巻頭言
福原 紀彦(中央大学 学長)
中央大学の起源は、1885(明治18)年に18人の若き法律家達によって創設された「英吉利法律学校」に遡る。同校の創立は、抽象的体系性よりも具体的実証性を重視し、実地応用に優れたイギリス法についての理解と法知識の普及が、わが国の独立と近代化に不可欠であることから、「實地應用ノ素ヲ養フ」という教育によって、イギリス法を身に付け、品性の陶冶された法律家を育成し、わが国の法制度の改良を目指したものである。その実学教育の伝統と実績は、各分野にわたり教育研究組織を有する総合大学として発展を遂げた中央大学に引き継がれている。
Society5.0とも称される今後の人類社会は、グローバル化の進展ともに情報化社会がいっそう高度化した知識基盤社会である。そこでは、与えられた情報から必要な情報を引き出して活用することができるリテラシーに加えて、獲得した知識と技能を生かし、未知の課題であっても創造的かつ自発的に取り組むことができる「コンピテンシー」を身につけ、グローバルな視点と発想で活躍できる能力と資質が求められる。本学の建学の精神である「實地應用ノ素ヲ養フ」という表現にある「素」とは、このコンピテンシーにほかならない。また、グローバル化の原点は、多様性と個性を尊重して、世界各国で見聞を広げ専門性を身につけ、英吉利法律学校を立ち上げた創立者達の実践のなかに見出すことができる。そして、今、中央大学は、グローバル・コンピテンシーの養成と、グローバル・プロフェッショナルの育成を加速させている。
中央大学では、FLP(ファカルティリンケージ・プログラム)という形で学部・学科の枠を超えたプログラムを開発し、少人数制のゼミ形式、実地調査、アクティブ・ラーニングを駆使した学際的な教育研究を進めてきた。そして、今、グローバル・ユニバーシティの実践として、2019年4月に、多摩キャンパスには「国際経営学部」を、市ヶ谷田町キャンパスには「国際情報学部」を開設する。これらは、従来の国際系学部の設置構想をはるかに超えて、当初より世界基準と未来志向の新学部である。
このうち、都心の市ヶ谷田町キャンパスに開設する国際情報学部では、情報で「できること」(=情報の仕組み)および「やってよいこと」(=情報の法学)を融合させて学び、グローバルな情報基盤の理解や情報に関する法律の知識・法的思考力、さらには世界に通用する倫理観の修得をとおして、社会に受容されるサービスや政策を提言し実現できる人材、新たな時代に適合するルールや規約を国際社会に提案し実現できる人材を養成する。産官学連携を推進させ、情報社会の現状や実務に関する理解を深め、課題の最適な解決策を導くための知識と実践力を養うことが大きな特徴である。
折しも政府では「AI-Readyな社会」を世界に先駆けて構築し、国際的な議論の場に供するためにAI技術の開発並びにAIの利活用等に当たって考慮すべき倫理等に関する基本原則となる「人間中心のAI社会原則」の策定に向けた検討が進んでいる。同原則では、AI開発にあたってはSTEM教育の重要性のみならず、社会で実装する際の社会科学や人文科学に関する素養の習得の重要性が説かれている。また、AIはあくまでも人間のために利用され、その結果は人間が責任を負うこととして誰もがイノベーションを使いこなすことができるよう、幼児教育や初等中等教育におけるリテラシー教育の提供や、社会人や高齢者の学び直しの機会の提供といった教育環境の整備が提言されている。
このような動向のなかで、中央大学の国際情報学部では、学年定員150名に対して、開設初年度の志願者数がすでに6,000名を超えている。大学における情報教育に異分野融合のイノベーションを起こそうとする本学の意欲的な試みに対して、新時代に向かう社会から寄せられる期待の大きさを実感しているところである。