特集 地域連携によるアクティブ・ラーニングの取り組み(1)
林 靖人(信州大学人文社会科学域 総合人間科学系 准教授 キャリア教育・サポートセンター 副センター長)
国立大学法人 信州大学(以下、本学)は、長野県松本市に大学本部を置き、長野市、上田市、南箕輪村の4市村に5つのキャンパスを有しています。各キャンパスは、長野県の主要な地域区分である「北信」、「中信」、「東信」、「南信」に対応するように位置しており、いわば『信州全域がキャンパス』のような状況です。
また、本学は国立学校設置法(昭和24年法律第150号)によって、松本医科大学、松本高等学校、長野師範学校、長野青年師範学校、松本医学専門学校、長野工業専門学校及び上田繊維専門学校、長野県立農林専門学校を包括・併合し、設立されました。それぞれは、地域の文化や産業に深く根付いた旧制学校等であり、『信州の学問知を統合する象徴』として信州大学は誕生した歴史を持っています。
現在は、全一年生が所属する全学教育機構をはじめ、人文学部、教育学部、経法学部(平成28年4月改組)、理学部、医学部、工学部、農学部、繊維学部の1機構・8学部において教職員2,500人、学部生・院生、留学生約11,000人が、信州の各地で幅広く、教育・研究活動を行っております。
この広域に配置された研究・教育の拠点と県内唯一の総合大学であることを活かし、全県的な産学・地域連携活動に取り組んで来たことが、信州大学の特徴とも言えます。現在、本学が取り組んでいる課題解決実践型学修(Project Based Learning:以下、PBL)の環境構築も、こうした地域との繋がりを基盤として進められています。
前述した成り立ちからも分かるように、従来、本学と地域は、「必要に応じて手を携える『連携』」というよりも、「個々の教員や学生が地域を意識し、繋がっている『連繋』関係」を構築してきたと考えております。
しかしながら、社会変化の中でその繋がりは以前とは様態が変化をしてきています。また、人口減少・少子高齢化問題をはじめ、個々の活動や特定の専門領域だけでは解決できない地域・社会の課題が増えてきました。
そこで、改めて産学官民が連繋し、次代の地域・社会の直面する課題に対応できる人材を育成することを目的として、本学は文部科学省の「地〔知〕の拠点整備事業(COC)」に応募し、幸いにも1年目に採択をいただきました(事業期間:平成25年度〜29年度)。
以下では、本学COC事業を通じた地域・社会との連携による課題解決実践型の教育環境の構築とその中で取り組んでいる具体的な授業開発についてご紹介をいたします。
本学のCOC事業は、「信州を未来へつなぐ、人材育成と課題解決拠点の形成『信州アカデミア』」と名付けられています(図1)。地域と協働して課題解決力を養う実践型教育環境を構築し、人材を育成していくことで、信州大学を地域の課題解決拠点にすることを目指して命名されました。
図1 信州大学の「地〔知〕の拠点整備事業」(COC事業)として提案した
「信州アカデミア」構想
この構想を実現するにあたっては、大きく3つの段階を設定しています。まず第1段階は、『課題解決知の形成』です。大学の教員は専門的な知識(理論知)を有していますが、そのままでは専門的過ぎて分かりづらかったり、現場での活用には実践的な要素の取り込みが必要となったりします。一方、現場で活躍する方々は優れた経験知を有していますが、暗黙知にとどまっていることも少なくないため、形式知として他者や後続者に伝える点で課題を抱えています。そこで本学のCOC研究員達が中心となって理論知と実践知を交流させ、これからの信州の未来を創るためにはどのような課題があるのかを考える対話(地域対話)を毎年実施しています。本学が設定する「信州の未来を創るための6つの地域課題」は、こうした地域との対話から導き出されています。
これら対話と課題設定を踏まえ、「課題解決知」に関する研究(地域志向研究教育開発のための補助事業)や教育準備(カリキュラム作成)を進めています。また、その際には地域の参加を前提としており、大学の教員や学生、地域の住民や行政、産業界が様々な形で交流する状況を創り出すようにしています。前述の対話の場以外でも、各人が気づきを得たり、新しいネットワークが生まれる機会をできる限り増やすためです。
このように地域と連繋した教育を進めるにあたっては、いきなり授業やカリキュラム等を創り始めるのではなく、取り組むべき課題を認識し、その上で理論知と実践知が交流することの必要性を理解してもらい、進めて行くことが重要だと考えています。
続く第2段階の『人材育成フェーズ』では、二つの側面から人材育成に取り組んでいます。一つは、「地域戦略プロフェッショナル・ゼミ(地域プロゼミ)」と呼ばれる地域人材の学び直し事業(地域貢献)です。現在は、本学が定める6つの地域課題の中から、「中山間地域の未来学」、「芸術文化の未来学」、「環境共生の未来学」の3コースを開講しています(例年10月〜2月)。それぞれのコースでは、中山間地の耕作放棄地を活用する新資源を学んだり、博物館等施設の利活用、鳥獣害対策の計画を策定するための知識等を現場で実践しながら学びます。
地域プロゼミは、次代の課題解決実践者を育成することが目的ですが、同時に地域と連携した学生教育を展開するための次代の人材(地域講師)を育成することも重要な目的です。地域プロゼミを通じて、各人が学生に対して自らの取り組みを伝えることができるように知識を体系化したり、フィールドでの学修効果を高めるような工夫をする志向性も身に付けていただきます。それにより、学生に質の高い地域教育が提供可能になると考えています。
なお、各コースのカリキュラムは、COC研究員(カリキュラム・コーディネーター)やアドバイザーを中心に、本学教員や地域の先駆的取り組みを担う方々が講師を担当します。大学の授業と同様に15コマで設計をしてあり、補助期間終了後に学内の教育プログラムとして活用(導入)することを想定しています。また、本事業は学生の参加も受け付けており、志望動機等の審査が通れば無料でワンランク上の課外PBLが受けられるようにしています(一般からは2万円の受講料を徴収し、地域プロゼミは受講料で運営をしています)。
一方、大学教育においては、課題解決知の形成から始まり、地域プロゼミで育成した地域人材等を活用しながら、「分野横断的な教育プログラム」の開発を進めています(図2)。本学の全教員が参加し、全授業を地域課題に基づいて体系化する作業を行いました。各教員が自らの授業を信州志向とグローバル志向、また6つ(キャリアを含めると7つ)の地域課題との関連性を位置づけたり、新たに授業の内容を課題に沿うように改訂等をしています。
図2 平成28年度改訂したシラバス検索システム
従来、地域と連携したPBL教育は一部の教員に限定的に展開されてきました。その理由は実施に必要な地域との連携体制の構築、地域に出るための金銭的負担、授業内容の設計など、通常の講義型授業の2〜3倍の負担が掛かるといった「コスト」がクリアできないことが原因と考えられます。
したがって、少しでも多くの教員にPBL型授業に参画してもらうためには、それら負担を軽減し、効率的・効果的に授業を進めるための仕組みが必要不可欠です。本学では、COC事業を通じて地域との連繋による循環型学習環境を構築することで、地域人材を導入した教育の質を向上させるとともに、課題解決実践型授業の実施における効率アップ、教員の負担軽減を実現することを進めてきましたが、さらにPBL型の授業の導入を促進するため、本学と自治体の連携協定事業に基づき、共同研究としてPBLを実施する方法の開発を進めています。
本共同研究事業は別名、「連携研究員制度」と呼んでいます。連携協定を結んでいる自治体から課題と研究費と人材(連携研究員)を大学に出していただき、職員のスキルアップをしながら協働事業によって地域課題の解決を試みる取り組みです。ただし、この共同研究には学生参加や授業の組み込みを条件としています。すなわち、PBLによる課題解決が中心的な手法となることが特徴です。
派遣方法は自治体の事情によりますが、連携研究員は最低週に1度以上は大学に来ることを条件としています。図3に示すように、連携研究員は、担当教員とともに共同研究課題を解決するための計画を策定することから始め、その分野に必要な知識を学修します。学修方法は、担当教員による個別研修や授業への参加もありますが、関連する教員の紹介、図書館等施設等も利用できるようにしています。この中で自らが取り組む課題について改めて体系化をすることで、職員の基礎スキルアップを図ります。続いて、知識の深化と創造を進めるため、連携研究員が授業においてゲスト講師やTAを担当します。人に伝えることでさらに知識に磨きが掛かるだけでなく、学生との対話を通じて客観的な意見を聞く中で課題解決の糸口を見つけます。学生にとっても共同研究への参加・地域の未来を担うという責任感、外部の講師による新鮮でリアルな学びに取り組む緊張感が得られることが質の高い学修に結びつきます。今後、連携研究員は複数の自治体から受け入れることを考えています。自治体職員同士が交流することになり、地域間・異分野連携が進み、一層課題解決策に深みが出ることを期待しています。
図3 連携研究員制度の概要
以下では、平成26〜27年度「大町市との共同研究」、平成27〜28年度「塩尻市との共同研究」で行った授業事例(一年次向け)を紹介します。
大町市との共同研究では、定住促進をテーマとして取り組みました。連携研究員は、人口推計手法や住民アンケートの設計等を学びながら、これからの地方におけるまちづくりの課題について、子育て、交通、福祉、住居等を研究する本学教員らのインタビューを実施しています。そして、その内容は授業等で学生にフィードバックし、中学生向けの定住意向アンケートを学生らと協力して作成しました。
また、実際に現地にもバスで赴き、地元の方々から話を聞きながら、地域のイメージ・課題を実感するフィールドワークを実施しています。さらに、これらを踏まえた上で今度は、グループとして地域に移住(U/Iターン)した方々へのインタビュー調査を実施し、そこから大町市の定住促進事業の提案を行いました(写真1)。
写真1
上段:大町市でのフィールドワーク
下段:連携研究員による授業風景
一方、塩尻市との共同研究では、地域の雇用創出をテーマに取り組みを行っています。こちらの授業では、様々な課外活動や発表の機会を設けた点が大町市との違いです。インタビュートレーニングでは、毎回塩尻市の連携研究員が講師を連れてきていただき、本番さながらの環境を用意しています。また、学生も授業外で自主的に塩尻市に足繁く通い地域の勉強を楽しく進めてきました。通常授業の2〜3倍の時間をかけて学んでいたようです。
学内でゲスト講師等とのインタビューリサーチの基礎的な実践学修をした後、本番として塩尻市内を中心とした特徴ある企業15社を訪問する「複数企業取材型インターンシップ」を実施いたしました。インターンシップを通じて得られた地域の魅力的な働く環境について、市長や市民に向けてPRするためのプレゼンテーションを実施いたしました(図4)。
図4 授業シラバス
両授業に共通してPBLを実施するにあたって必要な地域との調整は、全て連携研究員が担当しています。こうすることで、研究員は自ら地元の再発見をしたり、ネットワークが強化されるだけでなく、学生が地域に入る際に住民とのトラブル等が回避されたり、教員の授業負担(時間・費用)が大幅に削減されることになります。
PBLの質や量を向上させるためには、個々の教員が無理をするのではなく、地域との連繋を深めることによって役割分担、協働で教育環境を創ることが重要だと考えています。
本稿で紹介した授業を受けた学生(一年生)は、授業が終了した後、教員や連携研究員を招き、自分達が受けた学びに対して謝恩会を開催してくれました。そして授業での繋がりから今でも頻繁に研究室を訪ねたり、当該地域に足を運んでいます。さらに、自らも何かしてみたいという思いが募り、空き家対策事業を始めたり、働くことを考える学生団体等を組織して活動しています。「行動」するという何よりも意味のある教育成果が得られていることは、PBLが極めて優れた教育ツールであることを示しています。しかしながら、PBLを担当いただく教員を増やすことは容易ではありません。個々の教員のこれまでの経験や志向性等も踏まえた上で、ピアレビュー(特に授業への参加)やFD等を丁寧に行いながら、負担を軽減する方法もあることを理解いただき、少しずつ参加を頂くことが必要だと思っています。
平成28年度より信州大学は、国立大学改革実行プランで設定された3つの機能強化枠から、「主として、地域に貢献する取組とともに、専門分野の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で世界・全国的な教育研究を推進する取組を中核とする」枠組みを選択しました。これまで以上に地域との連携を強めるだけではなく、地域の強み・特色を活かした取組をしていくことを宣言しています。
また、中期戦略・中期目標においても、「ミッションの再定義により明らかになった各学部の強み、特色を生かした専門教育や分野横断型の教育を推進するため、アクティブ・ラーニングを活用して主体的な学修を促す組織的体系的な教育課程を全学的に実施する」ことを宣言しております。
そして、2012年以降、本学は4年連続で日経グローカル誌の主催する「全国大学地域貢献度ランキング」(日本経済新聞社産業地域研究所 調べ)において総合1位の評価をいただきました。
こうした様々な条件や環境をうまく活かし、今後も信州大学でなければ受けられないような教育環境の構築を進めていきたいと思います。