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サステナブル社会の実現に向けた
ソーシャル・デザイン教育とICT活用の事例
〜東京工科大学〜

飯沼 瑞穂(東京工科大学メディア学部准教授)

中村 太戯留(東京工科大学メディア学部演習講師)

千代倉 弘明(東京工科大学メディア学部教授)

1.はじめに

 本学は1986年に設立した、「実学主義」の精神を掲げる4年制大学です。本学では、国連が発表、採択した持続可能な開発目標2030(SDGs)に対応した、持続可能な社会の実現のための人材育成に力を入れてきました。
 国連の採択した持続可能な開発目標2030(SDGs)には、グローバルな開発目標16項目があげられており、グローバルな開発目標は同時に日本が取り組むべき共通課題でもあります。例えば、持続可能なエネルギーの開発、陸と海の自然環境の保全、都市と地方の人間居住地の持続可能化、グローバルパートナーシップの推進などがその例にあげられます。
 これらのグローバルな課題の解決のためには、産・学・官、そして個人やNGOなどの連携が重要であると考えられています。特に大学が担う役割は大きく、将来、持続可能な社会の実現に向け活動できる基礎力を身に付けた人材の育成がますます重要となってきました。
 そこで本学工学部では、サステナブル工学を中心に持続可能なエネルギーやサステナブル技術を学ぶカリキュラムを用意し、学びのための環境整備の充実を本学の基本方針としているため、最新のICT技術と充実した技術環境を活用した教育を行っています。特に東京工科大学メディア学部は全国で初めて誕生したメディア学部であり、ICTを活用したアクティブラーニングに力を入れたカリキュラムを積極的に行っています。本項では、本学で取り組んでいるサステナブル社会の実現のための教育の一例の紹介と成果、評価と今後の方向性について、メディア学部のソーシャル・デザイン基礎演習とICTの活用の取り組みを一例に紹介します。

2.ソーシャル・デザイン教育

 今日は、持続可能な社会の実現に向けた斬新で新しいアイデアや仕組み、技術を生み出す次世代の人材を育成することが必要とされる時代です。グローバルな課題に目を向け課題解決に向けたアイデアと行動力を持った人材を大学が育成する必要があります。
 メディア学部では、個人が社会変革の原動力となる可能性に注目し、ソーシャル・デザイン教育を行っています。ソーシャル・デザインとは持続可能な社会の実現に向けたアイデアや仕組み、それを支える過程や技術、新しいビジネス、さらには社会のシステムのデザインであると我々は定義しています[1]。ソーシャル・デザインの対象分野は多岐にわたり、環境保全、持続可能なエネルギー、教育、福祉、医療、さらには個人と社会をつなぐソーシャルネットワークを活用した課題解決の方法、社会的な関係や環境の変革の可能性を持つメディアテクノロジーや情報技術の活用があげられます。
 従来のソーシャル・デザインの定義は、デザインの分野に限られており、“より社会をよくするためのデザイン”などに限定しています。しかし、広義のソーシャル・デザインは産・学・官・個人・NGOなど縦軸の連携をうながし、社会変革を目指したものです。これらの社会変革を支えるメディアテクノロジーや情報技術の活用の在り方の模索も重要なテーマであり、本学では、はやりを越えた、より継続的な発展を目標としています。図1のソーシャル・デザイン スパイラルモデルは、個人、地域、NGO、大学などの機関間の連携が成功することにより、持続可能な社会の実現に向けた発展と開発が可能であることを提唱した独自のモデルです。

図1 ソーシャル・デザイン スパイラル モデル

3.教育内容および成果

(1)教育内容

 本学のメディア学部では持続可能な社会の実現に向けた人材育成として、ソーシャル・デザイン教育を必須科目として設け、2年生に向けた基礎演習を行っています。基礎演習では、国際教養、分析力と問題解決力を身に着けることを目標としたアクティブラーニングを行っており、その一環として、グループウェアを活用した協調学修を行ってきました。協調学修のためのグループウェア、Microsoft Sharepointを活用しています。本授業は、合計12コマの授業時間を要し、各クラスは25〜30名、12クラスの演習科目です。必須科目であり、毎年メディア学部の320名程の学生が履修しています。各クラスは演習講師が担当しており週1回の授業です。SA1名、TA1名が学生のグループワークや課題の自己評価を行う際のサポートを行っています。

(2)デザイン思考とGoogle Earthを使った活動

 ソーシャル・デザイン教育では問題解決力を身につける方法としてデザイン思考を取り入れています。デザイン思考は、課題の発見、理解、アイデアの創出、実験、改善の5段階に分かれています。
 ソーシャル・デザイン教育ではSDGsに即したグローバルな課題発見と理解に向けた活動を行います。グローバルな課題の発見と、理解の促進のためにGoogle Earthのデジタル地図情報を使った教育を行ってきました。デジタル地図を使い課題の発見と理解をする学修です。図2は学生が活用するGoogle Earth上の情報の一例ですが、この例では西アフリカのチャド湖の水位が過去、数十年にわたる変化が、画面の左側のタイムラインから閲覧することができます。さらに、国連環境計画UNEPが公開しているナイジェリアの環境保全に関する情報を同時に見ることができます。そのほかにも国連開発計画UNDPが公開している人間開発指数HDIなどの数値も同時に閲覧が可能です。このようにデジタル地図上で公開されている画像データや統計データを参照しながら、課題を発見し、課題の理解を促進することができます。また解決に向けた取り組み例についてグループごとに調査し、課題解決に向けた可能性について話し合います。最終的にはグループでまとめた情報をデジタルポスターとして作成します[2]

図2 Google Earth上の国連が公開している情報

(3)協調学修のためのシステム

 本授業では協調学修を行っていますが、そのサポートのためにグループウェアを活用しています。グループウェアを利用するメリットは一つのファイルを同時に、グループメンバーが遠隔編集できる点です。その他にも、教員はグループ全員の発表資料を閲覧することができます。学生は自分のグループ外のグループがどのような作業をしているかも、閲覧可能であることから、教員は作業中にも改善のために発表資料にコメントすることが可能です[3]

(4)評価

 2017年度春学期に行われたソーシャル・デザイン基礎演習の310名の履修者に対して、学生の学びに対する意識の変化を調査するため、事前事後アンケートを合計310名の履修者に行いました。その結果、本科目の履修前と履修後を比較すると、世界の課題についての意識が高まり、興味が増したことがわかります(図3、4)。
 さらに、本演習を通じて、Google Earth上の統計データを利用したことがない学生が大半を占めていたのに対し、本演習後ではGoogle Earthを活用し国や地域の特徴や課題についての位置情報を得て、精査した情報を可視化することができるようになったと感じた学生が増えたことが事前事後のアンケート調査から見ることができます。
 事前事後アンケートからも明らかなように、グローバルな課題の発見と理解のために、デジタル地図のデータは有効に活用することが可能です。デジタル地図を活用することにより、地域や国の特徴や課題を発見、理解し、分析した情報の可視化も学ぶことができます。国際教養を身に着けることにも役に立ちます。また問題解決力に欠かせない課題の発見と理解の促進にも役に立ちます。さらにデザイン思考における重要な次の段階、アイデアの創出、実践、改善につながる学修として考えることもできます。今後の課題は、課題解決に向けたアイデアの創出と実践の教育をより効果的に行う方法を模索することです。

図3 世界の国の課題について意識している
図4 世界の国の課題について興味がある

4.今後に向けて

 サステナブル社会を支える教育は始まったばかりです。複雑化する社会や世界の課題解決のための人材育成は欠かせません。社会課題を自ら発見、理解し解決に向けたアイデアを創出し、アイデアを実験的に社会で応用、改善していく能力が益々求められていると考えます。2018年度より本学では、工学部とメディア学部が連携し教員によるサステナブル研究会を立ち上げ、定期的に専門分野を超えた議論を進め持続可能な社会の実現のために必要な教育の在り方や学際的な新しい研究分野のコラボレーションの可能性を探る予定です。

参考文献
[1] 飯沼瑞穂・松橋崇史・千代倉弘明(2014)“ソーシャル・デザインー地球的課題と国内の地域課題について解決策を考察する”国際理解教育 第20号 p75-p79
[2] M.Iinuma, T.Matsuhashi,T.Nakamura, & H.Chiyokura (2017) Application of Geospatial Technology in the Classroom and Collaborative Learning, International Journal of Information and Education Technology, Vol. 7.No.3 p242-245
[3] M.Iinuma, T.Matsuhashi, T.Nakamura & H.Chiyokura (2016) "Student Awareness Change in Computer Supported Collaborative Learning(CSCL)Environment" International Journal of Information and Education Technology Vol.6,No.6 pp448-452.

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