事業活動報告 No.2

教育改革FD/ICT理事長・学長等会議開催報告
―大学の教育力向上、教育の質保証に向けた改革とICTの活用―

 平成29年8月2日(月)午後1時、青山学院大学渋谷キャンパスを会場に60大学6短期大学より、理事長、学長、副理事長・理事、副学長・学長補佐、教務部長、学部長、短期大学学科長等関係者が参集して「大学の教育力向上、教育の質保証に向けた改革とICTの活用」をテーマに開催した。
 開会にあたり、向殿政男会長(明治大学)より、「三つのポリシーによる実質化に向け、教育改革を振り返る中で、課題及び戦略を再認識しつつ、ICTの効果的な活用について理解を深める機会にしたい」との挨拶があった。
 次いで、会場校を代表して、青山学院大学の三木義一学長より、「ICTに関る教育力の向上は、大学に大変重要な課題で、将来は全学生の進路を把握して、学生一人ひとりに最適の条件を知らせて活躍できるようにしてあげたい。今日の会議はそういう課題のヒントをうかがえると期待している。」との挨拶があった後、プログラムに入った。

講演

「学力の三要素を深化・発展させる大学教育改革とICT活用」

日本学術振興会理事長、文部科学省高大接続改革チームリーダー、本協会副会長 安西 祐一郎 氏

 これから課題になるのは、個々の大学がどういう学生を選抜し、どういう教育をして、社会でどのような立場でも、活き活きと活躍していく卒業生を1人でも多く出すことが大学の評価になっていくのではないかと思っている。何のために入試や大学教育を変えていこうとしているのか、何のためにITを導入するのか。それは学生一人ひとりが、いろいろな場所でもって活躍をしていけるように、ポテンシャルを作ることだと思うので、そういうことを目がけて話させていただく。

1.「学力の三要素」とは何か

 「学力の三要素」とは、学校教育法に基礎的な知識・技能、思考力・判断力・表現力その他の能力、主体的に学修に取り組む態度と規定されているが、中教審答申(2014年12月)では、主体性をもって「多様な人々と協働して学ぶ」態度としており、多様な人々と協働するということが、これからの時代の要請で一番大事になると思う。卒業後どういう人生を歩むかということを、大学関係者が気にすることが大事なことであると思う。2019年から高大接続改革が始まるが、「学力の3要素」の全てをカバーしていくことになる。これに2020年度に小学校1年から6年まで、まとめて次期学習指導要領が始まる。そのキャッチコピーは、社会に開かれた教育課程と、いわゆるアクティブ・ラーニングが小中高の学習指導要領全体に入ってくる。そうなると、高大接続改革を通じて「学力の3要素」をどのように身につけるかが、皆に問われることになる。その中で、何を身につければ「思考力」が身につくことになるのか。例えば、高校英語の特徴は「読む」と「聞く」はしているが、「書く」と「話す」をほとんどしない。英語の長い文章を書くトレーニングはほとんどしない、話すトレーニングはなおさらしない。こういうトレーニングが「思考力」に全部入ってくる。4つの技能が「思考力」の中で、「表現力」の中でどういう役割を果たすのかということが、ほとんど議論されない。学生にアクティブ・ラーニングといいながら、大人のほうが思考停止している。
 高大接続改革のスケジュールは、2019年度に「高校生のための学びの基礎診断(仮称)」から入り、2020年度に「大学入学共通テスト(仮称)」が2021年4月の入学者から始まる。大学入学共通テストでは、国語と数学で「記述式」のテストが入ってくる。また、英語では4技能のテストに民間の資格・検定試験が使われるようになる。高校生の学びの基礎診断は、2019年度から各高等学校の希望で民間のテストを国語、数学、英語に入れてくると思う。
 高校生は人ときちんと話をする、あるいは自分の思っていることをきちんとまとめて、相手の立場を考えながら、論旨明快に話をする。トレーニングがほとんどできていないままに大学に進学すると、中国、韓国、インドの同世代と一緒に仕事をする時にどうするのか、深刻な課題で、その大きな原因が入学試験にあると思われる。これからAI(人工知能)が入ってきて激変する時代に、主体性をもって自分から学び、卒業してから頑張る大学生をどのくらい輩出していけるかが、大学の評価になってくるのではないかと思われる。

2.学力の三要素を深化・発展させるとはどういうことか

 一つは、なぜ(何のために)深化・発展させないといけないのか。二つは、何を深化・発展させないといけないのか。三つは、どうやって深化・発展させるのかを考えると、当然のこととして個別の大学の目標は何なのかが問われてくる。1人でも多くの卒業生が社会で活躍してくれる、社会に貢献するということが大きな目標だと思う。その目標が満たされるように上の三つの問に対する答えを見つけていくということになる。高等学校と大学は目的が全く異なる。高校は義務教育の上にあるレベルで社会を支えていく、社会をリードしていく、一番基本的な力を身につける場だと思う。大学は誰でも学べる所で、世の中に対してオープンということが高校とは全く異なる。大学が目指すべきは、高大接続が問題ではなく、大学が社会とどういうふうに繋がるかという「大社接続」が最大の課題である。
 日本では18才から22、23、24才の同世代が暮らすのが大学と思われてきたが、将来は変わっていくようになる。そういう中で大学の役割は変わってきている。そこで大事なことは、3ポリシーを公表し、高校生、保護者、大学で学びたい社会人、誰に対しても大学の中身が分かるように知らせてあげて欲しい。大学の内容をオープンにして、このような教育ができる、卒業すればこういう活躍が期待できると語っていける大学が報われるようになって欲しい。これができるようになっていくか、今転換期にあると思う。

3.社会の変化と人材育成

 社会が本当に変化している。技術が変わっていく時には必ず雇用が変わってくる。これに大学の教育がどのように対応していけるかが課題である。労働生産性が低いというのは日本がよく言われているけれども、低いと言われても何も実感がわかない。残業時間が多すぎる言われているが、どうすれば効率よく効果的な仕事ができるようになるのか、教育に関係がある。
 第5期の科学技術基本計画(2016年〜2021年)では、ITをベースにした柔軟な構造のビジネス、超スマート社会を目指している。日本が柔軟でないところが特徴的な社会で、これを変えていくのは容易ではないが、科学技術の方ではAIを活用した社会に向けて変わろうとしている。経産省が中心に作った2030年を目指した「人工知能技術戦略会議の研究開発目標と産業化ロードマップ」の通り、健康・医療、車社会、生産、サービスなど、全部ITベースで変わっていく問題が議論されている。その時に大学教育に求められるものは、IT人材の育成だけではない。何が変わるべきかというと、受け身でもって教員に言われたことが正しい、本に書いてあることが正しいと鵜呑みにして卒業できる人材ではなく、その逆の人材、能動的に学びができる人材の育成が課題となる。

4.「書く」と「話す」:記述式問題・英語4技能入試の意義と大学教育

 学習指導要領の改訂、小学校、中学校はすでに告知され、今は指導書の設計・教科書の設計に入る。高等学校の学習指導要領は平成29年度中に決めて告知され、指導書、教科書とスケジュールが動いていく。その中で大きな特徴として「何を学ぶか」だけではなく、「どのように学ぶか」ということが、初めて学習指導要領に入ってきている。そういう中で、記述式問題、あるいは英語4技能の入試が多少話題になっている。なぜ大事なのかというと、論旨明快に思考して、論旨明確な表現で相手の立場を考え、書いたり話したりするトレーニングが今までほとんどできていない。世界で多様な人達と協働していくための最低条件である。
 大学入学共通テスト(仮称)に導入される「記述式問題」とは、書き手の意図を反映する明確な構造を持った文章、図などを、読み手が明確に理解できる表現によって記述する力を問う問題で、小論文とはまったく異なる。例えば、国語のテストにおいて100字程度の文章を書かせることで、思考力が問えるのかという意見もあるが、100字の文章をきちんと書けるというのは相当なトレーニングが必要となる。そのためには、高大接続改革によって身につけるべき、知識、技能、思考力、判断力、表現力、主体性、多様性、協働性のすべてが含まれる。普通に日本語を書くことのトレーニングが、高等学校でほとんど行われなくなっており、非常に大きな問題だと思う。
 OECD(経済協力開発機構)の15才を対象とした生徒学習到達度調査(PISA調査)によれば、日本は思考力・判断力・表現力等を問う読解力や記述式問題、知識・技能を活用する問題に課題があるとされている。多肢選択の問題は答えるが、自由記述は無答率がかなり高い。このようなこともあって、大学入学共通テストの国語、数学に記述式問題を導入することにしている。また、英語はこれまでの「読む」、「聞く」に、「書く」、「話す」を加えた民間の資格・検定試験による4技能のテストを導入することになっている。2024年度まで大学入試センターで「読む」、「聞く」の2技能のテスト、または民間の4技能のテストを並行してもよいことになっているが、2025年度からは4技能だけに絞ることになる。2技能だけで十分という大学もあるかもしれないが、「書く」、「話す」の力をどの程度持つかは、将来において卒業生の力としてかなり影響していくだろう思う。それには、4技能のテストをアウトソースするのが一つの方法と思っている。ただ、どの団体の試験を使うかは、ヨーロッパ評価基準のCEFR(外国語の学習・教授・評価のためのヨーロッパ共通参照枠)を用いて標準化を図ろうとしている。どの団体の試験を用いるかは、各大学で決めることになるので自由度が非常に大きい。
 文科省の高校3年生を対象とした「平成27年度英語力調査結果」(「読む、聞く、書く」は公立高校9万人、「話す」は2.2万人の結果)によれば、「書く」、「話す」は、高校生の大半が0点に近い。大規模大学のペーパー入試は、ほとんどがReading、あるいは穴埋め問題となっている。Writingが非常に大事と思うが、2次試験に出している大学はあまり多くないように思う。これを国の共通テストでアウトソースできるようにしようという考え方である。自分の考えをまとめ、論旨明確に書けるかどうかということでは、国語も英語も同じなので、英会話ができるかどうかというよりは、基本的な書く能力の方が大事と思われる。
 思考力、判断力、表現力とは何か、ほとんど議論されていない。以下の通り各項目に重複があるけど、おそらく、読解、文章構成などの「言語」、統計的思考、論理的思考などの「数」、モデルを構成し抽象化、合理的に予測するなどの「科学」、歴史や社会の複雑な現象から問題を端的に把握するなどの「社会」、仮説を立てて推論する、文脈に応じて問題解決の道筋を定めるなどの「問題発見・解決」、的確な情報を収集する、情報を整理して体系化するなどの「情報の活用」が考えられる。その中で思考力を伸ばす教育というのは、これらの項目の何を伸ばすことになるのかを考えておくことが大事だと思う。

 ICTをベースにした教育で育ってほしいと思うのは、知識、技能も身に付くし、思考力、判断力、表現力が伸びていくことが大事と考える。もう少し思考力の中身を深く掘り下げて吟味し、ソフトウエアや問題例などについて十分考えていく必要がある。
 イギリスの中学生・高校生向けの「世界史」の教科書の付録に載っているセルフガイドには、批判的に読む、帰納的な推論、あるいは演繹的な推論などのレベルで中学生・高校生が自分で学ぶようになっている。
 演繹的推論の力を身につけるのと、帰納的推論の力を身に付けるのとでは、教材が違う、問題例が違う。そこまで体系立ててICTを用いて学習スキルの養成を考えていくことが望まれる。
 主体性が大事とよく言われる。本当にこれが一番大事で、私がある大学の授業で「主体性をもって学ぶにはどうすればよいか」のシラバスを以下にまとめた。

 一方で、「Future Skills Project研究会」で8年目に入るが、主体性を身につけるにはどうしたらいいかという、ボランティアの活動をしている。約20大学、約100企業が参加して、大学1年春学期を中心に約6,000人が受講している。

5.ICTの将来像

 デジタル革命が教育に与えるインパクトはものすごく大きい。一つは、学生一人ひとりが学ぶプロセスを的確に分析することが大事になる。今まで学生を見る視点は、教員が教える場面と学生の成績だけだった。学びのプロセスとして、何を途中で身につけ、何をつまずいていたのか、見ていく必要がある。それを調べる分析方法が徐々に可能になってきたので、そういうことまで立ち入って考えないといけない。二つは、AIの技法ではなく、データを如何に確保していくかだ。学生の学びのプロセスとビックデータを散逸しないように、綿密なデータベースをどの程度持っているかが、大学間の競争力に関わってくるのではないか。ICTを活用して大学教育の将来をどうしていきたいか、夢はかなりある。AIによって仕事も変わっていく。アメリカのベンチャー系企業は、若い人達のエネルギーと猛烈なスピードでできている。こういう活力は、必ずしも有名大学を卒業したからということではない。エネルギーを持つ、意欲を喚起させることを教えてあげられるかどうかは、それぞれの大学でできる。仕事が変わってくるのは当たり前なので、これから10年後、20年後にどういう仕事が出てくるかということを予想して、教育を考えていくことが大学の大きな役割だと思う。2045年はSingularityといって、AIが人間を超えると言われている。めまぐるしく変わる世界で、どのような力を求められるのか、それに相応しい教育を創っていくことが必要と思う。

講演

「大学価値の向上を目指したIRの試み〜学生のリフレクションを促し、成長に結びつける」

京都光華女子大学・短期大学部EM・IR部長、特命教授 水野 豊 氏

1.アセスメントの理念と目的

 本学は、仏教精神に基づく女子教育を建学の精神とし、大学院2研究科、こども教育学部、健康科学部、キャリア形成学部、短期大学部を有し、学生数は2千人ほどの小規模大学で、同一キャンパスに幼稚園、小・中・高が併設されている。
 10年程前から建学の精神を具現化する教育システムとして、エンロールメント・マネジメント(EM)を導入している。
 入学前から卒業後まで、一人ひとり学生個別の教育と、生活支援を統合化する中で、成長支援を総合的に支援していくため、組織横断的なトータルマネジメントを理念としており、それぞれの取り組みが適切に行われているのかを点検するために、経験や勘に頼らない科学的なアプローチを導入して検証するIRを行っている。その上で、データに基づくエビデンスベースの支援を積み重ねる中で、建学の精神である「思いやりの心をもって社会に自立した女性」の育成に取り組んでいる。
 大学の価値を高めることをIRの目標としており、学生一人ひとりの成長支援、教育の質の向上、経営戦略への支援という機能が求められている。また、新しい時代の教育を創造する手段として、データ等を適応していくことが求められる。その成果をステイクホルダーなどに発信する中で、人材養成の魅力と信頼性、社会との関係構築をより深めるということで、大学により相応しい学生に来ていただけるという面で、IRというものが期待されているのではないかと感じている。

2.アセスメントを入学から卒業までどのようにデザインするか

 アセスメントの主なものとしては、①入学時点の学生理解を客観化する外部委託の「大学生基礎力テスト」、②1年生から4年生を対象に学生の主体的な学修態度を可視化する「ALアセスメント」、③授業外学習の内容・時間・場所と効果を把握する「学習時間等学修行動調査」、④2年生から3年生を対象に社会で求められるリテラシーとコンピテンシー能力を客観化する外部委託の「社会人基礎力テスト」、⑤学生がディプロマポリシーの達成度を自己評価する「DPルーブリック」、⑥4年生を対象に卒業生の満足度を把握する「卒業時満足度アンケート」などを学生全員に行うことにしている。その際、学生の成長支援を視野にIRを展開するには、ICTを活用してデータの紐づけ、アセスメントの関連性を確認する中で、情報システムを適切に運用し、データの有機的関連性を確保していくことが不可欠である。データの分析事例は下図の通りである。

3.アセスメントを成長支援にどのように生かしていくか

 成長支援をより実現するには、アセスメントを実施した結果を学生にフィードバックして、主体的な振り返りを如何にさせるかが重要で、教員から学生にアセスメントの趣旨を徹底して理解させ、次の学修行動に向けて主体的に改善を自覚し、計画できるように支援することが大事である。それを支える学生支援情報システム(「光華navi」)は、教職員の協働性を高めるデータベースとして、学生にある程度の情報が参照できるようにすることが大切である。その他に、業務上発生する学科データ、入試データ、基本統計データ、学生活動データを「京都光華IR辞書」として、100種類弱以上リスト化し、学内共有の各データベースを作り上げている(下図参照)。

4.アセスメントを大学教育・高大接続改革にどのように生かすか

 大学教育改革にIRを結びつけていく上で、考えなければいけない問題がある。本学のようにスモールサイズのIRでは、課題の優先順位づけ、機動性ある取り組み、一部学科でのスモールスタート、フィードバックと改善・継続を心がけながら、戦略性に富んだ一体的な情報管理運用のマネジメントをしている。そのための組織横断的なトータルマネジメント組織として、EM・IR部を設置している。エンロールメントマネジメントできる部員等を配置し、定期的な活動計画を大学の最高意思決定機関である運営会議に提案し、その決定を受けて行っている。
 IRで扱うデータは、学内・学外で収集したデータの分析結果と、関係者によるリフレクションのデータを集積して、成果の可視化データや改善・改革提案の基礎データとして導き出し活用している。
 IRの活用例として、一つは、早期退学者防止対策に活用している。毎週、全学科全ての1年生の情報(例えば、欠席の数)を学内ポータルサイトに掲載するとともに、アセスメントしたプレスメントテストの結果と、大学生基礎力テストの関連項目を一覧できるようにして発信することで、早期の対応がしやすくなるようにしている。
 二つは、科目群ごとの成績分布の分析に活用している。成績評価(達成度)の適正性をカリキュラム構造に沿って見ることで、学生のつまずきを発見するとか、カリキュラムの密度が高すぎるなど、学位プログラム全体の改善の一助としている。
 三つは、授業外学修時間と学修行動の分析に活用している。シラバスに授業外時間数を表示しているが、教員が想定する学修時間と、学生が実際に学修した時間との相関データから、授業内学修と授業外学修の計画改善に適応している。
 その上で、提供したデータが、PDCAサイクルに活かされているか、という問題が最大の課題となった。そこで大学は、三つの方針を立てた。一つは、教育ニーズから出発し、改善に結び付ける。二つは、教員間及び教職員間の情報共有性を高め、協働して取り組む。三つは、データに基づくPDCAサイクルの定着を最優先として取り組むことにした。
 IR活動でPDCAを回す時に心がけていることは、フィードバックの際に参照的なデータや解釈の枠組みは示すが、結論めいたことはEM・IRはしないことにしている。討議すべき観点をフォーマットの形で配信し、総合的な総括と評価は大学全体で行っている。また、教育改善努力を必要に応じて積極的に学生にも伝え、対話する試みを行っている。
 3ポリシーの適切性の検証・改善サイクルにもIRを用いている。カリキュラムマップの中にディプロマポリシーと各科目の到達目標に対して、教員がどの程度のエネルギーを注げるか、エフォート率(授業内外の学修活動の総和)の学習量を表示することで、学位プログラム全体でのカリキュラムの重みというものを、数量的に表現できるようにしており、ディプロマポリシーを構成する能力の視点から、カリキュラムの分析・評価に活用している(下図を参照)。

 高校、大学、社会に求められる学びの3要素について、大学教育では創造性と社会性を如何に育てるかが重要になると思う。それには社会との教育連携、高校との教育連携が求められる中で、それに寄与する戦略的なIRの視点が非常に重要になってくる。また、これからのIRの課題として、入学生の入学後の動向分析、卒業時の質保証としての卒業生の動向を適切に把握し、必要なキャリア支援をしていくことが必要性と感じている。PDCAサイクルを回す仕組みは上手くいかないので、マネジメントしていく仕掛けが非常に大事になってくる。
 新たな時代に相応しい教育の実現を図っていくには、ICTを活用したエビデンスベースの教育改革を進める必要がある。共通的なポイントとしては、改革目標の明確化と中長期計画、学修成果可視化による成長支援と教育改善との循環の理念共有、アセスメントポリシー確立と体系化、学習者の視点に立った教育支援方策の策定・実行、PDCAサイクルを促進する仕組みの定式化、学生支援情報システム(ICT)の有効活用とメンテナンス、中長期的な視点に立ったIR人材の育成・処遇が重要と感じている。

【質問】IR室の体制、マネジメントの苦労などをお聞かせいただきたい。

【回答】EM・IR室は大きくなく、専任の部長の私と、IRの仕事をかなりの確率で担当している職員は1.5名程度。その他は、各セクションでエンロールメントマネジメントの役割を担っているマネージャー級の人を部員として、理事長からの発令に基づいて担当している。マネジメントの点では、IRで何を扱うかが大事で、様々な分析結果について教員組織で検討し、EM・IR室にフィードバックするようにしている。建学の精神自体を如何に具現化するかという中で、エンロールメントマネジメントという考えが出てきた。それを確かなものにするため、エビデンスベースの検証を行うことにしたので、全学的に理解度は高いかなと思っている。何を目指すかということを、大学の教職員等に丁寧に説明し、具体的に実現していくキーパーソンを配置していくことが必要と感じている。

【質問】学生の挙動まで含めて大学が情報を把握し、教職員で情報共有し、フィードバックすることについて、情報保護規定との関係、学生への周知徹底の仕方と、自習時間の計測の仕方を伺いたい。

【回答】一人ひとりの情報に対して、どのような範囲の人がアクセスできるかというアクセス権を決めた上で扱っている。例えば、学習の障害のある学生について、学内のチームで取り組みができるシステムになっているが、非常に閉じられた設定をしている。授業に直接関連した授業外学修時間についての計測は、毎週時間をかけている選択肢、0とか、1時間以内、2時間以上とかの中間値を数値として置き、該当する学生の数と受講生の数を割っていくことで、当該授業に対応する学生の授業外学修時間と評価している。

全体討議

「大学の教育力向上、教育の質保証に向けた改革の課題とICT活用」

【話題提供】

「全学横断基盤力テストによる卒業時質保証とステークホルダーによる外部評価の試み」

 千代 勝美氏(山形大学学術研究院教授)より、主に次のような紹介が行われた。

1.大学教育の質保証

 教育の質保証に大学では、ディプロマポリシー(DP)やカリキュラムポリシー(CP)を設定し、カリキュラムマップのチェックリストを作る等して、既存の教育システムを評価している。また、GPAなどで成績を担保するとともに、授業外学修時間の測定も行い、学修行動等を評価分析している。山形大学でも以上のことは全て対応しているが、比較的に出欠確認の強化にICカードリーダーを全ての教室に設置し、対応している。IR部を早い時期に設置し、積極的に教育関係研究や経営関係の強化・分析を行っている。
 昨年度にDP、CPを点検・修正するため、教育担当副学長による全学共通の見直しが行われたが、課題が出てきた。DP、CPを設定して教育の体系を提示したとしても、学生の能力がどの程度向上しているのか分からない。平成29年度に6学部中4学部を改組した際に、教育改善がどのように行われたか、GPAやグレードポイント(GP)を比較しても継続性がないので難しいということになった。出欠確認は的確に行っているが、授業外学修時間の測定は難しい。IR部はデータ収集をしているが、適切な提言・検証などの機能ができていないなどであった。

2.山形大学での質保証の考え方

 そこで質保証について検討した結果、次のような点を留意することにした。一つは、授業間の相関による成長の測定や、授業だけで学生が成長しているわけではないので、授業外学修や他の活動とのシナジーによる成長も測定する。二つは、1年生から4年生へどのように成長したかを測定していく必要があり、単に124単位を積算して成長していると考えるのは適切でない。三つは、IRの評価検証を効率よく行うには、大量の低質なアンケートや調査結果は活用できないので、データの標準化・規格化を行うことが重要である。四つは、評価データの提示・利用は、学生や保護者を含めたステークホルダーにこそ提供すべきとした。

3.基盤力テスト

 アクティブ・ラーニングの成果をどのように評価できるのか、GPだけでは評価できない、とのことから議論を始めた。授業のテストと違った観点で、学力、コンピテンシーを測れるとして、平成29年度より1年入学当初、1年終了時、3年次に基盤力テストを実施し、達成度の伸びを評価することにした。既に本年4月に6学部の1年生1,700人を対象に、スマートフォンで基盤力テストを実施した。
 基盤力テストの構成は、学問基盤力、実践地域基盤力、国際基盤力としている。学問基盤力は、専門を学ぶ力として、全学部共通で国語力とグラフやデータから読みとる力を調べる数的文章理解と、理系を対象とする数学、物理学、化学、生物学のテストとしている。実践地域基盤力は、全学部共通で5因子性格調査により、人間力や社会人基礎力・キーコンピテンシーを測定する。国際基盤力は、10数年前から必修で実施しているTOEIC等を使うことにしている(下図を参照)。

 入学オリエンテーションで、全ての基盤力テストを30分以内に実施するために、ポータルアプリというスマートフォン版を作り、それに組み込むようにしている。テストには項目反応理論を適用し、学生が回等を間違えると簡単な問題を出し、正解すると難しい問題を出すというテストにしている。学生のスマートフォン所有率が99%以上なので、オリエンテーション時にアプリ導入の指導を行い、テストを実施することにした。全学への導入は、教育担当副学部長が構成する統轄教育ディレクター会議で、教育内容の摺り合せ、教育課題を議論し、調整している。

4.ステークホルダーによる外部評価

 外部評価については、一般的にどの大学でも実施している専門家による第三者評価に加え、インターンシップ、フィールドワーク、出講などの受け皿として、地域企業、自治体、教育委員会、高校、保護者からなる山形大学アライアンスネットワークを母体に、教育改善アドバイザリーボードを形成し、大学教育の評価と改善に積極的に取り組んでいる。学生や教員との懇談、授業参観による提言などを始めている。実践型・課題解決型授業を通して、学生の主体的・協働的な学びの充実を目指している。

5.学生ポータルアプリ

 学生ポータルアプリを開発した目的は、学生へ提供する情報、学生から提供される情報が大量になってきたことから、学生が必要とする情報のポータルを考えた。例えば、クラス分け、テスト・休講情報、出欠情報、履修状況等、学生へ提供する情報が多いことと、アンケート、出欠、ミニットペーパー、安全確認等、学生から大学に提供される情報もかなり増えてきた。また、個人情報保護の観点から、姓名を掲示して学生にコンタクトをすることが非常に難しくなってきた。
 実際に大学が提供している情報で、学生が利用しているものは数%程度と低い。大学はWebのポータルサイトで全ての情報を提供しているが、それを利用するには学生自身が能動的に情報を探索する必要があり、探し出すのにも非常に困っている。そこで学生目線のポータルサイトアプリを考えた。これまで公表できなかったようなデータ、例えば、学生個人の成績・履修状況・出欠状況の提供や、学生の個別データの収集も可能になる。提供している情報がその学生に必要なものだけであれば、学生のミス、事務的なミスの削減や情報の発信コストも削減できる。
 アプリの使用率は80%となっており、授業改善アンケート、基盤力テスト、出欠確認などに利用されている。学生の基盤力テストや学力調査などの結果は、レーダーチャートで学生に表示されるようになっている。ICカードリーダーは学生証1枚当たり3千円で、カードリーダーは1セット15万円程度と負担が大きい。今後は、試験運用段階だがビーコンと言われる卵サイズの電波を発する装置を教室に設置することで、費用負担も大幅に削減できる。また、学生のスマートフォンがこれに反応して、学生が教室授業を実際受けている状況や、授業外学修時間に空教室で勉強している状況、図書館での利用率の把握などの利用が考えられている。

【話題提供】

「知識の創造を目指したICT活用による多分野連携フォーラム型授業の提案」

 片岡 竜太氏(昭和大学歯学部教授)より、主に次のような紹介が行われた。

1.多分野連携フォーラム型授業提案の背景

 一つは、厚生労働省の健康施策では、消化器や呼吸器などの「臓器型」から、「全身健康管理型」に移行することになり、医学、歯学、薬学、看護学、栄養学、体育学などの分野が、教育面で総合的な連携を深める必要があるとしている。二つは、健康社会の実現には、自職種の限界を知り、多職種の視点を組み合わせる中で、最適な解決方法を合理的な思考を踏まえて考えるクリティカルシンキングを中心としたチーム学修が必要となっている。三つは、医学教育において、伝統的な「学問分野基盤型教育」から、「統合型・多職種連携教育」への転換が進んでおり、答えが定まらない社会的なニーズを共通の目標とする課題について、多分野の学生が知識を組み合わせ関連付け、考察・発想するICTを活用したアクティブ・ラーニングを検討した。
 平成28年度改訂版の医学教育モデル・コア・カリキュラムでは、多様な社会的ニーズへの対応が大きな目標となっており、患者中心のチーム医療として他の医療従事者との連携を身につけることを必須項目としている。しかし、歯学部における多職種連携教育では、講義は多くの大学で行われているが、PBLや臨床実習に取り組んでいる大学は4割程度と少なく、単科大学において多職種連携の実習が難しい背景もある。

2.提案の主なポイント

(1)クリティカルシンキングの強化

 アメリカの歯科医学教育学会では、卒業時に身につけるべき能力として、1位がCritical Thinking、2位がProfessionalism、3位がCommunicationとなっている。クリティカルシンキングは、与えられた情報や知識を鵜呑みにするのではなく、複数の視点から注意深く、論理的に分析する能力や態度としており、問題を分析して、解決の方向に向けて、協働作業をする創造的思考の必要条件で、クリティカルシンキングができないと、アクティブ・ラーニングができないことになる。クリティカルシンキングとは、琉球大学の道田氏の図を改変させていただいた下図のとおり、知識を基盤として多面的にとらえ、問題を整理し学習項目を設定して論理的・合理的な思考で本質を見抜く中で、問題を解決する学びのことで、複数の視点から注意深く検討する態度を身につける、具体的な状況でどのように解決するか検討することにより、現実に対応する技術を学ぶ、問題解決・臨床推論のステップを学ぶという点が非常に重要である。

(2)知識を創造する教育の実現

 答えがない社会的な問題を解決するには、様々な分野の学生が持っている知識を共有する中で、社会の様々な知識や情報を調べて関連付けを行い、組み合わせることを通じて多面的に問題を捉え、新たな視点で考察できるように、知識の創造を訓練することが重要となる。医学教育の大家であるHardenによれば、現在の教育は、教員が専門とする分野、いわゆる蛸壺の中で学問分野基盤型の教育を行っているが、社会のニーズを共通の目標とする教育になってくると、蛸壺から抜け出し、多分野で調整・統合し、新たな知を創り出す統合型・多職種連携教育による分野横断型の教育へ転換するようになるとしている(下図を参照)。

(3)ICTを活用した分野横断フォーラム型授業

 「臓器型」から「全身健康管理型」の健康を考えるようになると、全身を包括してみる力が医療人をはじめとする関係職種に求められてくる。教育面でも、医療従事者以外に福祉、保健、行政など多分野の職種が連携する中で、多様な知識を組み合わせ、実現可能な最適な解を創り出す、クリティカルシンキング中心としたチーム学修が必要である。
 本協会歯学分野の学系別FD/ICT活用研究委員会では、学生に最良の学びを提供できるように、ネット上に社会的な課題を掲げ、多分野の有識者による知見を教材として共有する中で、異なる分野の学生が時間と場所の制約を受けずにチームを構成して、グループディスカッションしながら、多面的に学ぶ環境の授業モデルを構想した。この授業により学生が身につけるコンピテンシーは、一つは、自分の意見を分かりやすく他者に伝え、人の意見を傾聴して、積極的で効果的なグループ討議ができる。二つは、問題解決のために、エビデンスの高い適切な情報を活用できる。三つは、討議のプロセスとその結果について、分かりやすく発表し、質疑に答えられるようになり、これを通じて知識の創造を行っていくことを考えた。

3.昭和大学における多職種連携教育の実践例

 昭和大学は、医学部、歯学部、薬学部、保健医療学部の4学部からなる医系総合大学で、保健医療学部は看護、理学、作業からなっている。1年の時は全員が1年間、山梨県富士山のふもとで、学部学科を混ぜた構成で4人相部屋の全寮生活をすることで、入学から卒業まで一貫としたチーム医療教育を行っている。
 「超高齢社会のニーズに応えられるチーム医療ができる医療人を育てる」という目的で、4学部連携進PBLチュートリアルを4段階で実施している。
 1年次の第1段階では、医療倫理などコミュニケーション教育実践をテーマに、学部学科が混成した8名程度のグループを69グループ編成し、27名の教員がファシリテータとなってPBLを行っている。
 第2段階(医・歯・薬3年次、保健医療2年次)では、関連領域を統合して学ぶ、チーム医療を知ることを目指して、4学部の学生が専門性を発揮しながら討論できる臨床シナリオ(症例)、例えば,脳梗塞などを提示して、ペーパーペイシェント(紙上患者)でPBLを行い、プロブレムマップを作らせている。
 第3段階(医・歯・薬4年次、保健医療3年次)では、学部連携の病棟実習シミュレーションのPBLを行っている。
 第4段階(医・歯・薬5年次、保健医療4年次)では、チームになって1人の患者を月曜から金曜まで担当し、問題を把握して、治療ケアプランを立てる卒業前までの仕上げのPBL実習を行っている(下図参照)。

 教員の役割として重要なことは、PBLチームに混在する4学部の学生が主体的に学びに入れるように、臨床のシナリオ作りを行っている。その際、各学部学科の学生の注意事項を確認して、教材に盛り込む内容、優先順位全体像、バランス、量などを考えながら、何にも発言しないことがないように、学生の出番を作る。その中で、医療分野だけでなく、患者家族の背景、住まい、福祉、生活、支援など医療介護福祉制度、地域の特色を盛り込むことで、学生は幅広い学びができる。
 このPBLで身につけることは、知識の修得ではなく、ある疾患をテーマとして、取り組み方を身につければ、他の疾患でも同じように取り組むことができ、知識の創造の仕方を身につけることが、重要であることを学生に理解させている。
 PBLにおけるICTの活用は、下図の通り、山梨県で学生がPBLを行う日は、教員は東京から山梨県に行くが、その日に帰ってくる。学生はコアタイムの1日目に、シナリオより学習項目を抽出し、自己主導の学修を行い、その学習成果のサマリー、説明ファイルをPBL支援システムに提出する。東京にいる教員が見てフィードバックを行う。次週のコアタイム2日目のグループ学習に備えるため、フィードバックで再修正した学習成果のサマリー、説明ファイルをグループに出して、学習成果を共有して学び合いを行うようにしている。

 大学間でのICT活用の事例としては、文科省の「大学間連携共同教育推進事業」において、北海道医療大学と岩手医科大学と昭和大学の3大学が連携した取り組みに積極的に活用している。学生との交流をスカイプで結び、それぞれの大学で学んだことをWeb上でディスカッションしたり、スライドを提示したり、質問したりした後に、スカイプでディスカッションしている。さらに、議論を深めるために、スカイプとWeb、Moodleを多用している。
 また、将来医療人としての長期目標の設定、授業前の目標に対する振り返りと、次の授業に向けた短期目標の設定、自己評価と生涯学習ができる医療人を育てることを目指して、ポートフォリオを活用している。6年一貫の教育の中で振り返りをすることで、成長を確認をしながら、将来的な目標に向けて学びを改善していくイメージで活用している。

4.多分野連携フォーラム型授業の進め方

 フォーラム型授業の進め方として、例えば次のような手順を検討している。一番目は、都市部を中心とした高齢者人口の増加、認知症の増加、高齢者の独り暮らし、夫婦のみ世帯の増加、疾病構造の変化など、地域の超高齢化をとりまく課題をWebに提示することで、異なる分野の学生が健康長寿社会の実現に貢献できるようになるために、専門分野の知識に加えて、分野を越えて課題を把握することの必要性を認識させる。二番目は、学生グループが課題に取り組むために、教員側も医療福祉、経済、保健、法律、行政分野でチームを作り、ネット上で多分野の専門家によるフォーラムのビデオやWebをリソース教材として準備するとともに、eラーニングや反転学修などで学修の方法を提供する。三番目は、多分野の学生がWeb掲示板上で知識や情報を共有し、理解した上で、グループで具体的な改善策を提案する。四番目は、グループ間や学外の有識者に提案について意見を求め、振り返りを繰り返す中で最適な改善策をとりまとめ、公表する。五番目はeポートフォリオを用いた振り返りをするという分野横断型の授業を考えている。
 Web掲示板で知識・情報を共有して、ネット会議で改善策をグループでプロダクトしていく。実際にこのような環境を利用できるオールインワンのシステムがある。学生はあるURLにID、パスワードを入力すると、課題ビデオを見て、Web掲示板で討論し、ネット会議を行い、最後にeポートフォリオを使うことが、一つのシステムとなっており、学生はノートパソコン1台あれば可能である。
 健康長寿社会を次世代の学生たちが実現できるようにするため、ICTを活用して超高齢社会の複雑な課題に、多学部・多学科の学生が混成グループで取り組むことにより、クリティカルシンキングを身につけ、知識を創造し、共通の基盤とそれぞれの専門性を有する、人材を育成する授業を考えている。以下にICTを活用した分野横断型授業のイメージは下図の通りである。

【話題提供】

「大人数授業での反転授業と協働的授業モデルの取り組み」

 渡辺 博芳氏(帝京大学理工学部教授、ラーニングテクノロジー開発室・室長)より、主に次のような紹介が行われた。

1.コア科目を中心とした協働的授業モデル

 高大接続システム改革対応の一つとして、情報電子工学科の情報系2コースで、学科の教員9名全員で、コア科目の1科目ごとに議論し、授業設計を行い、9名の内の2名又は3名が授業を協働して担当している。また、JABEE(日本技術者教育認定)機構の認定を受けることもあり、教育目標の再整備と、知識獲得と汎用的能力の向上を目指し、カリキュラムを再整備することにした(下図参照)。その上でコア科目の共同設計とチームティーチングを行い、汎用的能力評価のルーブリック作成、評価システムの構築の教育改革を計画した。

 知識の獲得と汎用的能力の両方を伸ばす教育に変えていくために、知識獲得型科目でアクティブ・ラーニングを中心とした授業を1年次・2年次に実施し、課題解決型科目のPBLを1年次・2年次・3年次に実施している。この考え方は、1回の授業で汎用的能力が身につくわけではないので、毎年授業をすることにより、獲得した知識を応用して課題解決しながら汎用的能力が向上し、それが知識獲得のアクティブ・ラーニングに活かされるという方針で対応している。
 コア科目の共同設計では、各コア科目のシラバス設計を行っている。また、プログラミングをコア科目に位置付け、1年次から3年次まで使えるルーブリックを作成した。知識獲得型コア科目では、反転授業の設計、スチューデント・アシスタントのマニュアル作成と勉強会の企画、各回授業内容の設計(学習項目、課題、講義内容、スライド・ワークシートのレビュー)を行っている。さらに、課題解決型PBLの科目設計に向けて、学生の成長を確認するための活動内容と自己成長を確認するワークシートを検討し、実際にワークシートを使いながら進めている。共同での設計後に授業を実践し、課題を修正していくPDCAサイクルを始めている(下図参照)。

 協働的授業モデルの効果は、教育プログラムにおける目標と学生の到達度の共有、ルーブリックによる評価尺度の共有、教員の教授姿勢に対するサポートの共通理解の促進、インストラクショナル・デザイン、ルーブリック、ポートフォリオなど、教員同士による共通理解のサポートを吸収できることで、組織の教育力が向上していくと考えている。

2.大人数授業での反転授業の実践例

 80名程度で実践している1年生前期・後期、必修科目(「プログラミング1と2」)の反転授業を紹介する。反転授業の特徴として、一つは、事前に講義ビデオを配信し、ワークシートを用いて事前学修する。二つは、スチューデント・アシスタント(SA)が、6人から8人程度のグループを担当し、授業中にグループ及び個人の学修活動を担当する。用意されたプログラムがどのように動くのかの確認や、部分的なプログラムの作成について助言指導している。また、必修課題としてプログラムをゼロから全部作る課題についても助言指導している。SA9名の内、3名が担当しているが、1回1回の授業は2名ずつで対応している。教員2名の下にSAが6名から8名という体制で実施している。
 反転授業の流れは、下図の通り、最初、講義ビデオを見て手書きワークシートに答えさせる。以前、事前学修で「ノートをまとめる」ことを義務付けたところ、殴り書きしてくる学生、まとめてくる学生など多様であったことから、答えを埋めるワークシートにした。2番目に、教員が事前課題を点検し、事前学修してきた学生と、学修してこない学生とに分け、教室内で別々のエリアで授業している。事前学修していない学生は、講義ビデオを見るところから始める。3番目に、教員から学修のポイントを簡単に説明した後、SAが学修活動を説明し、グループ活動の中で事前学修の答え合わせを行う。4番目に、教員からその日の課題を提示し、個人別に回答させた後、グループで答え合わせを行い、その上で振り返り活動として、ほぼ同じ問題を何も見ずに解答させることで、知識の定着を図るようにしている。最後に、教員からまとめの説明を行い、授業時間外でのオプション課題を提示し、次回までにルーブリックで自己評価させ、学修の準備を促している。

 教育基盤としてのビデオ収録・配信システムは、下図の通りである。基本的にはLMSを用い、事前学修はビデオ配信システムから配信している。デスクトップ収録という機能を用いて、教員がパソコンに向って話した内容を収録し、配信サーバーにアップしてくれる機能を用いている。ルーブリックを用いた自己評価は、LMSのテスト機能を使用している。配信する1回分の講義ビデオは、1コンテンツ分を15分×3本、45分程度で作成することを申し合わせている。教員自身の顔を出すこともできるが、出さない教員が多く、スライドで説明した後、コードで実際に動く様子を見せながら説明するビデオが多い。

 主な実践結果として、プログラミング言語、学修項目も若干異なるので正確な比較はできないが、「プログラミング1」の反転授業を導入する前の2015年度期末テストの平均点は57点、導入後の2016年度では71点と平均点が上がった。ビデオの視聴時間と期末試験とレポート等で総合的に判定した結果について相関を調べたところ、相関係数は、0.5程度なので有意性が見られた。また、「反転授業は全体としてどうでしたか」という問いかけには、2016年の前期授業「よかった」、「ややよかった」が8割、同じく後期授業では9割とポジティブな意見が多かった。「講義ビデオと対面講義、どちらがよいですか」については、ビデオトラブルもあり、2016年の前期と後期授業とも「講義ビデオ」、「やや講義ビデオ」が6割程度であった。

【全体討議:主な意見交流】

 向殿会長を座長に、角田常務理事(芝浦工業大学)、話題提供者の山形大学の千代氏、昭和大学の片岡氏、帝京大学の渡辺氏、井端事務局長を交えて、意見交流した。以下に主な内容を掲載する。

[論点1]
ALでの学力3要素の教育の効果はどうか、効果的に推進していく上での課題等について、ICT活用による工夫も含め、意見を求めた。
[意見:渡辺]
帝京大学理工学部学科レベルでは、卒業時アンケートによれば、課題解決、問題解決力、プレゼンテーション力、文章力の向上が3年前と比べ顕著になっていることを学生が実感している。そのことからしても、汎用的能力も伸びているのではないかと言える。
[意見:片岡]
4学部連携PBLでは、学生同士が知識を出しあって、異なる視点というものをじかに感じながら、学んでいくということの影響は大きく、到達を実感できる場になっている。
[意見:向殿]
医学の場合は自分の専門だけではなくて、チーム医療をするという意味では異なる分野の人に、分かりやすく説明しないといけない。社会で実際に役に立っており、非常に教育的効果が高い。
[意見:千代]
知識と概念の獲得については、ALの方が適応能力をつけることが明らかになっているので、今回の基盤力テストを実施した。汎用的能力の獲得については、ディスカッション、プレゼンテーションがやりやすくなったという評価をいただいている。ディスカッション、プレゼンテーションをそれぞれ課題を変えて2サイクル行い、15回目で200字から400字程度で学生に「今後、大学で何を学ぶのか、見通しと実践」のような文章を書かせたところ、最初と最後の授業では、具体性、論理性に関する記述力の向上が見てとれた。
[意見:向殿]
その時ICTの活用は、教育効果を高めているでしょうか。
[意見:渡辺]
アクティブ・ラーニングで反転授業する場合には、ICTの活用は必須。
[意見:片岡]
医療系も反転授業の中で、例えば3年生の授業で医療面接のビデオや、症例の写真をWebサイトに出すと、自分が歯科医師になった時の状況をイメージして、真剣に取り組む。また、1年生から6年生まで担当教員が変わるので、紙媒体のポートフォリオでは個人指導できない。電子ポートフォリオであれば、担当教員全員が情報を共有できるので、その効果はすごく大きい。
[意見:千代]
山形大学1年生向けの授業では、5割程度の教員が授業資料の提示に利用しているALでは、インタラクティブ性が非常に高いので、スマートフォンなどを活用することで、新しい学びができると思う。
[質問:1]
環境の整備では誰が主導的に行っているのか。費用的な面も教えていただければと思う。
[意見:渡辺]
LMSを試行的に使う中で、その効果をまとめてICT予算を確保してきた。ICTの環境以外に、教員が授業改善する場を如何に作るかが、結構難しかった。
[意見:片岡]
最初は歯学部の中でPBLの支援サイト電子ポートフォリオシステムを作った。全学に移る時は、補助金を活用し、他学部の教員の意見も取り入れながら継ぎ足して拡張していった。
[意見:千代]
今回のスマートフォンのシステムは、ALの効果を調べる、ポータルを作るという提案を結びつけて、学長に要望したら、「3カ月で作るのであったら1千万円出す」と言われたので、業者を探して立ち上げた。その後、競争的補助金を活用して拡張している。
[論点2]
ALの実施状況と今後の課題について、「私立大学教員の授業改善白書」を参考に意見交流した。
[説明:井端]
平成28年度における加盟校で、ALを実施している大学5割、短期大学6割で、実施していない大学は3割、短期大学2割となっている。実施していない分野では、実習の多い理学系、工学系が目立っている。
 実施していない理由は、「学生数が多くて難しい」、「科目の到達目標に適さない」が5割程度となっている。適さないと回答された4割近くの教員は、ALを推進・普及するための課題の中で、主体性を引き出す教育プログラムの導入、ALの授業設計・方法を支援する体制の導入を希望しており、主体性というスイッチを入れる仕掛けが大学にないことが、一つの要因と推察できる。
 ALを実施する目的は、大学、短期大学とも5割程度が「知識の定着と確認」、3割が「知識の活用による課題探求」、1割が「知識の活用による問題解決」としている。問題解決を比較的多く実施している分野は、保健系、芸術系、教育系となっている。
 ALの実施内容は、座学との組み合わせが9割に近くなっており、反転授業、eラーニング、地域連携・産学連携との組み合わせは1割で、次へのステップの課題と思われる。
 ALの教育効果は、5割近くが「主体的に自分の考えを説明できる学生が増えた」、4割近くが「暗記型の学修から考察型の学修に取り組む学生が増えた」、3割が「問題発見・解決を体験することで、実践力を身につけた学生が増えた」として、効果を認めている。
[質問:向殿]
思考力、判断力、表現力を高めていくには、問題発見、問題探求や知識を組み合わせて新しい発想を見つけ出すPBLを普及していくことが必要となると思われるが、AL担当の角田常務理事に意見を伺いたい。
[意見:角田]
本協会で分野別にALの対話集会を実施している。その中での議論を紹介する。
 一つは、知識の定着と確認では、講義のみならず、教員と学生、学生同士の対話を組み合わせた授業の充実が必要となるであろう。二つは、課題探求型の授業、問題解決を目指した授業では、社会で起きている現象・事象と関連づける中で、考察していけるような授業の仕組み作りが必要になるであろう。ICTを駆使して、社会の動向、現場の情報をタイムリーに掲示するとか、関連する分野の知識を提供していただいて、チームで議論や考察をできるようにしていく。考察した内容については、社会人、専門の方から助言を受けて、振り返りを繰り返しながら、学修成果を発表していくということが重要になるであろう。
 実際に実現していくとなると、学内における教員の連携、職員も含めた連携体制をどのように整備していくのか、ICT環境をどのように整備充実していくのか、今後の課題と考えられている方も多い。また、学修ポータル、学生のポートフォリオをどのように構築していくか。山形大学でポータルのアプリで非常に効果的に取り組んでいる例から、アプリの中で学修ポートフォリオを埋め込まれていくと、非常に効果的な仕組みができるかなと感じた。
[質問:1]
ALがなぜできないのか、白書での理由はうなずけるが、本当の理由は教育活動に対する評価が、論文作成などの研究活動に比べてかなり低いことが関係しているのではないか。ALを熱心に実施している教員と、受身的に実施している教員、拒否している教員の実態などを話題提供者からうかがいたい。
[意見:渡辺]
ALへの取り組み、LMS活用でも、熱心な方はすぐ飛びつくし、そうでない方はあまり取り組まない。研究論文1本書きたいから、取り組まないということではなく、研究能力が高い方は取り組む能力も高い。ALを実施していない方は、自分の授業を変えようとしていないという印象がある。
[意見:片岡]
ALも含めPBLの導入の時には、知識の伝達という役割から、ファシリテーター的な役割に変わることへの理解はかなり時間がかかったが、トップダウンで理事長、学長を中心に動いたので、教員のファシリテーター養成ワークショップを年何回も行い、定着してきた。
[意見:千代]
ALを実施しないのは、ALの効果が有効であるのか、分からない方も多くいると思う。新しいことにチャレンジしていただき、積極的に新しいことを吸収していただいくことは、研究者としての本分だと思うが。
[意見:向殿]
教員の評価が教育の実績よりは研究論文という考えは、変えていかないといけない。最終目標は学生のためにということであれば、当然、ALに取り組むべきと思う。
[論点3]
入学から卒業後まで学生の学修履歴をデータ化し、学生一人ひとりに最適な学修支援を提供していく時に、どのような体制でデータを集め、解析すればよいか、学士力の達成度を可視化する課題も含めて講演者の水野氏(京都光華大学)も参加して意見交流した。
[意見:水野]
学生がどういうことをきっかけに、学修の行動パターンを見直し、変貌できたかという事例を集める努力と、その事例を如何に学生にフィードバックできるかということが重要と思う。ポートフォリオの形は作ることができても、学生に活用できるようにすることが難しい。エンロールメントマネジメントを理念化しようと思って作ったが、学生自身のデータと、卒業者を事例として目指せるデータを提示できるかというと、難しさがあった。卒業後については、いろいろな変化に合わせて伸ばしていけることを目指して、教育と卒業後を結び付けるためのデータ、調査が必要という認識でいる。
[意見:角田]
例えば、4年間の学びでどのような成果が得られたかを提示することが、企業も重視する体制になっていくと、各大学も非常に力を入れるようになると思うし、学士力の可視化も価値も上がっていく感じがする。実現に向けてどのようにマネジメントをしていくのか、お集まりの先生方が先頭に立って、方向性を示していただけると良い方向に行くのではないかという気がする。
[意見:千代]
二つの考え方があると思う。一つは、卒業者全てのデータを集め、在学生のデータと突き合わせて、ビックデータ的な解析を行い、最適な学修の方向を学生に示すという方法があるが、コストがかかり過ぎることと、さまざまな問題が出てくるので、難しいと思う。二つは、ロールモデルを提示できるような少数の学生を確保し、在学生にロールモデルを示していく方法が現実的かなと考える。
[総括:向殿]
若者一人ひとりが主体的に社会に参画し、活躍できるよう、我々大学関係者は、自己犠牲を厭わず、学生を支えていくことが使命ではないかと考える。毎年学生が社会に巣立っていくことを考えると、待ったなしの感は否めない。ここに参集の大学が、教育改革の連携を深め、新しい時代を生きる若い世代に「希望」と「自信」を持たせられるよう、その実現を目指して全体討議を閉じさせていただく。

関連情報の提供

1.「私立大学教員の授業改善白書」

 白書は、加盟校の大学230校の内、206校、短期大学66校の内、60校から、専任教員を対象に大学15,411名、回答率29.5%、短期大学714名、回答率44.4%の回答があった結果を紹介している。ALの実施状況は全体討議で紹介したので割愛する。
 ALを推進・普及するための課題は、「主体性を引き出す教育プログラムの導入」、「授業設計・方法を支援する体制の導入が4割近くとなっており、ALの実質化に向けた初年次教育における教育システムと、その支援体制が遅れていることが課題となっている。
 初年次教育で「主体性を引き出す教育プログラム」を設けることが重要である。安西先生が理事長の「一般社団法人Future Skills project研究会」では、8年に亘り社会の課題を解決する体験をさせる中で、理論や知識の不足など、学びでの失敗を経験させることを通じて、学生が自分で主体的に動かざるを得ない状況に追い込み真剣に学びに入れるような教育プログラムを立ち上げている。進め方としては、15週の内、3週から7週と9週から13週に二つの企業から、答えのない社会のリアルな課題をいきなり提示して、問題解決をグループで体験させる。教員が主体的な授業を作るのではなく、学生自身が学びの中に入っていける仕掛けを作ることが重要で、教員は教えることを抑制し、ファシリテータに徹するよう意識を改める必要がある。
 組織的に教育改革を進める教学マネジメントに対する関与の仕方は、「関心が無い」が大学5%程度、短期大学2%程度となっており、ほとんどの教員が関心を持っていることが判明した。関与の仕方としては、「学士力と授業科目との関係性を明確にするため、シラバスの内容を教員間で相互に検討を始めている」、「授業改善に向けて、学生、地域社会等とオープンな意見交流を行うよう努めている」と教育の質的転換に向けて教員が行動を始めたことがうかがえる。
 授業改善にICTを活用している教員は、3年前より1割程度増加し、大学で約6割、短期大学で約5割になっている。
 授業改善にICTを活用している内容は、eシラバスを活用した授業内容の可視化が大学8割、短期大学7割、事前・事後の学修が大学4割、短期大学2割、授業方法の改善、特に理解が難しい理論・現象のアニメーション・映像の使用、概念理解の形成に役立つシミュレーションが大学・短期大学とも5割となっている。学修成果の点検・評価・改善では、大学・短期大学とも4割が授業評価の結果を踏まえて、eシラバスに反映しているが、学修状況、学修行動を観察する中で、eポートフォリオなどにより、学修成果の点検・評価・改善を行っている。しかし、3年後は4割近くの大学、短期大学で改善に向けた計画が考えられている。

2.学修ポートフォリオシステムの導入・活用の参考指針

(1)5年間の逐次答申

 学修ポートフォリオは逐次答申をしており、今年度は、「eポートフォリオシステムを構築する時の留意点」を抜粋し紹介する。5年間の逐次答申の概要は、以下の通りである。

① ポートフォリオについて学生の理解を促進していく方法として、シラバスに卒業生、上級生から、音声で学生に呼びかけることが効果的であること。

② 学びの行動をチェックするために、「ワークシート」や、何ができて何ができなかったかの「Can-doリスト」を作成し、学修状況確認の工夫が必要であること。

③ 教員コメントの迅速なフィードバックとシステム作りの工夫が必要であること。助言の事例としてテンプレートが有効である。例えば、課題に対して「褒める」、「共感する」、「そうですね、私もそう思います」、「次回はもっとがんばろう」、「こういう課題に挑戦してみよう」、「詳しく説明してもらえるかな」、「最近、睡眠時間をとっているのか」、「食事はちゃんととっているか」などを用いて、素早く対応をすることが重要である。

④ 教員自身で授業価値を振り返られるよう、簡便なティーチング・ポートフォリオを導入する。

⑤ 学修ポートフォリオの情報と、教学データを組み合わせた教学IRシステムとの接続を工夫する。

⑥ 学修ポートフォリオとして、初年次教育用、達成度振り返り用、キャリアポートフォリオの構築が必要である。

⑦ IDとパスワードの入力で済むシングルサインオン、モバイル端末対応、学修に]不安を抱える学生の相談・助言体制の工夫が必要である。

⑧ eポートフォリオシステムの導入事例と課題の整理を検討の成果とし、指針をとりまとめた。

 以下に、本年度最終的にとりまとめた参考指針の中で「eポートフォリオシステムに求められる留意点」について報告する。

(2)eポートフォリオシステムの留意点

①「週間ポートフォリオ」

 初年次教育用のeポートフォリオとして、1年生の前期に「週間ポートフォリオ」で、1週間ごとの目標を立てさせ、自分の目標と行動をマッチングする習慣付けを行う。記述ができなくても、写真や動画を貼り付けることでもよいと考えた。

②「科目別達成度ポートフォリオ」

 達成度振り返り用のeポートフォリオの一つとして、ディプロマポリシー達成に特に重要な授業科目に限定して、授業中及び教室外での学修状況(学修時間数、学修内容)をワークシートに記録させる。その上で、教員及び上級学年生のファシリテータが、「科目別達成度ポートフォリオ」をモニタリングし、コメントを作成して、適切な学修行動の支援を行う。到達目標を評価するツールとして、ポータル画面に「Can-doリスト」を掲載し、利用することが望まれる。点検・評価の結果は、IRデータとして活用できるよう、自動集計して、数値化・可視化することが必要である。

③学年別達成度ポートフォリオ」

 学年ごとにディプロマポリシーのどの部分を獲得するのか目標を立てさせ、卒業までに修得すべき学修プログラムの計画を点検させる。全ての科目を対象とするのではなく、必修科目、学生全員を対象としたゼミ等で行う。そのために、「科目別達成度ポートフォリオ」を可視化し、不足している能力を補うための工程表を作成させる。
 その上で主要な科目をいくつか束ねて、ディプロマポリシーの達成度が可視化できるようにすることが重要で、学生に半期ごとにゴールを見せて、自分で学びを振り返り、主体的に学修に取り組めるように、システム化することが望まれる(図参照)。

④「キャリアポートフォリオ」

 将来の夢、自分の強み・弱み、課外活動・ボランティア、修業体験の成果をワークシートに入力し、卒業後の姿を想像させる中で、学生生活、学修行動が充実できるよう、教職員・上級学年生のファシリテータ、企業、地域社会から助言などの支援が得られるようにすることで、自分で学びのキャリアが見に付けられる。就職活動にキャリアシートとして活用できることから、学生に理解が得られやすいと考える。

(3)eポートフォリオシステムに求められる利便性

 スマートフォンなどのモバイルで利用できるように、指で可能なインタフェース等の画面設計が必要である。また、ログインの負担を軽減できるよう、シングルサインオンや入り口のポータル化を図る必要がある。
 教員のフィードバックの負担を軽減するため、コメントのテンプレートをシステム化すること、及びワークシートの内容を一時保存できる機能、写真や動画を添付できる機能などが求められる。

(4)eポートフォリオシステム利用上の留意点

①ヘルプデスクの設置

 ネット上に掲示板を設けて、文字又は音声・画像などで説明する。

②ファシリテータによる呼びかけの体制つくり

 級学年生を中心にチームを構成し、2週間ごとに振り返りシートの書き込みを呼び掛ける。

③障害学生への相談・助言体制の整備

 アクティブ・ラーニングがなじめない学生には、グループ討議をレポートに変える、教員との個別発表に変える、ビデオの提出に変えるなど、特別の配慮をしながらポートフォリオに変わる情報を格納する。

④学修行動モニタリングのシステム化

 ワークシートの提出状況の一覧化と未提出者への自動督促メールの発信機能が必要となる。

⑤eポートフォリオ情報の管理

 学生一人ひとりとeポートフォリオに書き込んだ内容の取り扱いを契約しておくことが必要である。その上で、ワークシートの閲覧権限を科目担当教員・ファシリテータに与えることを規定化するとともに、教育プログラムの有効性を分析・評価するIR関係者に対して、データの閲覧権限を設けておくことが重要である。また、規定化に加えて、システム上で権限対象者を区分する仕組みを設ける必要がある。

⑥eポートフォリオデータのIRシステムへの接続

 例えば、学士力の到達目標と学修達成度・成績評価などの主要なデータを相関して、レーダチャート、ヒストグラム、散布図などで可視化し、ディプロマポリシーとカリキュラムポリシーの整合性を多面的に点検・評価できるようにすることが望まれる(下図参照)。

(5)eポートフォリオシステムの導入形態

①「独自開発」

 学生の振り返りによる学修習慣の確立、教員の教育改善の促進、組織的な教育改革を実現するという、明確な理念を全学的な場で確認することが重要であるが、システムを開発した後でも修正していくことが多いので、時間とコストが拡大する可能性がある。

②「パッケージ利用」

 パッケージソフトなので、簡単に利用できるが、機能を追加するごとにコストが拡大する可能性がある。クラウドサービスを利用する場合には、メンテナンス費用や担当者の人件費を軽減できるが、長期間の利用になることで、利用料の設定をどのように見通すかが難しい。また、継続的な運用に協力が得られない場合があるので、業者選定の厳格化が必要となる。

③「オープンソース利用」

 オープンソースは無料だが、頻繁に更新するので英語を翻訳する手間とICTの専門家が学内にいることが必要となるため、大学での活用が広がらない悩みがある。関係者が退職した場合に問題となるので、複数確保するか、関係業者に依頼することが必要となる。どれをとっても長所・短所があり難しいが、大学の対応力に応じたeポートフォリオを考えないといけない。

3.平成28年度教育への情報化投資の実態

 加盟校における収支決算に基づく情報化投資額の調査を毎年実施している。加盟の226大学、64短期大学に調査したところ、169大学、40短期大学から回答を得た。回答率は大学75%、短期大学63%であった。
 大学の教育研究部門における物件費の情報化投資額は、中央値で大学全体では1校当たり約2億2千8百万円と、27年度より7.8ポイント減少している。短期大学では1,534万円で、前年度より2.7ポイント減少している。
 クラウドの利用状況は、大学の利用率が7割から8割に上がった。短期大学も6割から8割に上がった。クラウドの利用経費は、中央値で348万円から445万円と3割増、経費1千万円以上の大学は27年度より2割増の36校、1億円以上は4校で、最大は3.7億円であった。5百万円以上の短期大学は27年度と同じ2校で、最大は1千1百万円となっていた。
 クラウドの経費が情報化投資額に占める割合は、大学で平均2.4%、短期大学で平均2.5%となっており、情報化投資額全体に占めるクラウド利用が増加している。
 情報化投資額の費目別推移では、平成28年度は情報関係の施設・装置関係、サーバー等情報関係設備に対する直接的な補助がなかったこともあり、設備関係費は大学・短期大学とも27年度より減少している。他方、大学ではソフトウエア関係費、外部データセンター等費、工事関係費、保守・管理費、通信回線費等は増加しているが、短期大学では、設備関係費に加え、ソフトウエア関係費、外部データセンター等費、保守・管理費が減少し、工事関係費が増加している。
 大学の規模・種別の教育研究部門の情報化投資額の結果を下表に示す。

※平成28年度大学規模別 教育研究部門の情報化投資額
(単位:万円)

4.私立大学における情報セキュリティ対策強化のための取り組み手順と大学情報セキュリティベンチマークの評価結果

(1)私立大学における情報セキュリティ対策強化のための取り組み手順

 平成28年12月に文部科学省私学部から、情報セキュリティ対策強化について通知が発出されたことを受けて、本協会では「情報セキュリティ対策強化のための取り組み手順」を検討し、対応手順を例示した。
 「手順1」として、本協会が作成した「情報セキュリティベンチマークリスト」で課題の洗い出しを行い、情報セキュリティのリスク評価を行う。
 「手順2」として、リスク評価に基づき、各大学の優先順位に沿って予算措置を行った上で、改善計画の策定を行う。例えば、サイバー攻撃に対する危機意識の共有化と防御対策、緊急対応の組織体制と対応手順など。
 「手順3」として、改善計画を確実に遂行するための確認の仕組みとして、事務部門であれば、情報センター等部門が中心になり、情報セキュリティ対策活動について聞きだす場を年に数回設ける。教員組織であれば、教授会等で取り組み状況を報告する機会を設ける。教職員、学生には、学内ポータルで強制的に数ヶ月ごとに確認を行い、注意喚起を行うことが望まれる。

(2)大学情報セキュリティベンチマークの評価結果

 4部構成のベンチマークの一部を紹介する。
 第1部:問1の「経営執行部の情報セキュリティに対する取組み」で、執行部が中心となって危機意識の共有化に努めている大学は、1割に留まっており、6割の大学は、情報センター等部門を通じて共有化に努めている。第3部:問5(1)の「危機意識の共有化の内容」を見ると、傾向値として大半の大学は、Webサイトや学内文書による定期的な情報提供に留まっており、学内外研修会の参加義務付け、教授会・職員会議などでの定期的な情報提供など、危機意識を喚起する対応まで関与している大学は少ない。大学全体としての対策強化に、経営執行部の関与が課題となっている。
 次に、経営執行部の方針で、学内ルールの策定と周知徹底を行っている大学は2割、3割近くの大学は情報センター等部門が主導で学内ルールの策定と周知徹底を行っている。学内ルールを設定しても、構成員が理解して行動しなければ、情報セキュリティ対策が全く機能しないことから、如何に周知を徹底していくかが課題である。大半の大学はWebサイトでルールを紹介し、形だけの遵守呼び掛けを行っているが、情報センター等部門でのルールの周知とアンケートによる点検・確認、教授会・職員会議でのルールの周知と遵守の確認などに努めている大学もるので、経営執行部で方針を決めて、実践していくことが必要である。
 情報化予算(物件費)の中でセキュリティ対策に充当している割合は、全く予算化していない大学が1割程度、3%以下の大学が4割、4%から6%が2.5割、7%から9%が1割、1割以上が1割弱となっている。
 費用のかけ方としては、ファイアウォール、侵入検知システム、ウイルス対策ソフト、VLANなどのネットワーク関連、フィルタリングソフトに費用をかけている大学が多いが、SDカード、DVDなどの書き込みを制御ソフト、暗号化対策に対応していない大学が7割以上となっている。
 問題は、どのような情報資産を守るのか、大学として重要な情報資産の目録作成状況を点検したところ、毎年見直しをしている大学が2割、実施しているが定期的見直しをしていない大学が2割となっており、3割の大学は検討中、3割は目録を作成していない。大学自身が守るべきものを把握していない。さらに重要な情報資産に対するリスク評価も大半の大学で実施していない。大学の対応力に合わせた検討が望まれる。


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