特集 地域連携によるアクティブ・ラーニングの取り組み(2)

昭和大学 在宅チーム医療教育推進プロジェクト
〜大学と地域で育てるホームファーマシスト〜

加藤 裕久(昭和大学 薬学部 薬剤情報学講座 医薬情報解析学部門教授・在宅チーム医療教育推進室長)

1.はじめに

 わが国の医療は、病院中心から患者の住み慣れた生活の場である自宅等に移ってきており、在宅医療が大きな役割を担うようになってきました。患者の慢性疾患や長期の療養や介護などの場としての在宅医療に大きな期待が寄せられています。
 昭和大学(以下、本学)は、医学部医学科、歯学部歯学科、薬学部薬学科、保健医療学部看護学科・理学療法学科・作業療法学科の4学部6学科の医系総合大学です。建学の精神として「至誠一貫」を掲げ、患者に誠意を持って接し、患者本位の医療を提供できるよう努めています。本学の特徴の一つとして、医療人同士が心を通い合わせ、敬愛して治療にあたる「チーム医療」があります。
 1年次の富士吉田キャンパス(山梨)での1年間の全寮制では4学部の学生が1つの部屋で寝食を共にし、医療人として大切なコミュニケーション能力と相手を思いやる心を育みます。
 2年次より各学部で専門の学習を進めながら、継続的に最終学年まで8つの附属病院で学部連携教育を実践しています。図1に本学のチーム医療学習の体系的学習カリキュラムを示します。

図1 昭和大学 チーム医療学習の体系的学習カリキュラム

 本学の特色を活かし、全国に先駆けて、全学年・全学部にわたる、体系的・段階的な学部連携のチーム医療教育を実施しています。これらは、平成18〜20年度文部科学省大学改革推進事業「社会的ニーズに対応した質の高い医療人養成推進プログラム」の採択事業「チーム医療の有用性を実感する参加型学習」、平成21〜23年度文部科学省大学教育・学生支援推進事業「大学教育推進プログラム」採択事業「チーム医療を実現する体系的学士課程の構築」の支援のもとに構築したカリキュラムです。これらをベースにチーム医療教育をさらに発展させ、地域医療におけるチーム医療実習の構築を目指した今回の平成26〜30年度文部科学省「課題解決型高度医療人材養成プログラム」の採択事業「大学と地域で育てるホームファーマシスト〜患者と家族の思いを支え、在宅チーム医療を実践する医療人養成プログラム〜」(以下、本プロジェクト)に取り組んでいます。

2.本プロジェクトの目的

 従来の薬学教育では在宅医療や地域でのチーム医療に関する専門的な教育は不十分で、大学内での臨床前学習だけでなく、実務実習も満足とは言えませんでした。本プロジェクトではそれらの改善を目指し、次のような目的を定めました。

1在宅チーム医療で積極的に活躍できる医療人を養成する全国のモデルとなり得る、体系的・段階的な学部連携教育カリキュラムを構築し、円滑に実施する。

2在宅チーム医療に求められる専門性の高い態度・知識・技能をバランスよく修得し、地域の在宅チーム医療スタッフの一員として連携協働しながら、患者のQOL(quality of life; 生活の質)の維持・向上を目指し、適切な治療・ケア・支援を積極的に実践できる医療人を輩出する。

3地域での在宅チーム医療教育に必要な学生指導力を修得した医療人を養成することにより、学生教育の充実・質の向上を図る。

3.本プロジェクトの概要

 在宅医療や介護においては、患者の望む生活とQOLの維持向上を支えること、また多様な疾患を合併することの多い在宅患者の病状を把握するため、地域の多職種が連携・協力したチーム医療での取り組みが必要です。
 本プロジェクトでは、こうした社会のニーズに応える「在宅チーム医療で活躍できる医療人」に求められる資質、すなわち「思いを受容し支える力(態度)」、「チームでの問題発見・解決能力(知識)」、「在宅医療実践力(技能)」を修得するプログラムの構築を目的としています(図2)。

図2 本プロジェクトの概要

 「思いを受容し支える力」は、学習者が患者と家族の思い(ナラティブ:narrative)に共感し、受け入れ、支えるコミュニケーションや医療ヒューマニズムを醸成する力です。「チームでの問題発見・解決能力」は、多職種が連携・協働し、最善の治療とケアを立案・実践する能力です。「在宅医療実践力」は、QOLやADL(activities of daily living; 日常生活動作)を評価及び支援する多職種が共有すべき専門技能です。
 本プロジェクトのもう1つの特徴として、在宅医療に関わる広域地域(都市部と地方)の医療機関や職能組織と大学との強い連携があります。具体的には、東京都内、神奈川県内、富士北麓の病院、診療所、歯科診療所、薬局、訪問看護ステーションなどの医療機関とともに、医師会、歯科医師会、薬剤師会などの職能団体、そして行政が連携、協力し、都市部及び地方における大学地域連携教育カリキュラムのモデルを構築し実践します(図2)。
 本プロジェクトの取り組みの実施体制では、本学学長を事業推進代表者とし、薬学部長を事業推進責任者としています。新たに在宅チーム医療教育推進室を事務局とする在宅チーム医療教育推進委員会を設置し、本委員会の活動組織として地域医療教育ワーキンググループを立ち上げました。

4.地域医療教育ワーキンググループの活動

 本プロジェクトの事業内容は、以下の6つの地域医療教育ワーキンググループの活動を中心に実施されます。

(1)学内教育ワーキンググループ

 本ワーキンググループでは学部連携のもと、低学年からの段階的な積み上げ式の大学及び地域連携の在宅チーム医療教育カリキュラムを新たに構築します。
 富士吉田教育部とともに、1年次「在宅医療入門」の学部連携PBL(Problem-Based Learning; 課題解決型学習)チュートリアルと在宅訪問実習(高齢者)実習のカリキュラムを構築し、平成27年度からの実施を支援しました。平成28年度からは2年次の学部連携型PBLチュートリアル「在宅医療を支えるNBM(narrative-based medicine; 患者の物語に基づいた医療)と倫理」のカリキュラムを構築し開講しました。そして、平成29年度から開講する3年次(保健医療学部は2年次)「高齢者コミュニケーション演習」と「在宅医療支援実習」の準備を進めています。また、平成27年度までは6地域で実施されていた6年次(保健医療学部は4年次)「学部連携地域医療実習」の実施地域の拡充と円滑な実施のための準備も行っています。新たに開発した主な教育カリキュラムについて、ご紹介します。

1)「在宅医療入門」1年次

1学部連携PBLチュートリアル

 学生が高齢者の抱える疾患、その疾患による周囲の人々の生活に対する負担や変化等の問題に加え、身近な環境では触れる機会の少ない在宅高齢者のナラティブに関しても目を向けさせます。学部合同のグループ討議に用いる動画教材(DVD、独居高齢者と家族のドラマ)は、導入として学生の感情移入に効果的です(写真1)。

写真1 学生による学部合同のグループ討議

2在宅訪問実習(高齢者)

 学生が実際に高齢者の生活の場を訪問することで、学生は年代の異なる他者とのコミュニケーションの重要性や高齢者の現実、事前学習でのイメージとのギャップを体感します。「高齢者の生活を知る」ことの意味を知り、1のPBLチュートリアルとも合わせ、在宅高齢者のナラティブを考える基礎学習の一つとなります(図3)。

図3 在宅訪問実習(高齢者)への協力依頼の説明書

2)「在宅医療を支えるNBMと倫理」2年次学部連携PBLチュートリアル

 1年次の1「在宅医療入門」学部連携PBLチュートリアルの目的である在宅高齢者のナラティブへの共感と理解をさらに深め、2生命倫理、3医療倫理の要素も加えた内容です。さらに、討議の学生グループ及びファシリテータ(教員)を1年次PBLと同一とし、相互のコミュニケーション・学生の討議への導入を円滑にしています。

(2)地域医療実習構築ワーキンググループ

 6年次の「学部連携地域医療実習」では、学生による学部連携チームが地域の多職種の指導のもと、在宅患者を担当し訪問します。学生チームが望ましい医療ならびにケアの支援を積極的に立案、実践する参加型実習となるように、本ワーキンググループが詳細な実習カリキュラムを構築します。
 本実習は、複数学部のグループ(1グループ4名程度)が、高齢患者や難病患者などの地域医療をチーム医療で実施している地域の診療所、歯科診療所、薬局、訪問看護ステーションなどでの参加型実習を実施します。さらに在宅医療、在宅看護に参加し、患者の病態を各専門職の立場から理解した上で、最善の医療と介護を討議により提案し、指導医療者のもとグループで実施あるいは支援します。実習期間は2週間です。実習施設は、富士北麓地区、横浜市青葉区、大田区、江東区、品川区、川崎市幸区で、各地域とも実習の最後に実習を振り返り、学生発表会を行います(写真2)。

写真2 往診に同行・見学

 平成27年度及び28年度の実習後の学生の満足度は高く、一般目標及び行動目標と到達目標の達成度も高い結果でした。地域の指導者らは、学生への指導の手応えを感じられるとともに、大学との連携の重要性を改めて認識されていました。

(3)教育ツールワーキンググループ

 在宅チーム医療を行う上で修得すべき多様な技能を学習するための多機能シミュレーターを開発します。そして、医療、生活上の複雑な問題を抱えた在宅患者の事例について、多職種チームで討議するための学習用動画教材(DVD)の作成を含む、在宅チーム医療教育に活用できる新たな教育ツールを開発しています。

 具体的な成果は次のとおりです。

1)1年次「在宅医療入門」学部連携PBLチュートリアル用映像『独居の祖母の暮らし』の制作
2)2年次「在宅医療を支えるNBMと倫理」学部連携型PBLチュートリアル用映像『祖母と家族の暮らし』の制作
3)オリジナル疾患シミュレーターの開発
4)1年次「在宅医療入門」在宅訪問実習(高齢者)用リーフレットの制作

(4)実習指導者養成ワーキンググループ

 地域での在宅チーム医療教育に必要な学生指導力を修得した薬剤師や医療スタッフを養成するための、教育プログラムを構築しています。
 平成27年度は在宅チーム医療教育を指導する医療者を対象にスキル向上のためのセミナー(全8回、内2回はワークショップ形式)を企画及び運営しました。また、在宅チーム医療教育推進研修会(全3回)を開催しました。
 引き続き、平成28年度以降も企画を充実させ、広く参加者を募っていますので、ホームページ[1]をご参照ください。

(5)情報ワーキンググループ

 在宅チーム医療教育カリキュラムを支えるITシステムの構築及びホームページを開設するとともに、社会に公開ならびに情報を発信します。さらに電子ポートフォリオシステムの改善を行い、学生からのレポートなどの提出、指導者や教員からのフィードバックを実施しています。また、関連学会などでの本プロジェクトについての発表を行います。

(6)事業運営ワーキンググループ

 新たな在宅チーム医療教育の構築にあたり、各学部が連携した教育内容の立案や修正を多職種とともにワークショップ形式などで協議していく中で、ワークショップや3年目の中間報告会などの企画及び運営を担当します。

5.おわりに

 本プロジェクトは、教育機関である大学だけでは成し遂げることができないため、各地域の医療職能団体や医療施設などの協力のもとに成り立っています。学生は大学の中だけで学ぶのではなく、積極的に地域に出ていくことで、課題を発見し、自らの目標を見出すことが求められます。また、地域にとっては、学生を受け入れることにより、地域のチーム医療のさらなる促進につながり、本プロジェクトが大学と地域の相互により良い効果をもたらすことが望まれます。

関連URL
[1] http://homepharmacist.jp

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