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スマートマシンと人間の専門知識:
高等教育の課題
Smart Machines and Human Expertise:Challenges for Higher Education

ダイアナ・オブリンガー(EDUCAUSE 名誉会長)
EDUCAUSE Review, vol. 53, No.5(2018年9・10月号)

本稿はEDUCAUSEの許可を受けて本協会の事業普及委員会翻訳分科会で翻訳したものです。

原文 Smart Machines and Human Expertise: Challenges for Higher Education

概要

 機器やシステムは、益々高性能で高い能力を有するようになっている。これらは本格的なパートナーとして人々とともに働いて、高度な専門知識の拡張、才能の発掘と育成を支援している。私たちの専門的職業の変化に伴って、高等教育は如何に対応するのだろうか?

 Alexaはあなたに話しかける。Googleはあなたの質問の回答を見出す。Amazonはあなたの好みを知っている。Facebookはあなたの友人を知っているだけでなく、完璧なパートナーを見つける手助けをすることができる。これらのプラットフォームは私たちが行動する直前に何を考えているのか知っているように見える。
 私たちの世の中は人工知能(AI)、データ、自然言語処理、自動化、そしてロボットなどのデジタル スマートネス(デジタルの機敏性)の恩恵を受けており、それは殆ど目につかないにも拘らず、私たちに強い影響を与えている。このデジタル スマートネスは世界経済に大規模の影響を与え、2030年までに世界のGDPを15兆7千億ドル上乗せすると予測している。生産性と賃金が増大し、より多く買うか、より良い製品を買うか、或いはより多くの良い製品を買うかが可能になる。AIとロボットによって駆動される自動化は2030年のアメリカ労働人口の3分の1が技術の再習得を必要とすると推測され、その内、ほぼ10%の職は現在未知の分野である1。「スマートマシン」が経済や我々の専門的職業にこのような強い影響を与えて行くとすれば、高等教育はどのような意味があるのだろうか? 例えば、チャットボットはこれからのティーチングアシスタント(TA)になれるだろうか?
 ジョージア工科大学のAIコースのための最初のTAの「ジル ワトソン」は、学生の質問にとても上手に応答するので、かなりの学生が「ジル」をこのコースにおける最適なTAとして任命することを望んでいた。イギリスのベケット大学では、チャットボットが、入学見込者の可能な学修コースを見つける手助けをしている。ジョージア州立大学(GSU)はAIチャットボットを用いて履修登録と経済支援に関する質問に、ピーク時には一日2千件に応答し、最初の夏の利用では20万の質問に回答した。(システムの回答の信頼性が95%未満の場合、問合せは担当職員に回される)しかし、その強烈な影響は問合せの量にとどまらない。GSUでは、「夏どけ」(すなわち、まだ登録されていないが認められている学生の浪費)を20%減少させることに役立て、質問にタイムリーに回答できると推測している。オーストラリアのディーキン大学は、チャットボット、AI、音声認識、予測分析エンジンを組み合わせて学生にアドバイスを提供する知的な仮想アシスタントを創作して、プラットフォームGenieを作成した。チャットボットは英語の個人教師として適切であるのかもテストされている2
 チャットボットの利用は増えているにも拘らず、デジタルアシスタントは将来重要になることを予測しているが、現在はあまり重要視されていない。単科および総合大学は教育を提供するためのテクノロジーの利用をさらに前進させることが求められている。高等教育指導者は、AI、ビックデータ、分析、ロボット工学、そして広範な連携が、教育の本質をどのように変えるのかを考慮しなければならない。私たちの周りの世界の人々はますます賢くなっている。スマートマシンの世界では専門家であるとは何を意味するのか?

身の回りのスマートマシン

 これらの有能なシステムは、情報をより迅速かつ正確に検索して提示するだけでなく、問題を解決し、アドバイスを提供する。医療記録、財務データ、購入品、ソーシャルメディアなどの情報をコンピュータで処理し機械学習で予測や勧告する。今日のAIは、膨大な集積データ、メモリ、処理能力可能な「力尽く」のコンピュータ処理を行っている。信じられないほどの速さで命令を処理し、更に、これらの機器は独自のガイドライン作成し、人には目に付かないパターンを見出すことができる。AIは、IBMのWatsonにより、例えば、医療指針、医療文献、医師が癌を診断し、治療を支援する特許データなどを集めることを可能にしている。AIと画像処理・イメージ分析ソフトウェアは脳卒中の診断と治療を迅速化している3
 デジタル スマートネスは他の様態としても現れる。医療において、ロボットは外科医の精密な手術を成し遂げことを可能にする。電子商取引施設における協働ロボットは、2〜3倍速く100%に近い精度で品目の“ついばみ”(すなわち、選択)作業を手助けする。他の作業の中でも、ROVs(遠隔操作車)は、人の他惑星の探索、活火山のデータの収集、炎上中の建物の被災者の捜索を可能にしている。ロボットのような義肢や外骨格は、身体の一部を失った人や運動障害のある人を助ける。自動運転の車やトラックは輸送を効率化させる。飛行ロボットであるドローンは、消火活動から農業に至るまで利用数が増加しており、1,270億ドルの経済効果と推定されている。宇宙空間における製造と組立てにおいても、自律ロボットと積層造形技術(すなわち、3-Dプリンティング)の活用が探求されている4
 現代のロボットは、物理的世界と相互作用する。ロボットによるセンシング技術は、信号処理技術を通じて「聞く」能力、画像処理を通じて「見る」能力、圧力とパターン処理を通じて「触れる」能力を装置に与えている。更に、この世代のロボットは感情を検出し表現することができる。機器が感情移入を示す社会的な付き添い技術は、健康状態を監視するだけでなく、孤独との戦いを支援するための探求もしている。このような一部ロボット、一部AIのシステムは、生き物のような模倣的な動きや“話しかけ”を使って、思い出や情報を提供し、人を相手に学び、彼らを支援している5
 スマートマシンがこれら全ての人の作業を引き受けることができるとしたら、それは、人にどのような影響をもたらすのか? 私達にとって、修得することや行うことは少なくなるのか、それとも多くなるのか? そして、このように大きな影響を経済や労働力に及ぼすこれらのスマートマシンは、高等教育にとって何を与えるつもりであるのか? 人にとって代わると言うよりは、スマートマシンは、人間の才能を拡張させる、つまり私たちはマシンをパートナーとしてともに働くことを学んでいく必要が在ることを意味している。私たちの専門的職業における変化は益々急速になり、高度な専門的知識の発展と発見のやり方もまた同様に変化していくことを示唆している。

高度な専門的知識の拡張

 AIとロボット工学が自動化の波を促進してきた(人工認識、安価なセンサ、機械学習、そして分散型スマート技術に基づいて)肉体労働から知識労働まで事実上、あらゆる仕事にかかわってくることになろう。しかしながら、自動化(automation)は、拡張化(augmentation)より、少し適切でない用語かも知れない。チェスの元世界チャンピオン、ギャリー・カスパロフ(Garry
Kasparov)は次のように述べている:「人間はAIに置き換えられるのではなく、高い地位に上げられる。」マシンにより生成される知見は、知見を増幅し、ちょうど望遠鏡が私たちの視覚能力を拡大してくれるように、私たちの知能を拡張してくれる。AIを「拡張知能」と考えよう。ますます知的になる機器が私たちをより知的(smarter)にしてくれる6
 機器がより多くのことができるようになると、専門的職業の役割も移り変わっていく。自動化された仕事は新しい仕事に取って代わられる。歴史的に見て、新しい技術により仕事が失われることよりも、多くの仕事が創出された。例えば、イギリスでは、自動化によって80万人の低技能職(例えば、コールセンターなど)が取り除かれ、同時に350万人の高技能職が生み出されたと推定されている。ただし、熟練度の高い職種では、しばしば再訓練が必要になる。ドイツの自動車部品メーカーであるボッシュでは、ロボットをツールとして使えるように、溶接工、部品接合工、機械工が、(プログラミングの)基本的コーディングスキルの訓練を受けた7
 こうして、AIであれ、ロボット工学であれ、あるいは別の技術であれ、今日の機器は人間の能力を拡張し、人間の知性を増大して、パートナーとして専門家と共に働くことができる。

データ主導の洞察

 「知識処理」(情報検索よりもはるかに精巧なもの)は、専門家の仕事とて新しい取り組み手法の一例である。
 今日のシステムは、大量の情報を獲得かつ再利用し、コンピュータにより何百万人もの過去の患者のデータベースと比較ができる。法曹界では、知的検索システムが大量の文書の検証において、新米弁護士や弁護士補佐(paralegal)を凌ぐことができる。過去の何十万件もの判例データベースをクリックすれば、判決の予測ができてしまう。機器は膨大な情報を使い果たして、パターンを識別し、予測することで、専門家は違ったやり方で業務が行える8
 高等教育の専門家の仕事がどのように変化しうるかは、科学研究が一つの例となる。データ集約型科学と計算科学は、理論的研究や実験的研究の伝統を拡大した。今日、AIおよび自動仮説生成プラットフォームは、科学文献を採掘し、研究者が最も有望な分野に研究室の資源を集中できる仮説を定式化する支援に使用される。
 例えば、ベイラー医科大学はIBMのWatsonを使用して、知識統合ツールキット(Knowledge Integration Toolkit, KnIT)を設計した。KnITの一つの試験では、腫瘍抑制に重要なタンパク質であるp53の機能特性に焦点が当てられた。試験時には、p53を含む科学論文が7万件以上あった。人は1日に1〜5本の科学論文を「使い尽くす」ことができるので、そうすると研究者はせいぜい、約38年間(1日に5本の科学論文を使い尽くすと仮定して)を要して既存の研究を自分に同化することになろう。KnITは1か月で、研究者がp53をリン酸化する(またはオンにする)6つのたんぱく質キナーゼ特定の成功を支援した;それ以前の30年間には28個発見されていた。
 研究と開発(R&D)の過程の多くの段階において(観察、仮説生成、実験設計、そして結果の分析)AIは人間の能力を拡張し、効率を高め、そして成果を向上させる洞察を提供できる9

アクセスしやすくなった専門知識

 スマートマシンは人よりも高速かつ正確に作動できるが、それらは必ずしも人と同じプロセスを使っているわけではない。法律分野からの例を考えてみよう。紛争当事者間で解決不可能な時、その紛争は法廷に持ち込むことができる。法的請求の解決には時間もかかり、費用もかかり過ぎるので−オンライン商取引でよく見られるような低レベルの請求は、割に合わない。eBayは、紛争を裁判所に持ち込むのではなく、オンライン紛争解決手続き(ODR)を使用して年間約6,000万件の紛争を解決している。ODRによる取り組みのひとつは、被告からの申し出と原告の要求を適合させる3ラウンドの匿名入札システムである。原告の要求額と被告の提示額のマッチングを試みるオファーが近い場合、システムは入札の差額を分割し、決済を宣言する。第1ラウンドで多くの紛争が解決される10
 ODRの利用は、オンライン商取引に限らない。無過失責任保険や財産税不服申立ての解決にも用いられている。例えば、ニューヨーク市では、人身傷害請求にも利用され、全体の66%の訴えが30日以内に解決し、1,200件の処理にかかる訴訟費用1,160万ドルの節約になっている。イギリスでも、将来の選択肢としてODRとインターネットベースの法定サービスを検討中である。現在の低レベルの民事訴訟の司法制度は時間と費用がかかり過ぎ、複雑なため、多くの人々にとって手が届きにくく、手に負えないものとなっている11
 重要なのは、機器を使うと何か違った様にできることではなく、そこから引き出される結果から私たちが恩恵を得られるかである。専門知識を共有することで、社会が恩恵を受けるわけで、それは法律の分野に限定されず、医療、教育、ビジネス、建築、農業、工学と幅広い。
 世界的規模で、この専門的知識に対する莫大な量の需要には応えられていない。思考力を持たない高性能の機器は、必ずしも人と同じように動作しないが、指針の提供や、問題解決への到達により、専門家がこれまでなかったほどに専門的知識をもっと身近で手の届くようにしてくれる12

集合的専門知識

 私たちは、専門家の仕事を熟練者(experts)により行われているとみなす傾向がある。(すなわち、学位を持ち、その職業が専門家と定義されている人たちである)しかし、ささやかな貢献をする人たちが大勢集まり、科学の進歩、社会的運動、製品の革新、資金調達、さらにそれ以上のことに強い影響を及ぼす力を生むのである。
 オンライン・イノベーション・プラットフォーム(Online innovation platforms)は、「集団的知性(collective intelligence)」を投資化するために過去10年間に登場したもので、(熱狂的なボランティア)が問題解決のために参加するように、多くの人たちに奨励している。プラットフォームは、連携の規模を拡張し、得られる専門知識の範囲を拡大する。認知の多様性の増大によって得られたアイデアや洞察は、新しいアイデアを掻き立てることを可能にする13
 さらに、技術革新(または発見)までの時間を短縮することができる。例えば、InnoCentiveは科学的問題の解決の場、情報センターである。「課題」は、企業、非政府組織(NGO)、その他の非営利団体から届いている。最善の解決策には、少しばかりの見返りがある。例えば、発展途上国で、雨水を125ガロンあたり20ドル以下で提供する安全に手頃な価格で集める方法を見つけると、15,000ドルの報酬が提示された。チームは自発的に編成され解決策を提出する。課題の半分以上は、しばしば予想された知識や専門知識の分野外の人々によって解決がもたらされている。その理由は、問題に対して独自の視点を持ち込むからである14
 一般の人たちの経験を引き出して専門的職業を進めるための「経験の共同体」は、もう一つ別の形態の「集合的知性」である。その一例として難病や慢性疾患に苦しむ患者のためのソーシャル・ネットワーキング・サイト(Social Networking Site)、「PatientsLikeMe」がある。このプラットフォームは、患者やその家族に精神的な支援するよりもっと、多くのことをなしている。60万人以上の人たちが、2,800に亘る彼らの経験を報告している。4,300万以上の標本値群を集約して整理し、そのデータを臨床医、薬品会社、連邦機関、その他の機関と共有し、研究と革新を可能にしている。「データを提供すればデータを得る」理念を利用して、患者に新たな治療法を提示し、他の人々とつながることを助けている。

高等教育への示唆

 スマートマシンは、専門職の仕事を再構成している。機器によってされた仕事だと何か不穏な思いになり得るとしても、重要なのは誰が仕事をするかではなく、その成果である。「人」がやったのか、それとも「機器」がやった仕事の方がうまくできるのか? 例えば、最先端の製造分野や医学の分野では、ロボットの方がずっと正確かつ信頼性も高い。
 しかし、機器の方が仕事をうまくできるからといって、仕事がなくなるわけではない。患者の傷を縫合するロボットが外科医に代わるものではない。人間の行う低いレベルの仕事は、より高いレベルの仕事へと置き換わることができる。
 このことは、高等教育にとって何を意味するのだろうか?
 一つの答えは、AI、ロボット工学、アナリティクス(データの有意な規則性を発見する活動)、それ自体が学問分野になることである。これらが、多くの単科・総合大学で、主専攻、副専攻、重点分野、免許・履修課程、課程として浮かび上がっている。しかし、スマートマシンは、高等教育において、さらに大きな変化を促進するだろう。3つの分野でその意味合いを考察してみよう:データ、新たな分業、そして倫理である。

データ:今日の機器とシステムは、データを入力することで、新しい知識を生み出す。大量のデータセットを編集(compile)することは、AI使用の前提条件である。
 僅かなデータ、不十分なデータは、間違った結論や決定をもたらすことになる。すでにAIとアナリティクスは普及していることを考えると、将来の専門家は、結果の解釈方法とともに大規模なデータセットの収集方法と解析方法を知っている必要が高い。データをデータサイエンティストだけに頼ることはできない。データは、実質的にすべての専門的職業の鍵を握る要素である。ここで、高等教育機関の指導者は、以下のような質問を投げかけるべきである:

■授業科目におけるデータの位置付けはどうなっているか?

■データをどのように操作し、アルゴリズムがどのように機能するのかを学生たちが理解するために、数学、統計学、(プログラムの)コーディングを適切に組み合わせているか?

■学生たちはデータ活用力(すなわち、データとその情報源を効果的に使いこなし、批判的に評価する力)を求められているのか?

新たな分業:AIとロボット工学の強い影響は、物理的なものと仮想的なものとをつなぎ、また人とデジタルとをつなぐことによってもたらされ、それが組合せ的かつ指数関数的な変化をもたらしている。私たちの学問分野や専門的職業は、もはや物理的か、仮想的かの境界によって、どちらかに分けることができない−それらは同時に両方の領域に属するともあり得る。このことは「人とマシン」の新たな労働の分業を表す。問題解決、組織部門間の連携、そしてチームワークのような中核的能力が、今日よりもさらに重要になるであろう。しかし、人の専門知識をマシンや集団的知性と統合する最良の方法は、ほとんど未踏領域である。そこで、高等教育機関の指導者は、以下のような質問を投げかけるべきである:

■問題解決や発見は、AIの発展とともにどのように変化するのだろうか?

■労働の分業をどうすれば最適化でき、人間とマシンの間の作業をどのように最適に割り当てることができるのか?

■連携プラットフォームと集団的知性は、専門知識の開発と導入にどのような役割を果たすのか?

倫理:スマートマシンの時代には、専門家に多くの能力が求められる。一つは認知的能力、−考え、推論し、問題を解決し、振り返る力。二つは情動的能力、感じて、他と関わる力。三つは、運動技能と手先の技能の能力。さらに漠然としているが絶対に欠かせないのが、倫理観−正しいことと間違ったことを区別する力、正義と不公正を見分ける力、みずからの選択に責任を負う力である。マシンとシステムは、ますます能力を高めていくが、この最期の能力(倫理観)が欠けている15
 新しい技術が複雑な判断を求める世界では、これまで以上に倫理観が重要になる。高等教育機関の指導者は、以下のような質問を投げかけるべきである。

■あることが可能であっても、それは倫理的に責任を取れることを意味しているのか?

■技術的な可能性と、それを使うことを可能にする、あるいは抑制する政策、このバランスを取ることは可能なのか?

■アルゴリズムは「企業秘密(その分野の秘密)」を含んでいるかも知れないが、また、それは危険な思い込みを強めるか、気づかずに偏見に陥っているかも知れない。アルゴリズムの使用において、私たちはどのような透明性を目指して努力すべきなのか?

高度な専門知識の発見と発展

 スマートマシン、ビッグデータ、そしてロボットのおかげで、私たちの専門的職業が変化する中で、専門家に私たちが求める能力−そしてそういった専門家がどのように選ばれ、地位を上げていくか−もまた変化している。この移行においてAIは重要な役割を演じている。
 (どういう人材を求めているかを示す)職業記述書(position descriptions)による募集は事実上すべて、オンラインで広告されている。資格信任状(例えば、履歴書、成績証明書、試験結果)はデジタル様式として手に入るので、自然言語処理やビッグデータが能力解析プラットフォームの原動力となる。大量のデータを収集し解析することで、新たな知見が得られる。例えば、雇用主は「昇格している従業員の特徴は何か」というような問いに答える人材解析法を利用している。雇用資質(quality-of-hire)分析は、「どのようなスキルをもっているか」とか「そのスキルをどこで、どのように習得したか」に答えを出すのに役立っている16
 専門家として成功することと結びつく能力を詳細に分析することで、どういう職業記述書を書いたら良いのかがわかるし、能力に応じた雇用が可能となるのである。
 機械学習やAIは、能力のある人々に雇用のほとんどすべての局面で活用されている。

■AIを装備したチャットボットが、雇用の可能性がある人材をリクルートし、候補者が確実に前向きな経験ができるよう活用されている。こういったデジタル アシスタントは、採用プロセスの進捗についての最新情報を定期的に候補者に届けるだけでなく、彼らと会話をすることもできる17

■履歴書に基づいて候補者のスクリーニングを行い決定するプロセスは、しばしば中核となる能力を認識できていない。AIと機械学習は、指導性や技術的熟練といったような領域で、成績証明書や履歴書からでは入手できない知見を提供するために、公開されているデータを活用している。

■新しい面接手順や雇用前評価は、より能力に基づく雇用に焦点を合わすために使用されている18

 その理由の一つが多様性の問題である。志願者の名前、性別、年齢、通った学校、外見といったような切り口は、無意識の偏見を引き起こす可能性がある。例えば、女性の場合、審査請求をパスする率は(男性に比べて)11%、人事担当者による審査を通過する率は19%、評価を通過する率は12%、さらに進んで現場での面接に残る率は30%より、おそらく低いのである19
 資格信任状をもつ専門家の資格を評価し、それを市場に伝え、能力と職位を適合させる新たな方法が、出現しつつある。技能徽章は、その一例にすぎない。

パフォーマンス基盤型の評価

 歴史的に見ると、知的スキルと対人スキルを示す最良の指標は学位であった。しかし、パフォーマンスのシミュレーションを通して能力を図ることにより、候補者と職位の適合がよりうまくできるかも知れない。例えば、初心者レベルの金融取引職にふさわしい最高の人材を特定するのに役立つシミュレーション・プラットフォームであるEquitySimがある。これはパフォーマンスが基準なので、年齢やジェンダーと結びついてしまうバイアスを減らすのに役立つ。また、このプラットフォームは雇用者が一般に雇入れをしていない機関の人材も発見できる。シミュレーションでは、利用者に株、債券、通貨、証券を売買させるが、収集されるデータはもっと幅広い。利用者1人当たり、(たとえば、売買の際に踏んだ手続きの順番であったり、費やした時間であったり)実に10万を超える行動の標本値群を集める。この標本値群は、成功や残留率の予測指標にもなる能力に基づいて候補者を絞り込めるよう、リスクマネジメント能力といったような重要な特徴と関連づいている。シミュレーションはパフォーマンスを測定するが、そのシミュレーションを首尾よくやりおおせるか否かは、ひとえに批判的思考力、問題解決力、その他の中核をなす認知能力にかかっているのである。EquitySimを用いた企業で採用された女性の比率は、伝統的な取り組み方で採用した場合の25%に対して、48%にも上っている20

移転可能なスキル

 将来の専門家の長期的なキャリア(価値ある職歴)成長には、教育、訓練、経験の融合が求められる。2016年の調査によると、キャリアを通じて、変化についていくために新しいスキルを習得することは不可欠だと考えるアメリカ人が全体の54%、重要だと考えるアメリカ人は33%にのぼる21
 将来の専門家を志向する教育では能力・力量が鍵を握っている。というのは、その多く(たとえば、問題解決力や連携力)は、業種の境界を超えて一般的だからである。持続可能なキャリアパスは、移転可能なスキルと能力・力量の獲得にかかっている。「ソフトスキル」という言葉は、問題解決力、コミュニケーション力、連携力、批判的思考力、チームワークを表すのに使われることが多いが、この能力は個人が一つのポジションから別のポジションへの移動を可能にしているので、「モビリティ(移動)スキル」と言った方が良いかも知れない。
 こういうスキルを養成する選択肢は、私たちの身の回りにある:コンピテンス基盤型教育、見習い、インターンシップ、証明書、ブートキャンプ、技能徽章がそれにあたる。自己学修の機会はオンラインでいつでも利用できる。追加可能な資格信任状が、学修者に今日の仕事から明日の仕事への道を提供する。スキルや能力・力量を身につけたのが大学なのか、企業なのか、あるいは独学なのかはどうでもよくて、むしろ習得した専門知識を新たな問題に移転できるかが重要なである。雇用者が注目しているのは、「身軽さ(敏捷性)」―環境の変化に素早く、かつ持続的に適応できる能力である22。結果的に、技能章のような取り組みの採用が、専門家と雇用者の双方で増えている。

共同作成の学位代替

 生涯に亘って訓練や教育をより頻繁に行わなければならないとするなら、2年または4年で学位取得の課程のかたまり(blocks)は、40年から50年にわたり継続するような実務−学修モデルでは融通がきかなすぎる。
 代替となるモデルが登場している。
 業務・学修混合型モデルの一例は、IBMの技能徽章から学位までの道筋を提供するノースイースタン大学の専門職修士プログラムである。IBMの(ブルーカラーでもホワイトカラーでもない)「ニューカラー」のプログラムのもとでは、スキルを必要とする職の15%を、大学の学位を持たない人によって行われている。技能徽章は、スキルを伸ばし、「能力・力量の積み重ね」を使った才能を立証するための方法として使用される。IBMでは85万以上の技能徽章を発行してきている。ノースイースタン大学の行政管理者がこの技能徽章を検証したところ、学位授与に使えそうなものが多数、見つかった。現在までに、3つの専門職修士プログラムがIBMの技能徽章をもとに構築され、さらに51の学位および17の修了証明プログラムが検討中である。最近は大手の企業が、能力養成のために、あるいはコンピテンス基盤型の雇用のために、技能徽章プログラムの利用を発表しており、その中にはMicrosoftやErnst and Young.(会計事務所)が含まれる23

オンラインで資格信任状の統合

 学修と資格の付与は、単科・総合大学だけでなく職場でも行われる。何百もの組織が、技能徽章、マイクロ修士(Micro-masters)、資格証明書、学位といった、推定で25万におよぶ資格信任状を出している24
 資格はデジタルで発行されるので、教育や経験の履歴をオンライン上で単一のオンラインIDに統合できる。例えば、学位取得は、その個人の学修経歴を、「単位数」に類似の形式で集約できる。学位取得スキル証明書は、さらに一歩進んで、どこでスキルを習得したかにかかわらず、個人が修得した事項を提示し証明してくれる。このプログラムは、ピアレビューと専門家によるレビューを通して、執筆、販売、プログラミング、リーダーシップなどの分野のスキルを点数化する。ここでは、レビューの一貫性と信頼性を高めるために、機械学習と評価者間信頼性の手法を用いる。その結果、企業は従業員のスキルをコード化することができ、従業員は自分たちのスキルを専門家に証明してもらうことができ、さらに、確実さの度合いを高め、偏りの形態を減らすことにも役立つ可能性がある25
 LinkedInのような、オンライン人材プラットフォームは、教育、経験、労働市場のつながりを、促進させることができる。LinkedInは、2018年6月時点で、5億6,000万人が登録する、消費者、雇用者、教育関係者のための資格信任および能力・力量の情報センターとなっている。雇用者と求職者が大規模に適合できている。しかも、ユーザーが仕事を見つける手助けを超えて、一人ひとりがどのスキルが足らないかを特定し、(例えば、LinkedIn LearningやLynda.comが提供するコースを通じて)新たな能力を引き出し、新たなキャリアパスの計画の明示にもLinkedInは支援できる26
 市場の情報と同時にトレーニングまでも提供することで、LinkedInは人材を発見し、つなげるだけでなく、人材の開発までも行なっているのである。

高等教育にもたらす影響

 高等教育は(学位プログラム、資格証明書、生涯教育を通じて)、新旧含めて何百万人もの専門家が、新たな職位へと移行するスキルを身につけることを、どのように保証できるのか?明らかに、教育はスマートマシンが表す大規模な混乱を社会がどのように管理するかの重要な要素である。しかし、未来の教育がどの程度まで今日の教育と類似しているだろうか?
 短期的には、学生たちが労働市場に入っていく準備をする際に、大学のキャリアプラニング、および就職先紹介の部署で、その変化が実感されることになるだろう。しかし、能力を開発するのにアシストが必要になるのは、キャリアに第一歩を踏み出そうとする新卒の卒業生だけではない;この変化には、職業的および生涯学習の様々な段階にある大人も含まれる27
 長期的な影響は、学位とは何を意味するかについての透明性を中心に展開する。学生は自分のキャリアを向上させるために資格信任状に投資する。学位の意義や、大学のブランド力は残る可能性があるものの、データ主導、コンピテンス基盤型の取り組みが高等教育機関に課題を突き付け、卒業時だけでなく、価値ある職歴を通じて、卒業生は何ができるのか、より透明性を求められるであろう。最終的には、人材プラットフォームを使うことで、雇用主と教育関係者の双方が、職業上の需要と教育上の選択肢を、よりうまく適合させることできるようになるだろう28
 (こういう状況で)高等教育機関の指導者が問うべき事柄は以下の通りである:

■起こりうるキャリアパスと、将来に準備が必要となる意図的かつ継続的な学修と、機敏さ(器用さ)をどのように養成し、実証できるかを学生に意識させているか? 学生が自分の価値ある職歴を通じて役立つデジタル資格信任状をどのように発展させ、(社会と)共有するのかを学生が学ぶように支援しているか?

■教育課程プログラム(program)は労働市場とどの程度整合しているか。カリキュラムはどの程度「業界情報に基づいた」ものか? それはどの程度まで精通すべきか?

■単科・総合大学は、生涯および世界規模で才能を伸ばすために、企業や政府とどのように連携するのか?

高等教育の課題

 AIやその他の技術は高等教育にその居場所を見つけることになろう。現在、履修登録、コースの開講状況、宿題の割り振りに関する質問には、チャットボットが答えている。スプリンクラーで消費する水の量を減らすことで、AIはすでに単科・総合大学の資産を守り費用の節約に役立っている29
 しかし、高等教育にとって、もっと大きな課題は、スマートマシンの世界にあって、「知識労働者」とは何を意味するかを予測することである。AIやロボットがもたらす変化の速さは、高等教育の場におけるよりも職場において顕著である。ビジネス界・産業界との緊密な関係がないと、学問領域や専門的職業における変化を高等教育機関が予測することは、かなり難題となろう。仮に高等教育が変化を注意深く観察していたとしても、教育課程をその変化に対応できるだけ迅速に調整できるのか? ビジネスと学問をハイブリッド型につなぐ選択肢は成功する可能性は高いのか?
 能力・力量、資格信任状、そして資格証明−そしてそれらが労働市場で何を意味するのかに注目することが、−ますます重要になる。教育経験と人材プラットフォームによって生み出される専門知識との間の透明性が高まるにつれて、単科・総合大学は、卒業生の知っていることやできることを証明する方法を洗練する必要があるかもしれない。機能強化された成績証明書、技能徽章、および能力・力量が既存の選択肢である。より多くの選択肢が出現しそうである。その仕組みが何であれ、革新と実行のスピードが何よりも重要だ。高等教育の急激な変化がなければ、市場における大規模な解決策は従来の取り組みを回避するかもしれない。
 最後に、キャリア・モビリティが教育、トレーニング、経験に左右されるとしたとき、高等教育は、まだ造られていない分野にも移転可能として、スキルや能力・力量に十分注目するだろうか? これまで以上に生涯教育の重要性が高まっている中、スピーディで、柔軟性があり、必要とされる教育やトレーニングとも密接につながった道筋を、高等教育は発展させることができるのだろうか。
 「一つのサイズですべてにフィットする万能の」未来などないでしょう。教育課程プログラムの構造や柔軟性を変える大学も出るだろう。能力・力量とその認定に注力する大学も出るだろう。あるいは、他の人たちはまったく変わらないことを選ぶかもしれない。
 私たちの周りの機器やシステムは、ますます高性能で、高い能力を有するようになっている。彼らは専門家のパートナーとして、ともに働くことができ、高度な専門知識を拡張し、その才能を育成する。一緒になって、人と機器は社会に大きな価値を生み出すことができる。この新しい世界で高等教育が果たすべき役割は何だろう?
 私たちは挑戦するのだろうか?

注釈

1.
"AI Will Add $15.7 Trillion to the Global Economy," Bloomberg News, June 28, 2017; James Manyika et al., Jobs Lost, Jobs Gained: What the Future of Work Will Mean for Jobs, Skills, and Wages, McKinsey Global Institute, November 2017.
2.
Matt McFarland, "What Happened When a Professor Built a Chatbot to Be His Teaching Assistant," Washington Post, May 11, 2016; "Leeds Beckett Chatbot to Help Prospective Students Find the Right Course through Clearing," Leeds Beckett University news release, August 15, 2017; Ryan Craig, "Artificial Intelligence: Hero or Villain for Higher Education?" Forbes Magazine, May 18, 2018; Allie Coyne, "Meet Genie, Deakin Uni's Virtual Assistant for Students," iTnews, March 3, 2017; Tina Nazerian, "Google Assistant and Edwin Want to Be Your Next English Tutor," EdSurge, May 3, 2018.
3.
Garry Kasparov, "Intelligent Machines Will Teach Us-Not Replace Us," Wall Street Journal, May 7, 2018; Mohamed Nooman Ahmed, "Cognitive Computing and the Future of Health Care," IEEE Pulse, May 17, 2017; Thomas M. Burton, "New Technology Promises to Speed Critical Treatment for Strokes," Wall Street Journal, May 14, 2018.
4.
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©2018 Diana G. Oblinger. The text of this article is licensed under the Creative Commons AttributionNonCommercial-NoDerivatives 4.0 International License.


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