されたものであり、文理融合による教育研究の典型例であります。
(1)個性を生かす取り組み〜飛び入学による早期才能育成
本学が誇る個性を生かす教育活動には、国内で最も早く着手し、平成10年より実施している先進科学プログラムによる「飛び入学」があります。「出る杭人材」をいち早く大学に入学させ、それぞれの特性にあった個別教育を徹底することで、ユニークで優秀な人材を数多く輩出し続けており、すでに半数近くが博士課程後期に進学するなどその成果は広く認められています。さらに昨年度からは他大学に先駆け「秋飛び入学」を実施しています。また早期海外派遣によるグローバル人材育成にも力を入れており、北米を中心に、さまざまな派遣・留学プログラム、成田空港という地の利を生かした海外研究者の来日、帰国時のショートセミナー開催などを実施しています。この他にも優秀かつユニークな人材を募集する取り組みとして理学部、工学部、園芸学部による理数大好きプロジェクトがあります。多彩な人材選抜の方略としてAO入学、推薦入学とともに活用されています。
(2)高大連携と高校生を対象とした早期からの人材育成
本学は高大接続による高校生の学びの支援を積極的に推進してきました。高等教育研究機構に高大連携専門部会を設置し、理系人材養成に関する高校との取り組みを推進しています(図1)。教育学部には教員養成に関する高大連携室を設置し、高校と協働による教員養成コースの開設等文系における高大連携も積極的に推進しています。
図1 千葉大学の高大連携の歩み
(3)高大連携と中高校生を対象とした早期からのグローバルな能力を持つ理系出る杭人材育成
本学は高大接続および「出る杭」高校生の学びの支援を積極的に推進してきました。この推進役として本学を中心に、千葉県、千葉県・千葉市教育委員会をはじめ、産業界、マスメディアが一体となった協力体制(コンソーシアム)を形成しました。このコンソーシアムによる高校生理科研究発表会は日本全国から高校生が応募する盛大な研究発表会であり、昨年度は322演題の発表があり1大学主催の発表会として日本最大規模です。
また、教育学部、先進科学センターおよび高大連携専門部会が平成20年より実施してきた「未来の科学者養成講座、次世代科学者育成プログラム」ではPDLを活用することで、国際物理、生物オリンピックでメダル受賞者を出すなど具体的な成果を上げています。さらに5年前より中高校生理系グローバル人材養成を開始し、グローバルに科学教育を推進する文部科学省大学の世界展開力強化事業「ツインクル」プログラムとの連携により、中高校生向け「英語での実験講座」を定期開催するとともに、毎年3月には高校生を対象とした国際研究発表会を開催しています。さらにフィンランド、シンガポール、イギリスの国立教育研究所等との連携による、科学・理科教育研究を精力的に進め、科学・技術人材をグローバル人材としての視点から選抜・養成する様々な手立てを準備しています。
高大連携での理系研究・技術・教育人材の発掘と養成を目指すとともに将来、次世代のグローバル理系人材として国際舞台で活躍していくために必要なグローバルコミュニケーション力の実践的伸長を目指すものです(表1)。これらにより、自分の研究やアイデアを科学的に表現・アピールする力を身につけ、さらに同じ研究分野に取り組む仲間との出会いを通じて、互いに切磋琢磨しながら真摯に研究に打ち込む姿勢を育成することを目的としています。
表1 次世代才能スキップアップ講座
(年間活動例)G-スキッパー:課題研究支援コースの選抜者
このために本プログラムでは次に挙げる3点を重点的に実施しています。
グローバルな視点を持った理系人材養成
大学レベルの高度な科学教育プログラム開発・実施
高大連携での千葉県全域のSSH化です。
この3点を実現するために本プログラムの活動は大きく3つの柱よりなっています(図2)。
図2 「次世代才能スキップアップ」プログラムの広大接続教育の3本柱
1)高校生に対し、大学の教養レベルの学習内容を体感させることで大学での学びを理解し、進学への動機付けを促進する「基礎力養成講座」、2)高校生の探究活動を支援するとともに早期からのグローバルリーダーとしての理系出る杭人材の発掘と養成を目指す「課題研究重点支援」、3)高校のグローバル化教育を支援する、本学の留学生及び海外研究者を活用した「グローバル教育支援活動」です。
(1)基礎力養成講座
「基礎力養成講座」は大学教養レベルの実験実習内容を中心としています。これは高校では物・化・生・地という括りになっている理科教育や数学、技術、家庭科などの分野枠の中では捉えきれない大学での多岐にわたる学びを理解することを目指しています。例えば工学部のデザイン学科などを代表とするさまざまな複合的領域の学問など、高校生の学びからは想像しにくい領域への理解を進め、より的確な進路選択を可能とすることを一つの目的にしています。また、学問領域は、それぞれ独立しているわけではなく、たとえば生物学といえどもその根底には熱力学の知識が必須であるなど、各領域に渡る学問であることへの気づきもたらすことも重要な目的です。
次世代才能スキップアッププログラムでは本学の理系分野をその特徴から「健康・医療」「テクノロジー」「総合サイエンス」の3分野に分け、講座を実施しています。年間6〜8講座を開講し、通年を通して受講するコース生と、特に興味を持っている講座に参加するオープン生に分け募集を行っています。この結果、平成27年度は総勢107名の受講生が参加しました。このうち全講座のうち8割以上出席した37名のコース生が修了証書を手にしました。
(2)課題研究重点支援
「課題研究重点支援」はG-スキッパーとして選抜された受講生が自ら立案した課題を大学の設備などを使用して実施するものです。大学教員及び院生・学部生の指導のものと実験手技を習得するとともに課題研究を通して、高大接続改革プロジェクトチームが定義する「学力の3要素」を習得するものです。このコースはSSH活動や総合の時間などでの探究活動に対し大学がモデル活動を高校側に提示することをも目的としたものであり、受講している高校生の学びを通して高校教員の探究活動に対する意識改革を進めることも狙いの中に含まれています。したがって受講生は修了時に英語でのポスター発表を行うことが義務付けられています。
(3)グローバル教育支援活動
「グローバル教育支援活動」は高校が取り組んでいるグローバル教育を支援するとともに、高校教員との協働活動により、より密接な関係を築くための手がかりとして非常に有効な活動です。
国の方針に基づき、高校ではさかんに高校生のグローバル教育が行われており、SSH校の海外派遣や高校生による英語ポスタープレゼンテーションが各地で開催されています。しかし、現実には高校生同士は日本語で討論しているなどグローバル化教育としての効果は限定的でした。このため本プログラムではスーパーグローバル大学としての本学の教育リソースを高校生のために活用し、より実効的な活動となるように支援しています。本プログラムの中では高校への留学生派遣による科学教育活動の支援、年3回の国際研究発表会開催を行っています。これにより高校生も国内にいながら英語による発表と討議の機会を得ることができ、英語での発表への心理的ハードルが下がり、積極的に取り組みことが示されました。特に年度末の3月に行う国際研究発表会ではASEAN諸国の連携大学及び高校の研究者・教員40名以上を招聘し、彼らによる評価を実施しています。本年度は44の発表と総勢200名に及ぶ参加者を迎え盛会となりました。
この活動は一方でASEAN諸国の大学および高校教員にも新鮮であり、日本の高校との交流の希望が多く寄せられており、本コンソーシアム内での国際交流活動が活性化へ向けて発展しています。
前述のように、すでに高大連携に関する取り組みは長年にわたり行われています。この活動を統合し、さらに国際的なコンソーシアムへと発展させることでプログラム実施を可能としました。
(1)学内体制
学内体制としては〔G-スキッパー〕養成のための様々なプログラムを一括管理するための組織として高等教育研究機構に「次世代才能支援室」を設置し、ここが中心となり全学組織としてプログラムを推進しています。
(2)千葉県全域を含む関東圏科学教育コンソーシアム形成
本プログラムを効率よく運用し、本学の理系総合大学としての特徴と千葉県が持つ教育リソースを最大限に生かす体制となっています。すなわち、本学と近隣都県を含む県下の高校、教育委員会が連携することで高大連携コンソーシアム「全県域SSH体制」を創出しました。現在、プログラム参加校は千葉県内にとどまらず東京を含め32校となり、活動の範囲が拡大しています。これによりSSH校以外でも生徒がSSH活動に準じた教育を受ける機会が生み出されています。さらに県内高校を中心とする重要拠点には戦略的にWeb会議システムを導入し、強固な連絡・情報共有体制を構築しています。これは「次世代才能スキップアップ」プログラム実施の基盤として地域の科学人材育成力を強化に繋がっています。これまで高校の教員の異動により、高大で構築した緊密な連携関係が年度をまたぐことで消滅しがちでありましたが、定期的に話し合いを行うことで引継ぎを含め、毎年の活動がスムーズに行われるようになり、教員間での情報共有が可能になってきています。
(3)グローバル教育体制
千葉大学‐ASEAN主要大学・高校によるグローバル科学教育推進「ツインクルコンソーシアム*」と協働することで、千葉大学、千葉県、ASEANを繋ぐ科学教育グローバル協働コンソーシアムが拡大しました。これにより海外教育機関と協働したグローバル人材養成プログラムの開発が可能になり、日本の高校生のグローバル化支援体制が構築できました。
これまでの高大連携の活動に加え、次世代才能スキップアッププログラムを介して高校とのさらに密接な関係の構築が進みつつあります。特にグローバル教育支援は多くの高校教員が積極的に参加しており、大学が取り組む本プログラムへの信頼感を増す要因となっています。この関係を活用し高大での協働教育の機会を拡大するとともに、現在まさに大学を挙げて取り組んでいる入試の多様化に関しても積極的に関与を深めています。多様な入試形態の中で本取り組みの成果が活用されることで高大一貫での教育体制が構築され、人材養成力が強化されることが期待されます。