大学の組織的な取り組みの工夫

杏林大学のグローバル人材育成教育と
高大接続の取り組み

北村 一真(杏林大学 外国語学部准教授)

1.はじめに

 杏林大学では平成24年度に外国語学部を中心とした教育実践や方針が評価され、文部科学省の「グローバル人材育成推進事業」(現、経済社会の発展を牽引するグローバル人材育成支援)に採択されました。これを一つの契機として、変化する社会の中で国際的にリーダーシップを発揮することのできる人材の育成にとりわけ注力してきました。本稿では全学的なグローバル人材教育の方針と取り組み、また、その一環として「大学教育再生加速プログラム」(AP)に採択された「日英中トライリンガル育成のための高大接続」の特色と現状について紹介します。

2.杏林大学のグローバル人材教育の方針と取り組み

 本学のグローバル人材教育では、責任ある仕事を遂行できる「卓抜した語学力」の育成、自他の文化と教養に精通し、文化的慣習をわきまえ、対等に交渉することで創造的な結論を導き出せる「スマートでタフな交渉能力」の涵養、さらに、これら2つの能力を実践的経験の中で強化するための「海外留学・研修の機会」の拡大を3本の柱として、数々の具体的な取り組みを行ってきました。
 語学面では資格試験による目標値を定めた上で、外国語会話の実践が常時行える「英語サロン」「中国語サロン」の設置やeラーニングの導入などを通じ、学生の能力強化につとめています。交渉力の面ではアクティブ・ラーニング教室を新たに設置し、「ケーススタディ演習」と呼ばれる双方向型のPBL形式の授業や、留学帰国者による外国語での「プレゼンテーション報告会」の機会が設けられています。また、海外留学・研修の推進についても、事前準備から留学中および留学後のフォローアップに至るまできめ細やかなサポート体制を敷き、留学・海外研修を通じた能力の変化を「グローバル素養測定【可視化】ルーブリック」によって測定する取り組みも実施しています。
 このようなグローバル人材育成を重視する考え方は中心となっている外国語学部のみならず、他学部にも波及しており、平成28年度より英語で経済や経営の専門科目を学ぶことを目的とする「グローバル・キャリア・プログラム(GCP)」を開始した総合政策学部を始めとして、医学部や保健学部においても、海外での臨床実習(クリニカル・クラークシップ)や海外看護実習といったプログラムが用意され、海外経験を積むことが奨励されています。

3.高大接続教育導入の目的

 以上、全学的なグローバル教育の方針と取り組みを簡単にご紹介しましたが、本節ではその中で高大接続教育がどのようなねらい、機能を持つのかについて説明します。
 本学では、平成22年度から実施された第2次中期計画において高大連携推進実行部会を作り高等学校との連携を深め、杏林大学の持つ教育・研究資源を高等学校に開放し、スプリングセミナー、インターンシップなどで高等学校と連携を深めてきました。これらは有益な成果を生んできましたが、同時に、大学生と高校生が相互に学び合う場を一度きりのイベントとして共有するだけでなく、継続的に体験すること、また、高校生が日常的に学習していることやその成果を大学入学後の教育にスムーズに連携させることの重要性について再認識する機会ともなりました。とりわけ、本学のグローバル人材育成においては、英語+1としての中国語の修得も重視し、また、高度な語学能力・交渉能力に加え、その能力を実践的に磨く機会として留学経験を一つの要点に位置づけているという立場から、どうしても長期的スパンに立った学修計画を連続的なシステムのもとで構築することが理想となります。高校での学習と大学での学修を一貫した取り組みの中に位置づけることで、高大のスムーズな移行や留学機会の増大、早期留学の実現など、より柔軟性に富んだ人材育成を行うことが本学のグローバル人材における高大接続導入のねらいです。

4.「日英中トライリンガル育成のための高大接続」の特色

 本学の高大接続の特色は、グローバル人材の育成に主眼を置き、同様の目的を共有する高等学校との連携を重視している点、また、英語と中国語の2言語に関して卓抜した語学力を獲得し、日英中のトライリンガル人材を育成することを目指しているという点にあります。このプログラムの要となるのが、「杏林APラウンドテーブル」、Advanced Placement、「ルーブリック」による成果測定法の高大連携です。以下これらの概要を説明します(図1)。

図1  「日英中トライリンガル育成のための高大接続」の概要

 まずは、連携を行う関係教育機関と現状や要望等について積極的に情報交換を行う場が不可欠になります。このため、平成26年度のAP事業開始時より、本学では年度に複数回、「杏林APラウンドテーブル」という場を設け、スーパーグローバルハイスクール(SGH)校やグローバル人材育成を目指す高等学校の代表者を招き、様々な教育上の連携の可能性や課題について協議を行ってきました。このような意見交換を定期的に実施することで、後述する本事業の各種取り組みについても的確な助言やフィードバックを得ることが可能となっています。
 そして、長期的視座に立った教育の実現の要となるのが、Advanced Placementというシステムです。本システムは米国で長年にわたって採用実績のあるもので、高校生が大学の講義に出席することで単位を取得でき、それを進学先の大学の卒業単位として活用できるという制度です。これを実現できれば、高校卒業時にすでに高い能力を獲得している学生は、1年次留学も含め、より自由度の高い学修計画を立てることができるようになり、選択肢の幅が大きく広がります。一方、Advanced Placementの実施には高大の連携に加え、複数大学間でも協力が不可欠となるため、クリアせねばならない課題も多く、現在、この制度のみに焦点を絞ったラウンドテーブルも実施を開始し、実現に向けて尽力しているところです。
 Advanced Placement同様、「ルーブリック」もグローバル人材を目指す学修者の長期的学修計画の実現の一翼を担うもので、日英中トライリンガル人材の育成のために必要となる能力やスキルを高大で一貫して行うことが可能な成果測定ツールです(図2)。回答者が「知識・技能」「思考力・表現力」「主体性」といった学力の3要素を軸に、自身の多面的な能力と言語技能を経験をベースに自己評価できる工夫がなされています(図3)。すでにパイロット版は作成済みであり、連携高等学校での試験的運用、それに基づくフィードバックを参考に改良を重ねている段階です。最終的には入試改革と連動させ、杏林大学のみならず同様の目的や教育方針を持つ他大学でも活用可能なツールへと進化させることを目的としています。

図2 試験運用中の「ルーブリック」の一部
図3 記入モデル

5.教育・研修イベントによるサポート体制

 以上、杏林大学が目指す、「日英中トライリンガル人材育成のための高大接続」の姿を説明してきましたが、実現に一定度の時間を要するこれらの3つの柱をサポートするものとして、「ライティング・センター」の設置や「IELTS特別対策講座」の実施、「日英中トライリンガルキャンプ」や高大の教職員による「高校と大学をつなぐFD/SD」など、同時進行で多数の教育・研修イベントを実施して成果を上げています。
 「ライティング・センター」は外国語による文章作成について、専門家及びその訓練を受けたチューターが指導する施設です。上述のとおり、杏林大学のグローバル人材教育では学生の留学機会の拡大を重視していますが、留学時に現地語でのレポート・エッセイ執筆のスキルが必要となるのはもちろんのこと、留学前の各種書類の作成も一部は現地語で行わねばならないことが通例です。「ライティング・センター」はこのような課題を抱えた高校生や大学生が個別に文章作成の相談を行える場として機能しています。また、留学準備だけではなく、授業内の作文課題や、プレゼンテーションの準備、卒業論文のアブストラクト作成など、外国語での文章作成が必要なもの全般についてもサポートを行っており、教職員が自身の職務や研究に関して相談をすることも可能です。センターではこういった機能や活動を周知するためのセミナーを同時並行で行うことで、利用者数を漸進的に増加させてきており、現在では月間で100件以上の予約が入るようになっています。
 「IELTS特別対策講座」は、交換留学等において重要な英語能力の指標となるIELTSに関し、その特別講座及び本試験の受験機会を提供するもので、参加を希望する高校生にも開放しています。 国際的な視野を持つ高大の学生が一堂に会し、互いに刺激を与えつつ受講することで、年代や教育機関を超えた多様な学修空間の創出することが可能となっています。この特別講座は平成26年度より毎年度実施してきましたが、いずれも20名程度の高校生が参加しています。
 「日英中トライリンガルキャンプ」では、高校生と大学生、留学生がセミナー施設に集まり、協力して英中の外国語スキルや異文化コミュニケーションを活用したアクティブ・ラーニング型の学修を行う機会を提供しています。平成26年度3月に実施した第1回では、中国語圏からの留学生に協力を仰ぎ、英語でのインタビューを通じて、中国語圏の高校生活と日本での高校生活の違いをまとめ、その内容を英語で発表するという企画を実施しました。平成27年度8月に実施した第2回では異文化理解に焦点をあて、訪日観光客の増加を背景に、英中文化圏の人々にさらに日本での旅を満喫してもらうにはどのような旅行企画を考案すべきかを、観光交流文化学科の上級生のサポートも受けながら議論し、グループごとに発表を行いました(写真1)。

写真1 第2回「日英中トライリンガルキャンプ」

 「高校と大学をつなぐFD/SD」においては連携協定校を中心に連携を深めている高等学校から教諭を招き、授業や教育方法における工夫について講演を行って頂いています。この研修は高等学校と大学で連続性のあるグローバル人材教育を行うことを目標とする本学にとって、杏林APラウンドテーブルでは扱いきれない、個々の授業実践例や各高校が抱える課題について詳細な話を伺うことができる、大変貴重な場となっています(写真2)。

写真2 第2回「高校と大学をつなぐFD/SD」

 こういったサポートの取り組みの大部分は性質上、外国語学部が中心となっているものですが、これらの高大接続の取り組みは学部にとどまらない波及効果を生んでおり、高校生が本学を訪問しDNAに関する実習を保健学部の教員から受けたり、総合政策学部の教員が高等学校に出張し、マーケティングの講演を行うなど、高大連携の取り組みが全学的に活性化してきています。

6.課題と今後の展望

 以上が本学の高大接続の現状と成果です。課題としては、何よりも要であるAdvanced Placement実現に向けて大学間及び高等学校との調整を進めること、「ルーブリック」を完成させ入試改革を推進することが重要となっています。また、前述のとおり、真の高大接続には高校生と大学生が日常的に学修の場を共有することが不可欠だと考えますが、平成27年度までは本学の八王子キャンパスの立地条件もあり、高校生が定期的に本学を訪問し、授業に参加したり、「ライティング・センター」を活用したりするのは難しい状況でした。しかし、平成28年度より八王子キャンパスの全機能を三鷹の井の頭キャンパスに移転したことにより、問題改善のための大きな一歩を踏み出すことができたと考えています(写真3)。

写真3 井の頭新キャンパス

 平成28年度は夏季休暇中の「グローバル関連科目」集中講義を高校生に開放することを始めとして、秋学期より一部のグローバル関連科目を高校生が履修できるシステムを整えます。また、各種のイベントについても、学園祭での英中プレゼンテーション・コンテストや「ライティング・センター」の企画である「ライティングセミナー」の定期的実施を行い、強化していく予定です。


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