大学の組織的な取り組みの工夫
伊與田 宗慶(大阪工業大学 工学部機械工学科講師)
大阪工業大学工学部では、2008年度よりPBLを核としたカリキュラムを実施しており、機械工学科においては2つのPBL科目を開講、さらには学生が夏休みを利用して海外学生と一緒にものづくりを実施する「国際PBL」に参加するなど、積極的なPBL活動を展開しています。科目としては、大学初年次および3年次にそれぞれPBL科目が開講されており、2年次の工作実習と合わせて、一貫したものづくり教育を実施しています。本稿では、その中でも大学初年次のPBL科目である「エンジニアリング探求演習」について、内容を紹介させて頂きます。
機械工学科では、2014年度からエンジニアリング探求演習を開講していますが、それに先立って3年次におけるPBL科目の「エンジニアリングプラクティス」を2008年度から開講しています。その3年次のPBL科目において、これまで習得してきたはずの、ものづくりに対する知識や技術を実践できない学生が多くなりつつあるとの意見が、担当教員から出てくるようになりました。もちろん全ての学生がということではなく、これまでの学修内容を十分に発揮してものづくりに臨む学生も多いことから、根本的な教育不足ということではないものと考えられます。一方で、3年次までには、製図学や4力学、また実験・実習など、個々のものづくりに関する講義については力を入れているものの、それら講義で習得した知識を繋ぎ合わせてものづくりを実施するような講義は、これまで開講されていませんでした。つまり、与えられた課題に対して、それを解決するためのアイデアを形にする経験、また課題達成に向けて創意工夫をする経験の不足が、3年次においてものづくりを実施できない大きな原因の1つであると考えました。そこで、専門科目や実験・実習科目が本格的に開始される前の1年次において、ものづくりのアウトラインを体感させるとともに、自らのアイデアを自身が持ち合わせている知識を使って具現化させるトレーニングとして、PBL科目である「エンジニアリング探求演習」を開講しました。
エンジニアリング探求演習は、1年次後期において週1回、1時限開講とし、さらに1時限を自主的な製作活動やミーティングに費やす自習時間として設定しており、1年次学生に対して、自らのアイデアを形にする経験を養う科目となっています。また、本PBL科目から座学や実習の重要性を認識することにより、2年次以降における開講科目への学修意欲を向上させることも教育の狙いに含まれています。
本PBL科目は上記のような狙いを前提として、以下に示す4つの大きな特徴を有しています。
以下に、それら特徴について詳細を述べます。
2.1 事前学修
大学初年次においては、普通科出身の学生と工業科もしくは工業高校出身の学生では、工作機械を使うという経験、また何かを製作するという経験において差が見られます。そこで、本PBL科目の事前学修として「機械基礎ゼミナール」という前期開講のゼミナール形式の科目の中で、本PBL科目で製作する自動車の基礎となる車体について、各人が製作を行うトレーニングを実施しています。学生一人一人が本PBL科目で実施する作業を一通り経験することで、PBL科目開始時における経験の差を小さくすることを狙いました。また同時に、PBL科目と同様の材料と工具を使用することにより、作業に十分慣らすことで、PBL科目実施時における事故や怪我の発生を防止しています。
2.2 課題設定
本PBL科目が開講される1年次後期の段階においては、大学に入学して半年足らずであることから、十分な専門教育を受けられていない状態です。このことから、できるだけ多くの学生が取り組みやすいような課題、すなわち、最低限の課題達成は容易ですが、突き詰めれば様々なアイデアで達成可能となる課題に設定することが重要であると考えました。そこで、エンジニアリング探求演習の課題として、図1に示すものをベースの課題として設定しました。
図1 設定課題の概要
課題は全部で4つに分類されており、ピンポン球と運搬物を保持した自走式の自動車がスタート地点から走り出し、坂を上りきった後、坂の頂上でコース外に設置された箱の中に運搬物を投下。コースを走破した後、ゴール地点に到着。さらに保持していたピンポン球は、ゴール地点の壁の向こう側にある紙コップに投球を行う、という比較的取り組みやすい内容としました。評価ポイントとしては、坂の頂上においての規定タイムとのズレ、コース外に設置した箱への投下、さらにゴール地点における総走行タイム、さらにピンポン球が入ったコップの位置と設定しました。ただし、自動車はコース両側に設置された壁に接触することなく走行する必要があり、またゴール地点における壁への接触も禁止しています。さらに、ピンポン球は必ずしもゴール地点から投げる必要はなく、コース上のいずれの地点から投球しても構わないこととすることで、学生の中から様々なアイデアが生まれることを期待しました。
2.3 異分野連携ものづくり
上記のようにシンプルな課題であるものの、規定タイムが設定されていることから速度制御技術が必要であることや、コース上での壁への接触を禁止していることから距離センサを用いたセンシング技術が必要であることなど、様々な技術要素を盛り込んだ自動車の製作を課題としています。これは前述の通り、本PBL科目はエンジニアリング系4学科の学生がチームを組み実施する、4学科同時開講のPBL科目であるところにその理由があります。エンジニアリング探求演習は、機械工学科以外にも、電気電子システム工学科、電子情報工学科、ロボット工学科において同時開講されている科目であり、4学科の知識を集結させた異分野連携によるPBLを実施する科目となっています。各チームは、各学科2〜4名の学生で構成されており、この混成チームで1台の自動車を製作します。したがって、各学科でそれぞれ担当パーツを割り当て、個々でその製作に取り組み、最終的にそれらを組み合わせて自動車の製作を行います。これには、自らの専門と異なる学生と連携を取りながら車体の製作を行うことで、エンジニアとしてのコミュニーケーション能力の向上、さらには多様な専門分野への興味を促す目的があります。
機械工学科の学生は、自動車の車体の製作、頂上で切り離す運搬物を保持する台の製作、およびピンポン球の投球機構の製作を担当しています。各製作物に対して1人の学生を割り当てることで、役割分担を明確にし、学生のモチベーションを保つ工夫をしています。
2.4 実施方法に関する工夫
上記のように、本PBL科目は4学科同時開講であることから、このような大人数を一堂に会してPBLを実施することは不可能に近く、必然的にチームを分割して、複数の講義室を利用しての実施となります。そこで、講義室のような机のレイアウトにおいてもチームでものづくりを実施することが可能となるよう、機械工学科では各学生に対して写真1に示すような「工作セット」の配布を行い、どこでも工作が可能となるように工夫しました。前述の理由と同様で、工作室を使用することも不可能であることから、プラダンやホットボンドなど、講義室の机上でも十分に作業が可能な材料や工具を用いた工作とすることにしました。工作セットの中には、上記の製作物を作製する上で必要な最低限の道具および材料が入っています。
写真1 学生に配布した
工作セット
車体製作に使用する材料としては、異方性材料の勉強も兼ね、加工が容易なプラダンを採用しました。プラダンの切断にはカッター、接着にはホットボンドやボルト・ナットをそれぞれ配布しました。ホットボンドについては、接合が容易であり、接合可能な対象材料も多く、さらには短時間での接合が可能であることから採用しました。また、ボルト・ナットについては、M2やM3といった小径の物を採用し、配布したドライバーセットでプラダンに穴開け加工を行い、容易に使用できるようにしました。また、機械要素の教育を目的として、ギア比とトルクの関係を体感するためにギア比を変更可能なモーターを、坂を上る時のタイヤの摩擦の影響を体感するためにオフロード用タイヤとプラスチック製タイヤを、それぞれ配布しています。以上のような材料を用いて、学生自身が創意工夫を机上の作業のみで簡単に行えるようにすることで、学生の自由な発想で車体の製作を実現できるような形をとっています。写真2に学生の工作風景を示します。
写真2 工作セットを使った
工作風景
また、チームでのコンセプト決定などの際には、学生同士で活発に意見交換できるよう、小型のホワイトボードを1班につき1つ用意しました。写真3はホワイトボードを使った意見交換の様子となっています。ホワイトボードを用いることで、学生は自らのアイデアをすぐに書き出すことができ、またそれを班員ですぐに共有できることから、議論がスムーズに行えている様子が多く見受けられます。
写真3 ホワイトボードの活用
写真4には学生が製作した車体の走行時の様子を示します。車体や投球機構はプラダンを使って製作されており、投球調整用のスライド機構や車体の補強にはストローが使われています。また、車体の前方および側方には距離センサが用いられており、車体の前方センサはゴール地点での自動停止、側方センサはコースの側壁を感知して常にコースの真ん中を走行できるよう工夫されています。また、速度調整のために、モーターはマイコンボードによって制御されています。
写真4 製作した自動車の
走行時の様子
このように4学科同時開講のPBL科目としてスタートさせて3年目を迎えていますが、全15回の講義終了後には課題の抽出を行い、翌年度には改善策を考案して実施するなど、異分野連携PBLに最適な枠組みを模索しています。
中でも、課題の設定やその中で行う実施内容も含めて、1年次学生に対して「どこまでを求めるのか」といったことについては、試行錯誤しながら進めている状況です。本PBL科目の主目的はものづくり体験、およびアイデアを具現化するということですが、難易度を下げすぎたことにより、学生にとって何も得ることがなかったとならないよう、図面作成を徹底的に実施させるなど注意を払っています。一方で、課題設定や提出物の難易度を上げすぎると、1年次学生では達成が不可能な状況となってしまうことから、学生のモチベーション低下につながり、本PBL科目の学修目標を達成することができなくなってしまいます。このちょうど良いバランスの難易度設定を行うことについて、教員間で十分話し合いを行いながら決定しています。
またその難易度についても、学科間で同程度に揃える必要があることが、本PBL科目の難易度設定を難しくしている要因の1つでもあります。4学科のうちどこかの学科だけが難易度を高く設定してしまうと、その学科が担当する製作物の完成が遅れ、結果としてマシンが完成しなくなってしまう恐れがあります。4つの学科において、それぞれの学科の学生に求める学修目標は異なっても良いとは考えられますが、学生に対してものづくり体験をしてもらうためには、4学科の製作物を1つに集約し、全15回の講義の中で1つの製作物を完成させることが非常に重要であると思われます。
前述の通り、本PBL科目は2016年度で3年目を迎え、実施体制については改善の余地があるものの、学生からはものづくりの難しさや楽しさについて体感できたと意見が出されています。しかし一方で、実施体制や学科間での難易度の違いに対する不満が一部の学生から出ているのも現状です。今後は、これら学生の意見に耳を傾けつつも、学生に対してどのような学修効果を期待するかという点について4学科間で議論を行いながら、学生にとって価値のある異分野連携PBL科目へと成熟させていくことを目標としています。
また、2014年度に1年次だった学生が、2016年度より3年次におけるPBL科目の受講を開始していることから、本PBL科目の教育効果については、今後顕在化してくるものと思われます。