大学の組織的な取り組みの工夫

高等教育におけるe-Learningの普及方策
〜愛媛大学教育デザイン室の取り組み〜

仲道 雅輝(愛媛大学総合情報メディアセンター教育デザイン室長 兼 教育企画室講師)

1.はじめに

 本大学は、1949年に松山高等学校、愛媛師範学校、愛媛青年師範学校、新居浜工業専門学校を母体とする新制国立大学として、文理学部、教育学部、工学部の3学部で発足しました。1954年の愛媛県立松山農科大学の国立移管、1973年の医学部設置を経て、現在は、法文学部、教育学部、社会共創学部、理学部、医学部、工学部、農学、スーパーサイエンス特別コースの7学部1特別コースからなる学部学生数8千人を擁する四国最大の総合大学となりました。
 愛媛大学では、「自ら学び、考え、実践する能力と次代を担う誇りをもつ人間性豊かな人材を社会に排出すること」を最大の使命とし、とりわけ、グローバル化が急速化する現代社会において、地域に立脚する大学として、「地域の発展を牽引する人材」「グローバルな視野で社会に貢献する人材」の育成に努めています。相互に尊重し啓発しあう人間関係を基調として、「①学生中心の大学」「②地域とともに輝く大学」「③世界とつながる大学」を創造することを基本理念としています。
 近年、高等教育にe-Learningを活用した取り組みは増加し、各大学が特徴的な教育実践を行う中、ICT人材の不足や教員のICTへの苦手意識など、普及上の共通の課題がいくつかみられます。また、e-Learning導入後も活用が一過性に終わり、その後の普及が停滞するケースも少なくありません[1]
 愛媛大学では、比較的早期からe-Learningに関する研修会を開催するなど、普及に向けた取り組みが始まっており、普及の素地ができつつありました。しかし、教員は長年、対面のみでの授業経験を積み重ねており、紙媒体での資料配布や試験の実施が当然であったため、先駆的取り組みを授業に導入するには、教員の時間的・心理的負担が高く、興味・関心はあるが一歩を踏み出せない状況にありました[2]。そこで、e-Learningの普及と効果的な授業改善の要として「教育デザイン室」を設置し、全学的な授業設計支援の体制を整備するとともに、教育デザイン室の活動の中に4つのe-Learning推進方策を組み込み、実践しました[2]

2.教育デザイン室の支援内容

 教育デザイン室(e-Learning推進を含む)の支援内容は、①インストラクショナル・デザイン(ID)を用いた授業設計支援、②教材開発支援、③e-Learning授業の運用サポート、④教職員のICTスキルアップ支援や教育活動へのICT活用促進の取り組みの4つです(図1参照)。教育デザイン室では、授業改善を目指す教員を支援するため、インストラクショナル・デザイン(ID/教育設計)の専門家、ICTの技術専門員、事務職員が個々の専門性を踏まえた連携体制をとっています。

図1 教育デザイン室の支援内容

3.4つのe-Learning普及方策

 一連のe-Learning普及方策の成果の目安としてe-Learningを授業で活用しているLMSコース開設教員数を指標としました。何らかの改革を行おうとするとき、その方策の普及率が16%を超えるとその後の変革が軌道にのるといわれる、イノベーションの16%説[3]をもとに、e-Learning活用教員数が全教員の16%を超えることを導入期の目標としました。

(1) 普及推進策を全学的・組織的な取り組みとする

 普及推進策を全学的・組織的な取り組みとするために必要な規程等の整備を進めることができた要因として、まず学内にe-Learning専門委員会の立ち上げを提案し、了承されたことがあげられます。それまで、教育に関する規程等の整備は教務組織が主導で行っており、教務組織内にはe-Learningに特化した協議機関が設置されていませんでした。e-Learning専門委員会が設立されたことにより、推進に向けた取り組みを検討・協議する場を継続的に確保することができました。その後、ガイドラインや操作マニュアルなどの整備を進めることになりました。普及方策の始動と同時に規程上に明記することにより、学内での認知を高めると同時に、大学の方針に沿った活動であることを示すことができました。さらに、ガイドラインや操作マニュアルの作成では、教員個々が具体的に何をすればいいのかについて例やイラストを添えて記載し、「私にもできるかもしれない」と感じてもらえるように工夫し、完成版(図2参照)と各書式をWeb上で公開しました。

図2 e-Learningコンテンツの一例

(2) きめ細やかな授業改善サポート

 教育デザイン室では、構成員が、教員から出された要望に受動的に応えるのではなく、より良い授業にするためにどのような改善点があるかをともに考える、協働の姿勢で取り組むことを重視しました。サポートは教材作成支援にとどまらず、著作権処理の代行、授業設計の専門家やICT技術専門員によるサポート、LMSコース申請システムを操作しやすく改良する等により、ICTが苦手もしくは自信がない教員の不安と負担の軽減を図りました。また、e-Learning活用に踏み切った教員には、導入以降も継続的な支援を行うとともに、オピニオンリーダー[3]として広報活動への協力を要請し、先駆的な教育活動を広く公表する場を提供しました。

(3) ICT活用教育事例集(リーフレット発行)

 e-Learning普及推進活動の広報媒体として、教育デザイン室ホームページに掲載する記事の他に、リーフレット(図3参照・関連URL参照)を印刷・発行しました。内容は、「eラーニングニュース」と「ICT活用教育事例」で構成し、配布や設置がしやすく、手に取って読みやすいA4サイズとしました。また、ホームページでの公開とともに、紙媒体も作成した理由として、e-Learningに関心が薄い場合やICTが苦手といった方に、自らホームページなどで検索することは考えにくく、あえてアナログの広報手段としてリーフレットを配布することにしました。「eラーニングニュース」とは、無線LANの整備に関する情報提供やMoodleの機能紹介など、LMSの効果的な使い方や活用ヒント集など、授業改善に関する道具箱的な記事です。「ICT活用教育事例」には、授業にe-Learningを活用した授業を取材し、教員の体験談とともに掲載しました。身近な教員の実践例であることから、教育デザイン室への相談の敷居も低くなることや、掲載された教員から直接話を聞けるなどの波及効果を狙いました。リーフレットは隔月発行とし、(2)で述べた普及推進策の成果のひとつであるオピニオンリーダーの教育実践を発信するツールともしました。さらに、記事を取材した動画とリーフレット記事を教育デザイン室HP上に掲載することで、より高い広報効果を得ることができました。過去に発行したICT活用教育実践事例集を一覧にまとめました(表1参照)。

(表) (裏)
図3 ICT活用教育事例とe-Learningニュース
表1 ICT活用教育実践事例集一覧
教育実践事例 e-Learningニュース(抜粋)
1 「動画」を利用した授業時間外での振り返り
  • 無線LANが全学的に整備
  • バリエーション豊富なコンテンツを制作
2 受け身な学生を惹きつける「クリッカー」
  • 学生と教員との双方向コミュニケーションのサポーター「クリッカー」
3 ウェブを使った仕組みで、授業の振り返りをより深く!
  • 学生の主体的な学びや教職員の授業運営をサポートする「Moodle」
4 授業時間外のディスカッションで深まる理解と高まる学習意欲
  • 無線ネットワークが全学的に整備
5 グループウェアをつかった情報共有・業務効率アップで成果に導く!
  • Moodleコース申請方法が変更
  • eラーニング入門の研修を開催
6 学習の機会と質を保証するためのeラーニング活用
  • ICT利用Q&Aのページがオープン
  • Moodle2利用説明会を開催
7 ARCS動機づけモデルを使って学生の学習意欲を高めよう!
  • eラーニングコンテンツ取扱要領が制定
  • コンテンツ制作用の機器を貸し出し
8 効果的な反転授業とは-Flipped Classroom-
  • コースへ履修者が自動で登録可能に
  • Moodle2が他大学からもアクセス可能に
9 新たな教育モデルを創出し「主体的な学び」を促進
  • コンテンツ制作受付方法を一新
  • Moodle2の課題提出に新しい機能が増加
10 授業設計コンサルティングで効果的かつ魅力的な授業を
  • eラーニングコンテンツ制作実績
  • 小テスト解答をExcelでダウンロード
11 ブレンディッドラーニングで実現した効果的な授業運営
  • コンテンツ制作の受付を開始
  • Moodle1.9の運用を終了
12 繰り返し学べる動画教材で学生の「学び」が定着
  • iPad(16台)の貸し出しを開始
  • Moodle利用ガイドが新しく
13 学生の理解度を高めるためピア・インストラクションを導入
  • コース編集時の公開の設定について
  • 前年度の資料を今年度も使いたい
14 ストーリー性をもたせた教材で学習者を惹きつける
  • Moodleコース申請開始
15 iPadを活用して大人数の「アクティブ・ラーニング」を実現
  • PowerPointのブラッシュアップも受け付け開始
16 eラーニング教材で障がい学生支援の知識を習得
  • 小テストで採点フィードバック
  • 愛媛大学Moodleコース申請状況の推移
17 クリッカーの活用で、より深い考えさせる参加型の授業
  • Moodleのバージョンアップについて
  • eラーニングコンテンツの制作受け付け
18 「発音練習」「聞き取り」ができるeラーニング教材の開発
  • MoodleがVer2.7にバージョンアップ
  • eラーニングコンテンツ制作を受け付け
19 イメージをつかむシミュレーション教材の開発
  • 活動ログの表示について
  • 評定項目に学生証番号が追加
20 動画を使って一緒にできる運動プログラム開発
  • MoodleのHTMLエディタを戻す方法
  • Moodle評定頁に学生証番号を表示
21 プレゼンテーション能力向上を目指す教育プログラムを開発
  • Moodleコース申請が始まります
  • 愛媛大学Moodleコース申請状況の推移
22 授業の展開に合わせたeラーニングの活用方法
  • 教育デザイン室に関するアンケート
  • Moodle3運用開始

(4) ICT・授業設計に関する研修会の開催

 教員間にICT活用や授業設計を広く普及させることを目的に、初心者向けと上級者向けというように、ICT習熟度に合わせた研修会を開催しました。2012年度は、教育デザイン室が設置初年のため1講座のみの開講でしたが、2013年度には6講座、2014年度に8講座、2015年度には11講座を開催しました。研修会の内容は、当初、初心者をメインターゲットにしていましたが、その後の参加者の希望を反映させ、上級者向けのものや授業設計に関するものを追加しました。また、2014年度からは、e-Learningでの受講をいくつかの講座で可能にしました。

4.e-Learning普及方策の成果

 本取り組みの成果のひとつとして、教育デザイン室の取り組みに関する聞き取り調査の結果があります(表2参照)。

表2 取り組みに関する聞き取り調査(抜粋)
1.e-Learning普及推進を組織的な取り組みとすること
  • コンテンツ制作ガイドラインがあり、一つの型を示してもらっていたので一歩踏み出すのに助かった。
  • 組織的なサポートで、安心することができe-Learningの敷居を低く感じた。
  • 完成までのスケジュールを教育デザイン室全体で管理してもらって楽だった。
2.きめ細やかなサポート
  • 授業デザインの幅が広がった。
  • 教材の編集などを一緒にしてもらったので助かった。
  • テストの作り方を助言してもらい、授業設計上の疑問などに応えてもらってよかった。
  • ボタン一つでMoodleのコース開設が申請できるように改善され、申請しやすくなった。
  • 一緒にコンテンツ制作をしてもらって、運用のサポートもしてもらえたので活用しやすかった。
  • 申請方法が簡単で便利だと思う。
  • 最初は一緒にやっていただいて、途中から自立的にできるようになった。
  • 著作権処理で、危惧や新聞記事をイラストにするという方法を提案してもらったのが良かった。
3.ICT・授業設計に関する研修会の開催
  • 2年前にe-Learning研修会に出たことがあり、勉強になったので、教育コーディネータの研修会と組み合わせて参加するようにしている。
  • 研修会に参加して学んだことで、次の教材に取り組もうと思えた。
  • ICTの知識が増えた。
4.身近な教員のICT活用教育事例集(リーフレット発行)
  • 何をしてくれるのかが広報されているのがよい。
  • 支援の内容が分かるので助かっている。
  • Moodle活用上のティップスが分かるところがよい。
  • リーフレットをすべてファイリングして、必要な情報をそこから得るツールとして活用している。
  • 当面は紙媒体が良い。
  • 教え子から、HP上の紹介動画を見て連絡があり嬉しかった。
  • 他の先生の事例に興味をもてるものがあり、参考にしている。

 次に、LMSコース開設教員数(以下、開設教員数)とLMSコース開設数(以下、コース開設数)の推移を紹介します。開設教員数とは、LMS内にコース開設のための申請をした教員数の実数で、コース開設数は実際に開設されたコース数のことです。それらの推移をみると2012年度から2016年度12月までにコース開設数は410コースから1,212コース(約3倍)に、開設教員数は123名から470名(約3.8倍)に増加しました(図4参照)。総専任教員数に占める56%が利用申請している状況となりました。

図4 開設教員数とコース数の推移

5.おわりに

 全学的なe-Learningの普及推進策により、コース開設数および開設教員数の大幅な増加が認められ、e-Learningの活用は飛躍的に拡大しました。2012年度に目標として掲げた「16%」とは、2013年度の教員数でいうと136名であり、2013年度に開設教員数が177名となったことで達成することができました。さらに、2014年度から2016年度12月にかけてコース開設数、開設教員数ともに順調に増加を続けています。また、教育デザイン室の支援に対するアンケート調査では、肯定的な意見や必要性を感じたことが記述され、コース開設数や開設教員数の増加が、推進策の影響であることを強く示唆する結果でした。さらに、リーフレットなどの広報媒体で身近な教員の取り組みを知り、授業改善への動機づけが促されていたこともわかりました。今回紹介した取組は、e-Learningの活用が停滞している状況を打開し、活用を推進する方略の例として有効ではないかと考えています。

参考文献
[1] 飯吉透(2014),『高等教育機関におけICTの利活用に関する調査研究』委託業務成果報告書,平成25年度文部科学省先導的大学改革推進委託事業,京都大学高等教育研究開発推進センター,p339.
[2] 仲道雅輝,鈴木克明(2013),『授業設計および教材作成支援による大学でのe-Learning普及推進の取り組み』,日本教育工学会第29回全国大会予稿集,pp.805-806.
[3] エベレット・ロジャース(著),三藤 利雄 (翻訳) (2007)『イノベーションの普及』,翔泳社.
関連URL
教育デザイン室HP
http://idoffice.cite.ehime-u.ac.jp/

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