特集 SDGs(持続可能な開発目標)と学生主体の教育・学修の取組み

 大学では教育の質向上に向けて様々な教学改革を進めているが、学生は依然として授業を単位修得の手段として考えているきらいがある。授業での学びを自分事として捉え、主体的に問題発見・解決に立ち向かう意欲や志が希薄な傾向が強い。それには、関心のある課題に取組ませ、自分の考えでもって解決に挑戦する仕組みが必要である。そのような意図から、国連で採択された2030年までに持続可能な世界を実現するための貧困の撲滅、地球環境の保護、平和と豊かさの享受など17の目標と169の具体策をテーマに、このたび学生主体の学びをとりあげることにした。
 2020年度から次期学習指導要領でも「持続可能な社会の創り手」の育成を掲げ、身近なところから自分たちにできることを考えさせる教育を小中高校の総合学習で取り上げるとしている。大学でも一部の研究機関や研究者・ゼミ等で進められているが、大学全体での教育の取組みは始まったばかりである。17の目標は独立したものはなく、相互接続的で全てが関連し合っていることから、多分野を横断した課題探求・解決型の学修として、また、自分と世界の繋がりを関連付けて新たな価値観や行動を生み出す体験学修として期待される。大学教育の質向上を強化する一つの視座として組織的にチャレンジしている大学をたずねてみた。

金沢工業大学における学生主体教育としての
SDGs活用の取組みと課題

平本 督太郎(金沢工業大学 SDGs推進センター長)

1.はじめに

 本学では、SDGs時代のグローバルリーダーの育成を目的として、全学においてSDGs教育の実践を行っています。本学のSDGs教育は、2016年度から大澤学長の下で推進されている「世代・分野・文化を超えた共創教育」に沿った取組みであり、競争の時代から共創の時代への過渡期に適した教育の実現を目指しています。
 本稿では、学生主体教育でもある本学のSDGs教育におけるSDGsの捉え方、4つの特徴、SDGs教育の成果、今後に向けた課題を紹介します。

2.本学におけるSDGsの捉え方

 まず、本学ではSDGsについて独自に3つの重要なキーワードを設定することで、SDGs時代のグローバルリーダーとして備えておかなくてはいけない視点について、全学での共通理解を促しています。
 そのSDGsにおける3つの重要なキーワードは「地球規模」「バックキャスト」「誰一人取り残さない・置き去りにしない」です。(図1)

図1 SDGsにおける3つの重要なキーワード

 1つめのキーワードは「地球規模」です。「地球規模」とは、グローバルとローカルの両立を目指す考え方のことを指します。地方創生というキーワードが注目をされていた時は、身近な課題を解決することのみを考えていれば良かったかもしれませんが、それでは不十分です。自分の国や自分の地域のことだけ考えれば良いということでは、「自分ファースト」といっているのと同じです。そうではなく、自国・自地域の利害のみだけではなく、地球のどこかで同様の課題を抱えている他地域の人たちの役に立つ取組みへと発展させる、という考え方をする必要があります。
 2つめのキーワードは「バックキャスト」です。バックキャストとは理想の未来を描いた上で今やるべきことを考えていく方法です。相対する言葉でフォアキャストがあります。フォアキャストは今起こっていることから未来を予測するという意味で、現状の延長上を推測することになります。
 しかしながら、もう既に地球は限界に来ており、現状の延長上には持続可能な社会は存在しません。そのため、イノベーションを起こして現状とはかけ離れた野心的な目標の達成を目指すことが必要です。すなわち、SDGsでは最初に理想の未来を描き、それから現在のことを考えるバックキャストがより重視をされているのです。(図2)

図2 フォアキャストとバックキャスト

 バックキャストは、従来の人々の行動を大きく変えていきます。なぜならば、目的を考えずにもっとも目に付く取組みから始めるのと、目的を最初に考えて一番重要な取組みから始めるのでは優先順位の決め方が異なるからです。
 3つめのキーワードは「誰一人取り残さない・置き去りにしない」です。英語では、No one will be left behindと表現されます。これは資本主義の在り方を見直す考え方でもあります。従来の資本主義においては、最も成果を出しやすいところに資本を集中投下するという考えが当然だとされてきました。他方で、その考え方では資本が投下されない場所が生じてしまいます。結果として、民間サービスや社会サービスにおいて、それを享受できる人とできない人が存在してしまいます。
 実際に、SDGs以前は社会課題の解決をする際に定量的な目標が設定された場合、その目標を達成するために効果が出やすいところから課題解決が進められてきました。結果的に数字上の目標は達成したものの、課題が深刻なところほど課題解決のための取組みが十分に行われないという状況が発生していました。こうした経験を通じて、今までの考え方では根本的な問題解決ができないことが分かってきたのです。
 そのため、SDGs時代のグローバルリーダーは、取り残され、置き去りにされる人たちを新たに生まない仕組みを創っていく必要があります。そして、そのための最初の一歩として、既存の社会システムに潜むトレードオフに注目し、そのトレードオフを解決する手段を考え出す能力を備えている必要があります。
 トレードオフとは何かを選ぶ際にほかの何かを犠牲にしてしまう構造のことを意味します。私たちが住む世界は様々な物事が関係しあって構成されているため、特定の社会課題を解決するときに他の課題が発生している可能性があります。そこに注意を払い、同時に解決することを試みます。本学が技術者倫理教育を重視しているのも、課題解決に貢献する技術開発が新たな課題を生み出すというトレードオフ構造が存在するためです。
 誰かが幸せになっても、それによって別の誰かが不幸になってしまってはいけない。だからこそ、SDGs時代のグローバルリーダーは、表面的で目立つ問題、解決しやすい問題に惑わされることなく、本質的な問題を捉え、トレードオフ構造の解決を目指していかなくてはいけないのです。

3.学生主体教育としての本学SDGs教育の4つの特徴

 さて、上記のSDGsの捉え方を基に本学ではSDGs時代のグローバルリーダーを育成してきておりますが、その成果が評価され、第1回「ジャパンSDGsアワード」SDGs推進副本部長(内閣官房長官)賞を受賞しました。
 なぜ本学は、ジャパンSDGsアワードを受賞できたのでしょうか?それは、本学SDGs教育の「全学推進体制」、「学生主体教育の基盤となる教育体制」、「地域のハブ機能を活かした社会実装教育」、「課内・課外におけるSDGsに特化した象徴的な教育カリキュラム」という4つの特徴が評価されたからだと考えています。以下、それら4つの特徴の概要を紹介します。

(1)全学推進体制

 本学では、SDGs教育を特定の教員、学生に限らず、全学部・全学科で推進しております。大澤学長の力強いリーダーシップの下、全学のSDGsに関する取組みの横串を通す機能を有するSDGs推進センターがSDGsに関する方針策定や、パートナーシップの構築、象徴的な取組みの創造を行っております。大学において教員の研究をSDGsに関連づける動きはよく見られますが、教育として全学展開を行っている大学は存在しなかったため、それが評価されたポイントです。
 SDGs教育を全学部・学科で推進できている最大の理由は、本学が「教育付加価値日本一」を目指すことを公言している大学だからだと考えられます。様々な専門性を持った教員が集まる大学において、全学体制を構築することは容易ではありません。異なる研究領域間での優劣をつけることはできないためです。しかしながら、教育付加価値という視点で考えれば、取組みの優先順位を決めることができます。
 本学ではSDGsを次世代のグローバルリーダーの必須科目だと捉えており、本学が生み出す教育付加価値をさらに向上するために必要だと考えました。だからこそ、日本でSDGsが注目されていない時点から、全学体制でSDGs教育を推進することができたのです。また、本学では、各学部・学科における教育の成果がSDGsのどの目標に強く関連しているのかを全教員が参画する全学部会においてモニタリングすることで、学部・学科間の連携を促しております。

(2)学生主体教育の基盤となる教育体制

 2つめの特徴が学生主体教育です。本学では、学生・理事・教職員が三位一体の教育を推進するために共通で有する行動規範が存在しています。「人間と自然セミナー」という自然・海洋活動を通じて定着する9つの行動原則から構成される「KIT-IDEALS」を共通の価値観とし、学園共同体として学生・理事・教職員がお互いに一人ひとりの人間として尊重しあい、協力しあうことで、あるべき未来の創造を目指しています。
 従来の大学教育では、教員が過去の成功体験や既存の知識を学生に教授し、それを職員がサポートするという考え方が一般的です。現在の延長上として未来が予測できた時代には、それが最適でした。しかしながら、フォアキャストよりバックキャストを重視するSDGs時代においては、この手法は上手く機能しません。過去の経験・知識こそが持続不可能な地球を生み出してしまったため、それを重視しても地球は持続可能にならないのです。そのため、未来を担う学生が自らの興味・関心を基にあるべき未来を描き、その実現に向け行動することを、専門的な見地から教員が、学生の最も身近におり、地域社会との接点を有する社会人として職員が、それぞれ学生と同じ立場から支援する学生主体型の教育が必要となります。(図3)

図3 学生主体教育に最適な教育体制

 元々、本学では、学生が教職員に悩みを相談しやすい環境作りとして「修学相談室」と「カウンセリングセンター」を設置しています。さらに、修学アドバイザーとして担当教員が担当学生の日々の修学状況を把握し、個人面談を通じて自ら声をあげることができない学生との対話を行っています。その結果、「面倒見が良い大学」として14年連続で1位を獲得しています。上記の学生主体教育に最適な教育体制もこのように積み重ねてきた基盤があってこそ機能するものだと考えています。

(3)地域のハブ機能を活かした社会実装教育

 3つめの特徴が社会実装教育です。大学が自治体や企業、市民団体といった地域のプレイヤーのハブ機能を有し、持続可能な地域・産業づくりに貢献することで、学生は常に現実に起きている社会課題を生きた教材としながら、自らの成長を促していくことができます。
 本学では、学生が社会実装型の研究能力を習得できるよう全学生必修の独自カリキュラムであるプロジェクトデザイン教育(PD教育)を行っています。この教育では、1年次に学内の課題を、2年次に金沢市役所・野々市市役所・白山市役所の抱える課題を、3年次以降は自らが強い関心を持つ課題を対象とし、問題発見から解決に至る過程・方法をチームで実践しながら学びます。20年以上の実績を有するPD教育では、地方創生においてSDGsの視点が重視されるようになってから、自治体による課題提示を待つだけでなく、金沢市役所や白山市役所におけるSDGsの計画策定から学生が参画・貢献しています。

(4)課内・課外におけるSDGsに特化した象徴的な教育カリキュラム

 4つめの特徴が課内・課外におけるSDGsに特化した象徴的な教育カリキュラムです。まず、課内では経営情報学科内に全学部・学科の学生が受講可能なSDGsに特化した授業として、SDGsの各目標に対する世界の現状を把握し、自らの問題意識を再認識する「環境技術イノベーション」、実際にSDGsの達成に貢献するプロジェクトを企画・実践する能力を身につける「社会システムイノベーション」を設置しています。
 また、課外として、全学部・学科の学生が参加できる学生団体「SDGs Global Youth Innovators」が設立されており、SDGsアクションの創造と推進を行っております。取組みの代表例としては、俳優の伊勢谷友介さんと龜石太夏匡さんが共同設立した株式会社リバースプロジェクトと連携し、子どもから大人まで幅広い層の人々が楽しみながらSDGsの本質を学ぶことができるカードゲーム『THE SDGs Action cardgame「X(クロス)」』を共同開発し、既に7,000人を超える人々に体験をしていただいております。開発した学生たちは、経営者や自治体職員等に対して、ワークショップを依頼され、全国各地に派遣されファシリイテーターを務めるようになりました。また、カードゲームはSDGs推進センターのウェブサイト(https://www.kanazawa-it.ac.jp/sdgs/)から無料ダウンロードできますが、製品化の要望が多く、クラウドファンディングで支援を募った結果、約332万円の資金が調達でき、2019年5月1日から製品版の販売が開始され、現在はアプリ版の開発も進んでいます。(図4)

図4 製品化されたカードゲーム

4.SDGs教育の成果

 以上4点の特徴を有するSDGs教育によって学生の主体性が引き出された結果として、多くの成果がすでに生み出され始めています。
 まず、学生の国際発表の機会の増大です。上記の学生が共同開発したカードゲームは、国連機関の評価も高く、海外のSDGs関連の公式イベント等にも正式に参加が認められ、結果として、出身地ベースで累計65か国以上の人々に体験いただき、海外でも高い評価を受けました。
 さらに、SDGsにおける学生の主体的な取組み機会を整えることは、学生の学修意欲の向上につながり、大学院進学やオープンキャンパス等の学生募集にも結びつき始めています。大学院進学については、SDGsに取組んだ結果として学修意欲が向上し、学科によって従来の3〜4倍の学生が大学院進学を希望するようになりました。また、学生募集については、高校生向けのオープンキャンパスにおいて、学生主体の取組みが高校生からも高く評価され、SDGsをテーマとした学科体験を行った学科では、同学科比で従来の3倍以上の高校生が参加するようになりました。
 最後に、企業や自治体等の学外ステークホルダーとの連携数の増加です。先述したリバースプロジェクト以外にもSDGsに関心を持った様々な企業・組織との連携が始まり、その成果も評価されてきております。例えば、近隣の自治体との連携として、白山市のSDGs未来都市の選定に貢献し、産業界との積極的なSDGs領域での連携の成果として、共同研究企業である金沢にある自動車リサイクル企業の会宝産業による第2回「ジャパンSDGsアワード」SDGs推進副本部長(外務大臣)賞の受賞に貢献しました。
 このように、学生主体のSDGs教育は、世界共通語であるSDGsの特徴を生かした学生の国際的な活躍の場の創出、学生の学修意欲向上、学外ステークホルダーとの連携による社会実装教育の機会増加を生み出し、それがさらにSDGs教育の充実に寄与するという好循環を生み出しています。

5.今後に向けた課題

 今後、本学のSDGs教育のさらなる発展を目指し、「世代・分野・文化を超えた共創教育」の3つの要素ごとに課題を設けております。小学校・中学校・高等学校等の教育機関に所属する若者たちが、本学の取組みに参画できる仕組み、若手・中堅教員を中心とした学際的な研究ネットワーク、本学から生み出された地域課題の解決策やその検討手法の世界への横展開を促す仕組みを構築していきます。
 上記の課題に取り組むことで、本学では、今後もSDGs教育を発展させていきます。学生が自ら考え自ら行動する、それをSDGsという世界共通言語を活用し地球規模に促進し支援する仕組み構築・体制構築が、今後の教育に望まれることだと考えています。


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