大学の組織的な取り組みの工夫

人工知能を用いた自己成長支援システム

島 伸治(金沢工業大学 情報処理サービスセンターシステム部 システム部長)

1.はじめに

 本学では2016年9月から人工知能(IBM Watson)による学生のための自己成長支援システムを構築しています。本システムの導入経緯や内容について紹介いたします。

2.本学の特色

 まずは、本学の特色について説明いたします。

(1)宿題が多い大学

 正確にリサーチしたわけではありませんが、「宿題が多い大学ランキング」というものがあったとしたら、本学は上位にランクインするのではないかと思います。
 学生は毎週のようにレポートや課題の締め切りに追われています。このような宿題をたくさん抱える学生に対応するため、数学や物理、英語、プログラミングなどの支援を行なう学修支援センターが学内に設置されており、学生の学修支援を積極的に行っている大学です。

(2)自己成長を記録するポートフォリオシステム

 2番目の特色として、全ての学生は、学修に対する、目標、計画、改善といった成長履歴をポートフォリオシステムに入力しています。本学でポートフォリオシステムを導入してから10年以上経過しており、膨大な量のポートフォリオのデータが蓄積されています。

(3)プロジェクト活動が活発

 3番目の特色として、プロジェクト活動が活発に行われている大学です。プロジェクト活動とは、放課後や夏休みといった授業時間外に、学年や学部・学科の枠組みを超えてチームを編成し、ものづくりや地域の課題解決などに取り組む活動です。これらのプロジェクト活動の中では、多くの知識や技術が身につくことはもちろんですが、チームワークやリーダーシップといった人間形成に繋がる様々な経験を積むことができ、多くの学生に参加することを推進しています。現在、100を超えるプロジェクトに4割を超える学生が卒業までにプロジェクト活動を経験し、授業のない土曜日でも、学内はプロジェクト活動を行っている学生で賑わっています。

3.本学における課題

 このように、本学では学生にとってかなり充実した学修支援環境が提供できていると考えています。では、なぜWatsonのような人工知能を導入する必要があったのか、その理由について本学が抱える課題等に触れながら説明いたします。

(1)修学支援の問題点

 本学では、修学アドバイザーという役割を教員の方々にお願いをしています。修学アドバイザーとは担任の先生のような役割で、修学アドバイザーは自分が受け持っている全ての学生と個別面談を年に2回程度行っています。この個別面談の本来の目的は、全ての学生に対して成長を支援するためのアドバイスを提供することにあるのですが、実際は問題を抱える学生への支援が優先される傾向にあります。全ての学生に同じような修学支援を提供できる環境が用意できないかを考える必要があります。

(2)プロジェクト活動と学生のミスマッチ

 もう1つの課題は、先ほど紹介したプロジェクト活動が次々と発足することから、学生が思い描いたものと、参加したプロジェクト活動とのミスマッチが起こってしまっているということです。現在、約3,000名の学生がプロジェクト活動に参加しています。裏を返せば残りの4,000名の学生が課外プロジェクトを経験することなく卒業しているということになります。プロジェクト活動に参加しなかった学生からは、プロジェクトの存在を知らなかったという声や、プロジェクト活動に参加した学生からも、思っていた活動と違っていたためにすぐにやめてしまったという声が聞かれます。このようなミスマッチをなくすことで、学生がプロジェクト活動に参加する割合をもっと上げることができると考えています。

4.人工知能を導入した経緯について

 前述のポートフォリオには過去10年分、約1万5千人分の学生が入力した、希望の進路を目指すために取り組んだこと、資格を取得するために何をしてきたか、人間力を上げるためにどんな努力をしてきたかなど、貴重なデータが蓄積されていますが、有効に活用する術がありませんでした。これらのデータを修学支援の問題やプロジェクト活動のミスマッチの解決に役立てることが本システムの狙いです。しかし、人の手でこれらの膨大なデータを分析することは非常に困難です。そのため人工知能を導入し、これまでの成績や単位数、出席率などの構造化データに加え、ポートフォリオのような非構造化データを人工知能に分析、学習させることで、さらに新しい知見を見出すことができるのではないかと考えています。ここで得られた新しい知見から学生一人ひとりの多様な夢・目的、目標、計画に対して最適なアドバイスを提供できる仕組みを構築しようと取り組んでいます。(図1)

図1 自己成長支援システムのイメージ

5.自己成長支援システムのご紹介

 本学では、学生の成長をステークホルダーである企業の方々に、学生自らがプレゼンテーションを行い自分自身のことを理解していただくためのイベントとしてKITステークホルダー交流会を毎年開催しています。その交流会において、バイオ化学部応用化学科1年の学生が、自身の成長について次のようなことを話しました。

 ①人とディスカッションを行なう仕事に興味を持っている

 ②新しい地域連携プロジェクトに参加したい

 ③人の意見をまとめるのが苦手で、リーダーシップがまだ発揮できていない

 この学生が語った①から③までの項目について、人工知能であるWatsonのツールを使ってアドバイスを行なうという形でシステムの紹介を行います。

(1)構文解析技術を利用したアドバイス

 1番目のアドバイスはWEX-AC(図2)というツールを使って、人とディスカッションを行う仕事に興味を持つ学生に新しい地域連携プロジェクトを紹介します。WEXとはWatson Explorerの略になりますが、このツールは構文解析などテキストデータを取り扱うことが得意です。

図2 WEX-ACの画面

 WEX-ACの中には本学の過去10年、1万5千人分の卒業生のデータが格納されています。登録されているデータは成績や出席率、修得単位数などの構造化データと学生が入力したポートフォリオなどの非構造化データです。WEX-ACは構造化データと非構造化データとの相関も取ることができます。
 まずは、WEX-ACで卒業生が入力したポートフォリオから「ディスカッション」という言葉が含まれている文章を抽出して、その文章を入力した学生がどのようなプロジェクト活動に参加していたかを調べてみます。すると「ディスカッション」という言葉はPMP(PsychoLogical Marketing Project)との相関が高いことが分かりました。さらにPMPに参加している学生がポートフォリオにどのようなことを入力しているかを調べてみると、図3のような結果が得られました。

図3 WEX-ACによる調査結果

 このようにPMPに参加している学生のポートフォリオには「PMPで竪町とディスカッション」や「PMPで企業とディスカッション」などと登録されており、確かに地域の方や企業などとディスカッションを行っているプロジェクト活動ということが分かります。このプロジェクト活動を学生に勧めることで、学生のニーズにあったアドバイスになると考えます。

(2)機械学習や性格分析を利用したアドバイス

 2番目のアドバイスは、機械学習やPersonality Insightsという学生が書いた文章から性格分析を行うことができるWatsonのAPIを用いて、リーダーシップの力をつけるためのアドバイスを行いたいと思います。
 図4は機械学習やランキング学習を用いて、学生自身の成績や履修科目、修得単位、ポートフォリオなどのデータを元に、自分に似た卒業生を検索することができるアプリケーションです。このアプリケーションの「あなたはこんな人」という項目は、学生が入力したポートフォリオの文章から性格分析を行い、性格分析の結果を数値化してグラフを表示しています。性格分析は「知的好奇心」、「誠実性」、「外向性」、「協調性」、「感情起伏」という5つの特性で構成されています。性格を表すグラフの右にある「所属学部」、「所属学科」、「所属クラブ」などの項目は学生自身の情報です。これらの項目を使用してWatsonが1万5千人の卒業生の中から自分に似た先輩を抽出してくれます。

図4 学生類似検索アプリケーション

 リーダーシップに対するアドバイスですが、学生類似検索アプリケーションの性格分析の結果(図5)によると、リーダーシップは外向性の自己主張という値に影響されることが分かりました。ということは、外向性の値をあげるようなアドバイスをこの学生に行えば、リーダーシップの力も身につくものと思われます。

図5 性格分析の結果

 先ほど紹介した学生類似検索アプリケーションは、自分に似た卒業生を検索できるだけではなく、成績や所属プロジェクト、性格分析の5つの特性など、自分の項目の値を変更して検索することで、値を変更した後の自分に似た卒業生を抽出することもできます。この機能を使って、自分の外向性の値を高く設定して検索を行い、外向性を高くした自分と似た卒業生を抽出します。さらに、ここで抽出された卒業生がリーダーシップについてどのようなことを考えていたかをポートフォリオから確認します。
 図6はWEX-ACを使って、抽出された卒業生のポートフォリオからリーダーシップについて入力された内容を表示しています。この卒業生はリーダーシップについて「メンバー1人ひとりの特徴を活かすように心がける」とか「チーム活動でみんなをまとめ、意見を発表しリーダーの立ち位置でいる」ということを考えていたようです。この内容を見て、リーダーシップの能力が高い卒業生はこんなことを考えて行動していたということを伝えることで、リーダーシップに対するアドバイスになると考えます。ここでのポイントは、単なる卒業生ではなく自分に似た卒業生の考え方や行動ということで、親近感や説得力も増すのではないかと思います。

図6 卒業生のリーダーシップに関する記述

(3)会話アプリケーションでの自動化

 ここでは(1)と(2)で行ったアドバイスをConversationというWatson APIを使用して、自動化したイメージを紹介します。このAPIは学生との会話のやり取りを構築することができ、また(1)で紹介したWEX-ACで得られた結果を呼び出したり、(2)で紹介した性格分析や機械学習の結果を呼び出すこともできます。(1)と(2)の内容をConversationで会話形式にしたものが図7になります。白色の吹き出しがWatsonで、緑色の吹き出しが学生の会話です。

図7 会話アプリケーションでの自動化

 このようにConversationを使うことで、学生がWatsonからアドバイスを受けるための会話を構築することができます。しかし、ここで紹介した会話は1つのパターンに過ぎません。会話には様々なパターンがあり、学生がWatsonと自由に会話しながらアドバイスを受けるには、会話のパターンの洗い出しや設計が重要になります。今後も、会話のパターンの洗い出しやシナリオ設計を継続し、機能を充実させていく必要があります。
 なお、本学の自己成長支援システムは(1)から(3)で紹介したWatsonのツールやAPIを組み合わせて構築されています。

6.自己成長支援システムの公開

 2017年8月に自己成長支援システムのリリース第1弾目のイベントとしてKIT Watson Weekを開催しました。このイベントでは学内に専用ブースを設け、学生に自己成長支援システムを体験してもらい、課題や使い勝手などの情報収集を行いました。図8はイベントの概要とこの時リリースした自己成長支援システムの画面イメージです。

図8 KIT Watson Weekと自己成長支援システム

 KIT Watson Weekにて自己成長支援システムについてアンケートを行った結果、使ってみた感想は概ね好評でした。しかし、わかりづらいとか択一的な返答だったなどという意見もあり、これらの意見もシステムに反映していこうと考えています。

7.おわりに

 KIT Watson Weekでは、本学の修学支援についてもアンケートを行いました。その中の「自分自身が成長するための具体的なアドバイスを必要としていますか」という設問には、実に88%の学生が必要としていると回答していました。この結果からも学生一人ひとりにあった成長を支援するシステムの実現という方向性は間違っていないと感じています。今後も学生の成長のために自己成長支援システムの改善や機能強化に取り組んでいきます。


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