特集 データサイエンスと教育
齋藤 政彦(神戸大学副学長 数理・データサイエンスセンター長)
神戸大学は、116年の歴史を持ち、人文人間発達系、社会科学系、自然科学系、生命医学系の4つの学術系列において、10の学部と15の大学院研究科を有する総合大学です。平成27年4月に策定された「神戸大学ビジョン」において、「学理と実践」の調和という開学以来の理念の下、「先端研究・文理融合研究で輝く卓越研究大学へ」という方針が打ち出されました。特に、研究に関しては「先端融合研究の推進と研究成果の社会実装」を目標とし、教育に関しては、「教育のグローバル化による世界で活躍できる先導的人材の育成」を目標にして、「世界で活躍できる人材の育成」を教育改革の中心に据えました。
本学の教育憲章では、「人間性、創造性、国際性、専門性」という四つの要素の涵養をうたっていますが、平成28年度に全学共通教育を改革し、学部学生が卒業までに身につける3つの力「複眼的に思考する能力」、「多様性と地球的課題を理解する能力」、「協働して実践する能力」を「神戸スタンダード」と定め、この3つ力を身につけるために、それぞれ「基礎教養科目」、「総合教養科目」(主に1、2年次)、「高度教養科目」(主に3、4年次)を導入しました。
この様な大学独自の改革の方向性に加えて、平成27年理工系人材育成戦略・平成28年度における理工系人材育成に関する産学官円卓会議や、理工系人材育成に関する産学官行動計画(平成28年)などの提言、「大学の数理・データサイエンス教育強化の方策について」など矢継ぎ早に発表されました。理工系人材育成に関する産学官行動計画においては、産業界のニーズと高等教育のマッチング、専門教育の充実、成長を支える数理・情報技術分野に関わる産学協働の人材育成の強化等が提言されました。また、文系理系を問わず、数理・データサイエンスの能力を持ち、課題解決・価値創造につなげる人材育成の必要性も提言されました。これらのことから、第4次産業革命を目指した数理・データサイエンス教育の強化と、それをイノベーション人材の育成につなげる教育の実現について検討してきました。
いうまでなく、現在、急速な情報産業における技術革新により、データの大量の取得、分析、実行の循環が可能となり、いわゆる第4次産業革命が世界的に進み、社会のグローバル化や産業構造の変化が加速しています。このような状況では、新しい価値を創造し世界で活躍する人材にとって、従来の教養や語学力に加え、IoT、ビッグデータ、AI等のデータを巡る技術革新に対する理解や、数理的思考やデータ分析・活用能力、いわゆる「数理・データリテラシー」が理工系のみならず、全ての分野で必須の能力であるとの認識を全学で共有することとなりました。今後、数理・データサイエンスリテラシーを「神戸スタンダード+(プラス)」として位置付ける方向も検討されています。
これらのことを全学的に議論し、次の三つのことを目的として、数理・データサイエンスセンター(Center for Mathematical and Data Sciences, 以下CMDS)を平成29年12月1日に設置することとなりました。
① 数理・データサイエンス教育を、全学の教育に導入し、推進すること
② 神戸大学における数理・データサイエンスの文理融合・分野融合研究の推進
③ 産業界、地域、他大学、他研究機関との連携を活かした共同研究、および企業や自治体のニーズをくみ取った課題解決型の教育プログラムの開発
CMDSは、「全学教育部門」、「研究部門」、「連携部門」の三つの部門からなり、現在4名の主配置教員、47名の配置教員、9名の協力教員、2名の客員教員が所属しており、理工系だけでなく、殆どすべての研究科から教員が参加する体制となっています。
CMDSの全学教育における最初の取り組みとして主に学部1、2年生向けの「数理・データサイエンス標準カリキュラムコース」の導入があります。これは、平成29年度に検討し、平成30年度から国際人間科学部、経済学部、経営学部、理学部、工学部、農学部、海事科学部の7学部にて導入されました。
このカリキュラムコースは、指定された科目群の中から、数理科目4単位以上、統計科目2単位以上、情報科目2単位以上、データサイエンス科目2単位以上、全体で14単位以上の単位の修得により、数理・データサイエンス標準カリキュラムコース修了認定書を授与するものです。
数理科目、統計科目、情報科目については、すでにある既存の国際教養教育院の全学共通科目、もしくは各学部の既存の専門科目を指定することで十分と考えました。大学入試に、殆どの学部で数学を設定していることもあり、数理科目を重点的に指定してもそれほど学生の負担にならないとも考えました。
(平成30年度入学者の指定科目については、センターのHP(http://www.cmds.kobe-u.ac.jp/)をご覧ください。)
データサイエンス科目としては、国際教養教育院の総合教養科目として平成30年度後期(第3、4Q)から「データサイエンス入門A、B」(各1単位)、平成31年度前期(第1、2Q)から「データサイエンス概論A、B」(各1単位)を新規に開講することとしました。
本学では、新しい科目を総合教養科目として開講するためには、試行的にその科目を総合科目として開講しなければいけないことになっていますので、平成29年度後期に「データサイエンス入門1、2」(各1単位)、平成30年度前期「データサイエンス概論1、2」(各1単位)を開講しました。
平成29年度開講のデータサイエンス入門1、2では、データサイエンスの基礎と、その応用事例、社会とのかかわりを学ぶということを学修目標としました。
各回の講義におけるテーマは、次の表をご覧ください。(DSはデータサイエンスの略です)。
データサイエンス入門1テーマ | |
講義1 | データサイエンスとは |
講義2 | 統計学入門 |
講義3 | 機械学習入門 |
講義4 | スマートアグリ |
講義5 | IT企業におけるデータサイエンス事業 |
講義6 | ビッグデータを活用した人工知能技術 |
講義7 | SNS解析による炎上検知 |
データサイエンス入門2テーマ | |
講義1 | DSと医学 |
講義2 | DSと言語学 |
講義3 | DSと社会科学 |
講義4 | DSと経営学 |
講義5 | DSとスーパーコンピューター技術 |
講義6 | DSと生物統計学 |
講義7 | DSと品質管理 |
データサイエンス概論1、2においては、データサイエンスを実践する際に必要となる様々な技術の概要および理論の基礎を学ぶことを学修目標としました。各回の講義のテーマは以下の通りです。
データサイエンス概論1テーマ | |
講義1 | データ処理・解析1 (重回帰分析) |
講義2 | データ処理・解析2 (多変量解析) |
講義3 | パターン認識 (線形識別理論,ベイズ決定則,最尤法) |
講義4 | 機械学習1 (階層型ニューラルネット,深層学習) |
講義5 | 機械学習2 (教師なし学習,クラスタリング) |
講義6 | データサイエンス応用1 (行動認識,ライフログ) |
講義7 | 機械学習3 (強化学習,その他学習方式) |
データサイエンス概論2テーマ | |
講義1 | マルチメデイア解析1 (画像解析と人工知能) |
講義2 | マルチメデイア解析2 (音声処理と人工知能) |
講義3 | マルチメデイア解析3 (文書解析と人工知能) |
講義4 | 情報セキュリティ1 (プライバシー保護技術) |
講義5 | 情報セキュリティ2 (ブロックチェーン,サイバーセキュリティ) |
講義6 | データサイエンス応用2 (スマートホーム,IoT) |
講義7 | データサイエンス応用3 (対話システム,自然言語処理,人狼知能) |
講師は学内の専門家と、特定の分野については外部の研究機関や民間の研究所から専門家を非常勤講師として招聘し、オムニバス形式で講義を構成しました。これらの試行科目について、講義ごとにコミュニケーションシートにより、各講師が講義に関わる課題を出し、それに回答する形式をとりましたが、最終回に試験を行いコミュニケーションシートと試験により成績評価を行いました。受講者は、試行的な開講のため少ないながら、コミュニケーションシートに付したアンケートによれば、満足度が高いという結果が得られています。
平成30年後期の「データサイエンス入門A、B」と、平成31年度の「データサイエンス概論A、B」についても、同様の構成を予定しています。
このデータサイエンス科目を国際教養教育院の総合教養科目として新たに設定するにあたり、全学でこの科目を企画し実施するための「データサイエンス教育部会」という組織を構成しました。この部会には、データサイエンス科目に関わる教員によって構成されており、部会長は、センターの副センター長である小澤誠一教授が勤めております。
センターでは、この学部1、2年次の標準カリキュラムコースを標準カリキュラムレベル1と位置付け、今後学部3、4年次向けのレベル2の標準カリキュラム、修士・博士レベルのレべル3の標準カリキュラムを検討していきたいと考えています。それらの各レベル感については、現在のところ検討中です。
また、企業や自治体との連携を深め、企業・自治体と協働で「課題解決型データサイエンスアドバンストプログラム」を学部3、4年次および大学院のプログラムとして導入する可能性を考えています。
これに関連して、次の取り組みが進んでいます。平成29年度に採択された文部科学省データ関連人材育成プログラム(D-Drive)「データ人材育成関西地区コンソーシアム(代表機関
大阪大学)」への参画機関として、他の参画機関大学(大阪大学、奈良先端科学技術大学、滋賀大学、和歌山大学、京都大学)や、連携機関、連携企業と協力して、主に修士課程、博士課程学生および社会人に対してデータ人材育成のプログラムを平成30年度から本格的に実施しています。
このプログラムでは、「データサイエンス基礎コース」(Aコース)、「データサイエンス実践コース」(Bコース)に各大学が科目を提供し、それを協定大学の大学院生が相互聴講できることとしました。このため、コンソーシアムに参画する5大学で大学院講義を相互聴講するための協定を平成30年3月に締結しました。
学部高学年から、修士課程の学生のために、実践的データサイエンスPBL(Project Based Learning)実習の開講も検討しています。これには、神戸市や兵庫県などとの連携や、すでにセンターと共同研究を進めている企業等との連携を活かした形で実現することにより、自治体や企業の実際のニーズを汲み取ったプログラムを構築したいと考えています。さらに、これらを発展させ、社会人教育プログラムへの展開も検討したいと考えます。
本学では、企業や、大学OBと連携した授業科目を実施しています。平成28年度から開講した「日本総研×神戸大学オープンイノベーションワークショップ「金融とITの最前線」」は、全学の学部生および修士学生を対象にPBLを行い好評を博しており、今年度で3度目の開講も予定されています。また、経営学部が開講する高度教養科目として、本学のOB・OGが提供する「ビジネスリーダーと議論と対話」においても、理工系学生と社会系の学生が共に参加し、学部を超えた議論が行われる予定です。
また、本学は、平成28年12月1日に、シンガポールの南洋理工大学(Nanyang Technological University)と学術交流協定を締結し、学生交流およびデータサイエンスに関する教育研究連携を推進することになりました。南洋理工大学は、2018年度のQS大学ランキングでアジアNo.1という評価得た大学ですが、データサイエンス部門でも活発な教育研究および産学連携活動を行っています。南洋理工大学と連携した科目の設定、研究交流を通じた大学院生の海外派遣などを検討しています。
CMDSでは、「神戸大学CMDS論文セミナー」を毎週開講し、データサイエンスやAI関係の先端的な論文紹介を行い、学内の教職員、大学院生および企業の方にも公開しています。また、「セキュリティ、プライバシー保護、暗号技術」や「自然言語処理」等の最先端の話題について学外の専門家を招聘して「CMDS先端セミナー」を行っていますが好評です。なお、データサイエンスに関して、すでに企業等からの共同研究の問い合わせがかなりあり、実際の共同研究が始まっています。今後、CMDSにおいて、企業、地方自治体との連携、学内の様々な研究プロジェクトとの研究連携をどの様に推進していくかが課題です。
また、社会人プログラムや他大学との連携においては、e-Learningの導入、コンテンツの開発も視野に入れています。なお、社会人を受け入れて、教育を行う柔軟な制度の整備も必要であると強く感じています。本学のCMDSとの連携をお考えの方は是非ご一報ください。
CMDSへのお問い合わせは以下にお願いします。
電話/Fax:078-803-5753
Email:cmds−sec@edu.kobe−u.ac.jp(アドレスは全角文字で表示しています)
HP:http://www.cmds.kobe-u.ac.jp/