政府関係機関事業紹介

研究教育のためのクラウド利活用セミナー

国立情報学研究所 学術基盤推進部 学術基盤課 クラウド支援室

1.はじめに

 国立情報学研究所(以下「NII」)では、大学・研究機関がクラウドを導入・利用する際の課題解決に役立つ情報の共有・流通を進める支援サービスとして、「学認クラウド導入支援サービス」を提供しています(本誌2017年度 No.3で紹介)。このサービスでは、その一環として、研究者等や教職員が抱いている、研究教育活動の現場でどのようにクラウドを利活用できるのか。という疑問の解消を目的とした情報共有・流通の場として「研究教育のためのクラウド利活用セミナー」(以下「クラウド利活用セミナー」)を実施しています。本稿ではこのセミナーにおけるこれまでの取り組みを紹介します。

2.クラウド利活用セミナー実施の背景

 学認クラウド導入支援サービス開始にあたって持っていた課題として、大学・研究機関のクラウド導入を阻害する要因の一つに、適切な情報の不足があるのではないかと認識していました。
 それを裏付けるものとして、平成26年度に文部科学省が大学等に対して実施した調査「クラウドコンピューティングの運用状況及び導入計画等について」において、大学等があげている「クラウド導入・利用の課題」に関する回答のうち、もっとも多いのは「クラウド導入のセキュリティ面、信頼性に不安がある」という回答であり、次いで「必要性を感じない」でありました。これらは、その後平成26年度から平成29年度に実施された文部科学省の学術情報基盤実態調査においても、例年、上位の回答に入っていました。「外部のクラウドに対するセキュリティ面、信頼性に不安がある」という回答からは、大学・研究機関のクラウド利用に関する情報不足が一因となって漠然とした不安が生じている状況が推察されます。また、「必要性を感じない」という回答からは、研究教育活動において、どのようにクラウドを利活用できるのか不明であるために必要性を感じないのではないかという面も考えられます。このような認識に基づいて、一般的なクラウドの情報・知識というよりも、大学・研究機関のクラウド利用の現場に即した実践的な情報・知識の提供をセミナー形式で行うことを目標として、「クラウド利活用セミナー」を2016年1月から開始しました。その後、おおよそ隔月開催としてシリーズ化するように企画を進め、これまでに17回を数えてきています。

3.クラウド利活用セミナーでとりあげるテーマ

 セミナーでとりあげるテーマに関しては、大学・研究機関から伺ったニーズや、ご参加いただいた方々からのフィードバックを元に拡充を図ってきました。これまでのテーマの一覧を表1に示します。これらのテーマは、大きくは以下のような3つのカテゴリに分類することができます。

表 「クラウド利活用セミナー」の開催状況

(1)研究教育の場におけるクラウドの活用方法

 このカテゴリに属するセミナーでは、研究教育の具体的な局面に焦点をあて、その局面におけるクラウドの活用方法を具体的に提示します。合わせて、クラウド事業者各位のご協力を得て、極力、実習(ハンズオン)を実施するようにしていますが、その内容も、漠然とコンピューター資源を配備してみるというのではなく、実際にその利用局面に即してクラウドを使っていただくようにしています。
 テーマとしては、モバイアプリケーション開発実習、数式処理ソフトウェア活用、ビッグデータ解析、機械学習/ディープラーニンク、IoTサービスの構築、ファイル共有サービスといったものを取りあげてきました。
 例えば、第1回に取り上げた「クラウドを活用したモバイルアプリケーション開発実習の実践」では、モバイルアプリケーションの開発環境を提供するクラウドサービスであるmBaaS(mobile backend as a Service)を実際に利用することにより、プログラミング教育を担当する教員が、題材として学生に身近なモバイルアプリケーション開発をとりあげる場合に、クラウドを活用すれば実習環境を簡単に構築できることを示しました。また、ファイル共有サービスの回では、一般的なコンシューマーによる利用ではなく組織としての利用において重要となる管理機能/セキュリティ機能について解説され、大学・研究機関においてシステムを管理している職員の方々にとっても興味深いと思われる内容となっていました。

(2)クラウド導入・利用に必要な法務・契約の知識

 クラウドサービスは無形のサービス商品であることから、導入や利用にあたっては、契約・約款・SLA(Service Level Agreement)などの手続きや法的留意点の知識も必要であります。「学認クラウド導入支援サービス」で提供しているチェックリストでも、契約関連のチェック項目に対する関心は高く、また、実際に法律の専門家の意見を聞きたいという声もいただいたことから、年1回は弁護士の方をお招きして、クラウド利用に係る法務関連の解説をいただいています。

写真 第15回クラウド利活用セミナーの様子

 本セミナーに関しては、受講者の方々の関心が特に高く、毎回、定員(平成30年度は50名)を超える参加申込みをいただいている。例として、平成30年9月の「クラウド利用に関する法的な留意点」では、以下のような内容が説明されました。

ⅰ)クラウド事業者と利用者間の権利義務、特に2020年から施行される改正民法における定型約款の規定など

ⅱ)クラウド上で利用されるソフトウェアライセンスの取扱い、BYOL(Bring Your Own License)の注意点

ⅲ)クラウド上にデータを格納する場合の個人情報保護法令に関わる課題、特に最近の話題として、GDPR(General Data Protection Regulation)への対応

ⅳ)海外にデータセンターがある場合の管轄法・準拠法の問題、クラウド上のデータを利用する場合の改正著作権法との関連

 次に、クラウド利用に係る法務関連の回でもとりあげられたクラウド上で有償ソフトウェアを利用する際のライセンスの購入形態や制約については、ソフトウェア事業者ごとに方針やルールが異なっており、クラウド利用経験者や学認クラウド導入支援サービス参加機関へのヒアリングでも、大学・研究機関にとってわかりにくいという課題がしばしば指摘されています。ライセンスの問題は複雑で、短時間の説明では十分な理解が難しいということから、大学・研究機関からのニーズが多いソフトウェア事業者のご協力を得て、1事業者1時間程度の時間をかけて詳しく解説していただくセミナーを開催しました。

(3)クラウドを安全・安心・高性能に活用するための知識

 背景の項で述べたように、クラウド・利用の課題として常に最上位にあげられるのが、セキュリティに対する不安であります。しかし、一方で、クラウドセキュリティよりも高いセキュリティを実現することも可能であるという認識も広がっています。そこで、「平成30年11月の大学ICT推進協議会(AXIES)の年次大会の場を借りて、クラウド利活用セミナー「クラウドセキュリティ」と題して、7名の講師による多様な観点からの知識・情報を行いました。内容としては、まず、大学・研究機関側の講師によって、クラウドの利用に当たって考慮すべきセキュリティリスクとその対策、大学・研究機関におけるクラウドセキュリティ対応の実態調査結果と提言、クラウドセキュリティ強化に向けた学認クラウド導入支援サービスが提供するクラウドチェックリストの活用方法の解説を行いました。それに対して、クラウド提供事業者やセキュリティソリューション提供事業者からは、クラウドサービス運用におけるセキュリティ対策への取り組み、事業者と利用者の責任分担とそれに基づく安全な利用方法の提言、クラウドセキュリティ強化のための新しいソリューション、サービスについて説明をいただきました。

(4)SINETクラウド接続サービス

 クラウドを安全・安心かつ高性能に利用するには、NIIが提供する「SINETクラウド接続サービス」の活用が有効であります。これは、SINETを介して商用クラウド提供事業者(以下「商用クラウド」)と接続するサービスであり、大学や研究機関と商用クラウドの間を高品質(超高速・低遅延)な仮想プライベートネットワークセキュアに接続する環境を提供するものである(本誌2018年度 No.3で紹介)。しかし、本サービスを利用するには、商用クラウドに対する手続きと併せてNIIへも申請が必要であり、さらに、大学・研究機関のネットワーク環境(ルーター等)の設定など技術面の対応も必要となります。SINETクラウド接続サービスを利用したいが、利用できるようになるまでの作業量や時間を知りたいという声が多く、昨年度、今年度と「SINETクラウド接続の実際」と題したセミナーを実施しています。これはNIIのSINET担当者による説明に加えて、SINETクラウド接続サービスに参加している複数の商用クラウドのご協力をいただき、商用クラウドごとにSINETクラウド接続サービスを利用するために必要な作業を手続き・技術の両面から解説するものであります。必要な情報を1回のセミナー参加というワンストップで提供することを目指しており、毎回、多くの受講者にご参加いただいています。

4.まとめ

 学認クラウド導入支援サービスの一環でNIIが開催するクラウド利活用セミナーについて説明しました。セミナーを開始した当初は、研究教育の場でクラウドがどの様に利活用できるかという観点から、実際のクラウドサービスについてハンズオンを通じて理解を深めていただく、どちらかと言えは技術的な内容のセミナーが中心でありました。その後、大学・研究機関からのご意見・ご要望に基づいて内容を拡充し、現在では、クラウド導入・利用に必要な法務・契約の知識や、クラウドを安全・安心・高性能に活用するための知識を提供するセミナーが増えてきています。NIIとしても、クラウド導入・活用にあたってどのような情報・知識が必要とされているかという点の認識を深めることができました。今後も、クラウド利活用セミナーとして取り上げてほしいテーマについてご意見を寄せていただき、できる限りご要望に応えたいと考えています。
 クラウド利活用セミナーは、大学・研究機関等に所属する教職員、研究者、技術者、大学院生であれば、どなたでも受講いただけます。セミナーに関する情報は、学認クラウドホームページ(https://cloud.gakunin.jp/)に随時掲載されます。なお、学認クラウド導入支援サービスに参加されている機関に対しては、講師の承諾が得られたものに関して、セミナー開催後のオンデマンドビデオ配信および講演資料のダウンロードサービスを提供しており、機関としての導入支援サービスへのご参加と合わせてご検討いただきたいと考えています。


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