大学の組織的な取り組みの工夫

全学基盤力テストと外部評価による質保証への取り組み
〜山形大学の例〜

千代 勝実(山形大学学術研究院(基盤教育担当)教授)

1.はじめに

 昨今、大学教育(高等教育)における質保証とその可視化が社会的な要請として強く求められています。特に学生の到達度の可視化と、それに基づく教育改善について、各大学で様々な試行錯誤が行われています。
 このような社会環境の中で、本学では直接評価指標の一つとして基盤力テストを開発し、これを1年次入学当初、1年次終了時、3年次の3回実施することにより、大学のディプロマポリシー(DP)に基づく、卒業時に全学生が身につけて欲しい能力と、学位プログラムDPに基づく到達度を測定することにしました。この基盤力テストは、様々なデータベースに存在する情報を学生個人の必要に応じて提供する、オムニチャンネルでの情報提供を実現するために開発されたスマートフォンベースのアプリケーションである「YUポータル」上で実施しています。
 また、外部評価と教育改善の一環として、地域のステークホルダーが参加する「山形大学アライアンスネットワークアドバイザリーボード」を設置し、意見交換や授業参観など教育参加を中心とした評価改善と質保証の取り組みを行っています。
 この稿では、平成29年度から開始した基盤力テストに関する実践を中心に解説し、地域のステークホルダーによる外部評価についてもその設立の経緯とともに簡単に報告します。

2.直接評価指標

 大学における教育の評価指標としては、各授業の成績に基づくGP/GPAをはじめとして、様々な学生アンケート、ポートフォリオによる学修成果などが主なものとして利用されています。しかし、これらが全学的に有効に利用され教育評価・教育改善につながっている例はあまりありません。その理由として、①これらの指標が個々の教員の基準やカリキュラム構成に依存していること、②主観的で間接的な自己評価は学修到達度との関係性があいまいであること、③文章や活動記録などの非構造化データは指標として利用しにくいこと、があげられます。GPAは、教員の異動やカリキュラムの変更で指標の連続性が失われます。また、学生アンケートやポートフォリオでの振り返りは学生から見た教育効果の側面という意味では一定の意味がありますが、これらは間接評価指標でありデータ形式も不定形なため客観性のある教育評価を導出しづらいと言えます。
 また、学生の学びは単に授業内容の足し算で評価されるものではなく、授業間の相関やシナジー、そして他の学生との交流、課外活動や日々の生活の中で育まれていくものです。大学の内外のコミュニティ、地域での社会生活も学生の課題発見・解決能力や協働力を涵養するという考えのもと、フィールドワークやインターンシップを導入しているとしたら、それらを含めた地域の教育力というものも本来、評価していく必要があります。その一つとしてポートフォリオがあるのですが、学生の到達度を客観的に可視化するのは難しいでしょう。
 上記のような課題を解決するために、カリキュラム構成に依存せずDPに基づく簡潔に構造化された直接評価指標が注目されつつあります。例えば、TOEICなどの語学資格試験は語学教育の改善や国際化進展の指標として利用されています。大学間や学部学科間での比較にも利用でき、さらにプレ・ポストでの到達度の伸びが測定できれば、教育改善のための評価検証に利用できます。理学部と工学部で英語のGPの分布が違っても教員やカリキュラムの違いなどを考慮する必要があり教育効果の直接的な比較は難しいですが、TOEICのスコアの伸びが違えば、その指標については即座に教育内容を検証できるわけです。もちろん、直接評価指標と間接評価指標は相補的ではありますが、IRという観点から見ると、単純で定量的な指標ほど評価検証しやすく、大学の意思決定過程においても説得力のある資料として提示しやすくなります。

3.学生が所有するスマートフォンの活用

 現在の大学では、入学時に配布される大量の冊子・資料や、掲示板に掲示される様々な教育関連情報など、非常に多くの情報が提供されています。これらには、学生個人にとって必要でない情報が多く含まれています。また、学生呼び出しなど、個人情報保護の観点から周知するに相応しくない情報もあります。これらのデータは、別々のデータベースに存在しており、大学にとっても学生にとっても有効に利用されているとはいえない状況にあります。そこで、本学では昨今のスマートフォンの普及(入学時の所有率99%以上)に鑑み、「YUポータル」というアプリを開発し学生に提供しています。このアプリでは時間割情報、クラス分け情報、講義室情報、学生呼び出し、出欠状況、休講・補習情報、学生アンケートといった、別々のデータベースで管理されている情報を学生個人向けにカスタマイズし必要な情報のみを表示しています(図1)。

図1 クラス分けと出欠情報

 また、ビーコンとよばれる小さな発信器(写真1)をすべての講義室に設置し、その電波をスマートフォンが受信することにより、講義室に滞在しているという情報を出欠情報として記録しています。

写真1 位置情報取得のためのビーコン

 今後、学内すべてに設置することにより、図書館での滞在時間の調査や災害時の学内での所在確認、通知機能を利用した学外での安否確認にも利用していく予定です。
 このように「YUポータル」というプラットフォームが存在するため、基盤力テストをこのアプリ上で実施することにしました。紙の配布や回収、採点などが一切不要なため、入学時の基盤力テストは入学時ガイダンスに併せて実施し、アプリの導入指導も含めて30分程度で終了させることが可能となっています。この結果、基盤力テストの受験率は全学で99%以上となりました。

4.基盤力テストの詳細

 1年次入学当初と1年次終了時の基盤力テストでは本学の全学DPといわゆる「高大接続改革答申」で提言されている学力の3要素を組み合わせて3つの基盤力を指標として設定しています。対応するテストは、専門教育のための学びの到達度を評価するための学問基盤力テスト、課題発見・解決や協働といった実践力を評価する実践地域基盤力テスト、語学力や国際性を評価する国際基盤力テストです。
 基盤力テストは実施や集計評価の便宜のために「YUポータルアプリ」を利用することから、多肢選択型の設問となります。また30分程度の時間で実施することを想定し、スマートフォンでは学問基盤力テストと実践地域基盤力テストを行いました(写真2)。国際基盤力テストは、平成28年度以前と同様TOEIC-IPを別の日時で実施することとしました。これらの結果は、ディプロマサプリメントとして「YUポータルアプリ」で表示できるようにします。

写真2 基盤力テストの実施風景

 3年次に実施する予定の学問基盤力テストは各学部で開発中ですが、簡易的に導入する場合、大学院入試の過去問や学位プログラムに関連した面接・レポートなどを想定しています。また、医学科では4年次に共用試験CBTが実施されるためこれをもって基盤力テストに代えることとします。

(1)学問基盤力テスト

 1年次の学問基盤力テストは、基本的な文章理解力として「数的文章理解」に関する文理共通テストと、理系学部については理系科目のうち1年次終了時に身につけておいてほしい大学初年次レベルの数学・物理学・化学・生物学に関するテストについて実施しました。
 「数的文章理解」は数的データやグラフなどを読んで、そのデータやグラフから言えること、言えないことを選択肢の文章の中から選択するものとなっています。データやグラフを読む能力と、選択肢の文章を理解する能力の双方が測定できます。よく似たテストとしてOECDの国際成人力調査の中の数的思考力があります。このテストは非常に基本的な能力指標となることから本学の全6学部の学生が受験します。
 数学・物理学・化学・生物学の理系科目については大学入試レベルだけではなく、大学1年次に学ぶ内容も出題範囲に含まれています。これにより1年次で学修した内容の到達度を測定します。理系科目の基盤力テストは理学部・医学部・工学部・農学部の理系4学部が受験します。
 これらの科目は知識として知っているかどうかや計算ができるかどうかを問う問題を極力廃し、その科目で知っておきたい概念を理解しているかどうか、その科目での学びを通した応用力や課題解決力が身についたかどうかを問う問題を中心に出題しています。
 テストの出題方法は項目反応理論をもとに難易度を調整した学生ごとのテストとなっています。項目反応理論とは、ある問題を正答すれば次に難しい問題、誤答すれば簡単な問題を出題し、学生の能力を少ない設問数で測定する手法です。試験問題はほぼすべて内製するとともに、平成28年度までにのべ数百人規模での試行を繰り返して各設問の難易度を事前に設定しています。この結果、各科目について到達度測定を5問で実施することができ、平均回答時間を1分程度とすると、理系学部の学生の場合、約20分で終了することができます。

(2)実践地域基盤力テスト

 課題発見・解決能力や協働力といった非認知的能力、いわゆるキーコンピテンシーなどとよばれる習慣や態度に対応する能力に関する指標を測定します。ただし、このようなテストは必ずしも確立されているものではなく、大学で実施する場合でも議論が起きやすい指標です。そこで、本学ではキーコンピテンシーをそのまま測定するのではなく、その基礎となる習慣や態度を測定する「5因子性格調査」を実施することにしました[1]。これは心理学的に確立されている、個人の性格を5つの因子「外向性」「協調性」「良識性」「情緒安定性」「知的好奇心」で指標化したもので、結果は日本人を母集団とした偏差値を表示することとしています。
 例えば、OECDのキーコンピテンシーの3つのカテゴリーは①社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力(個人と社会との相互関係)、②多様な社会グループにおける人間関係形成能力(自己と他者との相互関係)、③自律的に行動する能力(個人の自律性と主体性)であり、5因子とほぼ重なっていることがわかります。今後、様々な定義や指標が現れたとしても、性格の5因子で表現できると期待できます。ただ、この結果は学生が内省し、よい人生を送るための適応能力を高めることに利用し、向き不向きといった直接的な評価は行いません。
 5因子性格調査は70問の設問に対し「はい」「いいえ」で回答する調査となっており、学生は5〜10分程度で回答し終わります。最後にレーダーチャート型の自分の強みが表示されます。この調査は今のところ入学時に1回実施することになっています(図2)。

図2 学問基盤力テストと実践地域基盤力テスト

 その他の指標として、入学時に「大学生活で達成したいことや見通し」前期終了時に「現在の達成状況と自省」についての文章を学生に200〜400字で記載してもらっており、これにテキストマイニングなどを施し内面的な成長に関する指標として定量化することを計画しています。

(3)国際基盤力テスト

 本学では、すでにTOEIC-IPテストを全学で実施しており、また、各学部でも独自にTOEIC-IPやTOEFLなどの資格試験を課していることから、これを国際基盤力テストの一部とします。また、英語だけでなく様々な外国語の資格試験や、外国語による課題解決型学修、留学やインターンシップなどをポートフォリオにファイルすることにより学生の学びに対する省察を促します。また、TOEIC-IPのスコアの結果を教育改善につなげていきます。

5.ステークホルダーによる外部評価

 本学では教育の質保証の一環として外部評価を実施しています。ただ、その委員は、他大学の教員であったり、大企業の役員や教育委員会の委員という有識者であったりと、大学同士の相互評価という性格が強いものとなっています。
 教育改善の実践では、本学はFDの様々な取り組みを行ってきており、教員間の情報交換や授業参観など、教育改善のための環境は整ってきていますが、やはり教員同士の相互改善という範疇に収まっています。
 また、地域企業や自治体、卒業生を講師として招聘し講義を実施したり、地域でのフィールドワークやインターンシップを実施したりして大学外での様々な学修活動を推進しています。
 そこで、平成28年度からこれらを組み合わせて地域の目線で教育評価・教育改善を行っていく枠組みを作りました。山形大学アライアンスネットワークには地域企業や自治体、高校教員を中心とした地域のステークホルダーが加盟しており、講師提供やフィールドワーク・インターンシップ受入のための連絡会議から委員を選出してアドバイザリーボードを構成し外部評価と助言を行います。この委員には重要なステークホルダーとして学生の保護者も含まれます。
 これまでの活動内容は、卒業生に期待する資質や能力についての意見交換会、学生との懇談、専任教員の授業参観と検討会などがあります。それぞれ、大学の教育方針やカリキュラム、個別の授業内容まで地域のステークホルダーが評価し意見交換をするものになっています。教員とは全く異なる視点で評価してもらうことにより、学生を送り出している保護者、将来、学生を受け入れる地域からの率直な意見を聞くことができ、単なる外部評価といった枠を超えた評価改善活動になっています。

6.今後の展望

 1年次における基盤力テストは順調に運用されており、その結果を教育改善につなげていくために、評価改善機能を強化しつつあります。その一つとして、平成28年度に次世代形成・評価開発機構を設置しました。基盤力テストの結果や出欠状況は、これまでの入試情報やGPA、卒業生調査などと併せて機構のIR部で分析が行われ、興味深い結果や想定外の結果が出始めています。3年次の基盤力テストと併せて今後数年にわたって評価検証することにより、直接評価指標による教育改善と教育効果の最大化を目指すモデルケースとして情報発信を行っていきたいと考えています。

参考文献
[1] 村上宣寛、村上千恵子『主要5因子性格検査ハンドブック 三訂版』筑摩書房(2017)

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】