特集 AI人材、AI活用人材の育成を考える

関西学院大学と日本IBMとのAI共同プロジェクト
〜AI活用人材育成プログラムとキャリア支援
AIチャットボット〜

巳波 弘佳(関西学院大学学長補佐 理工学部教授)

1.はじめに

 近年、AI(人工知能)を中心とする技術革新が進展し、様々な分野において今までアプローチが困難であった問題の解決が急速に進んでいます。世界はAI技術による大きな転換期を迎えているといっても過言ではありません。社会構造や働き方にも急激で大きな変化が起こりつつありますが、それに対応できる人材を育成することは、教育機関にとって重要な責務と言えます。
 本学では、このような課題認識のもと、最先端のAIの一つとして知名度の高い“Watson”を擁するグローバル企業であるIBMと、人材育成や産学連携を含めた総合的な取り組みを行うための包括的な共同プロジェクトを2017年9月より開始しました。とりわけ、時代の急速な変化に対応して学生を育成し支援するためにも、「AIに関する基盤教育」と「キャリア支援」に関する施策を優先して取り組むことにしました。
 本稿では、これらの施策について紹介します。

2.AIに関する基盤教育

(1)AI活用人材

 今やAI技術は一部の企業だけが扱うものではなく、既に多くの企業が活用するようになってきています。このような社会で求められる人材は、AIやそれに関連する技術を理解し、ビジネスなど様々な分野でそれを活用できる人材です。そこで筆者らは、「AI・データサイエンス関連の知識を持ち、さらにそれを企業活動や経営などに活用して、現実の諸問題を解決できる能力を有する人材」を「AI活用人材」と定義し、このような人材を育成することを目的としました。
 AIに関わる人材は、大きく3つに分けることができます。最先端のAI技術そのものを研究開発するAI研究開発者、AI技術を活用して現場の課題を解決したり新サービス・新製品を作り出したりするAIユーザ、そのようなAIユーザにソリューションを提供するAIスペシャリストです。本学のAI活用人材育成プログラムは、主にAIユーザとAIスペシャリストの育成をターゲットとしました(図1)。それは、分野を問わず実に多くの企業がAIソリューションを求めていることから、人材需要のボリュームゾーンがAIユーザやAIスペシャリストにあると考えられるからです。

図1 AI活用人材育成プログラムが育成する人材像

 AIユーザやAIスペシャリストは、必ずしもAI技術の基盤である高度な数学やプログラミング技術に習熟している必要はありません。そこで本プログラムでは、思い切ってAI技術の基盤に関する知識は必要最小限にとどめ、AIを活用するためのスキルにフォーカスすることにしました。

(2)AI活用人材育成プログラム

 AI活用人材育成プログラムの特徴として、以下の三点があげられます。まず「初学者を念頭においた授業内容」であることです。基礎から積み上げるカリキュラムによって、予備知識がなくても十分学べるような構成になっています。二つ目は「体系的かつ実践的なスキルの修得」です。本プログラムの科目群を履修するだけでAI活用スキルを修得できるよう自己完結型に体系化されています。また、実際の現場にも現れるような内容の演習を数多く盛り込むことで、実践力を体系的に修得できます。三つ目は「ビジネス視点の醸成」です。IBMなどAI活用企業の実務の視点を取り入れた授業内容となっています。また、実際の事例を意識したPBL(Project Based Learning)を数多く行うことにより、ビジネスの現場での即戦力を修得できるようにしました。本プログラムは全部で10科目から構成されています(図2)。

図2 AI活用人材育成プログラムの科目構成

 「AI活用入門」は、AI活用人材として社会で活躍するための基礎的な知識を修得することを目的しています。そのために、産業構造の変化や今後必要とされるスキルなど社会背景に関する知識、AI技術に関する基礎知識、AIを活用するために必要不可欠なデータサイエンスに関する基礎知識、AIを利用したアプリケーションを開発するための基礎知識を学びます。
 「AI活用導入演習A」と「AI活用導入演習B」は、AIを利用したアプリケーションに関する技術を修得することを目的としています。「AI活用導入演習A」では言語解析(意図分類や形態素解析等)AIに関する技術、「AI活用導入演習B」では音声認識や画像/動画解析AIに関する技術を対象としています。これらの技術の仕組みや、これらのAIを利用するためのAPI(Application Programming Interface)に関する知識を学び、さらに実際にAIを利用したアプリケーションを開発します。
 「AI活用実践演習A」では、AIを活用したWebアプリケーションの開発に必要な基礎的な技術を修得することを目的としています。そのために、Webアプリケーションの動作の仕組み、開発のために必要なプログラミング言語Javaの基礎、オブジェクト指向の考え方に基づくシステム開発プロセスやソフトウェアテスト技法を学び、さらに顧客の要望に応じたWebアプリケーションを開発する演習を行います。
 「AI活用実践演習B」では、AIの基盤技術である機械学習・深層学習に関する基礎的な知識を修得することを目的としています。そのために、機械学習や深層学習の仕組みを学び、さらにプログラミング言語Pythonの基礎を学んで、機械学習や深層学習に関するプログラミングを行います。
 「AI活用実践演習C」では、AIを活用したWebアプリケーションのためのユーザーインターフェイス(UI)デザインに関する技術を修得することを目的としています。そのために、UIデザインの考え方、HTML、CSS、JavaScriptの基礎を学び、さらにテーマに応じたWebページを開発します。
 「AI活用データサイエンス実践演習Ⅰ」および「AI活用データサイエンス実践演習Ⅱ」では、AIを活用するために必要不可欠なデータ解析に関する基礎知識の他、様々な問題解決フレームワーク・マーケティングフレームワークや、データ解析結果を適切に顧客に伝達するための手法を修得することを目的としています。さらに、与えられたテーマに応じて、課題の設定、仮説の構築、データの解析、ストーリーの構築、資料の作成、プレゼンテーションを通して、ソリューションを提案する演習も行います。一般的なデータサイエンスに関する講義では、数学的な知識の修得に重きが置かれていますが、これらの科目では、多くのサンプルを通して活用方法を学ぶことに重きを置いています。実際のコンサルタントがデータを分析して提案をまとめるプロセスを学ぶため、ビジネスの現場でデータサイエンスを活用するスキルが修得できます。
 「AI活用発展演習Ⅰ」および「AI活用発展演習Ⅱ」では、企業・自治体等が抱える様々な課題に対して、チームを構成し、AIを活用したソリューションを提案できる能力を修得することを目的としています。そのために、データに基づき顧客のニーズを読み解いて課題を分析し、AIを利用したアプリケーションを開発し、付加価値の高いソリューションを設計して提言できるようになるよう、総合的なPBLを行います。このようにして、ビジネスの現場で即戦力として通用する実践的なスキルを修得します。

3.キャリア支援チャットボット

(1)チャットボット導入の目的

 社会構造や働き方の急減な変化は、学生たちのキャリア支援のあり方も大きく変えつつあります。スピーディーで的確なキャリア支援を行うことが必要であり、それが学生にとって「質の高い就労」、つまり、学生が自ら希望する適切な就職・進路へ踏み出すことへとつながります。
 きめ細かく充実したキャリア支援としてとりわけ重要なことは、学生たちの相談に丁寧に対応してアドバイスすることですが、そのためにキャリアセンターが多数の相談員を配置して対応する体制が必要不可欠になっています。しかし、ここに大きな課題があります。一つは、質問や相談には基礎的なものも数多く含まれており、このようなものへの対応に時間と稼働がとられることで、効率性を大幅に低下させてしまうことです。二つ目は、キャリアセンターが開室している時間帯しか対応できないということです。
 このような課題に対応するため、本学では、AIを活用したチャットボットの導入を検討しました。基礎的な問い合わせ内容にはチャットボットが対応することで、相談員の業務量を大幅に削減し、個別具体的な面談等の業務に時間をかけられるようになり、学生に対してより手厚く対応することが可能となります。また、スマートフォンからアクセスできるチャットボットにすることで、時間や場所によらず対応することが可能となります。

(2)KGキャリアチャットボット

 KGキャリアチャットボットは、ユーザから問われた質問の内容を判別し、事前の学習結果から最も確からしい返答をします。
 会話はユーザへの挨拶からスタートし、ユーザの質問を促します。就職活動に関する「自己分析の仕方を教えて」・「面接対策の方法は?」などへの返答はもちろんのこと、「面接で聞かれること」「優良企業の探し方」など、多くの学生が興味を持つ情報なども盛り込むようにしています。チャットボットの回答が終了すると次の質問を促します。
 ユーザによって回答を変化させる必要がない質問には汎用的な内容で回答し、ユーザの質問に関連する文書や情報を提示します。学生個別の情報も盛り込んで返答する質問に対しては、チャットボットは深掘りするための質問を行います。
 ユーザの質問の意図を認識できなかった場合は、再質問もしくはキャリアセンターへの連絡を促します。図3に、チャットボットとの会話イメージをあげます。

図3 チャットボット会話イメージ

(3)KGキャリアチャットボットの特徴と効果

 今回開発したチャットボットの特徴として、まず、AIに膨大な量の高い質の学習をさせたことにより、高品質な対話ができるようになったことがあげられます。キャリアセンターに過去蓄積された膨大な面談記録や、専門の職員の知見を合わせ、約600の質問項目と、15,000以上の会話バリエーションを用意し、これらを学習させました。つまり、様々なバリエーションの問い方であっても、異なる600種類の質問に対して的確に回答できるようになっています。その結果、返答率(チャットボットが回答できた割合)は8割を超えるものになっていますが、この数値は一般的な企業のチャットボットと比較しても非常に高いと言われています。
 二つ目の特徴として、学内e-ポートフォリオと連携して入口を統一することで、学生生活のワンストップサービスを実現した点です。これにより、学生の利便性が高まりました。実際、事務室開室時間外の利用者が50%以上でした。また、利用者の80%は1〜3年生を中心にキャリアセンターを利用したことがない学生であり、チャットボットの導入によって、これまでキャリアセンターを利用しなかった学生層を惹きつけ、大学としてより多くの学生に個別のキャリア支援を提供することが可能となったと言えます。
 本学のチャットボットは、Anyone(どの学生でも)・Any Time(24時間・365日・どこでも)・Any Thing(どのような質問にも)を実現することを目指しましたが、一定の効果が達成されたと言えます。
 チャットボットの導入には、他にも重要なメリットがあります。まず、会話ログデータを収集して分析することにより、学生たちはどの時期にどのようなことを気にしているのかなど、学生のニーズをより正確に汲み取ることが可能となるため、今後のキャリアセンター施策へ反映していくことができるようになります。また同時に、より良い回答ができるようにチューニングしていけるため、学生が使えば使うほど、より優れたチャットボットに「成長」させることができ、その効果は学生にすぐにフィードバックされることになります。

4.AI活用人材の活躍

 関西学院が2018年3月に発表した超長期ビジョン・長期戦略からなる将来構想“KWANSEI GRAND CHALLENGE 2039”の中で謳っている「強さと品位」「真に豊かな人生」「質の高い就労」を実現するため、大学を卒業し、就職または進学するに際しては、自らの志す進路へ踏み出し、自ら人生を切り拓くために必要な知識・能力・資質を卒業までにしっかり身につける必要があります。
 これからの社会において、AIは避けて通れない技術です。AIに排除される・使われる人間になるのではなく、AIを使いこなしAIを活用してより良い社会を築ける人間となるためにも、このAI活用人材育成プログラムやチャットボットが学生たちに役立つことを心から願っています。


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