特集 AI人材、AI活用人材の育成を考える
岸 浩稔(野村総合研究所ICTメディア・サービス産業コンサルティング部 主任コンサルタント)
野村総合研究所(NRI)では、2015年12月、「日本の労働人口の49%がAI・ロボットによって技術的に代替可能」というプレスリリースを発表[1]しました。反響は大きく、「人間の仕事はなくなるのか」、「AIに仕事を奪われるのか」という脅威とともに、「仕事の在り方を変える機会」と捉えることで、テクノロジーと働き方について議論を喚起することができました。
未来に人が担う仕事が半分なくなるのかと言えば、なくなりません。ただし、「仕事は変わる」と考えています。「49%」は、現状の仕事の特徴に関するデータをもとに、機械学習によって統計的にAI・ロボットによる代替可能性を計算したものです。その前提には、未来のテクノロジーの進化を前提に、仕事が現状のまま変わらないとしたら、という仮定があります。
かつてより、テクノロジーの進化は仕事の在り方を変えてきました。蒸気機関は馬車を置き換え、インターネットは電話交換を置き換えました。仕事を代替するとともに新しい仕事を生み、労働生産性を高め経済の成長を牽引してきました。直近では、日本をはじめとする先進諸国では生産性の低下が指摘されていますが、いずれにせよ、中長期的には、インターネットの普及とAI・ロボット技術に支えられた第4次産業革命による大きな労働環境の変化を迎えつつあります。そのときに、AI・ロボットに仕事を置き換えられるのか、AI・ロボットを活用して仕事を変えていくのかは、AI時代を迎える今、大きな岐路にあると言えます。
NRIでは先の研究を通じ、AI・ロボットに代替されにくい仕事の特徴、裏返せばすなわち人にこそ求められるものを3つに整理しています。(1)創造的な思考、(2)ソーシャル・インテリジェンス、(3)非定形、です。
(1)「創造的な思考」は、抽象的な概念を整理・創出することです。例えば、芸術分野や、歴史学・考古学、哲学・神学等、コンテクストが複雑であったり、データ化や体系的な整理を行うことが難しかったり、論理的に一意に解を定めがたいものであったりするものを扱うことです。芸術作品やイノベーティブな活動はもちろんのこと、例えば経営上の意思決定等も価値判断の要素が大きく、AIは関与できたとしても意思決定の補助にとどまるものと想定されます。
(2)「ソーシャル・インテリジェンス」は、いわゆるコミュニケーション能力ですが、単純に会話を返すというものではなく、説得や交渉等、相手の心の動きを推し量りながら何らかの目的意識に沿って情報を引き出し、それに基づいて提案を行ったり、納得を得たりする力を指します。
(3)「非定型」は、あらかじめ体系化されていない多種多様な状況に対して、自分の力で何が適切かを判断することが求められることです。AIが対応できるのは、基本的には「学習」が可能な対象であり、過去に類似する例がなかったり、体系化・マニュアル化されていなかったりする状況に対して対応することは難しいと言えます。
上記を裏返せば、それぞれの特徴を持たない仕事や業務はAIによって代替される可能性が高くなります。ここで注目したいのは、現在、資格が必要とされていたり、高収入であったりする仕事や業務についても、創造的な思考の必要性が薄かったり、ソーシャル・インテリジェンスをあまり必要としなかったり、定型化されていたりするものは存在するということです。
図1に、AIによる代替と共存のモデルを示します。上の代替モデルは、これまで人間が担っていた仕事について、自動化可能なものから徐々にAIに代替されていくものです。じきにすべてがAIに取って代わられる、いわゆる「テクノロジー失業」という考え方です。一方で、下の共存モデルでは、AIによって代替された分、代替できないものをヒトが担うことで、全体の付加価値を高めるという考え方です。「AIで下駄を履く」考え方になります。共存モデルの点線より上の部分は、AIによって新しく生まれる仕事とも言うことができます。そしてそうした仕事は、先の3つのスキル「創造的な思考、ソーシャル・インテリジェンス、非定型」が求められるヒトでこそ担うべき、かつ高い価値を生み出せる仕事になります。
図1 AIによる代替と共存のモデル
例えば、AIに於けるディープラーニングは画像の認識・判別が得意です。たくさんの画像を学ぶことで、未知の画像の分類をすることができます。その点では、医療におるMRIやレントゲン画像の診断においては、画像から肺がんに繋がるリスクを検知することでは人間が判読するよりも、より高い精度を示すことができるとの報告があります。しかし、それによって医師の仕事がそのまま置き換わるかと言えば、そうではありません。機械に画像判読を任せることで、空いた時間を問診や研究に充てることができるようになり、医師の仕事全体の付加価値をより高めることができます。
ここで重要になるのは、「仕事を変えていく」という考え方です。医師の仕事は画像を見て異常を見分けることではなく、患者さんと向き合い治療を進めることや最先端の医学の研究開発をすることにあるはずです。そもそも、どのような価値を提供することが必要なのかを考えると、自分の仕事は変わっていきます。逆にいえば、仕事を変えることができなければ、自分の仕事はどんどんAIに置き換えられていくことになります。
図2に、AIによる代替と共存モデルを、人材の評価軸という点で示します。代替モデルは、生産性でのみ競争する世界です。AIがヒトの仕事を代替することで、AIより高い生産性・創造性のある人材は代替されない人として残りますが、低い生産性を示す人材は仕事を失います。AIは日進月歩で生産性を高めていくため、次々に代替される人が生まれ、ごく少数の代替されない人が残ることになります。
図2 AI時代の人材評価の考え方
一方で共存モデルでは、生産性ではない、「何かスペシャルなもの」で競争をします。そこでは、AIで下駄を履いたうえで、「ヒトでしか生み出せない何か」のスキルを活用した役割による競争になります。「その何か」の評価は、生産性のようなひとつの評価軸で評価できるものではありません。
創造性に優れた“アイディアマン”や、コミュニケーションが巧みで人間関係の構築が上手な“カリスマ”、交渉が得意な“ネゴシエーター”、非定型な対応力に優れてマニュアル外の提案ができる“コンシェルジュ”といった、様々な役割があります。そうした様々な役割を、優れたスキルをもとに提供するエキスパートが活躍していく社会になっていくでしょう。
重要なことは、こうした「何かスペシャルなスキル」は多種多様であること、またすべてを兼ね備えたスーパーマンは存在しないということです。
AIを片手に自らのスキルを高めることは、オーグメンテーション(拡張)いう概念として認知されつつあります。AIによって拡張されるスキルが、結局、これまでと同じ評価軸である生産性のみで評価されていては、AIとの競争に勝ち残ることはできません。
今後、AIが総合的なスキルを下支えするようになり、専門的なスキルで付加価値を高めようとなったとき、そのスキルを多様なものとできるよう、組織が多様性を認め尊重するように意識づけられていなければなりません。
これまでは、組織の仕事をうまくこなせる人材が高く評価されてきたため、総合的に対応できミスが少ないことが重視される減点主義の考え方でした。今後、AIを片手にエキスパートが活躍するようになると、「何かスペシャルなもの」を伸ばす加点主義の考え方のもと、一人ひとりの個性に合わせた能力開発が求められるようになります。
ここで問われるのは、そのような能力開発を担うのは誰なのか、という点です。これまで企業で活躍するための人材教育はOJTによる経験の蓄積でしたが、それは組織全体の生産性を高める教育であり、多様なスキルを高めるものではありません。そこで、何か社外の研修機関がそうしたスキルを身につける教育プログラムを提供することも考えられますし、政府が支援する必要があるかもしれません。大学こそが自由な学びの場としてスキルを磨くことができるのではという考えもあります。また、「AIによって代替された人材」をどう再教育するかは大きな論点であると言えます。
AI時代に求められる人材を育てる環境をどのように整えるか、社会全体で考えていかなければなりません。
関連URL | |
[1] | 日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に (https://www.nri.com/jp/news/2015/151202_1.aspx) |