特集 AI人材、AI活用人材の育成を考える
駒木 文保(東京大学 数理・情報教育研究センター長)
大量のデータから課題を発見し、解析し、解決するデータサイエンスの能力は、様々な分野で重要性を増しています。欧米や中国、韓国でもデータサイエンス教育への取り組みが進んでいます。文系・理系問わず、数理・データサイエンスの基本的な力を身につけた人材を育成することは喫緊の課題となっています。
(1)拠点校6大学
北海道大学、東京大学、滋賀大学、京都大学、大阪大学、九州大学は2016年末に文部科学省より数理及びデータサイエンスに係る教育強化の拠点校として選定されました。拠点校6校は、それぞれ数理・データサイエンスの全学的・組織的な教育を行うセンターを設立しています(表1)。
表1 6大学のセンター 北海道大学 数理・データサイエンス教育研究センター 東京大学 数理・情報教育研究センター(幹事校) 滋賀大学 データサイエンス教育研究センター 京都大学 国際高等教育院附属データ科学イノベーション教育研究センター 大阪大学 数理・データ科学教育研究センター 九州大学 数理・データサイエンス教育研究センター
6大学は、取り組み成果の全国の大学に波及を図り、地域や分野における拠点として他大学の数理・データサイエンス教育の強化を目指すため数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム(6大学コンソーシアム)を形成しています。具体的には、全国の大学に向けたモデルとなるデータサイエンス教育の標準カリキュラムと教材の作成、センターの情報交換等を行うための対話の場の設定、センターの取り組みの成果指標や評価方法の検討などに取り組んでいます。
(2)3分科会の取り組み
特に、標準カリキュラム・教材の作成はコンソーシアムの当面の最重要課題です。コンソーシアムではこれらのミッションを実施するため、カリキュラム分科会、教材分科会、データベース分科会の3つの分科会を設置しています。それぞれの分科会には、6大学すべてから委員が参加しています。カリキュラム分科会の主査は東京大学の委員が、教材分科会の主査は滋賀大学の委員が、データベース分科会の主査は北海道大学の委員がそれぞれ勤めています。
カリキュラム分科会は標準カリキュラムの作成に取り組んでいます。標準カリキュラムとは、一般教育・専門基礎教育において必要となる数理・データサイエンス教育の内容を示すカリキュラムです。カリキュラムとしてはいろいろな形式のものがあり得ますが、カリキュラム分科会では、特にスキルセットと参照基準の策定に取り組んでいます。スキルセットとは、数理・データサイエンスの分野において理解すべき項目を、データサイエンスの基礎となる数理・統計・計算の各分野別にレベルの目安をつけて分類して列挙したものです(図1)。
図1 データサイエンスの基礎
全国の大学でデータサイエンス教育を行う際に前提とできる学生の知識はそれぞれの大学・学部・学科ごとに様々です。そのため、全国の大学でそのまま利用できる共通のシラバスを作成することは困難です。しかしスキルセットを利用すれば各大学、学部、学科において柔軟なカリキュラムの設計が可能になります。それぞれの大学は、データサイエンス関連の複数の授業のシラバスが全体としてスキルセットのあるレベルまでの項目をカバーするように設計することで、質の保証された教育を行うことができます。
コンソーシアムではまず暫定版のスキルセットを公開し、それをベースに改良を重ねてゆく予定です。また、参照基準は、各大学がカリキュラムを組むときに参考になるものです。学生が身につけておくべきデータサイエンスに関する基本的な素養や、学修成果の評価方法などに関する考え方を示します。
教材分科会は全国的なモデルとなる教材を協働して作成・普及に取り組みます。具体的には、教科書シリーズの企画・編纂、各大学のeラーニング教材、講義動画等の統合的配信方法と普及方法やその他の可能性の検討を行います。データサイエンスの教科書シリーズとしては、大学問の協力による全10冊からなる教科書シリーズ「データサイエンス入門シリーズ」を編纂中で、2019年秋から刊行します。教科書の内容はカリキュラム分科会が策定するスキルセットに準拠したものになります。また、eラーニング教材・講義動画等のポータルサイトを開設します。
データベース分科会は、各大学が使用できる教育用各種データ(実験データ、調査データ、地域の生データ、ビジネスデータ、ネット情報など)の収集・公開、既存の公開データベース情報、オープンソース等の情報の収集・公開に関する検討を行なっており、教育用データのポータルサイトの作成を目標としています。
その他にもコンソーシアムでは全国の数理・データサイエンス教育の現状を把握し、課題の抽出等のための客観的資料とするとともに、数理・データサイエンス教育の時系列的変化を把握するために、全国の大学の数理・データサイエンス教育の状況調査に取り組んでいます。また、全国の大学で参考にできるカリキュラムと教材のサンプルの作成も進めています。
東京大学は数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムの幹事校です。2017年2月、東京大学に設置された数理・情報教育研究センター(略称:MIセンター)は、数理と情報を横糸に、応用展開を縦糸にして、数理的手法、統計的手法、データサイエンスおよび情報技術の総合的な教育基盤を整備し、データに基づく課題抽出、問題解決、価値創造ができる人材の育成を目指しています。
MIセンターには、数理情報部門、数学基礎教育部門、基盤情報部門、応用展開部門の4部門を置いています(図2)。数理情報部門では、数理及びデータサイエンスを中心とした体系化された教育基盤の整備、数学基礎教育部門では、数学の基礎の構造化と体系化された数学基礎教育の整備、基盤情報部門では、応用システムの実現に必要となる情報学的基盤の整備とシステム構築に必要となる教育体系の構造化、応用展開部門では、文系分野も含む様々な分野への展開を推進します。また、総合的視点に立ちカリキュラムの構造化・体系化を行います。
図2 数理・情報教育研究センターの4部門の取り組み
MIセンターには、教員35名を配置しており、うち専任教員は14名(教授4、特任教授3、准教授4、特任准教授1、講師1、助教1)です。
主な取り組みとして、学部横断型教育プログラム「数理・データサイエンス教育プログラム」の新設、e-Learning教材の公開、数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムの幹事校として活動の推進、産業界コンソーシアムUTokyo MDS コンソーシアムの設立、データサイエンス関連講義の可視化・構造化、各部局での学部後期課程進学生の数学理解度アンケートの実施、などがあります。
(1)学部横断型教育プログラム「数理・データサイエンス教育プログラム」
MIセンターでは、文系学部を含む全学部に対するデータサイエンス教育の底上げに取り組んでいます。将来の研究や実務面で必要なデータサイエンス分野の知識、技術を身につけてもらうため、学部横断型の「数理データサイエンス教育プログラム」を2018年度より開設しました。このプログラムでは、全学部生を対象に理系・文系に共通する体系化された数理・データサイエンスに関する科目を提供しています。
授業科目は、「確率論」、「最適化手法」、「統計データ解析」、「データマイニング入門」、「Python プログラミング入門」など、数理・統計・情報分野の12科目で構成されます。必修科目や選択科目の区別はなく、12単位以上履修すると修了証が交付されます。
また、各部局でデータサイエンス関連の既存の授業も開講されていることから、それらも取り入れて学生がデータサイエンスを修得しやすいようにプログラムの改良を進めています。プログラムの全体設計はコンソーシアムで開発したスキルセットに基づいて進めます。
さらに、ホームページでは講義動画・資料(8科目、1講の公開もしています。誰でも視聴して学ぶことができるようになっています。
(2)多様な関連科目の可視化
東京大学には数理・データサイエンスに関連する既存の講義も多くあり、全部で約180ほどあります。しかし、それぞれの科目のレベルや関係が見えにくい状態にありました。そこで、東京大学におけるデータサイエンス関連科目の全体像を把握し、可視化・構造化して、学生にわかりやすく示すことに取り組んでいます。学生が履修の際にどんな講義がどこで開設されているか、レベルはどれくらいか、他学部でも聴講可能かなどがMIセンターのホームページからチェックできます。多様な科目が学内で開講していることを学生に知ってもらい、積極的な履修を進めるのがねらいです。
(3)産業界コンソーシアム
東京大学では、UTokyo MDSコンソーシアムという産学連携を推進する産業界コンソーシアムを2017年10月に設立し、MIセンターの活動を産業界に支援していただいています。
UTokyo MDSコンソーシアムに加盟の協力企業から提供いただいたデータに対して、企業の分析環境を用いて分析し、それを企業の視点で評価する機会を設けることにより、学生が産業界のニーズを体感し、今後の学修のモチベーション向上につなげることを目的に、MDSデータサイエンスコンテストを実施しています。
また、産業界からのデータサイエンスに関する社会人教育の要請は非常に強いものがあり、4月から、統計学や機械学習などの基本的なコースを提供する社会人教育のトラアルプログラムを開始しています。
大きな課題として、日本において非常に不足しているデータサイエンス教育を行える人材の育成があります。また、文部科学省の数理・データサイエンス教育の強化事業は、5年問の時限付きプロジエクトです。しかし、教育を強化・向上させていくには、より継続的な取り組みが不可欠です。コンソーシアムは、取り組み成果を全国の大学への波及させ、数理・統計・情報を基盤として未来世界を開拓できる人材の育成を目指します。