大学の組織的な取り組みの工夫
小松川 浩(千歳科学技術大学理工学部 情報システム工学科教授)
本大学は、北海道千歳市にキャンパスを持つ理工系単科の私学(公設民営)です。学部は1学部(理工学部)で、1学年240名定員の小規模大学です。このため、専任教員数も40名弱と非常に少人数で学事運営にあたっています。しかし、学生の多様化に対するきめ細かい学修支援や実社会の要請に呼応する能力養成まで、人材育成に関わる内容は、大学の規模に関係なく必要です。そこで、少人数でこうした質保証の取り組みを実現するため、ICTを活用した教育手法を全学的に展開しています。
もともと1学年240名ということで、教員と学生の距離は近く(顔と名前も一致しやすい)、会議等で教員が学生指導情報を共有しやすい環境にありました。そのため、学生カルテの導入もスムーズで、現在では、複数の教員間で初年次からキャリアに関わる学生指導の情報を日常的に共有しています。また、授業での課題の提示や出欠管理等を行う授業ポータルを全学的に活用しています。学内の全科目の成績処理は、このポータルを通じて行っています。一連の情報システムは、情報メディアセンターの技術スタッフを中心に内製化されています。毎年教職員のニーズ調査を行いながら、企画検討委員会(教育改革のための学内委員会)の承認の下で整備を進めています。
さらに、数学、物理、情報、英語等の初年次系の基礎科目での知識定着を主目的にeラーニングが積極的に活用しています。eラーニングの教材整備は、平成18年度の特色GP(高大連携によるeラーニングの取り組み)を契機に行われ、特に学生のプロジェクト学修の一環で行われてきました。学生プロジェクトでは、地元の小中学校との連携も図られた結果、理数系を中心に小学校高学年から大学初級までの体系的なeラーニング教材が整備しています。一連の教材は広く公開されているだけではなく、LMS(Learning Management System)の活用については、高大連携締結をしている北海道の高校(現在57校)にもクラウド経由で公開しています。さらに、年2回の高大連携研究会を本学主催で開催して、eラーニングを活用した教育手法やその効果について事例共有を図っています。
このように積極的にICT活用を行っていますが、課題もありました。eラーニングを例にあげると、理数系のeラーニング教材の整備は積極的に行われましたが、語学や社会科学的な内容は、本学における当該領域の人的リソース不足から、整備しづらい状況にありました。また理数系の教育内容についても、どうしても基礎基本に近い内容の教材の整備に重点が置かれ、結果的に一部の高度な教育内容を求める学生向けの教育内容まで網羅できない状況にありました。
これについては、まさに本協会(私情協)や大学eラーニング協議会のネットワークを活用して、大学連携で対応を図りました。相互に教材の整備を図り、教育方法を共有することで、各大学が抱える問題の解決を図る取り組みを実施しました。高大接続から初年次やキャリア系に関わる教育内容は、大学間で共通化できる部分も多いことから、大学間で共通的に利用可能な教材の整備を図りました。本稿では、こうした大学連携の取り組みを紹介します。一方で、大学の出口は大学固有の事情が反映されることから、各大学で特色ある教育プログラムが求められます。本稿では、上記の共通基盤的な教材を活用しながらも、大学の出口を意識した質保証に向けた取り組みについても紹介します。
学士力における質保証に課題意識を持つ国立・私立、理系・文系、学部・短大の8大学(千歳科学技術大学、北星学園大学、桜の聖母短期大学、創価大学、山梨大学、愛知大学、愛媛大学、佐賀大学)と学協会(日本リメディアル教育学会、日本情報科教育学会、大学eラーニング協議会)が連携し、学士力に関わる共通基盤的な教育要素(教材・モデルシラバス・到達度テスト)をクラウド上の共通基盤システム上に共有する取り組みを平成24年度より開始しました(平成24年度大学間連携共同教育推進事業)。
具体的には、初年次に学生が身につけるべき力を検討し、ルーブリック及び到達度テスト(英語・数学・日本語・情報各数セット)を整備しました。また事業1年目から3年目にかけて、各学生の知識レベルに応じて、リメディアル系・初年次系・キャリア(資格)系に関するeラーニング教材の整備とモデルシラバスの整備を図りました。教材セットは、大学eラーニング協議会と連携したクラウドでの運用を通じて、8大学以外の大学機関(平成29年1月段階 15大学)にも試験的に評価を頂いています。
事業2年目からは、プレイスメントテストを実際に行い(平成25年度延べ11,309人、平成26年度延べ14,565人、平成28年度延べ23,303人)、その結果を診断表の形で受検者全てにフィードバックしています。また、各大学で学部1年又は2年生を対象に到達度テストの実施(平成26年度6,829人 平成27年度 11,714人)も行いました。さらに、プレイスメントテストの結果に基づいて個別の学修指導を行いながら、主体的な学びの促進を図る取り組み(山梨大学・愛知大学・北星学園大学)や、eラーニング教材を活用したブレンド型授業(愛媛大学)の試行も開始しました。このように、大学連携を通じて整備した初年次系やキャリア系のテストやeラーニング教材を、各大学が活用することで、特色ある教育プログラムの実施が可能になりました。
本学の一事例を紹介します。本学では、一年次のキャリア教育(4単位 通年)で、大学連携で開発したプレイスメントテストを実施しています。その上で、学生自らの学修状況を振り返らせます。この際、本学のキャリアの状況と自己実現のために必要な学びのロールモデルを学生に紹介します。例えば、メーカ系に将来興味がある学生には、実は語学力が非常に重要であること、IT系に興味がある学生には、基本的なプログラミングや数的思考が重要であることを卒業生の言葉を借りて紹介します。その上で、コンピテンシー養成に必要と思われる基礎知識に関連するeラーニング教材を学生自らに選択させ、オーダーメイドの学修コースを設定させます。eラーニングの課題を教員側が設定して提示するのではなく、学生自らが自らのキャリアを意識して必要な学びを設計して、自学自習をする取り組みとしています。
こうした取り組みでは、十分な質と量の教材が必要となり、ここで大学連携の成果が威力を発揮してくれています。取り組みは、学生の主体的な学びを期待するものではありますが、授業課題の一環として提示しており、成績に関係する点で幾つかの制約を課しています。第一に、学生には必ず学習目標を記載することを義務化しています。そして、最低限の学びの回数(学修量)として、一週間に一度は学修する機会を設けることと、学修期間を2ヶ月で設定するように指導しています。またキャリアとしての推奨教材の提示(具体的には日本語教材)を行っています。平成28年度の実施状況としては、履修者の80%以上の学生が目標設定を立て、必要回数以上の学びを展開する結果となっています。図1にその様子を示します。
図1 学生の目標・計画を立てた割合
国の高等教育での高大接続システム改革に関わる提言に沿ったカリキュラム体系化と質保証に関しては、本学では平成19年度現代GPを契機に実質的には開始しています。具体的には、全専任教員により、就職先の領域カテゴリごとに本学で教授すべき理工系の知識体系(4階層で全約2000項目:知識集)を定義し、さらに科目と知識の関連づけを行いました。その結果、科目間の横方法(領域間)と縦方向(基礎と専門)の知識レベルでの繋がりを可視化したカリキュラム体系を構築しています。各教員は、先に紹介した授業ポータルを全学的に活用していることから、授業開始前に、各自の授業で教授すべき知識と活用すべき知識を登録することにしています。これを全教員で行うことで、大学全体で教授すべき事項が時系列的に可視化されます。本学では、学部2年次から学科選択を行う制度になっていますが、当該システムを活用することで、自らの興味のある領域で、年次進行に応じてどのような科目を学ぶのか、自分の希望する学科とカリキュラムの関係を視覚的に理解することが可能になります。図2に構築した情報システムの画面イメージを示します。ある科目を選択すると、知識繋がりで関係する科目が視覚化されます。既習科目であれば、成績情報もあわせて反映した視覚化されます。これらのシステムは、主にキャリア教育の中での学修支援の一環で活用されています。
図2 知識を介した科目の繋がりの可視化
また、こうした取り組みを全学的に行うと、本来大学として教授しなくてはいけないと考えていた知識事項が、どの科目でも教授されていないといった課題も見えてきます。本学では、こうした部分について、カリキュラム改訂の実施や、eラーニング教材の整備を図り、何らかの形で学修を図れる環境を整備しています。eラーニングについて補足すると、先の知識集に呼応する形で教材も紐付けています。このため、学生は自らの弱い知識に対応するeラーニング教材を学修する環境が整備されています。先に紹介したキャリア教育では、こうしたICT環境を活用して、主体的な学びの展開を図っています。
平成28年度から、本学の中期目標に沿って、新たな教育改革の取り組みを開始しました。本学の中期目標では、(1) 多様な入学生を受け入れる一方で、きめ細かい初年次教育の実践を通じて主体的な学びへの転換を図り、(2) さらにキャリア教育と専門教育の有機的な連動を通じて、理工系の幅広い技術系領域で基本的な知識・技術を活用して活躍できる人材の育成を打ち出しています。このため、本学のディプロマ・ポリシーを高大接続システムでの学力観を意識したコンピテンシーベースのディプロマ・ポリシーに改訂しています。
このポリシーに基づき、先に紹介した理工系の知識集を全学的に見直しています。具体的には、学生が身につけるべき力という観点で項目を整理し、各項目で知識・技能・コンピテンシーを段階的に修得するためのルーブリック指標を持たせています(CIST質保証マップ)。平成28年度は、理工系全体の議論をする中でも、まずは基盤系科目(数学、物理、化学、情報、英語)を中心に検討を進めています。検討に際しては、本学卒業生が在職する企業関係者を中心に、社会的なニーズの観点から助言を頂きながら進めています。各コンピテンシー項目にはルーブリック1から4を想定した評価指標を持たせています。ルーブリックのレベル1は、知識の理解、レベル2は知識の活用、レベル3は課題の展開、レベル4は課題の設定と解決に設定し、下位(知識・技能)→上位(コンピテンシー)となる流れを想定しています。プログラミングを行えるというコンピテンシーを例に取ると、ルーブリック1:「文法の理解」、ルーブリック2:「課題内容の再現」、ルーブリック3:「課題について自力で解決」、ルーブリック4:「自らの課題設定と解決」等)となります。
上記のコンピテンシーは、対応するルーブリックとセットで全学的に共有されており、各科目は、どのコンピテンシーのどのルーブリックレベルを主な到達目標にするかで紐付いています。例えば、プログラミングというコンピテンシーについては、次のように年次進行の科目群を紐付けることができます。
図3 コンピテンシーとルーブリック
3章で述べた、コンピテンシーの全学共有に基づくカリキュラムの体系化が図れると、ICT活用の役割(全学的なコンセンサス)も明確化してきます。eラーニングは、もともと、入学前教育や初年次の基礎系科目の知識定着に活用されていた経緯もあり、コンピテンシーの整備に伴い、ルーブリック1(知識理解)に紐付く科目での利用が主流になってきました。平成27年度からは、ルーブリック1を着実に修得させるために、CBT(Computer-based Test)の導入を開始しました。本学では、eラーニングシステムは内製化しており、CBTもこの一環で開発を行いました。IRT(Item Response Theory)に基づく問題の難易度の設定や学習者の能力値の割り出しをシステム上で実現できる仕組みが導入しています。一年次の情報系科目のコンピュータ科学基礎関係の内容について、レベル1からレベル7までの難易度の演習問題を関係する教員と学生プロジェクトの連携で制作しました。期末試験・追再試験については、CBTが導入し、利用しています。平成27年度は、追再試験を従来の1回から3回まで拡充して、学習者に繰り返し試験を受けるように指導を図り、その結果、従来240名受講者平均で15名不合格となる科目において、平成27年度は不合格者3名まで減らすことができました。平成28年度は、ルーブリック1を到達目標とする科目群を中心に、CBT活用の検討と教材の設計を行っています。
ルーブリックの2や3の知識の活用や展開については、学生に対するパフォーマンス評価が必要になります。そこで、eポートフォリオを積極的に活用しています。専門基礎から専門科目を中心にプロジェクト科目を中心にアクティブ・ラーニングを実施して、学修成果(レポートや発表の資料等)を、授業ポータルにアップし、これをポートフォリオとして蓄積することができます。本学では、学修のプロセスも蓄積する方針を教授会で確認しており、試行的に幾つかの授業で、課題を授業外で実施している時間と内容についても授業ポータルに蓄積する取り組みを行っています。また、こうした内容の指導については、主体的な学びを将来にわたって行っていくことの重要性の観点から、一年次のキャリア教育で行うこととしており、平成30年度を目標に、必修化を図る計画でいます。
本学では、平成18年度と比較的早い段階から、eラーニングの取り組みを実施し、入学前教育や初年次教育・キャリア教育での実践を図ってきました。また平成24年度からの大学間連携の取り組みを活用して、教材の整備・拡充も図ってきました。平成28年度現在、英語(TOEIC対策、英検対策、英文法)、日本語(語彙・単文読解等)、キャリア(SPI対策)、数学(小中高大初級まで)、情報(基本情報処理対策、プログラミング)等、共通基盤的な利用が可能な教材が整備しています。また、質保証(出口)の観点では、学内的にはコンピテンシーベースでのカリキュラムの体系化を図ることで、共通基盤教材を中心に知識定着を目的とした科目群での活用や補習や予習(反転)での活用(CBTによる質保証)が学内的に定着してきました。またキャリア教育を中心に主体的に学ぶ習慣づけを徹底させ、その中でのeラーニング活用で効果を上げています。その結果、初年次の開講科目の4割でeラーニングが活用されていると同時に、授業ポータルやポートフォリオを含めて全学的なICTの利用に繋がっています。一連の教材や教育方法は、大学eラーニング協議会にて広く公開しています。