特集 AI人材、AI活用人材の育成を考える

 好むと好まざるとに関わらず科学技術の粋を極めたAI(人工知能)は普及拡大する。期待と不安が入り混じる世紀の始まりだ。歴史が物語るように科学技術の進展は、物質的豊かさや利便性など一定の恩恵をもたらしてきたが、安心・安全への不安、地球環境の破壊、貧困と教育格差など副作用の代償も少なくはない。人間が求める幸せとは何か、ここで問われるのは人間自身に内在する価値観と倫理観との調整だ。
 AIを人類の福祉にどのように活用できるかは人間の叡智だ。今でこそ分野を横断しバランスのとれた真理の探求が大学教育に期待される。政府、社会、大学が連携・接続する中で、教育のオープンイノベーションを推進し、多様な価値の創造にかかわるAI時代の人材育成について、門をたたいてみた。

日本のAI戦略と人材育成

安西 祐一郎(統合イノベーション戦略推進会議「AI戦略」有識者会議座長 本協会副会長)

 インターネットプロトコルの基になったデジタルパケット通信技術が米国で確立したのは1969年、それから半世紀、世界はデジタル革命による社会変革の只中にあります。最近のAI(人工知能)ブームは、その先端に位置する一つの大波とみなすのが正しいです。そのAI覇権の先端を米国と中国が独走しています。
 米国では、次世代AI研究開発テーマとしてDARPAが20億ドル余のcontextual reasoningプロジェクトを発表、MITは10億ドル規模のダブルメジャーAI人材育成プログラムを公表しました。中国は、人材育成のため小学校からの情報教育に重ねて全土で中学からAI教育を行うことを宣言、人口を考えると影響は大きいです。英・独・仏・EUも国・地域の首脳層でAI戦略を立案、シンガポール、インドも同様であります。
 では日本はどうでしょうか。2016年4月、内閣府、CSTI(総合科学技術イノベーション会議)のもとに総務省、文科省、経産省、厚労省、農水省、国交省等が関わる人工知能技術戦略会議が設置され、2017年3月にはAI技術の産業化ロードマップが公表されました。
 しかし、世界のスピードは速いです。しかもAIは各省庁別々の事業としてではなく、省庁横断の政策としてはじめて社会変革につながります。日本が現在最も必要としている社会変革は、産業構造改革、雇用制度改革、教育改革、それに農業、健康・医療・介護、インフラ、その他、国民の生活を支える基幹分野のデータ基盤改革であり、その推進には、世界各国・地域の戦略立案に匹敵するスピードでAI戦略を立て、しかも省庁横断で着実に実行する仕組みが必要であります。
 このことから、本年9月28日開催の内閣府統合イノベーション戦略推進会議において「AI戦略」の司令塔が新たに立てられ、AI戦略推進チーム、AI戦略有識者会議、AI戦略タスクフォースが設置されて、AI戦略の全体俯瞰図が有識者会議からの提言として配布されました(図1)。

図1 AI戦略全体俯瞰図(統合イノベーション戦略推進会議2018.9.28資料より)

 このAI戦略は、特に「多様性を内包し持続可能な発展を遂げる社会」の実現に向けて日本の社会を変革することを目標としており、第5次科学技術基本計画によるSociety 5.0の理念とも合致しています。特に、図1にあるように、人材育成、研究開発、社会実装の3本柱を基本に、データの利活用基盤を抜本的に整備しつつ、サイバーセキュリティ基盤を強化、ビジネス・行政、農業、健康・医療・介護、インフラ、その他の構造転換を立案・実行することとしています。
 そのAI戦略の中心に人材育成があります。デジタル革命のもとで社会変革を担う人材が圧倒的に不足していることは論を待たないですが、AI戦略では特に、高校教育から大学入試、大学教育、リカレント教育に至る、AI、数理、データサイエンス等の人材育成の抜本的充実を最重要課題の一つとして掲げています。重要な点は、高校教育の文理分断からの脱却、「情報I」入試の充実、AIだけに特化した人材でないダブルメジャー人材の育成、大学で新しい知識を学んだ学生が報われる雇用の仕組みの創造等であり、文科省、経産省等との緊密な協力のもとに推進していくこととしています。高校生のための学びの基礎診断の導入(2019年)、小中高の学習指導要領改訂(2020-24年)、大学入学共通テストの創設(2020年)、国数英以外の科目の大学入学共通テスト転換(2024年)等を合わせると、これらの改革は、日本の教育が戦後70年を超えて新しい時代を開く、戦後最大の変革になります。
 世界では、デジタル革命が政治、経済、外交、社会、医療、科学技術等、あらゆる分野に影響を及ぼし、米中欧その他の国・地域が多極化した新たな世界が生まれつつあります。この世界転換の時代に、ここで述べたAI戦略、特に人材育成の方策が成功するか否かは、日本の将来にとってきわめて重要なカギとなると考えられます。


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