巻頭言

「未来を拓く耕雲種月−学生ファーストから始める教育転換−」

青木 茂樹 (駒澤大学 総合情報センター所長)

 この春、駒澤大学では開校130周年記念棟として地下1階・地上9階の「種月館(3号館)」を竣工させ、運用を開始した。禅語の「耕雲種月(労苦を厭わず耕作して種を播く)」から命名され、ここに理想高く精進する学生への期待が込められている。隣には1928年に建設された禅文化歴史博物館の「耕雲館」が対峙し、90年の時空を超え、過去から未来へと通底した思想で貫かれている。耕雲館にて学生が日本の文化の淵源を学ぶ一方、種月館にて新しいメディアを通じ、世界へ情報発信や価値創造することを期待している。
 ここには、最大400人収容の大教室からゼミやグループワークなどに使用できる小教室も整備し、多様な授業形態に対応できるよう移動可能な机・椅子を多数設置した。各階の「ラウンジスペース」や都会を広く展望できる5階の屋外施設「空のテラス」は学生の憩いの場となっている。
 総合情報センターでは、最新の情報機器による学習環境として3・4階にPC教場や情報自習室を設け、新たに駒沢オリンピック公園の緑を50mに渡って望むことのできる「情報グループ学習室」を設置した。そこは、1)多様な情報資源や相互交流をもとに、少人数のグループ単位で情報の共有や新しい知識を創造するための学習空間とし、2)調査・研究、プレゼンテーションやその準備を支援するために、可動式の椅子やテーブル、ホワイトボード、大型液晶モニターなどの情報設備を備え、3)利用者自身が目的や人数にあった学習空間をデザインして、明るく開放的な雰囲気のなかで学生たちが自由で活発な議論を行える環境とした。20席のプレゼンテーションエリア、総数106席のミーティングエリア、カウンター席から一人で公園を眺めて作業ができるパーソナルエリアなど多様な学習環境を学生は自由に選択できる。
 しかし、実際に活用している学生を観察していると、グループワークは行っていても、知識創造に向けたファシリテーションが難しく、ホワイトボードに図表を描きながら議論を整理するには至っていないようだ。そもそもファシリテーターは、アメリカにおける1960年代の体験学習から始まり、市民参加型のコミュニティ活動から発展するが、産業界に入るのは70年代からと言われる。コミュニティでは異文化や多様な価値観におけるコミュニケーションの促進が求められた一方、上意下達の意思決定である産業界では必要がなかった。今日、あらゆる業界で創造力が求められる時代となり、これが重要な役割となってきたのだが、その方法論が日本の大学で浸潤しているとは思えない。
 プレゼンテーションもアップルのスティーブ・ジョブスや日産のカルロス・ゴーンら企業リーダーが自ら新製品発表会などで展開したことで話題となり、昨今は株価にも影響することとなったが、従来の日本の企業文化にはなかったものだ。いまやTEDカンファレンスを始めとして、プレゼンが組織に共感を呼び起こし、人的資源を活性化する手法となっているが、単にプレゼンテーションツールを使えば良いと勘違いしている学生も多く、その目的や方法を常に改善することが必要であろう。
 こうした問題を解決するために、情報グループ学習室の英名は敢えてProject Area for Active Organizationとし、現在、ニックネームを「PAO」として学生・教職員からロゴのデザインを募集している。この募集企画や運営改善にピア・サポートの学生(通称:PAOPAL)を募集することで互いに教え合い、さらに彼らがこのスペースやハードをどう活用したいのか、必要なソフトやサービスには何があるのかを提案してもらおうと組織化を始めたところである。
 これまでのICTはいかに最新鋭のハードやソフトを備えるかにあった。理系であればこの設備投資も必要であるが、人文や社会科学系が中心の本学においては、こうした空間を準備することにより、高い創造性を発揮できる組織の運営能力こそが未来を拓く学生たちの力の源泉だと考えている。教育サポートの 組織として挑戦すべきテーマはたくさんあると考え、長谷部八朗学長の「学生ファースト」のビジョンの下にスタッフ一同、日々模索している。


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