特集 地域連携によるアクティブ・ラーニングの取り組み(2)
自分の目標を自分で見出して実践する主体性、多様な人々の考えを理解する多様性、チームを構成し協働する協働性を培う学びとして、アクティブ・ラーニングへの取り組みが展開されていますが、学修意欲を喚起する授業方略の一つとして、地域への貢献を学びと結び付けた課題探求・解決型のPBLが注目されています。そこで、本特集では、地域連携による実践・体験型PBL取り組みの一端を紹介する中で、大学と地域社会との連携協力体制、学生の失敗や成功体験を組み込んだ教育プログラムの創造、学修成果の効果及び評価方法などについて理解を深めることにしました。
岡野 啓介(徳山大学学長)
徳山大学は、1971年、地元自治体・産業界・教育界の支援を受けて設立され、地域の産官学連携の重要な役割を担いつつ歩んできました。“地域とのつながりの強い大学”です。2011年に創立40周年を迎え、10年後の50周年を期とする「地域に輝く大学」の確立を誓い、「地域」と「キャリア教育」をキーワードとする新たな教育改革の模索を始めました。
そんな中、2012年に提示されたのが、「学士課程教育の質的転換」(中教審答申)と「大学改革実行プラン(大学のCOC機能強化)」(文部科学省)です。そこで、
学生に主体的な学びの場を提供する「教育の質の転換」へ向けた改革を、「地域課題の発見と解決」をテーマとするアクティブ・ラーニング(以下ALと略記)の導入によって実現する
ことを目標に掲げ、2013年度、以下の2つの改革にとりかかりました:
【教員改革(FD)】全教員が各自の研究シーズに関連した地域課題を発掘し、その解決に向けた研究遂行に、課題解決型学修(PBL;Problem Based Learning)として学生教育を巻き込んでいく研究・教育スタイルの確立。
【カリキュラム改革】本学固有の「EQ教育」(内容後述)を基盤的教育とし、「地域課題解決をテーマとするAL」を4年間の継続的な学びとして体系化するカリキュラム改革の実施。
ではまず、教養ゼミ(初年次必修)の担当教員全員が、PBLを実施する上で必須となる情報や文献の収集・ディベート・スピーチ・プレゼン等の能力を養う「PBLリテラシー」を共通の教科内容とする(標準化する)ことに合意しました。更に、地域ゼミ(2年次)を新設して3・4年次の専門ゼミに接続する、4年間を通した継続的なゼミ教育の流れを創ることにしました(表1)。
表1 ALを4年間の継続的学びとして体系化するカリキュラム改革
「地域ゼミ」は、地域課題の発見と解決をテーマとし、少人数グループでおこなうPBL型授業です。選択科目として創設した2014年度は、9ゼミ(受講者総数約90名、テーマは表2)による出発でしたが、その後の教員による努力【FD】に加え、地域の自治体や教育機関をはじめ青年会議所(JC)・商工会議所青年部などの皆さんの熱い支援をうけ、開講ゼミ数は今年度の23ゼミまで順調に増えてきました。2016年度入学生からは全学必修とすることが決定されています。
表2 地域との連携で実施された「地域ゼミ」テーマ
以上の改革を核として、2014年度「大学教育再生加速プログラム(AP)」事業、及び2015年度「地(知)の拠点(COC)」事業の採択を受けました。これらの事業では、ALや地域を志向したキャリア教育を推進する企画の立案・遂行はもとより、その達成度を評価し、教育効果を可視化していくことが重視されます。本論では、この目的のため、サイバーキャンパスを背景にICTを活用して構築したシステムの話を中心に、本学の教育改革について紹介します。まず「EQ教育」と「キャリア形成支援」について紹介し、その後「ALとその効果の可視化」の話題につなぎます。
2000年代に入って大学全入時代が到来し、学生層も多様化してきました。学生生活のなかで得た何らかの自信(自尊感情)を基に、チームや集団の中での自分の位置づけや役割を見出し、その役割を果たしながら自分を成長させていく。そういった、広い意味でのキャリア形成に向けた基本的姿勢や気概に欠けた学生が、大学キャンパスの中で目立つようになりました。解決策として導入したのが「EQ(Emotional Intelligence Quotient:心の知能指数)教育」です。EQは、自分自身や他人の情動を認識・理解し、調整・制御する能力を指します。これらの能力を伸ばす「EQ教育」の企画を2005年度に開始し、学内外の関係者の協力を得て、正課カリキュラムとしての運用を始めたのが2007年度です。この「EQ教育」は、本年度で10年目を迎え、現在では本学キャリア教育の基盤的教育として定着しています。
一方、知識・理解の供与とは異なるこのような教育にとって、特に重要になるのが、教育効果の可視化です。そこでEQの内容を示す8つの指標(図1参照)を定め、これらについての学生各自の能力の高さを数値化する「EQ質問紙」の開発を、心理系教員諸氏の協力のもと、行いました[1][2]。またサイバーキャンパスを活用して、これらの指標測定をオンライン実施し、結果をデータベース化するシステム(後述するCASK)の開発も行いました。図1は、EQトレーニング前後における、学生のEQの変化を示す例です。学生諸君は、CASKに蓄積された、自分の能力やその伸長・変化を示すこれらのデータを参照しながら、各自のキャリア形成を進めていくことができるよう設計されています。
図1 EQの伸長を表すレーダーチャート(CASK内に蓄積)
本学では、2010年にサイバーキャンパス構築に着手しています。学生1人に1台ノートPC(現在ではタブレットPC)を配布し、学内の無線LANを完備、学習管理システム(LMS)を導入して情報リテラシー教育を徹底し、各授業のe-learning化を推進しました。これらに加え、特色といえるのは、図2に示すようなCASK(キャスク;CAreer Student Karte)と呼ばれるデータベースシステムを学内クラウド上に構築し、キャリア形成支援の中核に据えている点です[3]。
通常、ファイヤーウォール等で固く守られている学生の個人情報ですが、セキュリティーを保ちつつ、学生本人や特定の教職員に公開できる情報を外部サーバーに同期し、学生のキャリア形成に活用できるようにしたのがCASKです。
図2 CASKを中核とするキャリア形成支援体制
CASKには、アドバイザーの教職員が学生との面談結果を記入する「学生カルテ」に加え、学生自身がキャリア形成に関連するデータを蓄積しておく「ポートフォリオ」(ここには図1に示したEQ診断の結果も含まれます)、教職員と学生間の「コミュニケーション」という3つの機能が装備されています。それらの活用履歴や結果を“データベース化して一元管理”し“関連の教職員・学生間で共有する”ことによって、キャリア形成支援を有効にしていく目的で構築したものです。
CASKにはチョット面白い「キャリア・ポートフォリオ」が装備されていますので紹介しておきます。図3に示したマトリックス型のインターフェイスをご覧ください。学生各自は、横軸に配置された「15のテーマ」に基づき、EQ教育やその他の授業で書いたレポート、サークル活動・アルバイト・インターンシップ等で得た気づき等、を蓄積していきます(書き込みを実行した項目は〇が●に変わります)。そうしておくと、いざ就職活動という段階になり「エントリーシート」等で求められる課題(縦軸)を書かなければならない際に、以前に書き込んだ関連データ(マトリックス内で●になっている項目の内容)が自動的に参照され、役に立てることができる仕組みです。
図3 CASKポートフォリオのインターフェイス
ALの話題に戻ります。「教育の質の転換」を実現するには、本論の冒頭に書いたようなPBL型授業のみならず、通常講義を含めた大学講義全般におけるALを底上げする必要があります。そこで、各講義でのAL導入度やその効果を可視化するシステムを考案し、大学の講義全般への「ALの浸透」を図る企画を立てました。
図4 徳山大学ALヒエラルキー
ALは「教員が何を教えたか」ではなく「学生が何をできるようになったか」を基準とする学習者中心の教育です。そこで、「学生が何をできるようになるか」を基準としてALの進捗度を階層化する、ALヒエラルキーという概念を導入しました(図4、詳細は文献[4]を参照)。そして、このALヒエラルキーに基づき講義のAL度を評価する3タイプの質問紙、「AL導入度自己申告」〔教員向け〕、そのAL度を学生目線で評価する「授業のAL度評価」〔学生向け〕、そして、その授業における学生の「AL参画・達成度自己評価」=【AL導入による教育効果の評価】〔学生向け〕を作成しました(図5)。これらの質問紙への回答から得られる数値を「BAL(Barometer of AL;バル)」と呼んでいます。特にの質問紙は、ALの教育目標達成度を評価する広い意味でのルーブリックに位置付けることができます。
図5 CASKに組み込まれたBAL測定システムのイメージ
「地域ゼミ」を中心とする課題解決型PBLでは、学生自らが地域の課題を探し出し、その解決のために、考え、学び、調査・分析を進めていきます。その一連のプロセスにおいて獲得する「課題解決に向けた方法論」こそが、社会に出て役に立つ真の力に繋がると期待されます。そこで、授業を進める教員・学生が共に、この点をしっかり認識して行動し、単なる活動と自己満足だけに終わらせないようにすることが重要です。そこで、一連の活動の中で学生に獲得してもらいたい能力を整理し、その評価基準(ルーブリック)を設定し、実際の評価に活用していくことにしました。
このため、まず次に示すようなPBL進行に関する4つのステージ(I〜IV)と、それぞれ2つずつ(計4×2=8個)の評価軸(〜)を定義しました:I.現状理解(情報選択現状認識)、II.課題発見(本質理解課題評価)、III.課題解決(行動計画調査分析)、IV.結論導出(結論導出プレゼン)。更に、情報選択に対しては、情報源の明記信頼性・質量、現状認識に対しては、情報を根拠としているか説得力ある論理的推論となっているか等々、それぞれ数種の観点から、(yes・no)タイプで評価していくことによって、自動的に最終評価につなげることのできる、ルーブリックを作成しました[4]。このルーブリックもCASKへの組み込みを完了し、今年度より各「地域ゼミ」における試用をとおして、改良をすすめているところです。表3にそのルーブリック評価のインターフェイスの一部を、図6にその結果としてシステムが描く課題対応能力のレーダーチャートを示しておきます。
表3 「課題対応能力」評価用コモンルーブリックと評価結果
図6 課題対応能力のレーダーチャート
地域との連携によるALや、その基盤的能力を育てるEQ教育など、知識・理解の供与を直接の目的とはしない教育にとって、その効果の評価や可視化は、容易ではありませんが大変重要な問題になります。その学びの中で学生諸君に伸ばしてもらいたい能力を規定し、その評価基準(ルーブリック)を定めると共に、学生諸君がその評価結果を各自のキャリア形成に役立てていくことのできるシステム作りも肝要となってきます。本論では、これらに関する最近の徳山大学の試みの一つを紹介させていただきました。
このようなシステムを活かしたALやキャリア教育が、どこまで成果をもたらすか、その判定はまだ先のことになります。読者の皆様のご意見やご指導ご鞭撻をお願い致します。
参考文献 | |
[1] | 岡野啓介・石川英樹:徳山大学論叢 79, p27,2014 |
[2] | 小松佐穂子・岡野啓介・石川英樹:徳山大学総合研究所紀要 38, p75, 2015 |
[3] | 岡野啓介・兼重宗和・石川英樹:徳山大学論叢 73, p143, 2012 |
[4] | 岡野啓介:徳山大学論叢 83 to be published |