大学の組織的な取り組みの工夫
清水 恵美子(茨城大学 社会連携センター准教授)
現在本大学では、平成29年度に向けて、学部・大学院の組織再編などの大学改革の取り組みを大きく進展させています。全学教育改革の一環として、新しい基盤教育に移行するため、全学教育機構を設置し、クォーター制の導入などカリキュラムの改革を実行します。本学の基盤教育は、ディプロマ・ポリシー(卒業基準)で定めた世界の俯瞰的理解、専門分野の学力、課題解決能力・コミュニケーション力、社会人としての姿勢、地域活性化の能力を全学共通に育成するものです。そのような教育の実現のためには、教室でのアクティブ・ラーニング、地域や企業での実践演習やインターンシップ、海外での留学・短期実習などを活用し、学生自らが考え、周囲の仲間と議論し、問題の解決に挑戦するといった経験の蓄積が重要となります。そのための大きな柱のひとつが、地域志向教育です。
これまでも本学では、各専門分野の教育において地域志向教育が取り組まれ、地域をフィールドにしたPBL(課題等をもとにその解決等を通じて学習する科目)も、学部単位で実施されてきました。これらの教育実績に基づき、平成26年度に採択された「地(知)の拠点整備事業」(大学COC事業)では、1年次から実施する学部横断型の「5学部混合地域PBL」を今年度から開始しました。これを受講した学生が、さらに学部の専門的な地域PBLで学修することで、本学のPBL科目全体が発展していくことが狙いです。「5学部混合地域PBL」実施の前に、すべての学部学生の地域活性化への意欲を喚起し、課題を協働して解決する力を育成する必要があります。そのため、平成27年度より全学部生に必修科目として「茨城学」を課しています。「茨城学」は地域の理解という点では、本学の独自性を示すものであり、キャリア教育とグローバル教育の観点でも土台となります。そこで本稿では、本学の地域志向教育の取り組みとして「茨城学」と「5学部混合地域PBL」の実施について紹介します。
(1)COC事業と地域志向教育
COC事業は、大学等が自治体と連携し、全学的に地域を志向した教育・研究・地域貢献を進める大学を支援することで、課題解決に資する様々な人材や情報・技術が集まる、地域コミュニティの中核的存在としての大学の機能強化を図ることを目的としています。そのために、本学では学長がトップ(機構長)となってCOC統括機構を設立し、茨城県やキャンパスのある水戸市・日立市・阿見町などの10自治体、および5つの企業等の連携先をはじめ、地域と協力して事業を進めています。
主な取組み内容は、地域課題の解決と人材育成です。人材育成では、平成27年度に「地域志向教育プログラム」を設立し、地域での教育を通して、地域に頼られる学生の育成を始めました(図1)。地域を多角的に捉えながら地域課題と向き合い、学部1年次から大学院まで一貫して取り組める、学部横断型のアクティブ・ラーニングです。特に、PBLにおいては、出来るだけ地域課題を題材にし、学生が現実の社会に触れ、実践的で主体的な学びとなるよう行っています。地域に頼られ地域を先導できる学生を育成し、さらには地域の課題解決と活性化を目的としています。
図1 茨城大学のCOC地域志向教育
(2)学士課程・地域志向教育プログラム
学士課程では平成27年度から「地域志向教育プログラム」を開始すべく準備を進めました。プログラムには、後述の「茨城学」、「5学部混合地域PBL」のほか、教養と専門の地域志向科目、専門科目を背景とした学部の地域PBLなどがあります(表1)。育成する具体的な人物像は、「地域志向で独創力ある学生」、「現場志向で問題解決力ある学生」、「未来志向でリーダー力ある学生」です。プログラムの修了者には修了証を発行します。これは修了証を持った学生が地域に役立つ人材であることを、本学が認定するものです。そのため、単位要件に加え、地域PBL科目における報告書やプログラム科目以外の成績も勘案し、発行します。
表1 地域志向教育プログラムの対象科目
(1)「茨城学」のねらい
COC事業では、平成27年度から、教養科目に地域志向系科目「茨城学」を1年次必修科目としてスタートさせました(工学部知能システム工学科夜間主コースは平成29年度から開始)。「茨城学」は、茨城の自然・歴史・地理・文化・産業などの学修を通じ、学生に茨城についての理解を深めさせると同時に、地域を多角的に捉え、地域の課題等を考える力を身に付けさせる科目です。新入生全員が「茨城学」を学ぶことにより、地域に関心をもち、地域に関わって活動したいと思う学生の層を拡げること、地域を担う人材育成の入り口となることがねらいです。平成27年度は前期に人文学部、教育学部、後期に理学部、農学部、工学部の1年生約1,700名が履修しました。1クラスの受講生が400名を超えるため、教室は講堂(約550名収容)を使用しました。平成28年度後期は講堂改修のため、複数の教室をヴァーチャル・キャンパス・システム配信でつなげて実施しています。
(2)授業の特色
地域の課題は、ひとつの専門領域で解決することは困難であり、COCの専任教員が授業全体をコーディネートし、本学教員だけでなく、自治体、企業からゲスト講師を招いています。また、茨城学」では、アクティブ・ラーニングを取り入れ、学生の主体的な学修を求めています。講義形式は、毎回ゲスト講師による40分の講義の後、学生は提示された課題等について振り返り用紙をまとめ(後日ゲスト講師に郵送)、グループ内で意見を交換し、その後専任教員の司会でゲスト講師と学生との間でディスカッションを行います(写真1)。学生がより多様な意見を交換できるよう、平成29年度からは、学部をまたいだクラス編成で授業を実施します。グループワークのサポートのために、専任コーディネーターやティーチング・アシスタントが複数つき、授業運営を支えています。
写真1 「茨城学」での意見交換風景
「茨城学」開始後は、地域社会から関心が寄せられ、本学の社会的な認知度が上昇し、地域連携活動においても進展がありました。しかし、茨城や地域に関心のない学生にとっては、必修科目であることに抵抗を感じる者が少なからずいました。このような学生のモチベーションを上げ、押しつけでなく主体的に受講できるよう、なぜ「茨城学」が必修科目なのか、授業中に考える時間を設けています。平成27年度後期から座席表を導入して、多くの学生とディスカッションできるよう工夫しています。さらに、平成29年度は、夏休みを挟んだ第2と第3のクォーターに開講し、教室 ⇒ 地域 ⇒ 教室での学習ができるよう計画しています。
平成28年度夏期には、学部の枠を取り払って行う「5学部混合地域PBL」を2科目、新しく開講しました。
(1)「5学部混合地域PBL I A」
取り組みの概要
ひたちなかまちづくり株式会社(茨城県ひたちなか市)の協力を得て、勝田駅前商店街を含めたひたちなか市全体をフィールドとして行うPBLです。受講生は「まちづくり」とは何かを考え、講義、商店街見学、市内巡見、ヒアリングを通して、ひたちなか市の現状と多様性、駅前周辺の空間が抱える課題を認識します。魅力的な「まちづくり」のために、ひたちなかまちづくり株式会社が取り組むべき内容や、学生の参画の方法について話し合い、振り返りやワークショップを重ねながら、地域の未来づくりの提案を行うことが目標です。夏期休業中の連続する3日間に実施し、5学部混合の1年生と2年生37名が受講しました。
活動内容
1日目の活動
2日目の活動
写真2 高齢者の買い物を支援する施設の見学
3日目の活動
プロジェクトの成果と今後の展開
本プロジェクトの達成状況を評価するため、受講生に事前課題、毎授業の振り返り用紙(ワークシート)、授業後のレポートを提出してもらいました。加えてグループワークにおける作業や発表の様子から、下記の成果が得られたと考えられます。
1)「まちづくり」とは何かを考え、「まち」を多角的な視野から捉える視点を養った。
2)現地視察、ヒアリング、ワークショップなどを通して、ひたちなか市の現状を理解し、ひたちなかまちづくり株式会社が取り組むべき内容、自分たちが参画する方法について具体的な提案を行ことができた。
3)地域の課題を主体的に考え、地域で行動しようとする意欲が高まった。
実施後、学内でひたちなかまちづくり株式会社から講師を招き、学生と意見交換をする場を設けました。「5学部混合地域PBL I A」の受講生以外も参加し、今後学生がひたちなかまちづくり株式会社と協働で活動を行っていくことが期待されます。
(2)「5学部混合地域PBL II A」
本学では「地域再生の拠点となる大学」を目指すため、地元企業と永続的な関係を継続していくことが大切と考え、平成27年度から企業訪問を実施し、パートナー関係を構築してきました。「茨城学」など地域を志向する科目への登壇を通じて、地域企業とのつながりを深めています。これまで行われてきたPBLは、主に自治体と連携して実施する傾向がありましたが、「5学部混合地域PBL II A」は、パートナー企業と連携して行いました。株式会社サザコーヒー(ひたちなか市本店)の協力を得て、企業経営、技術、マーケティング、地域貢献、人材育成などの側面から地元企業の地域における役割について考え、当該企業と地域の未来づくりに参画するPBLです。1日目は「モノ」をテーマにサザコーヒーの特徴や強みを、2日目は「環境」をテーマに魅力的なカフェ空間を、3日目は「ヒト」をテーマに企業が求める人材について、話し合いました。講義、店舗見学、ヒアリング、ワークショップなどを通して「サザコーヒー×地域×世界」の新たな展開の提案を行うことが目標です。取り組みは平成28年度夏期休業の連続する3日間で行い、受講人数は学部混合の2年生21名でした。サザコーヒーの本店と工場、店舗の営業時間内は、ひたちなかまちづくり株式会社にて実施しました。
活動内容
1日目の活動
2日目の活動
写真3 紙コップのデザイン制作
3日目の活動
プロジェクトの成果と今後の展開
受講生のワークシートやレポートなどの提出物、作業や発表の様子から、下記の成果が得られたと考えられます。
1)地元企業の役割や課題を理解したうえで、現地調査やデータ分析などを通して、より具体的な目標の設定とプロジェクトの作成を行うことができた。
2)地域企業の取り組みを経営的視点から見ることで、地域と世界とのつながりを認識することができた。
3)学生が地域・企業と一体となった地域の未来づくりの提言を行うことで、地域の課題を主体的に考え、地域で行動しようとする意欲が高まった。
活動のなかで、学生から、本学水戸キャンパスにあるサザコーヒー店に対し、多くの学生の利用を促すため改善の提案がなされました。当該企業からも学生からの声を聞きたいという希望があったため、本学店舗で座談会を開催することになりました。今後、学生と企業が連携して新たなカフェ空間が構築されることが期待されます。
平成29年度には、新たに自治体と連携する「5学部混合地域PBL」が開設されます。学部においても新たにPBL科目が作られており、地域での学修を展開しています。
「茨城学」開講と同時に、学生の地域活動への参加・参画のきっかけを作る場として、「イバラキカク」というプラットホームを設立しました。そこに集まってきた学生たちが、地域でやりたいことを企画し、仲間を集め、地域社会や企業と連携して授業外で行う学生主体のPBLを行っています。これらの活動には後述する「学生地域参画プロジェクト」(以下「学プロ」を略記)に展開するものや、地域からの協働依頼により活動を開始したプロジェクトがあります。
本学社会連携センターでは、以前から学生が地域社会と連携し、地域の抱える課題の解決に向けた取り組みや、地域の活性化に寄与する活動を積極的にすすめられるように「学プロ」を設けて支援してきました。「茨城学」開講を契機に、「学プロ」においても1年生を中心に企画運営する取り組みが出てきました。平成28年度は、1年生を中心とするプロジェクトがいっそう充実しました。このように「茨城学」からPBL、そして「学プロ」へと、授業から学生主体のPBLへの流れが構築されつつあります。
また平成27年度には、ひとつのテーマに対して、学生・教職員、地域の住民・企業が参画する「企画型人材育成プロジェクト」がいくつか誕生しました。これによって学生や教職員が学部横断で取り組む仕組みが構築されました。たとえば、学食を経営するパートナー企業の株式会社坂東太郎と学生とが連携して、地域住民に広く利活用してもらえる学食を目指すプロジェクトが企画されました。学生が主体的に内装の提案や新メニューの開発を行い、リニューアルオープンを迎えました。今後は、他の「学プロ」との協働も検討されています。
「茨城学」では、プロジェクトに取り組む1年生が登場し、各自の活動を紹介しつつ、受講生とともにディスカッションを展開しています。このように、教育から地域連携のPBL、さらに教育へという循環が、大学内で作られつつあります。今年2年生となった受講生たちは、先輩として新入生を地域へ誘う牽引力となっています。参加学生とプロジェクトが増え、さらにプロジェクト同士のつながりも生まれてきたため、平成28年度は、学生と相談して「学生コーディネーター制度」を設計し、導入を図りました。今後、ますます学生の主体的なPBLが増えていくことが見込まれます。