事業活動報告 No.1
中央教育審議会の「質的転換答申」で指摘されているように、新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて、大学3ポリシーの一貫性とそれに基づくアクティブ・ラーニングを中心とする学修方法の改革、教職員の職務能力の開発が求められている。なかでも出口としての教育の質保証について社会から高い期待が寄せられており、これに応えていく大学としての使命が今問われている。とりわけ、一人ひとりの学生に寄り添い、学修行動を把握し、それにもとづく適切な学修支援を通して、学生自らの気づきと成長を促す仕組みが求められている。
その仕組みとして、学生自身が学修の達成状況を点検し、振り返りを通じて自律的に学修する習慣を身につける学修ポートフォリオの導入と、大学がこの情報を踏まえてきめ細かな履修指導や学修支援の実施、教育プログラムの改善に活用することが不可欠となっている。
そこで、学修ポートフォリオが教育の質の向上に寄与する重要なツールとして必須となっている。しかし、学修ポートフォリオ自体に対する理解やそれを導入・活用することの重要性が、学生・教職員全体に十分に認識されていないという問題がある。
今後の課題は、学修支援方法の工夫や学生と教員の双方向的なコミュニケーションの充実・向上に向けて、教員自身による振り返りを通じて教育方法と学修支援のPDCAを主体的に展開していくことが要請されている。本報告では、これらに対する一つの指針を提示したものである。
学生の学修行動及び授業目標の達成状況を記録した学修ポートフォリオのワークシートは、授業デザイン及び授業マネジメントの振り返りを教員自身で自己点検するための不可欠なエビデンスである。大学は総力をあげて学生一人ひとりに最良の教育を提供していく使命を負っていることから、カリキュラムと授業との整合性を点検・評価し、学士力育成の観点から授業価値を振り返り、授業内容の改善または授業科目の調整に取組むことが求められる。
以下に、授業の自己点検、授業科目の有効性評価に学修ポートフォリオを活用する留意点を掲げる。
(1)授業デザイン及び授業マネジメントの振り返りを自己点検
教員側の視点による授業づくりに限界があることから、学生側の視点を取り入れた授業設計や授業運営、学内外の教員・社会の意見を反映した授業マネジメントが望まれる。以下に授業内容・方法を振り返るための学修ポートフォリオの活用について例示する。
授業設計や授業運営を点検・評価するためには、カリキュラム・マップやカリキュラム・ツリーをもとに授業で修得する能力が学士力で掲げる到達目標のどの部分に関連付けられているかを体系化し、シラバスの到達目標として明確化されていることが前提となる。
その上で以下のような視点から授業目標の達成状況を振り返ることが必要となろう。
- 教室外における学修時間数と学修行動の把握
(個人・チームを含む事前・事後学修の時間数、事前学修としてのビデオ視聴、資料や課題本の読み取り、定義・意味の解釈調べ、フィールドワーク・インタビュー、質問・意見の有無、授業目標の確認、事後の学修計画など)- 授業の理解度に関する把握
(学んだ内容や理解できなかった内容の自己申告、社会や組織課題への関連付けなど)- 知識・技能・態度に関する能力の把握
(授業の到達目標と関連させて知識理解、技能、態度の観点からどのような能力が身に付いたかをCan Doリスト等で検証、例えば、知識の定着、知識の活用、知識の組み合わせ・創造、技能の修得、技能の活用、態度の修得、態度の実践、課題の発見・問題解決への取組みなど、能力発揮に関する自信や不安の記述など)- 主体性・多様性・協働性確保の把握
(アクティブ・ラーニング実施の有無を検証、自ら問題発見・解決に取組む学修行動の確認、チームで多様な意見を取り入れ協働する学修行動の確認、主体性・多様性・協働性修得の有無を確認など)
(2)授業の役割・有効性を評価し、改善策を考察
授業の役割・機能を点検・評価し改善するためには、組織的にカリキュラムと授業との整合性を点検・評価し、学士力育成の観点から授業価値を振り返り、授業内容の改善または授業科目の調整に取組むことが望まれる。学生一人ひとりに最良の教育を提供していくことが大学の使命であることから、教員は常に授業の役割について能動的に捉え、教員間で連携して最適な授業を提供できるようFDを通じて授業改善していく意識の変革が求められる。
以上のようなことを前提に、学修ポートフォリオと授業評価アンケートを組み合わせて学士力の定着状況を総合的に点検するとともに、教員自身による自己点検のティーチング・ポートフォリオとマッチングさせ、授業の貢献度合いの観点から授業科目の価値を振り返ることが望まれる。
例えば、シラバスに掲げた授業目標の達成状況を担当教員が自己点検・評価した上で、関連科目を担当する教員間で学士力との関連付けを確認し、抜本的な改善策を考察する。また、上記のプロセスを経た上で改善が思わしくない場合には、学内組織において授業科目の存置や他科目との統合・調整などの改善が望まれる。その際、点検・評価の精度を高めるため学外教員及び外部有識者と意見交換するなどの取組みも必要となろう。
(1)ティーチング・ポートフォリオ導入の必要性
未来を背負っていく学生に最良の学びを提供し教育の質を高めていくには、これまでの知識伝達型授業に加えて、学生の主体性を引き出し・伸ばす授業に転換していくことが問われている。
自ら問題を発見し、解を見出し実践できる力を育む能動的学修(アクティブ・ラーニング)の組織的な取り組みを行う中で、教員一人ひとりが学士力に向けて授業の役割を確認し、学生からの反応・意見を踏まえて主体的に授業を振り返り改善していくことが望まれる。その手段として、授業の振り返りシートに成果、反省点・改善点を整理するティーチング・ポートフォリオが必要となる。
学生に学びの振り返りとして学修ポートフォリオを求めているが、教員においても学生同様に授業の成果に対する振り返りを求め、次の授業に向けてのPDCAを繰り返す中で授業改善を図る必要がある。
しかし、ティーチング・ポートフォリオによる授業の振り返りを組織的に導入している大学は、本協会加盟校の調査によれば平成26年度時点で全学もしくは一部の学部・学科で42校約2割、29年度は67校約3割と少なく、今後大学として避けて通れない問題として、教員一人ひとりに授業の自己点検・評価を習慣化する取り組みについて理解の促進を行う必要がある。
(2)ティーチング・ポートフォリオ導入の課題
現在導入しているティーチング・ポートフォリオの多くは、「教育の責任・責務」、「教育の理念と目的」、「教育の方法」、「成果と評価」、「今後の教育目標」、「具体的なエビデンス」など教員の教育業績の有効性を記録・表現した回顧録のようになっている。本来ティーチング・ポートフォリオは義務付けられるものではなく、教員の主体性にもとづき授業を振り返り、学士力に照らして学生にどのような能力が成果として身についているかを自己点検・評価し、改善に取り組むところに意義がある。
したがって、未来を背負っていく学生に最良の学びを提供できるよう、担当授業科目の役割・価値を明確化することが求められてくる。そのような中で、授業を体系的かつ客観的に点検・評価する仕組みとしてのティーチング・ポートフォリオは、教員自身にとって記録し易いものであり、またそれを利用する側にとって分かり易いものであることが重要である。教員一人ひとりにとって負荷がかからない便宜的な振り返りシステムとして、学修ポートフォリオ・授業アンケート・達成度評価などと連動した簡易のティーチング・ポートフォリオから始める必要がある。
例えば、学修ポートフォリオに掲載されている「学修到達度の自己点検・評価」、授業評価アンケートに掲載されている「授業内容と取組みへの評価・意見」、教務システムに掲載されている「試験結果」をティーチング・ポートフォリオのポータルサイトに一覧できるようにして、今後の改善点をコメントする。また、改善点を次年度の新しいシラバスに反映できるようにシステム上自動的に掲載できるようにしておくことが考えられる。
しかしながら、ティーチング・ポートフォリオへの参加を呼びかけても強力なインセンティブがない段階では多くの教員の参加を期待するところまでには至っていない。学士力に向けて最良の授業を提供していくという教員の主体性に依拠することを前提としているため、評価の手段として義務付けることは適切ではない。そこで、参加を促す一つのインセンティブとして、例えば、理事長または学長表彰など教員の教育業績の顕彰制度を設ける中で活用することが考えられる。
ティーチング・ポートフォリオのポータルイメージ案
ディプロマポリシーに掲げる能力が教育プログラムとして機能しているかを点検・評価するには、学修ポートフォリオと教学データを組み合わせた教学IRを整備する中で、学士力の達成状況を総合的に把握することが必要となる。
例えば、各授業科目の到達度状況を集計した学修ポートフォリオと成績評価、能動的学修の実施状況、学修成果の評価、資格取得状況、課外活動状況などのデータを組み合わせて、教育プログラムとしての機能を点検・評価 することを通じて科目の統廃合などカリキュラム編成の見直しなどが可能となる。
※ 教学データとは、例えば、成績評価、履修状況、授業科目数、専任・非常勤教員数、教室外学修時間、学修行動記録、能動的学修の実施、eラーニングの実施、大規模公開授業の実施・利用、学修成果の評価、資格取得、課外活動、進路希望、社会からの評価などが考えられる。
以上を通じて成果が達成されている優れた教育プログラムを抽出し、成功事例による要因・手法などについてFDにより理解の共有を図る。なお、成果が十分でない場合には、教職員及び学生参加型のFDで原因、課題、対策を検討することが肝要である。
アクティブ・ラーニングを全ての科目で実施すると事前・事後学修の時間確保が厳しくなる。学年当りの授業科目数は、平均で10科目前後となっており、そのための教室外での学修時間は1日平均で8時間程度が必要となり、教室授業の学修時間を含めると極めて過密になり現実的ではない。授業科目数が欧米の4科目から5科目に比べて3倍程度となっていることが問題で、学生の学修時間を考慮した授業科目の規模を改めて見直す必要がある。教員間及び学部学科組織で授業科目の配置について見直す必要があり、授業科目の調整・統合または新規科目設置などの工夫が望まれる。
見直しに際しては、教員中心の授業科目編成から学位プログラム中心の科目編成に転換することが肝要なことから、学部学科組織の中で科目の役割を再点検し、学士力を身に付けるために真に必要な科目の内容を再設定し、複数教員によるチームティーチングなどの工夫が必要となる。以上の見直しを進めるための対策として例えば次のような点を配慮しておく必要がある。
- アクティブ・ラーニングを実施する科目の体系化を図り、可視化する。
- シラバスでアクティブ・ラーニングの具体的な学修の仕方を明示する。
- 教室外での週当たり学修時間数と学生の生活時間数を調査し、学修の負荷を把握する。
- 学内サイトに全ての教職員が意見交換できるポータルサイトを構築し、教学マネジメントの工夫について教職協働で対応できるようにする。
教育の質的転換を全学的に進めていくには、大学の教育活動が人材育成という視点から社会の要請に応えられるものとなっているか、学生が希望する能力を身に付けることができるようになっているか、Webサイト等で教学IRデータを可視化して、役員・教職員がディプロマポリシーとカリキュラムポリシーとの整合性が教育活動の中で認識を共有できるようにする必要がある。
教学IRデータの可視化については、例えば、授業が目指す到達能力の抽出、学生が獲得した学修能力の抽出、成績評価の抽出など、主要なデータをレーダーチャートなどで一覧的にグラフ化し、複数のデータを一丸視できるように工夫する必要がある。
このような取り組みをすることで、教員コメントのフィードバック率の向上や授業評価アンケートのスコア向上、学修ポートフォリオに対する学生の反応が見えやすくなるなどの効果が期待される。
また、教員及び担当職員が日常業務の一環として意識することなく、教学IRデータを用いて点検できるように習慣化していくことが肝要である。その上で、学士力の実現に向けた議論を学内のFD担当教員及びSD担当職員、ファシリテータの代表学生、企業・地域社会の主要な関係者と連携して、多面的に行える場を設けることが望まれる。