特集 地域連携によるアクティブ・ラーニングの取り組み(1)

島根大学COC事業における
地域志向教育の取り組み
〜島根大学〜

中野 洋平(島根大学 地域未来戦略センター講師)
高須 佳奈(島根大学 地域未来戦略センター講師)

1.はじめに

 島根大学(以下、本学)は、平成25年度文部科学省「地(知)の拠点整備事業」(以下、COC事業)、同27年度の「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業」(以下、COC+事業)の採択を受け、地域に根差した大学として、全学を挙げ地域志向の大学改革を推進しています。
 本稿は、主にCOC事業で取り組む地域を志向した教育について、その仕組みや地域との連携、具体的な実践等を明らかにすることで、地域とともに学生を育てようとする全国諸大学の取り組みに貢献することを目的とします。
 なお、本稿で取り上げる事例は平成25年度から同28年度6月までのもので、COC事業及び大学改革は継続中であることから本稿に記した教育体制や内容は今後発展的に変化していく可能性のあることを予めお断りしておきます。

2.地域志向教育の強化

 周知の通り、COC事業は大学がもつ教育・研究・社会貢献という役割において、地(知)の拠点としての機能を強化する取り組みです。本学は、「課題解決型教育(PBL)による地域協創型人材養成」の事業名称で申請、採択されました。
 申請の背景にあるのは、人口減少や過疎、産業・市街地の空洞化や地域医療危機といった島根県が抱える多様かつ深刻な地域課題の存在でした。これらに対して、課題解決を担う人材の育成、課題解決に資する研究の推進を全学的に展開するための取り組みがCOC事業です。事業の詳細は本学ホームページ[1]にありますので、ここでは教育面の取り組みについて学士課程に限定して紹介します。
 これまで学生教育からみた本学と島根県諸地域との関係は、学部学科それぞれの専門教育が中心でした。そこで目指されているのは、地域を素材に、あるいは地域をフィールドとした専門的な知識・技能の修得と向上です。
 このような専門教育の一方で、COC事業で構想されたのは、「専門的な知識・技能を地域へ“活かす”ための全学的な地域志向教育」でした。すなわち法文学部、教育学部、医学部、総合理工学部、生物資源科学部それぞれで地域課題解決能力を有した人材を育成し、多様な地域課題に対応することがねらいです。
 事業の採択を受けて、「地域基盤型教育」と「地域課題解決型教育」という二つの観点から共通教養教育と専門教育を見直しました。これは学部学科における専門教育を中心に置いて、「地域基盤型教育」「専門教育」「地域課題解決型教育」という段階的な地域志向教育で人材育成を進めるためです。「地域基盤型教育」は、地域の現状と課題についての基礎的な学修であり、地域社会との関わりを通じ、大学で専門領域を学ぶことへの意欲を喚起するための教育を意味します。全学共通の教養科目である「教養育成科目」と学部の「専門教育科目」の内、この定義に合致する科目をベースストーン科目(以下、BS科目)と名付けました。
 BS科目の履修によって、学生は地域に対する基礎的な理解と地域志向を高め、それぞれの専門教育を受けます。そして専門的な知識や技術、経験を地域に活かすための教育が「地域課題解決型教育」で、実際の地域課題を題材に地域と連携したProblem/Project Based Learning(以下、PBL)という実践的手法を用います。この教育で養うべき力を表1に示す6つとし、これらに合致する科目をキャップストーン科目(以下、CS科目)としました。

表1 CS科目で修得する6つの力

課題発見力 地域を分析し、地域に介在する多様な課題を発見する力
企画・デザイン力 地域課題の解決へ向けたプランを企画・デザインする力
協創・協働力 地域課題の解決へ向けて地域のステークホルダーと協働する力
専門知識活用力 地域課題解決のために、自身の専門的な知識や技能を活用する力
イノベーション基礎力 地域課題解決において、新しい提案を積極的に行える力
プレゼンテーション力 地域の魅力や地域課題解決のプランを外部に発信する力

 以上のような地域志向教育を実践するため、平成26年度と27年度に教養育成科目と専門教育科目として開講されているすべての科目に対して、BS科目及びCS科目に該当するか調査し、内容を精査した上でBS科目・CS科目に指定しました。平成28年度6月時点ではBS科目数70(教養育成科目44、専門教育科目26)、CS科目数73(教養育成科目5、専門教育科目68)が指定されています。今後、この調査・指定は毎年度行い、あわせて内容改善を図っていく予定です。

3.COC人材育成コースと地域貢献人材育成入試

 上述の地域志向教育強化を基盤に、その理念を具象化した取り組みが平成28年度からのCOC人材育成コース(以下、コース)の設置と地域貢献人材育成入試の実施です。
 コースは、将来、島根県を中心とした山陰地域において大学で学んだ専門的な知識・技能を地域へ“活かす”ことのできる人材の育成を基本的な目的として、各学部へ設置されました。平成28年度の定員は法文学部5名、教育学部7名、医学部30名、総合理工学部6名、生物資源科学部6名の計54名です。各学部ではそれぞれに地域貢献人材育成入試を実施し、コースへ所属する学生を選抜します。このような学部横断型コースの設置と特別入試の実施は国立大学では初めての試みです。
 コース所属の学生(以下、コース生)たちは、他の入試で入学した学生同様に学部学科での教育を受ける一方で、COC人材育成コースの教育プログラムに参加しなければなりません。その基本的な構成は図1のようになります。

図1 COC人材育成コース教育プログラム概念図

 コースの教育プログラムは大きく「正課」と「正課外」の2つに分けることができます。正課は、COC事業で強化した地域基盤型教育と地域課題解決型教育とで成っており、コースの学生は、コース修了要件として学部学科で定められたBS科目、CS科目、地域貢献インターンシップを段階的に履修しなければなりません。「地域貢献インターンシップ」はコース独自の地域課題解決型教育で、地域と大学との協働によるPBL型長期インターンシップです。
 これら正課科目に加え、正課外の活動が組み込まれており、地域未来戦略センター(後述)が担当するコース独自かつ共通の「COC人材育成コースセミナー(以下、セミナー表2)」と呼称しています。

表2 COC人材育成コースセミナー

 セミナーは、正課のプログラムを補完するとともに、卒後の実社会での活動に有益な社会関係を構築することを目的としています(表2)。「COC未来づくりセミナー」「COC入学セミナー」「COCフレッシュマンセミナー」「COC課題探求セミナー」という4種類のセミナーがあり、コースの学生は学部学科の定める要件にしたがって、これらセミナーに参加します。
 本年度4月には53名のCOC人材育成コース第一期生が入学し、本格的な教育が始まりました。

4.地域連携による教育の実践

 本学では、COC事業及びCOC+事業を統括する組織として学長を本部長とする「地域協創推進本部」を設置し、その直下の「教育企画専門委員会」で、全学的な地域志向教育について検討しています。事業推進の学内マネジメントと地域連携を担当する部署が「地域未来戦略センター」で、センター長以下、専任教員が配置されています。COC事業では、島根県、松江市、出雲市、安来市、雲南市、大田市と連携しており、各自治体の担当者と地域未来戦略センターが常に情報を共有して、大学と地域との間に立ち、双方の要望を結び付けて、地域志向教育強化につなげています。

(1)島根学の改善

 例えば地域基盤型教育では、教養育成科目の一つである「島根学」の改善が挙げられます。島根学はこれまで、島根県に関係し社会の第一線で活躍している方々を講師に招き、彼らの思考や実践を学ぶオムニバス形式の科目でした。COC事業採択を受けて、平成27年度から島根学を地域基盤型教育の中心的な科目とすべく内容改善に取り組みました。
 まず、授業目的を島根県の基礎的な現状と課題を知るための導入科目とし、“島根の地域資源”“島根の地域課題”“地域課題と向き合う”という三つの視点から授業を進め、島根が持つ地域資源と地域課題に対する理解を深める構成と改めました。各回は「人口減少と地方創生」「地域資源を活かしたビジネス」等、テーマに沿った内容とし、COC事業連携自治体を通して外部講師を依頼しました。
 島根学は大学ホールという講堂で実施されており、約250名が受講しています。より質の高い地域理解に向けて、平成27年度からは毎回の授業に受講自身が主体的に考え、意見を交換するための仕組みを導入しています。
 具体的には授業(90分)のうち、講義を60分とし、前後に導入(10分)とディスカッション(20分)の時間を設けました。講義前の導入では、クリッカーを用いて授業内容に関係するコミュニケーションを講師と受講生あるいは受講生同士で行います。例えば「島根の地域資源」というテーマの授業回では、講師から「あなたの島根に対するイメージは?」や「島根県の観光客入り込み数1位の施設は?」という選択式の問題を提示し、クリッカーで回答した後、なぜ自分がその答えを選択したのか、隣席の受講生と意見交換するワークを行いました。講師は、この回答状況を踏まえて講義を展開します。
 講義の後には、講師からディスカッションのテーマが示されます。上記の授業回では、「授業で扱っていない“島根の地域資源”を各グループで1つ以上提示して下さい」というものでした。受講生たちは立ち上がり、前後左右の5、6名がグループを作って10分間の議論を行います。議論の後には、複数のグループに意見をその場で発表させます。授業には講師の他に教員3名がファシリテーターを担当し、議論を進行します。
 授業実施後のアンケート等から、受講生には島根県諸地域に対する幅広い関心と理解が醸成され、他のBS科目を受講する動機付けとなっており、改善の成果が現れていると考えられます。

(2)地域連携型PBLの開発

 地域課題解決型教育では、地域未来戦略センターが平成28年度より教養育成科目に「地域課題解決プロジェクト」という学部横断型のCS科目を開講しています。これはCOC連携自治体が抱える実際の地域課題を題材としたPBLで、平成27年度には、科目開講のための試行を二件実施しました。
 一件目はJR西日本米子支社が企画した「山陰みらいドラフト会議」への参加で、地域資源の活用による地域課題解決をテーマに、JR西日本の特別寝台特急「瑞風」が中国地方を周遊することに合わせ、それを契機とした「山陰地域の盛り上げプラン」を、大学生が企画提案するという内容です。所属が異なる学生8名(法文学部3名、生物資源科学部4名、総合理工学部1名)が参加しました。
 プランの企画にあたって学生たちへは1瑞風運行を契機として、特定地域の地域課題を解決するプランを企画すること、2地域を松江市島根町とすること、3プラン作成には島根町の地域資源を用いること、という条件を提示しました。学生たちは島根町をフィールドワークしたり、住民たちとワークショップしたりしながら(写真1)、企画を練っていきました。

写真1 松江市島根町でのワークショップ

 二件目は、大学開放事業「中高生のためのデジタルファブリケーション入門講座」の企画運営です。大学開放事業は「大学の持つ『知』や『技』を広く地域の方々に開放する事業」として、市民へ向けて開催されているものです。本試行は、一件目が志向性を異にする学習者集団に対するPBLを通じて地域課題解決に取り組むものであるのに対し、二件目はPBLの取り組み方そのもののバリエーションを広げるべく、以下4つの目的を掲げました。1人を介在させて社会とのつながりを見出しにくいという課題を持つ理工系分野において、これをサービスラーニング型PBLで取り組み、その課題を解決すること、2地域資源であるプログラミング言語RubyおよびIT企業と連携すること、3スキル偏在・散在型の学生集団における、協働学習の効果を得るための施策を考案すること、4分野横断的教育として欧米で一般化しているSTEM教育に取り組みその学習効果を検証すること、としました。
 関連分野のセミナー開催による動機づけから、企画・開発をグループPBLで取り組み、その成果として、中高生を対象とした講座開催を行い、7名の学生(総合理工学部の3学科1〜3年生)が参加しました。また、学生らが講座の企画開発を行う際には、地元企業及び団体の協力を得ました。
 試行で得られた教育効果は、I. CS科目で修得すべき6つの力の涵養 II. 取り組みを通じた地域ステークホルダーとの関係構築 III.試行終了後も卒業研究で取り組みを継続しようとする、地域との協創を模索する志向の醸成が挙げられます。
 これらの成果を基に、平成28年度後期開講分の「地域課題解決プロジェクト」では大田市の健康まちづくりをテーマに、健康増進事業の改善案を検討する予定です。

5.おわりに−今後の課題

 以上、本学COC事業の地域志向教育について紹介しました。冒頭に記した通り、本事業は未だ途上であり、今後取り組まなければならない事項も多くあります。例えば、これまでに多くの科目がBS科目に指定されましたが、科目相互の関連性を確認した上で、総体的な地域基盤型教育の体系を構築し学生に提示していかなくてはなりません。
 地域課題解決型教育については、「授業を行う=学生たちが直接地域社会と関係すること」に対する、地域へのインパクトを勘案しつつ、いかに地域ステークホルダーと協働して、持続的な実施体制を構築していくのかが課題となってくるでしょう。
 また専門的な知識や技能をもった人材を育成するために、地域基盤型教育・地域課題解決型教育の他に、さらに二つの視座を加えた段階的な地域志向教育が必要なのではないかと考えています。
 一つは地域基盤型教育の前段で行う、地域との交流や体験を目的とした教育です。低学年の間に地域との体験的なつながりを豊かにすることで、充実した地域基盤型教育へと移行できるのではないでしょうか。
 もう一つは地域課題解決型教育の後段で行う専門知識と課題解決能力をもって、地域ステークホルダーとより創発的な実践を行う教育です。中長期のインターシップが考えられますが、実施へ向けての体制整備が課題となります。
 平成27年度からはCOC+事業における地域志向のキャリア教育の構築も始まっていますので、これらと合わせて、地域と連携した「島根」らしい人材育成を目指していきます。

関連URL
[1] http://www.coc.shimane-u.ac.jp

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】