特集 データサイエンス教育を知る
岩崎 学(横浜市立大学 データサイエンス学部長)
2018年4月、公立大学法人横浜市立大学(以下、本学と略記)に首都圏初のデータサイエンス学部(以下、DS学部と略記)が誕生し、学生教育が開始されました。学部といってもデータサイエンス学科1学科のみで、学生定員は1学年あたり60名という小規模ですが纏まりのある学部です。2018年は、学生が65名、教員は、教授7名および准教授6名の計13名でスタートしました。教員は、学生の学年進行とともに増えていく予定です。
本学は、その名の通り横浜市の設置する大学で、その教育や学部の運営などには横浜市との関わりが少なくありません。横浜市は、人口約373万人(2018年3月1日現在)と、日本の市の中で最大の人口を擁する政令指定都市で、住みたい街総合ランキング2018(SUUMO関東版)では、2位の恵比寿、3位の吉祥寺を抑え、堂々1位に輝きました。また横浜市は、全国に先駆けて「横浜市官民データ活用推進基本条例」を制定し、中期計画でもデータの利活用をさらに推進するとしています。このことは、本学DS学部の特長を形作っています。
これを表しているのが、以下のホームページでのメッセージです。
変化の時代をデータの力で切り拓く新学部
情報技術の飛躍的な進歩に伴い、社会のあらゆる所に多種多様なデータが蓄積されつつあります。
そのようなデータから価値を見出し、データに基づく意思決定ができる人材が求められています。変化する社会であるからこそ、どんな場合にも変わらない確固とした基礎力を備え、その上で、柔軟な発想で変化に対応する力、あるいは変化を生み出す力が必要となります。
データサイエンス学部は次世代を担う新しい学部です。一緒に歴史の一歩を踏み出しませんか。
DS学部のアドミッション、カリキュラム、ディプロマの3ポリシーは、大雑把には図1のように示すことができます。
図1 DS学部の3ポリシー
これらのうちで最も重要なディプロマポリシー(学位授与の方針)は、以下の3項目からなっています。
<知識・理解>
<技能>
<態度・志向性>
次節ではアドミッションポリシーに基づく入学試験および2008年の結果の詳細について述べ、第4節ではカリキュラムポリシーに基づく具体的なカリキュラムについて述べていきます。
2018年度は学部開設初年度でもあり、かつ高校生(およびご父母)への大学紹介イベントであるオープンキャンパスに来場したのは高校2年生あるいは1年生が主流ということで、初年度の入試倍率はあまり高くならないに違いないとやや危惧していました。実際、推薦入試やAO入試では募集人数に届きませんでした。しかし一般入試では、前期日程が募集40名に対し7.4倍、後期日程が募集5名に対し23.0倍と、予想をはるかに超える志願倍率を達成しました。新学部への期待度の大きさを感じとることができた思いです。ここで重要な点は、既存の国際総合科学部の志願者は減っていなかったということです。すなわち、志願者数は大学全体では純増でした。
DS学部の入学試験では、一次のセンター試験に続く二次試験において、総合問題と数学を課しています。ただし、二次試験の数学は選択式で、数学Ⅲを履修していなくても数学Ⅰや数学ⅡBの範囲から選択できるようにしています。後述する文理融合のキーワードの下、文系マインドの学生も受け入れるという意思表示です。また当然ながら、センター試験での選択率があまり高くない数学Bの中の「確率分布と統計的な推測」の範囲からの出題も行っています。総合問題は記述式で、理系と文系の両方の問題を用意しています。センター試験の新テストへの移行に向けた試行テストが実施されていますが、新テストではストーリーを持った問題および記述式の問題の出題が予定されるようですが、DS学部での入試はそれを先取りしたものと言えるのではないかと思います。
以上のような入試の結果、2018年度は65名の新入生を迎えることになりました。男女別では、男子が41名で女子が24名でした。また、学生の自己申告ですが、理系が47名、文系が18名という内訳で、性別による文系・理系間の違いはありませんでした。また特筆すべきは、合格者の中での入学手続き率の高さでした。前期日程では合格48名中45名が実際に入学し、入学手続き率は94%の高率となりました。
データサイエンスの世界は技術の進歩がとてつもなく速く、数年前まではほとんど誰も口にしなかったAIあるいはIoTなどの語を見ない日はありません。しかし、現在の技術がほんの数年で陳腐化するとの見解を示す識者もいます。
今年入学した学生が卒業して社会に出るのは4年後です。今の流行ばかりを追っていたのでは、学修した内容が4年後に陳腐化してしまいます。大学教育では、その種の愚を犯すわけにはいきません。変化に対応できる力、さらには変化を起こすことのできる力を身につけるのが肝要で、そのためにはやはり、基礎的な学問の習得をまずは目的としなければなりません。
DS学部のカリキュラムの特長は、「文理融合」、「現場重視」、「国際水準の英語力」です。
データサイエンスの学問上の中核をなすのは統計学と情報科学で、ともに理系的要素と文系的要素を併せ持つ学問体系ですので、データサイエンスが文理融合を特長とするのは至極当然です。とはいえ、学問の性格上理系的要素が強いのは否めません。カリキュラムも、数学、統計学、アルゴリズムなど理系科目が専らです。オープンキャンパスでも高校生に対して「文理融合ですが、基本的に理系の要素が強いので、数学が嫌いでは困ります」と正直に述べてきました。
高校時代に文系クラスに所属して数学Ⅲを履修していなくても大丈夫ですか、という声を聞くこともありますが、データサイエンスの場合、数学Ⅲのすべての内容を必要とするわけではなく、数学ⅡBなどでも必要とする部分は限られています。計算上のスキルよりもその本質を知ることおよびそれがどのように実際使われるのかを理解することのほうがはるかに重要です。
筆者は1年生の線形代数学を教授することになっています。線形代数学は多変量データ解析理論の理解の上で必須ですが、必要とされるのは、データ行列か分散共分散行列(相関行列)か線形変換行列のいずれかです。したがって、それらに特化した内容を峻別した上で、丁寧に教えようと考えています。また、実際に計算してみることも重要で、講義に続く実習(演習)では、学生はPC持参で、プログラムソフトのRを用いた実際の計算を行うことになっています。
現場重視もDS学部の教育の特長の一つです。基礎的な学問の習得が重要であることは論を俟ちませんが、それだけでは学生のみならず教えるほうの教員も飽きてしまう恐れがあります。現在進行形の社会情報も取り入れる必要があるということで。DS学部では授業外セミナーとして2週に1度程度のペースで、実社会で活躍するデータサイエンティストを招き、学生への講演とその後のディスカッションを実施します。これも交通が至便であることのメリットです。
国際水準の英語力も、国際都市横浜に位置する本学の特長の一つです。本学では、DS学部を含む全学生に対し、プラクティカル・イングリッシュの履修を義務付けています。単位取得のためには8割以上の出席が必要で、TOEIC 600点相当以上の成績が求められています。英語を進級・卒業のための必須要件とすることについては賛否両論ありますが、私見ではTOEIC 600点程度は大学生であれば当然満たすべき条件で、本来は、TOEIC 600点で単位取得ではなくTOEIC 600点が英語の授業履修のための要件としてもいいのではないかとも思います。
DS学部の専門科目は、基礎的な部分は数学、統計学、情報科学で、情報理論、計算機概論、アルゴリズム論、組合わせ論、統計の数理、線形代数学、微分積分学、多変量データ解析、統計モデリング、応用統計学、プログラミング演習、データベース論、計算機数理、データマイニング、最適化理論などが展開されています。それらの基礎の上に立ち、発展分野として、調査設計論、データ可視化法、機械学習、ノンパラメトリック法、医療統計、非構造化データ分析など様々な科目群が用意されています。
それらの学修を経て、3年次での研究室所属での演習、インターンシップを経て、4年次では各研究室ごとに卒業研究をまとめることになります。教員学生比から見て、おおむね1教員当たり4〜5名の少人数での指導となります。
社会連携もDS学部の重要なミッションです。すでに数社の企業と基本連携協定を結び。今後、各種セミナー、共同研究などを推進していく予定ですし、その中で特筆すべきは地元横浜市との連携です。横浜市は1.で述べたように、官民データ活用推進基本条例を制定し、積極的に自らの持つデータの活用を推進しつつあります。横浜市とも協定を結び、実際2017年度にも筆者らによる市職員への統計セミナーなどを開催して市職員の統計リテラシーの向上を図るとともに、今後の協力体制の構築に向けてスタートしています。
日本の大学、特に地方に位置する大学では、地域連携が重要な課題となっています。各地方自治体もそれぞれ官民データ活用条例を制定する機運にあり、地元の大学との連携は喫緊の課題です。横浜市との連携が、大学と地方との連携の先駆けとなるべく努力していく所存です。
また、東京都心からの交通至便のメリットにより、横浜市のみならず都内の企業との連携も容易で、いくつもの連携案件が進行中です。今後、学生教育が軌道に乗る頃を目指して、積極的に企業連携を進めていく予定です。
横浜市は国際都市を標榜していて、グローバル化対応も大学の重要な役割です。DS学部の各教員はそれぞれ海外とのチャネルを持っていますので、その個人的なつながりから海外の大学などとの連携を強めていく計画です。米国ではすでにデータサイエンスを謳った大学院課程が多く走り始めています。その中で特に、横浜市と姉妹都市の関係にある米国サンディエゴ市の大学との協定を早期に締結したいとの希望を持っています。その他、アジア諸国とのつながりの深い教員もいることから、中国、韓国あるいは東南アジアの国々とも協力関係を構築していきます。
DS学部では、2020年4月の大学院データサイエンス研究科の博士前期課程および博士後期課程の同時開設に向けて準備中です。大学院では、学部卒業生を受け入れるのみならず、データサイエンスに興味を持つ社会人を受け入れ、リカレント教育に資する大学院を設立することを目論んでいます。そのための、社会人が入学しやすい入試体制、勉学しやすい環境の整備を模索中です。集中講義や土曜日などでの開講、より便利な場所での開講、そしてオンライン授業などです。
これまで、大学院への需要の多さおよび期待の大きさを実感しています。より深くそして広く学びたいという意欲ある方々のためにも、充実した大学院教育が提供できるよう努力します。
2018年度にスタートした本学のDS学部につき、現状そして将来の計画について述べてきました。DS学部での教育はまだ始まったばかりで、手探り状態である感は否めません。走りながら考えるという状態です。しかし、DS学部の教員、学生とも、新たな歴史・伝統を自分たちが作っていくのだとの自覚と自負を持っています。
データサイエンスというこれまでにない新しい学問領域を開拓し、この分野の今後ますますの発展を担うフロントランナーとしての役割を果たしていきたいと切に願っています。データサイエンスを学部あるいは学科名に冠しないまでも、コースあるいはプログラムとしてデータサイエンスを謳った大学は、筆者の知る限りでも複数あります。横浜市立大学データサイエンス学部がそれらの規範となるよう決意を新たにしています。